今夜の日本のサッカー試合も、事前のフラグどおりの結果でした。すなわち、前評判が高いチームは振るわず、最低最悪と言われたチームが善戦する法則です。期待と結果がひっくり返る、いつものお約束というか。

勝てそうなら負けて、負けそうなら勝てる結果論が、サッカーには異常に多い。ロシア大会のここまでの試合は、その法則が次々と表れています。ドイツに勝ったメキシコ。そして日本も。むろん偶然を含めた乱高下で逆転できる程度には、底力がある前提ですが。

評判と結果が逆転しやすいのは、人間の脳内で安心と不安がパラドックス的に作用するせいでしょう。開き直りや居直りの集中力や馬鹿力。アベレージの差が消えるほど躍進したり、逆に空回りしたり。手を使わないサッカーでは、その凸凹が増幅され、事前予想をくつがえします。

しかし同時に、見守る周囲も安心と不安で動揺を増幅させ、絶賛や非難で激しく反応します。今回の日本の監督解任も、鴻鵠の志を知らぬ取り越し苦労が濃厚。三カ月前のウクライナ戦とは逆に、2006年と2014年の日本は最高の仕上がりと言われ、本番の結果は散々でした。

ある程度で済まないほど、あべこべ結果が多発するのがサッカーのワールドカップです。不思議だけれどわかる気もするとしても、他の競技ではそれほどの番狂わせは少ないようで。サッカーの特異性でしょう。

身近には、美術作品でも起きている気がします。よくあるのは、素晴らしいスケッチ画をキャンバス画に仕上げると、つまらない作品に終わる結末です。どうでもいいスケッチの方が着彩して伸びる、逆転の法則。しかしこれは似ているだけで、サッカーの法則とは関係なさそう。
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|06-19|芸術の秘密と謎||TOP↑
サッカーワールドカップ2018ロシア大会の、賭け予想に使うオッズがイギリスで発表されています。日本代表チームは勝てそうにないから倍率が高いのですが、アジア勢では最も勝利に近いと予想されています。おそらくジャパン・ミステリーというもの。

日本チームに期待される何かは、まずは幸運でしょう。サッカーで耳タコのことわざに、「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強いのだ」があります。勝負は水ものだから、結果をみて初めて強弱を言えるという、ゲームの不安定さを言っています。

サッカーと逆の傾向はバスケットボールで、得点回数が多いし、地力と逆になるほどの誤差は出にくい。力量差の最新推移が、結果に相関しやすい。サッカーの方が番狂わせが目立つのは、得点回数が極端に少なく、また手元の狂いよりは足元の狂いの方が大きいからでしょう。

だから、仮にジダンにでも長く監督をまかせ、試合直前に高校教師に監督を取り替えても、「自分たちのサッカー」で勝てる可能性はあります。それだけに、チーム育成と本番の指揮を別人が担当すると、手柄があいまいになり喜びも悲しみも半減する道理で。

ところで、美術制作の勝ち負け。日本なら受賞を目指す公募コンテスト展、外国なら売却を目指すアートフェア。これらに作品を出しての勝負は、果たしてどの程度水もので、番狂わせが起きやすいのか。貴重な一点とは。

誤差どころか、ワザありの尺度がTPOで正反対なのが美術です。なぜこれが高く売れた?、なぜこっちが売れない?。スーパー水もの。それどころか零点のみじめな全敗が、百年後に値千金に輝くかも知れず。おもしろさを通り越して、わけわからん混沌がいつものことなのがアート。
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|06-14|芸術の秘密と謎||TOP↑
アメリカのトランプ大統領はG7で、自由貿易主義のEUに対し、保護貿易を主張しました。それは時代に逆行する暴挙だと、EU側のマスコミは大批判します。ただ、国の保護はそれほど罪なのか。神が許さぬ悪行か。自明の理で済ます者は、大丈夫かと思う時もあります。

市場完全自由化の正体は、誰を富ませ誰を退けるかの配分を設計した上で、キャッチフレーズ化した流行です。時間のスパンが長い流行で、芸術はデッサンなりと似た感じの、普遍性なき一時ルール。

文明国で行われている保護主義的な傾斜策のひとつに、クオータ制があります。多くの国で国会議員は地区に分割して選挙するから、能力が高い順とは違う。国会議員の三割は女性とする女性枠も、クオータ制です。ガチの完全能力主義を避けるのが、むしろ文明国の機微のようで。

