日本の美術界の特徴的な構造は、「伝統具象」と「現代抽象」の並立です。「伝統的な具象画壇」と、「現代アート界」に大きく二分されています。思想も尺度も人脈もショップも、何もかもが異なる別世界へと離反。地方美術館のもめごとも多く、現代アートの仕掛け人がクビになったあの事件もそう。

しかしドイツでは、そういう分かれ方は特にないようです。日本でなら現代美術展とタイトルをつける行事も、ドイツでは単に美術展です。ドイツで新作展は全て現代美術なので、あえてそう呼ぶ必要もないから。日本の会社求人案内に、「現代人求む」と書かないのと同じこと。

つまり日本で現代美術は特殊化しています。一般の新作美術とは別枠に分けられています。一般の新作美術とは、印象派や野獣派の延長にある近代具象画壇と、地域の油絵グループやスケッチデッサン画サークルなど、おなじみの社交場です。

日本のそのゾーンを現代美術と呼ぶと何だか調和せず、昭和歌謡をロックと呼ぶ感覚に近いでしょう。日本の現代美術は現代音楽や現代バレエと同じで、理解しがたい意味も込めて呼ばれます。これが特殊化。「僕は現代美術を作っています」と自己紹介すれば、変な人に思われそうな社会。

「ドイツで美術展をやります」と呼びかけると、カテゴリーのミスマッチを心配する質問者がやはり現れます。国際的な場の現代アート展に、自分のような古来の具象画は参加資格があるのかという不安が、今も残っていて。

ドイツでは全てが現代美術になるので、具象画壇の絵も区別されません。日本ではあまり見ない、派閥を超えた展示光景になります。伝統的な具象洋画は、ここでのプリントアート企画では、日本的なモチーフを選ぶことが増えます。縮小加工するとサブカル風味も帯び、見た目が日本画に近づくからか、現地でどちらかといえば売れる方です。
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|06-17|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
節約とは物を買わないことなので、節約すると物が売れなくなります。節約イコール不景気。倹約やコストカットを続けるとGDPの萎縮も続き、国力衰退と地位低下も続きます。節約で経済アップはない話なのに、あると信じる勘違いが日本病の原因と先述しました。しかし、ただの勘違いでもなく。

おやつは「カール」の製造工場を減らし、東日本での発売中止が発表されました。そうなった理由の識者説明は、国民の味覚変化やとうもろこしの原価でした。しかしスポーツカーやゴルフ用品や本が売れない理由と同じで、原因は中下層の貧困です。おやつ代を節約して買い控えたから。

長くサブカル界で人気ダントツ一位の「少年ジャンプ」も、部数が大きく減っています。これも同じで、漫画誌に求める思想が時代変化したのではなく、貧乏で買い控えたから。漫画はなくても死なないよと。アートみたいに見るだけ、立ち読みするだけで買わないよと。

景気の悪さへ話を向かわせまいとした説明が、怪しい立場の存在をうかがわせる重要ポイントです。国民が一丸となって景気向上へ力を合わせているわけでもなくて、実は内部で綱引きが起きているのです。

今の日本では、上層が国内経済を悪くしたい願望を持ち、下層が良くしたい願望を持っています。概して経済団体は前者。前者に主導権があるうちは不況は維持され、現状はまだその路線です。記録的な好景気が今来ていると、実態と逆のアナウンスを行って、国民が放心した状態が今。

不況の雪解けのきざしは、2014年の年初でした。しかし、3カ月後の消費税上昇で消費はガク落ちして節約時代に帰り、また冬に戻りました。今から3年後の東京五輪の前評判が暗いのも、節約五輪コンセプトが1998年頃の緊縮財政と同じ考え方の、国力衰退ベクトルだからでしょう。
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|06-13|美術の基盤は経済||TOP↑
日本で売られる鶏肉はブラジル産が多く、輸出元の食品不正があって各国で禁輸となっていましたが、最近解けました。しかしそうなる前から、アメリカでは輸入禁止対象だそうです。アメリカが禁止するとは相当のもの。

危ない食品をあげていけば、食べるものがなくなると騒ぎが起きたのは、1960年代でした。語りぐさがあり、香り高いジュース類が無果汁だと雑誌『暮らしの手帖』が暴露したのがひとつの事件でした。

