ドイツ遠征に抽象絵画の参加が減っています。原因は国内で減っているからで、買う空気がない不景気で意気も落ちやすように感じます。我こそはという抽象画があれば、ドイツに向けて送り出しましょう。

「最近は抽象画に抵抗がない人が増えたね」なんて意見はみられません。何でもありのネットでも、「全然わからん」「意味不明」「きれいでもない」「いらね」の意見が圧倒的です。局地的に売れるゾーンはあっても、理解が広がっている様子は国内にみられません。

たとえば先日の、五千万円の絵を盗んで有罪になったニュース。元は駅の壁にあったあのアクションペインティングの純粋抽象を見て、金額に合った内容なのかの議論は起きず、難しくて僕は全然わからないと言う感想ばかり。何よりも反響の小ささ。

こうした抽象へのマイナス評価が寄せられてきた一因は、実は作品側にありました。抽象画はモチーフのおもしろさをウリにできず、見せ場づくりが難しい。その難しさに打ち勝った抽象画が少ない、往年の構造問題があります。高度ゆえ、傑作率が元々低いという宿命的なものです。

抽象画をいくら切り回しても、腹ペコの人にジュースを出すような、的へ当たりにくい面があります。世界中で多様な作風が出そろうにつれ、抽象画の新作が他人と趣味が一致する確率は下がっているのでしょう。そこは、モチーフできずなをつくれる具象画が有利。

そこで、いっそチーム化して作ろうではないかと考えました。こちらが買う身になり、作品に足りないものが何なのか調べる。徐々にそうした解決法が増えているところです。独りでやりたいように作っても、一向に夜が明けない理由は謎ではないのだから。
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|11-23|作家方針の工夫||TOP↑
日本で自慢だった原子力発電所は、地殻変動の津波で壊れました。かぶった海水で、海辺に置いてあったディーゼル冷却装置が破損し、原子炉は温度上昇で水蒸気爆発しメルトダウンへ。原発の地位は失墜し国際競争から離脱。発電所の関係者が不可抗力の無実を訴えたものだから、ならば今後また起きるから全部なくそうという世論に。今ココ。

しかし日本の失敗とは関係なく、フランスや中国など各国は原発をいっそう増強中です。そもそも原発という悪魔的エネルギー交換装置を人類が頼る最大の根拠は、種の生存です。昔から言われてきた氷河期の地球寒冷化で、暖をとれないと人類は絶滅が確定。

次に逆に地球温暖化への対処を要し、太陽の残り寿命の50億年よりもはるかに早期に、赤色巨星化する過程で核融合は活発化し、地球上の生物の死滅は確定。座して死する前に、人類は火星か土星の衛星へ逃げ延びるほかありません。月の空洞へ逃げたのでは、近すぎてやけどする。

大気が酸素ではない移住先で、電力づくりは酸素で燃やす石油や石炭ではなく原子力に依存する道理です。ただしこれらの長期スパン以外にも、近未来の需要が新たに出てきました。電気自動車です。

車から燃料タンクが消え、スタンドで売らなくなったガソリンと軽油を、発電所に集めて充電用の電力をつくることになります。が、化石燃料は国際政情で供給が不安定だから、地震が少ない国は原子力を主に使うでしょう。

悪いタイミングで原発事故が起きた日本は、世界貢献と商機に近いポジションから離脱中。自滅中。だからか国内に出回るプロパガンダでは、電気自動車の時代は今後百年来ない予想になっています。電気自動車の時代が来る日を遅らせたい願いは、内部にも外部にも山とある現状です。
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|11-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
モンゴル出身の横綱が他部屋の力士を叩いた凶器は、ビールびんかゲンコツかで、しばらくマスコミがゆれています。最近マスコミのフェイクニュースがひどいと言われます。マスコミ自身は指摘せず、指摘するのはインターネットのWEBサイトですが。

そのWEBサイトで、新聞社サイト以上にアクセス数が多いのが、トレンドブログと呼ばれるニュースまとめサイトです。そのトレンドブログが、最近の事件に関連して被害を出しました。9人の若い女性を殺し、遺体を一部捨てて一部室内に保管していた事件です。

その女性殺害事件の容疑者の関係先として、ある会社をトレンドブログが詳しく報告した。すると国民が電話で糾弾し始めました。「倒産させてやる」「殺してやる」という脅迫が続々とその会社に。市民たちの手で悪人たちを世の中から退治し、抹殺する正義の鉄槌がついに爆発。