国家間の経済ハンデもいたるところに現にあり、日本からドイツへ美術を送ると関税は19パーセントで、逆に日本へ送ると5パーセント。ドイツ経済は保護主義的です。

1990年代のアメリカ発グローバル経済は、アメリカの食料を勝たせるために自動車の首を差し出したと、日本には映りました。つまり国と国の争いではなく、どの職種が儲かるようにするかの闘争が、貿易問題の実体です。ドイツ対アメリカではなく、職種対職種の利益争奪戦。

トランプ大統領が複雑な人にみえるのは、「わが国の利益」と正面切ったからで、「永遠の正義」と構える人とは意見が合いません。価値を固定的にとらえると間違う典型といえる、美術の「良い作品」と似ています。受賞作品、売れる作品、創造作品、歴史名作が一致しないあれ。
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|06-12|美術の基盤は経済||TOP↑
運転免許の実技試験。コースを走り不合格の時、「次回はがんばってね」とだけ言われたのでは困るのが普通です。今の運転のどこがまずかったのか、どこに改善が必要かを知らないと、次回の対策が立てられません。

当てずっぽうの自己採点だと、良い部分を改めたり、悪い部分を放置するなど不安です。だから教官はここが悪かったと指摘し、改善するコツを伝えるものです。できていた部分も告げ、そこは維持するように言うはず。

ただしそこまでやるのは、合格の世話までを仕事とした自動車学校に限られます。県の公安委員会が運営する自動車試験場だと、コツのレクチャーなどは行いません。合格か不合格かを判定し、証明書を発行するだけ。

これを美術の募集に当てはめると、公募コンテスト展はこの自動車試験場タイプでしょう。審査員が合否を判定し、合格なら先に進める。不合格ならすぐに帰らせ、「次回はがんばってね」と。

対してここの企画展などは、自動車学校タイプといえるでしょう。そもそもアートフェアなど市場への出品募集は、必ず会場に出す前提なので落選の概念がありません。募集側はジャッジでなくバイヤーになり、作者とグルで商戦に挑みます。当然、脱輪しないよう手を貸すことにもなり。

フェアだと現地客が審査員だから、購入の合格判定が出るよう作者とともに対策を立てます。コンテスト展とフェア展は、それほど違います。とにかく日本の大型美術展は、驚くほど公募コンテスト一辺倒です。お上が優秀作を決め、優劣を庶民に先に伝える順序が好きな国民。これは創造の面で考えると、ジャッジが狭い上に受動鑑賞になるのが欠点です。
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|06-07|物語の局面||TOP↑
サッカーワールドカップ2018ロシア大会で、日本代表チームが国内ファンから祝福されずに出国しました。世界でも珍しい直前の権力側クーデターで、セルビア(旧ユーゴスラビア)人監督を電撃的排除。彼が予定する能力主義的な選手の登用を、連盟が阻止した反動といえます。

セルビア人監督はワールドカップ16位の監督実績で、世界の技術的潮流かつ日本選手が苦手な高速縦反撃を重視し、従来の広域パス回しを卒業させようとしました。この現代化で直面する一対一で負けない動きに対応できたのは、主に若いニューフェイスでした。新個性の萌芽。

そのニューフェイスたちは、過去に日本が勝っていないオーストラリアにも初勝利した手柄で、日本はアジア地区予選を一位通過し出場権獲得。が、新世代だから過去の実績がなく、強い支援者の縁故もない。美術にたとえれば、新進の前衛的な作品たちです。

テレビや新聞のCMは、名が知られる年長のビッグ3やビッグ4で制作済みとされ、ニューフェイスたちとポジションが競合します。そこで知名度の方を重視し、指名権を持つ監督もろとも片づけたのではと、もう雑誌にも書かれています。能力主義の野球やスケート、卓球のようにはいかず。

名のある先輩選手が、名のない後輩選手の手柄を召し上げ舞台に出る。しかもチームに新技を加えたのはセルビア人監督で、仮に準優勝すれば彼の功が大きいわけで、続けていたら優勝できた理屈。勝てても正義は対オーストラリア時の体制にあり、新監督は時間不足で役も小さい。