最近ニュースに多い小麦アレルギーとは別に、出回り始めた警告は野菜です。一昔前の日本では、野菜は健康に良く肉は悪いとされました。たぶん当時のチョコレートやピーナツと同じで、肉は値段が高かったから、買わない理由が後づけされた気がします。これもイソップのぶどう。

ところが1990年代に学者が「野菜には毒が多い」と生物学の基本を告げてから、近年は信じられ始めたのかも知れません。野菜の毒はジャガイモの芽やホウレンソウのアクが連想されますが、動物に食われないよう全般に毒素が多く、新しい話は年月経て悪影響する遅効性物質です。

健康食品でもある植物性オイルにも、長年かけて脳障害を起こす物騒な説が出ています。日本に菜食主義が流行らないのは、もはや輸入肉が安価で地場野菜が高価になった逆転もありますが、確率的なリスク分散を図る合理性もある気がします。賭けをしない身の振りというか。どの馬にも賭けておくローリスク・ローリターン。

時代が変われば名作と駄作が交代するのは美術ですが、その変化はスローです。一方でコーヒーやコレステロールの評価変更の早さを思えば、美術はむしろ逆に価値が長続きするたとえに使えそうなほど。
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|06-11|その他||TOP↑
ビットコインの大半を中国ユーザーが持つのは、人民元を円やドルに交換したり国外へ持ち出す制限をかいくぐる目的です。日本のショップは、そうした脱出資金での爆買いに応じる目的で、ビットコイン決済へと踏み切り始めています。

数百~二千種もある仮想通貨のひとつであるビットコインは、実は通貨でなく決済手段だとの指摘もあります。人民元に限らず日本からの円持ち出しも、外国為替法があり自由ではありません。空港からの現金も百万円以上は届け出制の上に、内部的な自主報告は十万円あたりから。

電子マネーもタックスヘイブン活用金融商品以外では、少額送付さえマイナンバーカードで顔写真を届け、月何万円までと上限もあります。日本とドイツの送金コストも、為替手続き部分にかかる二項目がかさみ変動もあって手がかかります。

しかも、年々不自由になっています。過去に海外送金できた銀行カードも、今はほぼ廃止。理由は欧米からの国際テロ対策要請で、日本からの資金移動抑制とマネーロンダリング防止です。

ビットコインの全体像はいわば同人の集いですが、もし米欧日ユーザーがメインで使うと、送金手数料を主な収入源とする日本の銀行は、解散になるでしょう。それで銀行幹部は勉強会を開いて、ビットコインの代わりになる本命システムを計画する準備を始めています。

ビットコインもまた、欲しい人が多いほど資産価値が高まります。昔の貝殻やチューリップ球根と同じ。その点はアートも似ていますが、値上げ目的の購入呼びかけは意外にやらないものです。無名画家を買った者が世に宣伝して、資産価値をかさ上げする発想があってよいはずなのに。
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|06-07|美術の基盤は経済||TOP↑
デュッセルドルフ市の「ジャパン・デー」(ドイツ語=ヤーパン・ターク)は、ジャパン・フェスティバル・ベルリンより前からあったそうで、最近参加者から知らせてもらいました。今年2017年は5月20日開催でした。

ジャパン・デーの主な出し物は、コスプレと打ち上げ花火だそうです。百万人集まる花火が目立って、観客からみて屋内会場の規模バランスに課題があり、人混みになりすぎて行きたくてもしんどい声も多いそうな。

手頃な見本市であるジャパン・フェスティバルよりも市民祭化し、舞台アトラクション以外の出店はバリエーションが足りない悩みがあるそうです。アート出展エントリーの呼びかけが日本に来ていますが、日本から出展しにくい理由は景気の内外差です。

日本だけが25年目のデフレ不況で一貫し、美術家が撤退と廃業する不安が続いて、もう活動停止しているケースもみられます。そのため日本から出品するモチベーションは、投資よりも資金回収する意識に向かいがち。ベルリンから離れるほど、参加費が上がる悩みも効いてきます。