いつものことで、関係ない会社でした。騒ぎに大喜びしたのは、トレンドブログの関係者。ガセネタで読者を山のように釣って、アクセス数を飛躍的に伸ばして得た広告費で、一億円以上の年収を獲得。大成功。

この問題に関して、学者たちは憂慮しています。「これではインターネットは信用されなくなる」「検索ソフトがアクセスが多い理由でフェイクニュースを優良扱いしてよいのか」「良質な情報は検索で下位に落とされ読まれなくなってしまう」と。実は学者たちは勘違いしています。

良貨を駆逐した悪貨を、良貨と呼ぶ社会に変えたはず。「よく読まれる情報が国民の真実」「人気が優良の証明」「下位に落ちたのは悪い情報」。これらは、高所得者ほど正義とするグローバル世界の諒解だったのに?。有名企業たちの不正も、1997年からの株主最優先のグローバリズムを追い風に続けたのに?。その新秩序を好んでおいて忘却が、ちと早すぎ。
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|11-17|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
参加希望者にたまにみるのが、「ヨーロッパでの個展を望み、それ以外は不要」という初心です。一発勝負にかける気概らしく。ところが結果的にこちらで個展や二人展をセットするのは、団体展参加者の中からです。なぜそういう結果になってしまうのか。

これは現地がついて来る下地づくりと、こちらがついて行く下地づくりです。日本でも個展は、6日10万円は最低限。ドイツだと2~4週間でもっと高いから、的を外すとダメージが大きい。個展の初日にお客たちが「これは違うなあ」と感じたら、互いに損です。的に当てたい。

そこでマーケティングリサーチというわけで、低廉な団体展で事前調査し、方向性を決めて個展の設計に入るのが得策で近道です。この慎重さは、現代アートの時代性とも関係があります。それは、一人の作者が多品種になっている現実です。

一人で、具象画、抽象画、写真、オブジェとマルチに手がけるのは、現代日本ではよくあること。いかにも現代らしいのは、各々に一貫した作風がなく別人のごとき作風になりやすい点です。外部に感化されがちな、情報過多の反映でしょう。

一人展で雑多に並べると何屋さんかが焦点を結ばず、現地の関心は薄れると予想されます。かといってヤマカンで選べば、外れる確率は低くない。現地でイケるイケないをチェックしてからの方が、よいペースを保てるはずです。一発シンデレラは、美術以外の分野でももう起きないし。

ジクレー展でめぼしい作品を顔見せし、感触を確かめるのは無駄になりません。だからか、当初はベスト作を推奨していて、今は新作や試作の出品が多くなっています。原画は温存され、消耗しないのも利点。
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|11-16|ジクレー版画物語||TOP↑
入社試験の面接では、しっかりした信念とやる気をアピールした学生が、優れた人材と認められる傾向があります。わが社を目指す動機は何かとたずねた時、整理された明快な答がはきはきと返ると、面接官も感心して一押しであろうと。

しかしその常識的な見方が無意味、あるいは現実はそうならない例が、ある業界から示されました。ネット投稿サイトで活躍している葬儀社の、社長による内情報告です。しっかりした信念を胸に抱いて、やる気に燃えていた学生は、入社してから仕事が続かずやめていくという。

よくある信念は、「みんなの役に立ちたい」「社会貢献したい」という高い志です。葬式を取り持つ重要さへの尊い気持ちと、冠婚葬祭の伝統を守っていきたいという立派な見識。そうした学生は、早い時点で転職するらしい。同業他社へ移るのではなく、職種を替えて業界を去って。

何となく食っていくために、仕方なしに葬儀の仕事でいいやという学生が、長続きするという。入社後もその調子かと思ったら、それも逆で。かえって仕事の本質が板について、ベテラン化する法則らしい。

かっこいいことを言うと化けの皮がはがれるとか、最初から軽い気持ちだと壁に当たらないなど、脳の作用もあるのかも知れません。しかし大事なのは、世の業務は食っていくために仕方なく存在する二重性が最初からある点です。絶対に欠かせない聖職も同じ。企業理念も後づけだし。

美術でも、可能性を夢みる人を見かけます。しかし事前のやる気と高い志が作品に結晶したためしがなく、早めに撤退してしまう法則を感じていました。大儀なしに作る方が、挫折は起きにくいのかも。
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|11-13|作家方針の工夫||TOP↑
美術作品サイト(ホームページ)を作る時、作家が注意すべきは需要の細さです。簡単に言えば、アーティストを見たい意欲が世界的に希薄。欧米ではある程度アート探索して作家サイトが重宝されても、日本だと作家サイトの出番がほとんどありません。