美術よりスポーツの方が、能力尺度が明瞭なのは確かなはず。しかし新しい才能が削られ、本番でよくみる新人成長劇も封じられ、4年前のブラジル態勢に戻したも同然。年輩選手の過去を高く買った再起用に、コアなファンほど「何だかなー」と気持ちの整理がつかない状態です。
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|06-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
少子化のせいで不況になったという、よくあるフェイクニュース。適齢期の団塊ジュニアは人口が多めなのに、結婚しないから子どもが減った。物を買う人が減ったから消費が伸びない。結婚しない特殊な哲学が日本を傾けたという、この若者犯人説を信じる人は今も多いみたいで。

むろんその説明は虚偽で、因果関係は正反対でした。1970年代の日本は人口爆発が心配され、角栄の列島改造論もその前提でした。人口減に話がひっくり返った一因は、90年代に始まる長期デフレです。消費が伸びないから貧困化し、結婚不適格で子どもが減ったのです。

デフレ経済は、節約と価格破壊で起きます。緊縮財政、経費節減、ストップ無駄づかいで不景気になる。好景気は逆で、財政出動、経費拡大、浪費と空費。意味もなくアートを買い込むと、好景気の時間となる。

90年代のテレビ番組は、物価が下がるほど国民は幸せになると唱えました。城南電機のあの社長とか。しかし下がった結果は、途上国化。さらに痛かったのは、価格低下で品質低下が起きたことです。ファッション衣料が3980円から1980円に下がっても、客が得しなかったのはなぜか。

同一商品ではなく、粗悪品と交替したから。布地の伸縮性が乏しく、洗濯すると固くなり、糸が切れやすく、穴があくのが早い商品と交替。70年代の古着といっしょに洗濯しても、先に破れる。値段半分、寿命四分の一。

品質低下が新幹線やエアバッグやテレビ番組にも及ぶとは、番組スタッフも想像できませんでした。美術館も経費節減で、収蔵品が傷みだしたという。出費が小さいほど国が富むのだと、国民は正反対に理解しているから不況が続きます。無駄づかいで裕福になるとは、確かに芸術的な破天荒ロジックだから、わかるだけでも壁は高い。
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|06-01|美術の基盤は経済||TOP↑
シェアハウス会社が倒れ、バックの融資銀行内で不法行為が常習化していた事件です。そもそもの問題は、「シェアハウスは新しい日本人の、新しい暮らし方です」と誰かが言ったデマが発端の事業です。

間違った前提で築かれた新文化が、早晩に転ぶ事例といえるかも。日本のシェアハウスはあこがれの生き方ではなく、貧しい生き方です。失われた26年を記録更新し続けているデフレ日本国で、住宅事情の貧困がシェアハウスの正体なのだから。シェアは不景気の合言葉。

格差社会で生じた低所得層が自宅の家賃を払えなくなり、路上生活に転落するピンチ。そこで、家賃を半額に下げる苦肉の策が、シェアハウスの原意です。割り勘住宅の意味。移民たちが同性異性を問わずよくやる、二人で一戸の住まい方です。

ところが若者の搾取に触れたくない論者も多く、現代若者のライフスタイル哲学が生まれたとつくり話を語る。そのデマを信じた小金持ちが銀行融資を得て、シェアハウスオーナーとなりユーザー不足。デマを信じておしゃれに豪華に高額に、貧困向けアパートを建てた論理矛盾が敗因です。

この道理のシェアハウスで、有名なのはゴッホとゴーギャンです。結末は、ゴッホはゴーギャンを刃物で殺害しようとして失敗し、自らの耳を切り届けようとしたあの事件でした。いさかいの背景は貧困で、二人とも絵がさっぱり売れないダメ画家だったせいでしょう。

ゴッホには他にもコロニー計画があり、これも何度出品しても誰も買わない芸術の宿命を前提として、自己救済も含めた苦肉の策でしょう。世界各国で現代アーティストたちが利用するシェアハウスも、昔からほとんど事情が変わっていないように思えます。
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|05-24|美術の基盤は経済||TOP↑
ジクレー版画と絵はがきとでは出力手順が大きく異なり、印刷所ごとに入力原稿仕様が厳格に決まっています。ドイツの印刷所を使う時は、資料を取り寄せドイツ語を調べる必要があります。

ところがいくら厳格でも、OSや各機器ドライバーソフトのクセもあり、データどおりの再現は不確定です。さじ加減も必要だから、雑誌社も印刷所の特定職員と連携することが増えます。