ちなみに、ジャパン・フェスティバル・ベルリン企画ではフェア参加の考え方を変え、見せ作品から売る作品へ、作品集合から作家育成へと趣向を変えています。日本美術販売プロギャラリー的なやり方は、仮にジャパン・デーに拡大しても続けることにします。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンでは、たまに作品販売で黒字化して参加費を取り返す強豪が現れましたが、ジャパン・デーでは一日限りなので、むしろ作家宣伝に投資する方向が強まる気がします。よその市なので事情がわからず、情報を集めています。
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|06-04|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
日本からドイツへ作品を送って、売れ方を調べて研究していました。比較的早くわかったことは、売れる作品の第一は写真だという点。日本にくらべてヨーロッパでは写真アートの地位が高いとは想像していましたが、真っ先に売れるのは印画紙の作品だったのです。

写真系が売れ、フォトエフェクト系とCG系のジクレーから売れていくこともわかりました。キャンバス画やパネル作品はあまり動かない、その理由は値段に大差があったからだと、すぐにはわかりませんでしたが。

日本は20年以上ずっと不況だから感覚がつかめませんが、世界同時不況が聞こえ始めると、ペーパーアートのみのアートフェアが、ドイツで伸び始めていました。イギリスがEUオブザーバー脱退を言い出したり、移民難民問題が日本のニュースになる以前の話で。

新企画も現地に合わせ、日本のペーパーアート作品をファイリングする展示販売も試しました。すると売れたのは、手摺り版画とCGとやはり写真系でした。複写ものが強い。それなら全作品を最初からジクレーにして、もう一度ファイリングすればいけると考えたのです。

日本では美術は特殊化しており、ゴージャスやプレミアムが求められます。美術が一般化している諸外国では作品の価値は造形イメージであり、ソフトウェア化しています。データ化の意味ではなく、コンテンツ本意の意味。手にして重い必要もなく、ペラ紙の作品から売れていく現実です。

ドイツで求められる本物志向は、作品の仕様よりも内容だとわかりました。ただ、ペラ紙だと長持ちしないので、ハイエンドジクレープリンターと超高級厚手用紙にしています。日本だとかなり高料金のタイプ。
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|05-31|ジクレー版画物語||TOP↑
募集中のジクレー版画企画では、参加者はジクレーを用意しません。国境を電子で越えドイツの工房で刷り、国内ではあまり労力を使わずに済みます。もちろん梱包や発送は不要。作業の種類は少なく、代わりに作品決めなどの準備に時間をかけます。

現地で使うジクレープリンターは日本製です。ドイツのジクレー工房はどこも、「うちの機材は日本製」と宣伝します。カメラと似た状況ですが、最高品質の用紙はドイツ製で品種も多いようで、日本の紙ではないよう。さすがに画材の伝統的先進国。

工房の入稿仕様に合わせるため編集はこちらでやり、参加者は撮影するだけです。この分業で、別のメリットが目立ってきました。作品の完成度を上げる調整を加えられます。

編集調整で、一番多いのはサインです。サインはなくても売れますが、ある方がはるかに有利です。作品鑑賞向けに展示する日本と違い、作品購入向けのヨーロッパでは、資産価値の担保でサインは大事になります。最善を尽くすため、絵に収まりのよいサインを用意してもらいます。

次に多いのは、カメラ撮影した絵画のプリント範囲調整です。少しある裁断しろを計算に入れ、一歩前に出た絵を狙います。この時に撮影の救済が必要になります。一部切れているとか、傾いて写っている場合の補正。同時にピクセルのロンダリングも。

見るだけの展覧会ならどう作っても済みますが、買う展覧会ではトンデモ絵図であれ、買える範囲に入れる必要があります。会場の外でも、アートが多く売られている市だから。買う側にその他大勢に映らないよう、編集で細工をこらすことがあります。
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|05-28|ジクレー版画物語||TOP↑
最初は一攫千金や一発で元を取ろうと、力んだ体験を思い出します。しかし10号絵画を、ドイツで希望価格3000ユーロ(36万円)とすればいけるか。日本の画廊でよくある価格ですが、ドイツでは新人の100号並みだから、難しいことがやがてわかります。

売買が日本より盛んであると同時に、作品が充実した堅い市場でもあるから、価格相場は下がっていて買い手市場ぎみだからです。ローンを組んでまで買う日本と違い、ドイツでは焦って買う必要はそうありません。