「皆さんお元気ですか」と芸能人が書くのと、芸術家が書くのでは、見たい人の数が何ケタ違うか。画家も彫刻家も、人気職種との差から出発する必要があります。サイトを見たい人数が絶対的に少ない現実は消せない。

日本に限るなら、芸術とか美術とか現代アートとかは、難しくてわからないから嫌いという気持ちが一般的です。絵や彫刻を別に見たくないし、生涯関係ない。ネットを見るなら芸能タレントの結婚や、政治家の失言や、東アジア国家紛争が先なのが普通。ヒマがあればそっちに目が向きます。

日本でアートサイトに来る読者の目的に、作品画像の回収があります。同業の美術家が参考目的でパクるのではなく、ビジネス企画書や報告書に貼るイメージ画像の調達です。こういう現実も、一応与条件です。

美術探訪する貴重な読者とて、作品を出して引っ込めてが手間だったり、ボタンを押し進んで迷子になると、閉じて去ります。殺人事件報道サイトや保険料計算サイトほどは見る気が強くないアートだから、サイト操作がメンドクサイと訪れてすぐに帰ってしまいます。

普通のサイトはメンドクサイに決まっており、ここで受注する作家サイトは、そうした隠れ事情に合わせて、さっさと作品の力量を見せつけ、美点を伝えきるに徹しています。相手側に、時間をかけてゆっくり楽しむ用意が最初からない前提で。購入動機へ直結する特殊機能も装備し、自薦の限界を超える他薦も簡潔に切り上げる目的です。
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|11-08|作家サイト作戦||TOP↑
住宅建築家の宮脇檀が語った悩み。「初めてマイホームを建てる人は、ショートケーキみたいな家を欲しがる」と。意味はおそらく小さなお城。出窓と丸いアーチやとんがり屋根にレンガ積み、屋根裏部屋やはしご、回り階段や対面キッチン。

実際にはすぐに飽きて不便で寒かったり負担ですが、初心のあこがれが強いから今では住宅会社はお城ふうプレハブもラインナップします。実は美術作品サイトも似て、ファッショナブルでファンシーなお城や御殿ふうのサイトにあこがれる傾向はあります。

住宅でよく言われる格言が、「家は三度建てないと良いものにならない」。簡単な話で、初回はショートケーキに向かう。反動で逆方向へ走り、三度目にほどよく落ち着く流れです。石の上にも三年や、ホップ・ステップ・ジャンプの三ではなく、こっち、あっち、真ん中と振動するキーナンバー三。

美術サイトも初回はファンシー、次は反動で凡、三度目に読者優先に目覚めるのかも。実際に注文主の好みが日替わりしたりで、制作中止も起きやすい。ファンタジーと現実との間で、注文主も迷い始めるから。

ファンシーの例は、古くは音楽で始まるサイトでした。大好きな曲を皆に好きになって欲しくて。読者はうるさくてすぐ閉じました。音楽に代わったのがアニメと映写や動画で、WEB業者も住宅会社のように応じています。

おしゃれ度重視の作品サイトで多い失敗が、北欧住宅の白壁ふう真っ白。作品が暗く見えるのは瞳孔が開く生理現象で、日本的な絵に合わないことが多い。器の美化が先行する点で、住宅とサイトは似ています。
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|11-07|作家サイト作戦||TOP↑
ブログもサイトも無料レンタルだと、広告が出ます。広告をなくすには有料になります。無料のままだと対外的に難もあるので、無料レンタルサイトを有料で使うケースも多くなります。

ただ、ある無料レンタルサイトでは、独自ドメインを他業者から引き込むのは不可で、中で新規取得するほかなく、しかもドメイン移管ができない規約でした。途中で方針転換できない。支払い額は、零細手作りサイトからみて安くもなく、何年かでコストが逆転し開いていく計算です。

これは無料にとどまる利用者の分まで払ってやるからで、だからサイトから直接収入がない美術では、無料レンタルと丸わかりのサブドメイン名と広告表示で続ける傾向があります。しかしテンプレートや入力ソフトが無料でも、当人の手間賃はかかる理屈です。