カラーマネージメントのネット情報を読むと、非常に難解です。一枚の画像データにカラープロファイルが一個必ずついて、他に変換のみ可能な仕組みなら理想です。現実は、消したり他を名乗ったりが可能で、また画像ソフトの設定と反応も理解が難しく、トラブルが絶えません。

ネットの人物写真が赤ら顔だったり、逆に生気がなかったりは、カラープロファイルの不一致でよく起きます。画像ソフトで保存時にカラープロファイルなしが選べたり、なしにするテクニックもある害です。当面は、PNGデータにはつけるなという意見をよく見ます。

一般にプロのデジタルカメラは、カラープロファイルが印刷出版向けに設定されます。同じRGBデータでも色空間が大きいので、画像の内部数字は異なります。主流の色空間が少なくとも二種類あるから、どの種かを宣言するカラープロファイルを消せること自体、発想がおかしいわけです。

消されていたらブラウザソフトが博打的に決め、外れたら二度濃くして赤ら顔や、二度薄めて生気なしなどが起きます。結論として絵画の画像でも、撮影時のカラープロファイルを必ず埋め込みます。大量の原本画像がカラープロファイルなしなら、メモ文書でも添えるのが現実的でしょう。
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|05-21|ジクレー版画物語||TOP↑
ピラミッドとアポロ宇宙船の匿名ネット議論は、芸術の考察に役立ちます。それは宇宙人と地球人との関係や陰謀論という切り口よりも、人類のロストテクノロジーの観点です。この手の話題は何度もやってきました。

ピラミッドは科学技術が発達した今も作る方法がわからないから、宇宙人が作ったのだという説。アポロ宇宙船は六回着陸した後に、科学技術が発達した今の誰も月に行けないから、『2001年宇宙の旅』の映画監督を起用したスタジオでの芝居だったという説。キューブリック罪人説。

どちらの俗説も、信じる人の輪は急速に広がっていて。両方に共通するのは科学が発達した僕らは、能力向上し続けている前提と自負です。そこには、過去の技術が消える視点が抜けています。

最近イギリスから届いたニュースは驚きでした。学校にある時計を読めない生徒が増えたから、デジタル時計に総入れ替えした話題でした。長針と短針の位置で何時何分何秒かを読み取ることが、もう人間にはできない時代に入ったのです。原因はスマホらしく。

つまり針式のアナログ時計は、ピラミッドやアポロ宇宙船と同じ立場です。いずれ製造もされなくなり、人類にはそんな装置は作れない説の候補が、またひとつ増えた。他の候補は、ロータリーエンジンにディーゼルターボ、MT車、ガス炊飯器やカラー写真フィルムなど、ロスト予定がひかえます。逆にロストしなかった例は、音楽レコード盤。

「今の僕らにできないことは、昔はできたはずがなかろう」という現代人の自信。それは違うでしょとわからせてくれるひとつは、美術です。昔の絵を卒業したつもりでも、似せて描いてみれば浅く平坦な表現がやっとだとか。そのせいで、各国で古美術修復の失敗が続出しています。
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|05-13|芸術の秘密と謎||TOP↑
日本で起きる美術の様々な現象には、やっぱりある種の事大主義が見え隠れします。版画の仕様の取り決めが細かいのも、この表れかも知れません。陶芸の箱書きと似た感じで、お墨付き書類で作品の値打ちを左右する意識が大きいという、程度問題があります。

こういう手続きを踏んだ版画は値打ちが高く、欠けたら値打ちが下がるという強い規則が、薄れつつも残っているのが日本です。何とかエディションという、グレードを示す規格に比較的深く執着する傾向です。

日本では鉛筆書きナンバーなしはエスタンプと呼び、格落ち扱いです。当のフランス語圏では、エスタンプは版画の意味で、そうピリピリしません。外国ではアートは自由という意識が優先し、便器を美術と呼ぶ時代に強い検問で制するのはアンバランスだし。日本は資格重視、外国は内容重視。

ドイツでも関心の対象は画のイメージ、図柄です。仕様の規格で値打ちを測っていないみたい。だからドイツで絵にサインを求められるのは、サインで値打ちが変わるからではなく、名前ぐらい書いてねという意味です。

もちろん出展するこちらは、手がきと誤認されないよう看板にジクレーと表示します。日本側ではフランス語のジクレーですが、外国で一般に通るのはアートプリントの語だと知りました。二つの語を明示しています。