相手にすれば、チャンスは何度もあるわけです。アートに正価はなく内容しだいで買値はピンキリとはいえ、作品の量も質も豊富な市場では、知られない作者がとれる価格レンジに限度もあります。

日独の相場の差どおりに下げると、日本としては貴重な代表作が惜しい。そこで惜しくない作品を選ぶと、ベストでなくなる。別問題として、傑作が手元にないなら出すものがなくなるし。これらの難題をまとめて解決するために、ジクレー版画で作戦を組み直しました。

ジクレー版画で、展覧会の目的も変化します。売る目的が前面に来ます。原画と違い惜しまなくてよいし。売り物のつもりでない作品さえ、商品化の視点で考え直せます。幸い、編集や用紙選びで味付けも変えられるし。

相手の予算内に収まる利点と引き換えに、一発当てるロマンは引っ込むでしょう。夢から現実へ。必然的に手数を打って次につなぐ作戦となります。こうして、リサーチして補強しつつ前進するのが、現実に合うと判断しています。その成果は少数精鋭展につながるようにします。
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|05-24|ジクレー版画物語||TOP↑
ジクレーとは、原画を撮影しインク式プリンターで刷った版画作品です。プリンターとプレス機は同じ性質のものです。この方法が昔あれば、喜んだ画家はムンクでしょう。彼は後にあの『叫び』を自分で木版画に彫り直し、複製して売りました。

「ジクレー制作は未経験だし、普通に原画を展示したい」という希望も聞きます。前はその普通どうりにやっていましたが、現地で通用しにくいとわかり変更しました。原画だと作品内容ではなく、値段が通用しなかったのです。原因は内外価格差です。

たとえば音楽CD。一昔前に国内盤は一枚3000円でしたが、それを香港に輸出すると現地価格1800円でした。裏を知った日本のリスナーは逆輸入盤を買い始め、国内メーカーが一定期間逆輸入禁止にしました。あの頃のアメリカでは、旧譜CDが1000円程度。

日本のみ高額なのは美術も同様で、日本の画家が外国デビューした時、高くて売れないか、安売りを余儀なくされます。現に何度も売れた画家は、ぐっと低い希望価格を書いていました。これだともったいなくて自己A級作を送れず、B級作で妥協したり。最高作が大作だとお手上げ。

しかも、美術展の目的にも内外差があります。日本は見物が目的で、ヨーロッパは売買が目的。非売品相当の高値だと、相手の関心さえスルーしやすい。それほど、現地では世界のアートが集まり、国際市場化しています。売買総量も日本よりはるかに多く、価格破壊しています。

ジクレー化の読みは当たり、売れる作品数は増えました。売れない理由は値段かも知れないという迷いは消え、作風の嗜好や完成度などに課題を絞り込めます。原画展の場は、別ステージで用意します。
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|05-21|ジクレー版画物語||TOP↑
電子出版の未来が、不透明だそうです。紙の本へ戻る動きがあり、原因は紙と電子でメリットとデメリットが均衡し始めたからでしょう。移行期によくある一時的な乱れにみえますが、電子へ移行しきらない不安もあります。

日本は2013年には、電子出版化が遅れていると言われました。2014年になると、日本は遅れておらずアメリカ並みに普及しているという情報。その2014年に、アメリカで紙の本の復活が起きたという話題がありました。

紙出版から電子に替える最大の変化は、見るのがパソコンやスマホ画面に変わること。が、問題が複雑なのは、著者がセルフ出版できる点です。小説やエッセーなど活字だけの場合、デジタルフォーマットに入れて五千円という代行業もあります。企画出版社の出番が減ります。

著者にとって、ボツにされず検閲されず、書きたいことが書けます。ブームの波と無関係に出版できるし絶版もなく。広き門だから内容の玉石混交と引き換えに、表現の自由は謳歌できます。実際には電子出版社が点検して発行停止し、もめたりもしますが。特に盗作とエロ系で、公序良俗はやはり守られます。

従来の自費出版で三百万円かかった美術図版や画集も、電子なら合理化分と自前分は下がります。ただし画質がサイト相当だから、見る側にお宝への愛着はないし、それならと画質を超HDにすると読者に使用される恐れも。印刷して友人に配られたり。将来も電子化されない紙の写真集は、プレミア商品になると予想されます。