無料は利用者の労力をゼロ査定する前提で、だから就業率や失業率と関係します。好景気になると無料の価値は下がり、爆買いの気運に転じるような。日本人がパリで爆買いしたのは80年代。景気を測るのに、無料の語の価値は株価よりは世間の実態を映すでしょう。

無料レンタルサイトが世界的に急伸した背景は、世界同時不況といえます。しかし有料サイト業者は今も駆逐されずに栄え、実は無料サイト制作者と同一人物だったりします。これは作りやすいテンプレートが供給過剰で、値落ちしている事情もあるのですが。

サイトの印象はテンプレートで決まるかに思えて、実は画像と活字で雰囲気が大幅チェンジします。「これいいね」と一目ぼれしたサイトは、貼られたレンタル写真の魅力だったりして。最近のブログとサイトはレスポンシブル設計で、全般にすき間が広めで大味です。でもアクセスする読者に切実なのは、むしろボタンの押しやすさや迷子防止など操作系です。
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|11-04|作家サイト作戦||TOP↑
日本のニュース番組で近年話題になった、現代アートフェスティバル。都市の喧噪から離れた郊外、あるいは田舎や離島などに現代アート作品を集めて展示するイベントです。お祭りの見世物と親睦会の目的があります。バーベキューとビールが人気。

それに対して欧米でいうアートフェスティバルは、要するにバザーです。買い物をする市場を開く意味。だから伸び伸びする郊外ではなく、サイフを取りに帰れる日常の距離で行われます。日本の美術祭とドイツの美術祭は、方向性が全く異なります。ドイツでは遠方に隔離しない。

ジャパン・フェスティバルのように欧米以外にアジアにもある日本特集や、先輩のジャパン・エキスポも同様に商戦の場です。だから出展者は、日本人以外も混じります。人が集まる場では、売れたが勝ちの論理。

「この作品で驚かせてやるんだ」「話題をさらって新聞に掲載されたい」という目標は、日本の事情です。世界中の美術祭ではその手の戦いではなく、お客に多く高く売ることで社会貢献します。当然我々も、多く高く売れる方向に引率します。親睦会や思い出づくりよりも優先して。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンのステージプログラムでは、各国の人たちが日頃の日本文化技芸を披露します。一方でアートの階にはドイツ国内コレクターが買い出しに来て、業界人も回っているとわかってきました。たこ焼きや日本酒の宴の中で。

だからここでも、「結果は参加者の力しだいです」なんて話はやりません。「こうやれば反応は良かった、これだと悪かった、この方向なら伸びそう、こういう改善もあり得る」と、売れる確率を上げる話し合いになります。
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|10-31|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
アメリカ民主党のケネディ元大統領暗殺事件の公文書を、共和党のトランプ現大統領が公開する話題。暗殺だからむろん陰謀ですが、主犯が公的機関にいると世間で言われ続けた最大の理由は、銃弾の不合理でした。

大統領の被弾は、背中と首を後から、頭を前からとされます。逮捕され二日後に殺されたオズワルドは、大統領を後から撃てても、後へ向けたマンストッピングはできません。近年の情報は、3種の銃から計5発だという。狙撃者は3方向にいたのに、公式記録では単独犯。独りなら、誰が口封じ?

事件後たくさんの憶測やつくり話の陰謀説が故意に流され、論が踊りました。かなり前に日本のテレビ特番を見た後輩がこう言いました。「大統領の奥さんが、散らばった脳を手でかき集めるシーンが放映された」と。今のネットでも同じ説明が出回っています。

いわゆるザプルーダーフィルムを見ると、なるほどオープンカーのトランクリッドに乗り出した妻ジャクリーンが両手でゴシゴシします。ところがよくよく見ると、そうはしていません。ジャクリーンは、片手で何かをつまみ上げただけ。かき集める動作とは違う。よく見れば。

「両手で脳をかき集めた」ではなく、「片手で骨片を拾った」が正解だそう。直行した病院で医者に渡した記録があります。だから、彼女が車から逃げ出そうとした説もつくり話。言葉説明に引っ張られて、映像が違って見える不思議な現象が起きた例です。

たとえば美術作品でも、「この絵はこれこれです」と説明があれば、やはり似た体験が起きるでしょう。言葉に引っ張られて集団勘違いが起き、デマも生まれるでしょう。解説を頼る鑑賞で生じる問題です。ところで、ゴッホらの絵にも当時の公文書があれば、新しい秘密も期待できそうな感じ。現実は無名すぎて他者からみた記録なし。
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|10-28|芸術の秘密と謎||TOP↑
というわけで、作品画像データのバックアップが課題です。メディアは三つ必要です。原理のヒントは、WindowsとMacの上書き保存コマンドにありました。上書き保存とは、元データを画面に読み出し(開き)、内容を変更して、元データにかぶせて更新する操作です。上から書き変える意味。