ジクレー展では日本での値打ちも考え超高級紙に刷りますが、対外的にはオーバースペックかも。同じ絵を用紙のグレードを変えて刷り、相応の価格差にすると、安い方が売れる傾向があります。絵の資産価値よりもコンテンツイメージがお目当てで、リセールバリューは後回しらしいから。
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|05-08|ジクレー版画物語||TOP↑
長期の募集展示が終了し、作品が戻りました。連休前半を仕分けと梱包に当て大忙しでしたが、送り出した頃からの大きい変化は国内の配送です。2010年開始の宅配「はこBOON」が、四月に経営断念したのです。

それはネットで会員登録してセルフ申請し、荷物のサイズや重さもセルフ計測します。140サイズで3キログラム程度の板状など、軽くてかさばる荷物に好都合な格安料金で、作品搬出コストが低くできました。

昨年の大手通販と大手宅配の値上げ騒ぎで、空きトラックに便乗していた「はこBOON」は夏に休止して価格見直しに入り、結局廃止の通知が来ました。条件が似た古着など、オークション関係者も困っているみたいで。

日本は今、様々なものが生まれる時代ではなく、消える時代だと感じます。全ての原因はむろんデフレ経済で、あれが終わったこれが消えたのニュースが続きます。最近の話題で大工さんがリフォーム以外で激減し、在来工法や和室やたたみ文化も終わると言われています。

ロストテクノロジーはピラミッドやアポロ宇宙船を出すまでもなく、たとえばレジスターの歯車を作れる人も消えています。「ジャー、ガチャン、チーン」という店のレジ。歯車はなくても、人々の購買力と購買意欲が持ち直せば、代わりの新しい何かが次々生まれるはずですが。

そう考えると、廉価な宅配が消えて高額なボールペン伝票に戻ったのは、デフレからインフレへの転換なのか。スタグフレーションと呼ぶ、物価が上がり景気は低い現象だとも指摘されます。値上げラッシュの次に何が起きるかは重大な関心事です。
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|05-02|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本では展覧会は見て楽しむ場で、ヨーロッパ国では買って楽しむ場といえます。買い物だから、壁に並ぶ絵が不ぞろいに傾いていても平気です。額がボロでも、なくても全然平気。雰囲気にひたるより作品内容のチェックだから、脳内ではきれいに見えています。

ドイツで個人に買われた絵は、室内に飾られ眺められます。現地のギャラリストが作品を取り扱う相手も、コレクターなど鑑賞客であり、値上がり狙いの転売目的は少ないようです。

なので買われた作品は、誰かが好みの偶像として個人評価したわけです。これいいだろと、他人に自慢したり。作る側はやりたいことをはっきりさせ、完成度を目指す工夫が重要です。有名だからとか、知り合いだからという支持とは違うから、作品の不足面を埋める着眼も必要です。

こちらとしてはアウェーの洗礼に見舞われないよう、できるだけ売れる方向へ押したり引いたり加勢します。実際にやった加勢で多いのは、支持者が現れやすい作品選びが第一です。音楽のシングルカット曲に当たる作品を探します。

しかし作者はごく個人的な流れの中にいて、苦労した作品や地味ないわくつきの番外作を希望することもあり、選ぶ時点で難航は起きます。日本では「他を信じず自分を信じろ」式の戦後思想が続いている面もあり、そこが引っかかって出せなくなってしまうオチも何度かありました。

やってみないとわからないのも正直なところで、何をすればどうなったかの統計結果が増えるまで、こちらも加勢に及び腰でした。出品数を最低二点にしておき、マーケットリサーチはやりやすくしていました。三、四点出される方も増えたのは、やはり作風に幅がある今日だからでしょう。
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|04-29|作家方針の工夫||TOP↑
パソコンに起きた謎の不調を丸二十日も調べ、作業が空白になりました。前ぶれもなく電源オンで起動しなくなり、システムバックアップソフトでCドライブを書き戻すと正常化します。数回は起動でき、時間がたつとまた起動しなくなる珍現象でした。

当初注目したのはAFTディスクの開始オフセットで、SATAコントローラーも旧式だからと、パーツを七点買い一台組み立て、過去のCドライブを注入しました。結果は現象がそっくりまた起きるではありませんか。キツネにつままれたようで謎が混迷した次の瞬間、なーんだと。

