FC2ブログ
ジクレー版画と絵はがきとでは出力手順が大きく異なり、印刷所ごとに入力原稿仕様が厳格に決まっています。ドイツの印刷所を使う時は、資料を取り寄せドイツ語を調べる必要があります。

ところがいくら厳格でも、OSや各機器ドライバーソフトのクセもあり、データどおりの再現は不確定です。さじ加減も必要だから、雑誌社も印刷所の特定職員と連携することが増えます。

カラーマネージメントのネット情報を読むと、非常に難解です。一枚の画像データにカラープロファイルが一個必ずついて、他に変換のみ可能な仕組みなら理想です。現実は、消したり他を名乗ったりが可能で、また画像ソフトの設定と反応も理解が難しく、トラブルが絶えません。

ネットの人物写真が赤ら顔だったり、逆に生気がなかったりは、カラープロファイルの不一致でよく起きます。画像ソフトで保存時にカラープロファイルなしが選べたり、なしにするテクニックもある害です。当面は、PNGデータにはつけるなという意見をよく見ます。

一般にプロのデジタルカメラは、カラープロファイルが印刷出版向けに設定されます。同じRGBデータでも色空間が大きいので、画像の内部数字は異なります。主流の色空間が少なくとも二種類あるから、どの種かを宣言するカラープロファイルを消せること自体、発想がおかしいわけです。

消されていたらブラウザソフトが博打的に決め、外れたら二度濃くして赤ら顔や、二度薄めて生気なしなどが起きます。結論として絵画の画像でも、撮影時のカラープロファイルを必ず埋め込みます。大量の原本画像がカラープロファイルなしなら、メモ文書でも添えるのが現実的でしょう。
スポンサーサイト

|05-21|ジクレー版画物語||TOP↑
日本で起きる美術の様々な現象には、やっぱりある種の事大主義が見え隠れします。版画の仕様の取り決めが細かいのも、この表れかも知れません。陶芸の箱書きと似た感じで、お墨付き書類で作品の値打ちを左右する意識が大きいという、程度問題があります。

こういう手続きを踏んだ版画は値打ちが高く、欠けたら値打ちが下がるという強い規則が、薄れつつも残っているのが日本です。何とかエディションという、グレードを示す規格に比較的深く執着する傾向です。

日本では鉛筆書きナンバーなしはエスタンプと呼び、格落ち扱いです。当のフランス語圏では、エスタンプは版画の意味で、そうピリピリしません。外国ではアートは自由という意識が優先し、便器を美術と呼ぶ時代に強い検問で制するのはアンバランスだし。日本は資格重視、外国は内容重視。

ドイツでも関心の対象は画のイメージ、図柄です。仕様の規格で値打ちを測っていないみたい。だからドイツで絵にサインを求められるのは、サインで値打ちが変わるからではなく、名前ぐらい書いてねという意味です。

もちろん出展するこちらは、手がきと誤認されないよう看板にジクレーと表示します。日本側ではフランス語のジクレーですが、外国で一般に通るのはアートプリントの語だと知りました。二つの語を明示しています。

ジクレー展では日本での値打ちも考え超高級紙に刷りますが、対外的にはオーバースペックかも。同じ絵を用紙のグレードを変えて刷り、相応の価格差にすると、安い方が売れる傾向があります。絵の資産価値よりもコンテンツイメージがお目当てで、リセールバリューは後回しらしいから。
|05-08|ジクレー版画物語||TOP↑
国境を自由に越え、国境をなくして世界を均質化する主義がグローバリズム。それを国際社会に仕掛ける者は、持ち株会社や資産運用会社などマネーを商品とする企業が中心です。その理念のひとつが、英語への言語統一でした。英語以外を世界から消したい立場です。

しかし日本語は世界有数の広範なボキャブラリーを持つので、英語に移行すると表現範囲が減ります。たとえば、日本語の「君」と「あなた」は違う意味です。Jポップの歌詞でも、「ユー」だけだと光景や情感を表現しきれないから、歌の芸術性は狭まるでしょう。

そんな日本で生じた衝突に、「印刷物と版画は違う」があります。この区別は、わずか10年前でさえ日本版画界の悩みでした。英語だと印刷物も版画も「プリント」なので、二つは同一とわかるのですが。言語の国境が、アート業界の足を引っ張りました。

版画とは、印刷して量産した絵画のことです。英語でアートプリントと呼ぶから、プリンターで刷った紙とわかります。ところが日本だと、版画のプレス機と印刷の輪転機が、まさか同種の機材とはイメージしにくい。まして電動式で電子式でUSB接続となると、別世界に思えてしまいます。

そこで国内のジクレー販売店は「それは本物の美術か単なる印刷か、どっち?」の疑問に対して、「非常に美麗だから芸術的な価値がある」という説明をよく行いました。美しいから本物の美術なのだという論法に頼ったのです。原色が従来の倍に増えた、六色インクに救われたかたちで。