昔のMac歴が長い方々は、上書きの時にデータを全て失った体験が何度もあると思います。これがWindowsソフトでは起きなかった理由は、アプリケーション動作順序が違うからです。設計思想の違いらしく。

まず予備知識として、上書きは見せかけです。データを重ねて差分のみ替えたりは不可能だから。上書きの内訳は、元データを消して画面データを新規保存するだけ。元の属性や履歴を裏で引き継がせて、差分更新したかに見せかけ、実は新旧データを丸ごと交換するだけ。

旧Mac用ソフトの動作は、そのままの順序でした。元データを完全消去し、代わりに画面データを新規保存する順序。一個に減らして、二個に増やす順序。ところがこれだと、一個に減った次の瞬間にフリーズや停電が起きると、元データと画面データを両方とも失います。さっきまでディスクにあった元データまで蒸発して。

一方のDOS用やWindows用ソフトは、自動的に画面データを拡張子「bak」で新規保存し、次の瞬間に元データを完全消去します。その次の瞬間に、「bak」データの拡張子を「ai」「png」などに書き換える順序です。三個に増やして、二個に減らす順序。新旧データが計一個になる瞬間を生じさせない仕組み。画面の一個なら、なおさら。

このフェイルセーフ思想は、手動のデータ複写でも使えます。つまりバックアップ用のメディアは、メインディスク以外に二個必要です。保存場所は、計二個ではなく三個必要。
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|10-27|パソコンとネット関連||TOP↑
絵はがき展を始めた理由のひとつは名刺です。アートフェアはアーティストの宣伝目的だから、名刺の備えは自然なこととして、場所と整理で意外に高コストです。自作した名刺を送って置いてもらうのに、追加料だとか。

そこで名刺を大型化して絵はがきにし、制作企画にした事情もありました。相手が捨ててしまうメモ相当にとどめず、商品化しました。ついでに絵はがきブランドを用意しました。

通常はがきサイズでは目立たないから、大判です。国内のポストカードにないサイズで、色もとてもきれい。その後、日本の印刷所で絵はがきの種類が急減したのは、2014年の消費税率上げ以降で、印刷料も日本の方がずっと高くなっています。

一品のジクレー版画と違い、量産する絵はがきはオフセット印刷で、これも版画に分類されます。ドイツではアートグッズだけでなく、鑑賞用ミニ作品としても買われます。絵はがきとジクレー版画は競合するから、作品選定の大事な条件です。

現地のはがき印刷は色彩がよいから、画像は厳選します。制作中の一枚は撮影画像がいくつかあり、解像度、階調、ディストーション、ノイズの何かがアウト。原画は売却済みで、以前あったゆくえ不明画像を探し、受信ホストで見つかりました。きれいに写っている画像で一安心。

ジクレーよりもオフセットの方が、原稿の条件はシビアです。原理的に分版とスクリーン処理が入るので、縞模様が出るなどトラブルも多く。撮影用カメラの性能も欲しく、撮影法も重要だから撮影ガイダンス企画があります。絵画撮影というマイナー技術を、生涯に一度だけ覚える企画です。

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|10-25|ブランド絵はがき物語||TOP↑
今でもたまに誤解があるのが、ジクレー版画展の参加資格です。ジクレー版画の本を読んで勉強したり、ジクレー版画セットを買って彫刻刀で彫るとか、版画家になる訓練をイメージしているケースがありました。

実際にやる作業は、作品を写真撮影するだけ。調達が必要なのは版画づくりキットではなく、デジタルカメラです。版画業界で版画に定義されているジクレーなる技法は、厳密には技法ではありません。表現法と言っても、何か違う。

人によってやることが違うからです。ある人は油彩画だし、アクリルや水彩画かも知れないし。クレヨンや鉛筆も当然あります。さらに、風景を撮った画像をジクレー化してもよいわけです。間に絵をはさまなくても。

それはむろん写真作品と呼びます。写真引き伸ばし機(エンラージャー)を使った従来の暗室作業は、後にミニラボに替わり、写真引伸プリンターかジクレープリンターに替わりました。シャッターを押せばジクレーにできるから、人類全員が訓練なしにジクレー作家になれます。