料理して食べて平気でも、時間をおいて食べると食あたりが起きます。これだったのです。実行プログラム(EXEファイル)に、「トロイの木馬」型のマルウェア(ウイルス類)が繁殖していました。一年前に収録しておいた無菌状態に書き戻しても、今新たに感染して起動しなくなる現象でした。

起動しないハードディスクを、通信パソコンの最新アンチウイルスソフトで調べると、マルウェアが二千個も見つかりました。試しに全て駆除すれば再び起動したのです。データドライブに保管された、管理者用サービスインストーラーのEXEファイルが伝染源だった疑いです。

いくら新鮮なシステムに戻しても、数時間で二千個も増殖して倒れたのでした。食中毒とそっくり。ネットにつながない孤立したパソコンは、ワクチンが古いままになるという構造的な問題でした。今回無駄に買い足したハードディスクに、管理用プログラムを離して置けば予防できます。

このタイプのウイルスは、アプリ実行プログラムにのみ取りつき、文書や画像データは無関係です。最近のマルウェアは、アプリを好きにダウンロードして使えるスマホの被害が多く、銀行口座の情報を奪ったり、仮想通貨の資金移動追跡(マイニング)に加担させる目的だそうです。
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|04-26|パソコンとネット関連||TOP↑
国境を自由に越え、国境をなくして世界を均質化する主義がグローバリズム。それを国際社会に仕掛ける者は、持ち株会社や資産運用会社などマネーを商品とする企業が中心です。その理念のひとつが、英語への言語統一でした。英語以外を世界から消したい立場です。

しかし日本語は世界有数の広範なボキャブラリーを持つので、英語に移行すると表現範囲が減ります。たとえば、日本語の「君」と「あなた」は違う意味です。Jポップの歌詞でも、「ユー」だけだと光景や情感を表現しきれないから、歌の芸術性は狭まるでしょう。

そんな日本で生じた衝突に、「印刷物と版画は違う」があります。この区別は、わずか10年前でさえ日本版画界の悩みでした。英語だと印刷物も版画も「プリント」なので、二つは同一とわかるのですが。言語の国境が、アート業界の足を引っ張りました。

版画とは、印刷して量産した絵画のことです。英語でアートプリントと呼ぶから、プリンターで刷った紙とわかります。ところが日本だと、版画のプレス機と印刷の輪転機が、まさか同種の機材とはイメージしにくい。まして電動式で電子式でUSB接続となると、別世界に思えてしまいます。

そこで国内のジクレー販売店は「それは本物の美術か単なる印刷か、どっち?」の疑問に対して、「非常に美麗だから芸術的な価値がある」という説明をよく行いました。美しいから本物の美術なのだという論法に頼ったのです。原色が従来の倍に増えた、六色インクに救われたかたちで。

しかもそんな2008年頃でさえ、「印刷物が美術を名乗ったニセ絵画の商売をなくそう」と主張する糾弾サイトがありました。印刷物が美術を名乗った紙を、版画と呼んできた欧米の長い歴史に対して、日本語の豊富な単語が裏目に出たのでした。
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|04-22|ジクレー版画物語||TOP↑
いわゆるモリカケ問題。官僚が議員の縁者に利益供与した複数の件が、国会で長引いています。マスコミが叩くのは議員より省庁のデマ、偽証、書類偽造と廃棄。この話題と美術の接点は、もちろん景気の動向です。

省庁の最大の罪は、知る人ぞ知る状態です。バブル後の1992年から続く不況を5年で終わらせず、さらに21年延長させた発端のあのデマが最大の罪でした。一説では、省内出世レースと関係が深いとか。

そのデマは「日本の借金は800兆円」というもの。後に1000兆円に増えた数字を、英米など外国からの借金と信じる日本人が今も多くいます。「日本は財政破綻し、ギリシャの次に倒れる」という危機感。美術を買っている場合ではないと、国民は節約を徹底しGDPは長く横ばいのままです。

世界最大の借金国は日本だとの、この情報を耳に入れた外国の格付け会社が反応しました。各国の財政の国際ランキングで、日本を低い評価にしたのです。外国の信用情報筋が、日本を財政悪化国と認めたかたち。