1982年に出た音楽CDは4300円もして買う人はわずかで、しかしレコード時代は終わりで、大勢がどちらも買わない空白の年月が生じました。当時の新人CDは今も再発が少なめ。本が紙と電子の半々に分かれると、立ち読みでつなぐ人が増え、だからか電子には定額読み放題があります。
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|05-18|アート本出版作戦||TOP↑
とりあえずお試しで出品する初回から、作品決めの段で「こうした方がよいかも知れません」と、私案を加えておくことも増えました。大半は、作風の彼岸となる完成度を高めようという方向です。

いうなれば芸術度を高める方向ですが、それが商業主義とぶつかるような混濁はなかったようです。映画にたとえれば、社会問題を告発するシリアス路線を、ファミリー向け娯楽作品へとまとめ直すようなことは、やはり不要なのです。

というのは、美術は一点売れば一応は済むし、映画のように万人向けの集客力による興行成績の競争は不要で、最大公約数的なカバーは考えません。芸術性を下げて商業性を高めるという、妥協的な引き換えの発想はいらない理屈です。ポピュラリティーを加える量が小さくてよい。

参加希望者の作品は、もっと商業方向へ引っ張っても創造性は損ねないと考えています。言い替えれば、独り合点のマイナス面を持つ作品が、国内に多いということかも知れません。そのマイナス面は、ほとんどの場合で何かの不足です。過剰ではなく不足の方。

不足しやすいのは簡単に言えば見せ場で、音楽で言うサビの盛り上がりが抜けている作品が多いように感じます。これは国内の空気のごとき忖度を受け、目立たない地味な方向へ引っ張られるからではないかと。

「その絵はだめでこっちがよい」と日本で誰かが偉そうに言う場合、必ず主張が薄い作品が推奨されます。濃い作品をすすめるケースは皆無といえるほど。薄味にする説教がまた始まったかと。こうした間違った意向によって欠けた何かを、逆の価値観の外国向けに修整することが増えます。
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|05-14|作家方針の工夫||TOP↑
外国人が日本へ来て知った驚きの風習で、三本の指に入るのは「おじぎ」だそうです。ショップでも街中でも仕事の打ち合わせでも、ひんぱんにおじぎされてびっくりという。日本のおじぎに女性型と男性型があるつもりでいたら、前者は接客で後者は礼儀のようです。

女性的な接客型はへりくだりだから、目上へのリスペクトの意味で体を小さく見せます。肩幅を狭め、身体の最大幅も小さくし、前から見た面積を減らします。具体的には手の位置を脚部まで下げることで、腕の付け根を低くして「なで肩」に見せます。

手の位置が高いと正反対の「いかり肩」になるから、そうならないよう手を胴体よりも下に置きます。明治15年発行の『小学女礼式』のさし絵がこれで、手が大腿部にあり、連動して自然な前傾姿勢です。それに対し、男性的な礼儀のおじぎは、手が前ではなく横にあります。

覚えている方も多いでしょうが、小学校の指導でズボン足の側面にある縫い目に中指が来るあれです。つまり普通に起立したまま、体を前傾する。だから「なで肩」ぎみでありながらも、肩幅はそれほど狭まりません。それもあって男性的に見えるわけです。

マンウォッチングの人間行動心理学で解釈すると、低い両手もまた戦わない意思表示でしょう。「どうもどうも」とやるおじぎは、会釈の機能以上に丸腰のしるしだったのでしょう。手裏剣や毒針も手の内にないと。

来日した外国人は周囲のおじぎ攻めに、おじぎで応じてしまうそうです。再びおじぎが返る無限ループが困るという。変なのと思いつつ、これが日本だと楽しい人も多いらしく。日本の万物は、おじぎの精神で築かれている気もします。普段から前かがみの人が多いのも、そのせいなのかも。
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|05-10|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
日本生まれの日本人が英語で業務を行うよう、方針変更した国内企業が複数ありました。人、物、金の行き来が自由で、国境なきグローバル時代に対応させる目的。英語圏の国が世界制覇する前提の奇策でした。

当面の結果は業績がやはり落ちています。一般に母国語で仕事をすすめれば、きめ細かく伸び伸びできる利点があります。日本語の場合は、言語本来の精度の差で独自のアイデアや技術を過去に得てきたと、再評価もできるでしょう。