ジクレーの条件はインク吹付プリンター出力なので、レーザープリンターで印刷するとレーザー版画と呼ぶべきでしょう。90年代に日本で大売れしたアメリカの版画に、輪転機で印刷したオフセット版画がありました。これは虫眼鏡で見ると網目になっていて、簡単に判別できます。

ジクレーの利点は、原画を売った後に版画で再販できることでしょう。昔はデジカメがなかったから、自分のヒット作を手で模写して、木版画に彫り直して量産しました。知られる実例にムンクの『叫び』があります。
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|10-19|ジクレー版画物語||TOP↑
日本の衆議院選挙は、何が目的かの論争から始まりました。この28年の流れでは、東京を火の海にする予告に対応する足場固めが8割で、お友だち優遇政策糾弾に煙幕を張る副次目的が1割というところでしょう。

昔2発落ちた核の3発めが、新たに日本の何県何市に落ちて何人死ぬかを予想した書籍が売れゆきを伸ばす中、遠いEUの悩みのひとつはスペインの内部分裂です。芸術関連でよく聞くカタルーニャ地方が独立し、スペインを去る住民投票が終わったところ。まるで日本からの愛知県の脱退。

スペインに限らず世界のいくつもの国は、旧ユーゴスラビアと似て別文化圏をつなげた構造だという。それを接着する安定経済も、EUへ加入して国内の自治権をなくしたせいで不景気続き。昼食時間が長いエンジョイ型のスペインは、勤勉なドイツに食われ再起不能らしく。金の切れ目。

カタルーニャ州はスペイン最東部でフランスと接し、バルセロナ市を含む地中海に面した地理。独立後にEUに単独加入する希望があるらしく、するとまた自治権をEU本部に召し上げられ再び失墜が予想されます。

EU国の内紛は、ナショナリズムとグローバリズムの対立が原因です。前者は自国ファーストで、国家単位の安定で世界が安定する価値観。後者は株主ファーストで、国家を壊して人・物・金の移動を自由化すれば、利益が極大化する価値観。カネをめぐる階級闘争なので、フランス革命の現代版であり、焦点は人道や人種ではなく富の配分です。

EU国でグローバリズム反対派が伸びたのに、日本の衆議院選挙にナショナリズム政党はありません。これは、日本で野党がかみ合わず空回りする理由と同じでしょう。ところで日本には美術という与党に対し、現代美術という野党があり、かみ合わないというより互いに無視しています。
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|10-12|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
テレビ特集番組で知られる、バングラデシュ、ミャンマー、マレーシアなどの国名が出てくるロヒンギャ問題。南アジアの国籍なき人々の集団ですが、日本では群馬県に多いそうです。国籍がないまま民間に退避。

そしてミャンマー国では国際問題となり、各国が責め立てている最中です。差別はよせと。しかし訳ありな過去のいわくが大きいから、差別をやめろとだけ圧力をひたすらかけるのはまずいのでしょう。

東京での話。パビリオンに入る行列に並ぶ日本人が、1人の外国人旅行者からあなたの前に並ばせてくださいとお願いされた。時間不足で困っているならと、係員を呼んでOKを出すと、観光バス3台分の人を連れて来たという。1人なら許せても、100人は許せないのが普通。

日本でロヒンギャ問題が破裂しないのは、人数が2百数十人だからです。ミャンマー国では50~80万人とされ数千倍です。この数量の程度問題を考えないで、ミャンマー国は差別がひどいと各国報道やコメンテーターが叩くのは、たぶんまずいのでしょう。

ドイツのデュッセルドルフ市には日本人が多く、ジャパン・デーと呼ぶフェスと日本人街もあるという。しかし合計5千人だそう。企業の派遣であれ1年以上いると移民になりますが、その規模なら許されるのでしょう。選挙権もないし。でも100倍の50万人となれば、扱いが変わる覚悟も必要でしょう。

差別差別と簡単に口にする前に、負担できる国力かも計算に入れないと、たぶんまずいのでしょう。人間の力は無限ではないから、程度の問題を考える習慣を国際社会は持つべきでしょう。程度問題への配慮を欠いた原理先行のポジショントークは、世界の歪みを拡大する方向でしょう。
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|10-07|その他||TOP↑
昔、後輩のHが「東ドイツは理想の国だ」と言い出したのです。首都東ベルリンは幸福に満ちていると言い張って。「壁で分断された冷戦のベルリンがか?」とたずねると、「壁も冷戦も全部ウソでそんなものはなくて、自由に行き来できる楽園だ」と。こちらが絶句すると、Hは真剣で得意げな顔。