すると日本のある団体が怒り、格付け会社に抗議しました。「日本は世界一の債権国(出資国)で最大の黒字国なので、他国並みの低いランクはつけないでくれ」と。数字やグラフを用いて日本の豊かな財力を説きました。破綻から最も遠い国が日本だと、正しく評価したまえと。

その抗議した日本のある団体とは、「日本は世界最大の1000兆円の赤字国であり、ギリシャのように破綻が近い」と国民に告げた団体と、同一の団体です。財務省です。そのジキルとハイドぶりにマスコミが触れないのは、メカニズムが平易でなく咀嚼しきれないからでしょう。たとえるなら抽象美術みたいなもの。
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|04-20|美術の基盤は経済||TOP↑
今になって失敗と気づいたのは、同じパソコンを長く使ったことです。書類と画像の作成用の一台が、最近不具合で二週間近くも深入りしています。2005年に最新パーツで組んだ、省電力のPentium MとマイクロATXマザーボードの組み合わせ。

原因の推定は変転しました。最初はキーボードのPS2コネクタ接触不良、次に帯電、そしてディスクのセクターエラー、MBRの損傷、電圧が低下してBIOS保持不能、AFTディスクの開始オフセット問題。半導体の劣化かも知れません。

医者の苦心を想像しました。フィジカルもメンタルも異常なしで、しかし症状は表れる事態です。ネットにもこの故障の例は出ていないようで。

解決してもCPUの馬力不足で時代遅れと考え、一台また作ることにしました。ただし絶版ソフトは、非AFTディスクの旧OSでのみ動作するから、古いパーツも探しました。

パソコンの難題に、ハードとソフトの寿命があります。いつかハードは物理的に壊れ、ソフトは機能不足になります。新ハードでは古ソフトが動かず、古ハードでは新ソフトが動かず。AGPカードやGクルーみたいに消えるものもあります。

近所にあったパソコンパーツショップがやや遠くへ引っ越していましたが、行ってみると広い床に中古コーナーが増えていました。90年代のパソコンは生鮮食料品と呼ばれましたが、旧製品は遅いという不満は2008年以降の製品はほぼ消え、古物も実用的な時代に変わっています。
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|04-19|パソコンとネット関連||TOP↑
派出所で上司を撃った事件と、サッカー日本代表の監督解任騒動。次の感覚があったのかも知れません。「考えが同じ人としかつきあえない」「意見が一致しないと全然だめ」「親しい人以外との仕事はごめんだ」。

よくある完全同化主義。そして現実には意見が合う人が固まると、摩擦と刺激が薄れて価値観や思想も片寄るでしょう。長期の発展性がない。俗に言う組織の論理とくれば、今は大相撲や女子レスリングも連想しそうな。

国会でもお友だちの輪の追及が続きます。議員の盟友は結論ありきで計画が採用され、知らない人の優れ計画は排除される。盟友に税金を流し、関係議員へ政治献金で還流させるなど、途上国に多いパターンかも。

いわゆるお友だちの輪は、美術アーティストにも生じます。アーティストの多くは、実力主義で世に出たいと考え、匿名で作品を出してみたりします。ところが音楽と違い美術はわからない人が多いので、支持の範囲は限られます。

知らない人の優れ作品は排除されたりもあるし、身近な人の輪に頼ることも多くなり。美術通販サイトも、作者の身内買いを前提にしているほどで。日本の程度問題はあるとしても、世界的に能力主義からずれやすく、縁故に依存しやすいアートです。

そんなアートでは、敵と味方を利用し合う関係を使わないと、分断と孤立に向かいやすい。作風なんてものは互いのギャップが価値でもあり、完全同化とは逆の世界です。では価値観の相違がある前提で、何を共通の価値に置けばよいのか。それはもちろん芸術性です。
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|04-16|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
サッカー日本代表の旧ユーゴスラビア人(現フランス国籍)監督を、ワールドカップ第一試合まで70日残して解任するニュースが騒ぎになりました。本人はこれで二度目の途中解任らしく、第三試合の相手国ポーランドは当惑し、それは同グループの監督たちも同様でしょう。

この解任に疑問が出たのはタイミングの悪さと、アジア予選で日本が組を一位で通過した実績。それより、ワールドカップは前評判と異なる結果が多いという。ジダンがヒーローとなった1998フランス大会で、フランスチームは予選で散々に言われました。なのに優勝。プロの勝負師たち。