日本語には、声色の脚色なしに豊富な言い換えバリエーションで、細かく表現できる容量があります。「わびさび」「もったいない」「微妙」「テキトー」とか。その多彩さを指して、最も難しい言語だという定評があります。ひらがなとカタカナの書き分けもそう。

逆にその微妙さに着目して、日本語を学ぶ外国人が意外に増加中だそうです。新しいきっかけは、日本語を外国の視点で分析したマニュアルだそうです。日本語は欧米語より文法が簡単で、習得は楽だという意外な分析になっていました。

「てにをは」の助詞は重大だとしても、抜けても伝わる場合も多い。母音が英語の15~30個に対して5個だから、なまっても意味は変わらない上に、冠詞がない気楽さもあります。「ワタスィー、キタ、ニポン、ハジメーテ」で伝わる。もっと神経質な言語だと思っていたのが盲点。

かつて日本が捨てて外国が拾ったものに、「団体主義」がありました。不況の90年代に、企業が能力主義で個人を対立させた自己責任ブームの頃、欧米企業が終身雇用的なチーム結束を導入し、国際競争力を上げたケース。浮世絵の価値を先に外国が知ったのと、ちょっと似て。
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|05-08|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
作家サイト制作ワークショップの準備で、サイトフォーマットを改造中です。従来と基本構造は同じですが、ある部分の遊び要素を拡張した付加価値バージョンといえるものです。

サイト(ホームページ)づくりの心配のひとつは、時代遅れになる早さです。インターネットの正体は電話用の信号線にすぎず、WWWの仕様を国際管理団体が決めて機能しています。サイトづくりのガイドラインも毎年更新され、既存サイトは古びさせられてしまいます。

そうした仕様の流れとは別に、時代感覚の流行もあります。何年か前の大流行は、FLASHプログラムを使った自動プレゼンテーションでした。トップページにビデオが流れたり、何枚かの写真が切り替わるあれ。

それすらすでに、じれったさを読者は感じるようです。ネット閲覧の時間節約志向も高まり、オートアクションがじゃま扱いされやすい現状です。

サイトを徐々に増改築すれば延命できそうに思えますが、現実はコストと手間がかかります。時間がたつと、制作者も内部構造を忘れるし。古びたサイトを当分がまんして、いつか建て替えるのがほとんど。だからネットに、廃屋状態の古サイトや放置ブログが多くあります。

当作家サイトはできるだけ古びないように、手作り感のあるアナログ風レイアウトです。最新式と言わない、80年代エディトリアルデザインの応用。
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|05-05|作家サイト作戦||TOP↑
大型連休は行楽日和ですが、高速道路のサービスエリア(SA)のトイレで手を洗う時に、一瞬迷うのは水道の蛇口です。レバーを回す手動もあれば、手をかざすだけの自動もあります。問題は、レバーを下げると水が出るタイプと、レバーを上げると出るタイプです。

当然ながら水は下へと落ちるので、レバーを下げると出るならイメージが合致します。逆に上げると出るなら、人間の感覚の道理、人間工学にさからっているからミスを誘います。水を止めようとしたら、逆にジャーと激しく出たりして。鏡に映した紙に絵をかく難しさと似ています。

問題はこの手の人間工学無視を、よく売れている車で行っている点です。前にこちらでAT車のペダル踏み間違いが起きる主因を世界で初めて詳細に記し、芸術の本に加えて出版しました。ところが足ペダルとは別に、手でギアを入れ間違う新しい失敗事例が日本で増えています。

事故を起こした車のギアは、レバーを前へ押し込むと車がバックし、レバーを後へ引くと車が前進するという、水道蛇口の逆転と似た設計になっていたのです。ユーザーは不思議体験ミュージアムにいるかのように、レバー操作するたびにクイズ解きをやらされます。錯覚すれば病院へ直行。

こうした予想外の作動であっと思わせる遊びは、本来ならアートでやるべきなのに、デザインでやっています。デザイナーとエンジニアは設計ミスだと認識し、意地になってでも動作方向を感覚に一致させるべきでしょう。