Hは自力の思考ではなく、おそらく何かの本を読んで思想を固めたと思われ、冷戦時代のソ連筋からのプロパガンダを信じたのでしょう。当時テレビニュースによく映っていたベルリンの壁を、実在しない架空だと言い出すとは。ジェーンエア年鑑などもあるのに、洗脳される若者の怖さ。

ベルリンの壁は1989年に東ベルリン市当局の伝達ミスで急展開し、西へ侵入する東市民を放置する命令が東から出て運命の扉。背景はむろんソ連初で最後の大統領ゴルバチョフ。壁はハンマーや削岩機で壊され、翌年統一ドイツに戻ったのです。東ドイツ生まれの女の子が、今はドイツ国首相としてEUを仕切る出世。

この壁のゴタゴタによって、ベルリン市内は今も開発途上都市であり、建設工事のクレーンや道路の掘削があちこちでみられます。首都でありながらも主要企業は他市へ避難していたので、ベルリン市は総合アート情報都市を新たに目指すことに。

その街づくりのダイナミズムもあってか、変化のテンポが速い。今日あるものが明日はないかもというのは、展示場所もそうです。ここで10回展示会を開いてと始めたら、9回目の直後になくなってしまいました。

今あるものを今すぐ活用しないと、流れに乗れないのです。来年はもっとよくなるだろうと期待すると、国際都市だけに他国へ持って行かれたり。混沌に生じる番狂わせを、アートコレクターも狙っていて。日本からも街づくりに加担しつつ、運を引き寄せる余地が大きい今です。
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|10-04|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
東京23区の私大で定員増を許可しないとの、有識者の提言がありました。全国から若者を召し上げる人材吸収を防ぎ、地方創生につなぐ提言に思えます。23区内の私立大学と短大は、収入増ができず困ることでしょう。

この提言には保護主義批判以前に、因果の不合理があります。かつての流行語「抜本的な解決」に照らせば、結果の方を動かして原因を変更するという因果の逆転を犯しています。本来なら、原因をいじって結果を変えるのが正常思考で。順序があべこべ。

類例があります。最低賃金の上昇は好景気時の大盤振る舞いだから、景気が最悪な中で最低賃金を上げて好景気に至らせる発想は不合理です。この倒錯の古典が、アフリカ各地の現地人の行動「腹を壊した子には水を飲ませないように」でした。道理が逆で、子どもの脱水死が続出。

日本が東京一極集中を今も続けるのは、国民の総意です。スケールメリットで国際競争力を保つ決意で、意図した中央集権です。現に都内の再開発は目白押しで、方や地方は道州制に関心なし。自治体の首長の多くは、自立を否定し東京から税を受ける従来方式を希望しています。

皆がトーキョー圏の城下町になるのが、全国的な願望かも。どんな才人も名古屋や大阪にいては上がれない現実があり、多くの企業や有力事業所も、地方の時代が叫ばれるのに合わせて、東京に本拠地を移してきた過去があるのです。一例は地方街づくりの論客でもある、建築の安藤忠雄。関西を去ることで、国づくりにも関与できた。

その中で大学生のみ流入制限するのは、誰に見せたいお芝居なのか。国策は頭脳の流入大歓迎だから、私大に限らず誰も従う気にならないはず。東京キー曲のテレビに出る者だけが日本を代表し、他は無名の存在でよしとする割り切りは、ネット時代にも肯定されているのだから。
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|10-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリンはまだ規模が小さいから、ひとつの作品で会場の印象を左右できます。とはいえ出演者心理としては、より大きい展示会に参加する方が誇らしく、実績としても有効でしょう。

しかし現実には、延々と広がり続く大型フェスティバルだと、規模に比例して作品の脇役感が増し、相対的に個々の出し物の印象は薄れるでしょう。町祭りも大規模になるほど、たこ焼きや金魚すくいなどのひとつひとつの存在感がなくなるあの感じ。

美術館学の研究で、展示作品が多いほど来館者が個々の作品に入れ込まない法則があり、これは無意識に脳の疲労回避で、気持ちを浅く保つ反応と説明できます。高級アートフェアでは、作品数が意外なほど少ないのに全部売れるなど、この応用あっての成果でしょう。