2002日韓大会で優勝したブラジルも、年配者がこんなひどい我がチームは見たことがないと嘆いていて。逆に2014ブラジル大会では、絶好調な優勝候補ブラジルはドイツに大敗し、三位決定戦もオランダに敗退。

今の日本代表も前評判が悪くて善戦するかと、縁起の予測もありました。親善試合は自由なテストなのだし、パスサッカーを離れた監督が、わざと混迷させた説もあるほどで。戦術を敵に読まれなくする迷走演出に、味方の上司やスポンサー企業が引っかかって動転したとか。

メキシコ人監督の八百長疑惑で差し替えた監督なので、だめ元で最後まで見届けて、効用を検証して教材にするのがよかったはず。これでは結果がどう出ても、誰の功罪か神のみぞ知る。成果を毎度総括せずに国際試合を使い捨てる感があり、協会にビジョンがない説がまた出るでしょう。

強豪は、最悪を受け止める強さもあるのだろうと。これは少しだけ、美術の出品でも感じています。しんぼう強く負ける過程があってこそ、作品が本物に育つ法則です。不安を感じたのでリセットして避けた式のネガティヴ思考は、年月かけて何かを築くにはマイナスでしょう。敗因を隠すのも損。
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|04-09|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
銀河とブラックホールの力学や、ダークマターの新説がニュースに出ました。宇宙関連の話題が出ると、しばしばネットで目にする記述があります。「アポロ宇宙船は半世紀前に月へ行ったのに、その後一度も行かないのはなぜ?」。

言外にあるのは、今行けないなら昔も行けたわけがなく、当時のアメリカが国際社会をだました説です。実は行かずに芝居をしただけだと。あれから月へ人が行かない理由はむろん金がないからですが、一般には経済理由は大人の事情なので、理解する人は限られるでしょう。

アポロ以後に高度成長した日本では、金銭で困る小学生も少なく、経済観念は育ちにくかったでしょう。ユニセフが現在の日本を、児童が貧困な国としてリストアップしたのは新しい現実ですが。

科学研究の縮小といえば、国内ではスーパーコンピューターの「二番ではだめですか」があり、世界では宇宙望遠鏡の打ち切りがありました。日本もコスト負担し、幸い次の望遠鏡が打ち上げられ消滅は免れましたが。

次に国際宇宙ステーションへの出資を中止すると、アメリカは言います。ロシアと日本と、EUやカナダだけで維持は困難です。中国が作らないと消滅し、「昔あった国際宇宙ステーションは実はCGを使ったねつ造だった」と、アポロのように半世紀後のネット事典に大々的にのるかも。

昔はできて、後にできなくなったものは多くあります。身近だと木製タンス、ブラウン管、将来はガソリンエンジンとか。ターボなど誰も知らない未来が来るかも。人類のロストテクノロジー問題です。たとえば美術の名作鑑賞にも、消えた技術の痕跡をふり返って味わっている面があります。
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日本の大規模展覧会は、作品の権威づけが主目的の公募コンテスト形式が大半で、作品の売買が主目的のアートフェア形式はわずかです。そのため、作品を売ると決めた外国遠征展に、やや違和感も起きるでしょう。

多くが一瞬思うのは、たぶん次の点でしょう。「芸術は個人の感情の自由な発露である」「だから売るための妥協はよくない」「自分の作品は自分が信じるとおりで、角を丸められては困る」と。

実は逆です。日本の作品は角が丸すぎます。作者が思うほど、自由の発露でもなく。ホメオパシーふうに、透明で味が薄い作品が主流です。丸すぎる角をとがらせないと、現地で効きめがなかったりして。

強すぎる個性にドイツ人がおののかないよう、解毒して送り出したことは一度もありません。実は逆で、クリーンな健康作品をダーティーな不健康作品へと、近づける作業がむしろ必要なのです。作風に幅がある中から選ぶ時は、まずはその視点で探します。

公募コンテスト展では、ダーティーな不健康作品はそれが欠点とされ落選します。長年かけて日本の美術界では、汚れなき健康作品を求め合うクセがついています。刺激のない、よい子作品が幅をきかせるホーム。

対してアウェーの外国では、「芸術は個人の感情の自由な発露である」「だから陰気だったり、悪臭もある」の前提があります。ちょい悪以上が芸術だとするのが、他国のロジックです。これは、よい子アートが歴史に残っていない過去を学習した結果の改善策でしょう。
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