日本がMT車ばかりだった頃、AT車を売り込む時に安全性の根拠として、ATレバーのポジション配列が全世界で共通だという説得が出回りました。今は共通になっていません。美術の多様化を喜ばない者たちが、機械操作のデザインでは多様化に入れ込むのは、困った流れです。
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|05-02|その他||TOP↑
現代日本へと続く過去として、よく注目されるのは通算264年の江戸時代です。1980年代から、江戸を読み解くおもしろ本がたくさん出ました。人口爆発と災害の心配で、東京一極集中が批判されていたものの、今も一極集中を促進する方向のまま変化していませんが。

明治に急造したかに思える東京は、ほぼ江戸の街が持ち上がったものだそうです。落語も実は、明治の話題で江戸を思わせるそう。しかし和風文化の基盤は、京都で391年間の平安時代と思われます。現中東や現中国から取り入れた次の、オリジナル開発へ進んだ頃。

平安の表現物に紫式部『源氏物語』も含まれますが、絵巻だけでなく当時の屏風絵などで特徴的なのが、アイソメトリック構図です。焦点を無限大とした斜投影図法で、遠くの物が近くの物と同サイズで描かれた大和絵がそうで。理系が作図したみたいな。

これは、建築設計のビジュアル構成図版に今も使う技法でもあり、西洋式の透視図法と違い、奥行き感がなくべちゃっと平板で、模式的な抽象性を感じさせます。遠くにある物体も縮尺が等しい。

ところどころ雲が描かれ、初期のパルテノン神殿みたいに派手な原色がふんだんで。また動画的な描法もあって、ぶれや走行軌跡などモーションのラインも平安時代の表現です。漫画に似ているとよく言われるつくり。

平安を連想した理由は、日本大好き外国人が撮影した旅の記録映像でした。写した物とともに、写す目も和風に感化されたのか、平安時代の風情に映り方が似ているのです。まだ歌舞伎や茶華道を生む前の、原始的な和風です。
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|04-29|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
テレビや新聞などマスコミとは違い、新興のネットにのみ真実があるというネット優位説が聞こえてきます。ネットに真相が出ることが多いのは確かですが、圧倒的に虚偽が多いからたどりつきにくいのも現実でしょう。

そんなネットで商品名を探すと、今発売中のショップページが大量に並びます。が、絶版になった過去の名著『事故の論理』は、言葉自体がネット上に全くないとわかりました。『事故の論理』とは、国鉄の事故調査部署の長が記したドキュメントでした。

列車事故の報告書から抜粋し、なぜ起きたかの理由を解き明かした一般向け読み物で、新書版だったような。印象に残っているひとつは、行く手が赤信号なのに列車を走らせた正面衝突の大事故でした。

「信号の色に注意せよ」という教訓は無効です。なぜなら信号は青だったから。運転士は青信号を確認して列車を進めたのでした。その青信号は、鉄道用と同じ方向に見える、遠方の道路信号機でした。暗闇に浮かぶ灯りを取り違えたことが、調査と実験でわかったのです。

その本もきっかけだったか、外国人が日本の列車で驚く、あの安全策が生まれました。運転士が信号機を指さし、「信号は青を確認、進行しまーす」と声に出すあれ。行動を自分に解説しながら運転する。ヒューマンエラーを誘う要因がたまたま集中する確率を、自力で下げる方法です。

今日で12年たつ宝塚線の107人死亡事故は、若い運転士が到着遅延の罰則を回避しようと、熱くなって飛ばした脱線と解釈できます。到着の遅れより速度超過の方が罰則が大きいのだと、音読させるマニュアルも必要でした。責任の9割は、本来プレッシャーに弱い人間の脳のはたらきに、上司たちが認識不足だったミス。過労自殺と共通する現象。
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|04-25|その他||TOP↑
ハリウッド映画のパターンは「ボーイ・ミーツ・ザ・ガール」が浮かびますが、意外に多いのは「ザ・タイタニック・スタイル」です。別にそんな言葉はなく三日前に思いついた造語で、これは豪華客船タイタニック号の物語です。

タイタニック号の船長は、会社でいえば社長でした。しかし操縦した船自体は、社長の持ち物ではありません。オーナーたる船主が別にいて、そちらの方が権力が上です。社長は雇われた部下にすぎず、物語全体を支配する頂点にはいない。