作品が最も目立つのは部屋に一点だけの展示で、今はどうか『モナリザ』がそうだったような。ルーヴル美術館の旅行者から、時代順に絵画を一点ずつ全て鑑賞する失敗が言われたもので、歴史名作以外の自分的傑作を探すのもしんどい作業です。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンは全体が昇り調子にあって、芸術の階のお客によその市からの偵察訪問があると聞き、今回は初めて意識しています。ここへ行けば何か見つかるぞという、期待感の種をまいておくことを考えています。看板も出して。

ベルリン市の地理はドイツのかなり北東で、ロシア寄り。中心街は旧東ドイツ側エリアも多い歴史事情で、今ベルリン市内で会うアートコレクターは、裕福な南部からの出張も多いのだそう。前に取り扱い画家で売れたケースは、ベルリンに別荘を用意した南部の方で、フェスティバルで作品を見ての追っかけで、アフターにも買ってくれました。
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|09-30|物語の局面||TOP↑
日本でネットアクセス数が多いネタは、芸能人、金儲け、ファッション、東アジア問題、ダイエット、政権対立、健康だそうです。殺人事件の三大動機である金、異性、名誉プラス生命の話題は、人々の永遠の関心でしょう。

活字執筆の募集も、芸能人追っかけルポや株や為替投機、美容ダイエットが圧倒的に多いそうです。登山とか鉄道模型、夜釣り、クラシック音楽などは、国民の関心が低くアクセス数がかせげず、広告収入に結びつかず。

鉄道模型よりは熱意が少ないであろう現代アートは、社会現象につなげてイベントを成り立たせている面があります。実際に現代美術どころか美術全般で、ネットで情報を探す人はかなり少ないとわかっています。マイナースポーツの方が、まだ一桁以上多いほど。

だから、日本向けの作家サイトでは何も起きないものです。ムキになって芸術論などサイトに並べても、それほど増えないし。民主的なアートフェアと独裁的な公募コンテストの、どちらが主流かに照らせば、国内で庶民が美術を探す目的はあまりなく、一応つじつまが合いますが。

ならば外国向けに作家サイトを作れば、外国からアクセスがあるかといえば、アルファベットサイトの大海で、偶然発見される確率はやはり低いでしょう。そこで、現地の展示会でアドレスを知らせ、直接アクセスされるアポイントツールとするのが現実的です。

展示会場で作品を見て、作家サイトで調べる慣習が向こうにあります。その目的にマッチした作家サイトを作って、話が進んだ例があります。気をよくして、見てわくわくするサイトを研究中です。方針は自演を薄めること。
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|09-25|作家サイト作戦||TOP↑
アート・マネージメント・システムでアーティストのコンセプト整理に当たるうち、スピリチュアリズムに話が行くことがあります。思考より哲学より、まだ奥のもの。並行して、個人サイト用の増補出版草稿も進めており、これがなぜか東日本大震災の幽霊関連テーマです。

東日本大震災は世界にツナミとゲンパツの衝撃を起こし、ドイツでは政策が急きょ180度変わったほど。ただ副産物として、「今の日本はどういう国か」「日本に特別なものが多い」「旅行して最高だった」「僕も日本を知りたい」という世界的反応も起きました。

2016年から、東日本大震災の現場に出る幽霊の話題がネットに増えました。大学の研究が発端ですが、どれも霊体存在論には向かわない様子。太古以来の慰霊方向へと収束し、興味本位の不謹慎との指摘もあったものの、割り切らないグレーなとらえ方に理解ある日本人が多い。

災害現場の怪現象は、かつての民放テレビならこうかも。「不思議な体験が続く、犠牲者の霊が出没する夜、その時カメラは見た」。しかしこうした昭和の感覚は変容し、今はフォークロアの原型にむしろ忠実です。「今の日本はどういう国か」が表明されている感じ。

はっきり感じ取ることと、存在することはイコールでなく、空白があります。そのすき間で、もめるひとつが芸術です。上手なデッサンや鮮やかな色とは違う、説明困難な次元に芸術性が宿るから。

日本の画家は花鳥風月を基本形として、社会問題を後回しや婉曲にとどめる作り方が多いようです。そこには、かえって原始的なスピリチュアリズムが入りやすいのでしょう。ただそれを絵に表すのに、慰霊方向に落ち着きながらも、「その時カメラは見た」の衝撃も欲しいのですが。
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日本現代美術をドイツへ

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