タイタニック号の沈没は船体の強度不足による浸水が主因とされ、船長や船員はやるだけのことをやって死亡していました。この物語は、企業オーナーたる株主が運営に無理を強いて組織全体を破滅させる、そんな運命を類推させるものです。

なぜこんなことを思い出したかといえば、動画サイトの広告で似たものが出回っているから。油田の掘削で資本家と現場側が衝突し、資本家の強行に現場が従わされ、大事故となるパニック映画の宣伝が流れています。

「これからの時代は株主の利益を第一に」と言って言って、言いまくったあげくに実現した日本で、名門企業が次々と破滅し沈んで消えたこの19年間が、「ザ・タイタニック・スタイル」を思わせます。

欧米、とりわけアメリカは、「企業は誰のものか」を昔から強く気にしてきたことを、この筋書きの映画の多さで推測できます。「現場の声に左右されてはライバル企業に勝てない」「しかしその躍進に反社会性はないか?」という永遠の対立が、作品モチーフの定番になっています。
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|04-23|美術の基盤は経済||TOP↑
日本で具象美術よりも抽象美術が冷遇以上に嫌われるのは、過去に業界で続いた内戦とヘイトの結果も大きいと仮説を立てています。これは日本人の資質や素養として、根っから抽象が苦手な根拠が特にない証拠立てにもなりますが。

そしてこの問題の上位にあるのは、世界的な傾向として具象より抽象の方が数が出にくいこと。限られた客層で、選ばれた人のみ抽象を買い求める国際的な実態もまた、厳然とあるのです。人類はまんべんなくオールラウンドでもなく、全般に抽象が苦手になっているのも事実で。

画家にすれば、具象画で挑戦するか抽象画で挑戦するかで、課題が異なります。日本作品のドイツ展示に限定しても、具象の目標をグローバリズム画風よりローカリズム画風に帰結させやすく、何をすべきかは平易でなくともハウツーは方向づけやすい。

それに対して抽象画では、日本らしさ以前の壁として、ユニークなビジュアル図案へと詰める苦労が大きいのです。何かを写して似せるという、実写の共感を捨てたのが抽象画だから。抽象はマイナスからの出発。

具象画ほどは売れにくい抽象画を、新たにパワーアップする作戦で、今は実は改良の余地をより大きく感じています。抽象画の方が足りない何かを見つけやすく、具象より向上の幅も大きいから。

モデルの魅力が七難を隠してくれる利が抽象画にはないから、定石を壊して特異性を加えないと、他人の感興を誘わない。佳作の抽象では、佳作の具象より見過ごされるハンデを計算に入れる必要があるでしょう。
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|04-19|作家方針の工夫||TOP↑
サイトの見え方の話題です。WEBサイト(ホームページ)は、映すブラウザソフトごとに違って見えます。機材によってレイアウト再現が異なり、印象も変わります。サイトデザインの評価も、見るソフトで差が出ます。

よくある違いは字や画像間の距離が、近く詰まって見えるブラウザと、遠くスカスカして見えるブラウザです。一番多い体験は、横線を引いた上下の活字が横線からどれだけ離れるかです。また、四角スペースを積み上げた全高も必ず違います。

Google Chromeという新型の略式ブラウザソフトが無料配布されて以来、これで見た時だけ文字が大きくなるトラブルがネットに増えました。プログラム機能の不備、つまりバグらしい。

今現在、Firefoxは最も活字が詰まりコンパクトになり、Google Chromeだと活字が大ぶりで横へ広がったレイアウトになり、一行に収まるはずの文が二行に押し出される部分が目につきます。詰組のプロポーショナルフォントが、活版印刷ふう等幅フォントに化けるからです。

Internet Explorerは両者の中間的ですが、以前とは逆にFirefoxに近くなりました。どう作れば個々の違いを乗り越え差を小さくできるかは、WEB業界の悲惨なブラック就業と過労死の原因でした。個別の解決に定説がなく時間もかかり、しかも毎年変化するから。今のフォント化けはこちらで実験し修正できたものの、ネット情報はありません。

無料サイトやブログは、最も大ざっぱに映るブラウザに合わせ、大ぶりで大味なレイアウトに作ってあります。精度を感じないアバウトなレイアウトは、無料だからボロくしたのではなく、自由競争と自動更新のカオス対策になっています。
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