しかもそんな2008年頃でさえ、「印刷物が美術を名乗ったニセ絵画の商売をなくそう」と主張する糾弾サイトがありました。印刷物が美術を名乗った紙を、版画と呼んできた欧米の長い歴史に対して、日本語の豊富な単語が裏目に出たのでした。
|04-22|ジクレー版画物語||TOP↑
あさって1月27日に始まるジャパン・フェスティバル・ベルリン2018のスタッフ用資料は、すでに現地へ送っていました。日本側としては待つだけです。

日程は、
2018年1月27日(土)10:00~20:00 (日本時間18:00~4:00)
2018年1月28日(日)10:00~18:00 (日本時間18:00~2:00)
日本時間は8時間先行します。

今回は前回のドイツ国側の盛況を受けて、恒例化を意識したものとなり、個々の作品をいっそう充実させる方向を狙いました。昨今は外国で日本アート歓迎ムードがあるとしても、物足りないまま売り抜けるのは避けたいからです。ただし日本は不況なので、登場メンバーは限られました。

今回の見どころは、まずジクレー版画。強豪の少数精鋭に近い状態です。4点の出品がいっそう増えています。単価を上げたい希望もあります。

ブランド絵はがきも新作はわずかにとどまり、途中で降りた方が多かったのです。絵はがきは100枚つくるから、誰も買わない前提では出しにくい事情もあります。そこはジクレーと違い、売れ数を伸ばしたいところで。

マイクロ個展は、アートアクセサリーの後継です。絵画作品にまで広げたので、4種類の作品群が並びます。海外の展覧会は見物よりも買い物なので、絵をテーブルや床に置いても成り立つので詰め込みました。お客様はちゃんと中味を見ていますので安心。
|01-25|ジクレー版画物語||TOP↑
24日後に展示するジクレー版画の多くは、すでにレイアウトデータをドイツ側へ送ってあり、遅れている分は引き続き編集中です。版下を並べると過去最高の品ぞろえに見え、少数精鋭的に総力が上昇した気はします。

原画を輸出し会場に置くやり方から微妙に変えたのは、売れた作品点数の割合が少なかったからです。一点も売れなかった展示でも、日本でなら見てもらえてよかったという喜びになります。が、外国では売買が文化交流の本意なので、購入数が皆無の展覧会は失敗です。

そこで、相手が買う気になる理由を持っている作品を集める発想に変えたわけです。買う理由が足りない作品があれば、買う動機となる何かを編集で足します。よくあるのは撮影時の綾を表現に加える微妙な世界で、トリミングしたりサインをカッコよくしたりもあります。

こうした作品改良は、欧米にもあるのか。たとえばアメリカのギャラリーは、取り扱い作家に意見や要望を細かくつけてくると、参加者から聞きました。貸ギャラリーと違い企画ギャラリーは美術商店なので、商品を向上する意見や注文がついて当然。えっ、アートを商品と呼んじゃっていいの?。

実はこの問題は根が深く、日本では見せてナンボ、他国では売ってナンボの差があります。売れるようにしますと言うと、売れなくていいから自分のやりたいとおりを希望と、日本特有の思想が根強いのです。ヒットは打てずとも、今のスイングフォームを続けるんだ式のバッターに似た心意気。

こうしたプロ否定傾向が合成された結果、日本に美術の一般市場が築かれなかったと考えられます。作る側に売るつもりがないと、買う文化ができない。それは一応ニワトリとタマゴですが、我々のジクレー版画は知らない他人様が買う理由を盛り込んでから、現地へ届ける考え方です。
(作品見本
|01-03|ジクレー版画物語||TOP↑
大学で屋外彫刻をつくり、苦労して完成し市街地に運ぶ直前に、教官から突然言われました。「作品タイトルは何?」。考えもしませんでした。ひどくあわてて、たまたま台風が来て外は強風で、そこから取ったのです。

音楽分野で曲のタイトルに、その時に起きた事件をヒョイと題名にするのはよくあり、ビートルズ曲にもそうしたテキトーなタイトルがあります。問題は、美術展に向けて美術家がやっておくべき準備の多さです。

アーティスト名と作家サインを決めていないと、けっこうあわてます。日本ではサインは作品を汚すもので、絵の純粋さと清潔感を保つためにサインを省くか、しぶしぶ淡く小さく入れる傾向があるみたい。しかし市民が価値を決める欧米文化では、署名なき状態は敬遠されるようです。

また作品が人手に渡ると、作品サイズ、材質などの情報がわからなくなります。作品一覧をつくってサイトをつくる時に、ネームがそろわず空欄ができて、カッコがつかないことに。

特に絵画は、撮影画像がないと悔恨となるでしょう。非常に精密な複製画がつくれるハイテクの時代になっていて、作者の存命中は版画の名で売るルールです。作品完成時の高画質な画像は生涯の収入源になり、展示会にも顔を出し続けられる利点です。昔はなかった今の特典。

大学の彫刻では、教官のもうひとつの質問に面食らいました。「値段はいくら?」。考えもしませんでした。2人チームで組み上げた高さ3メートルの鉄製彫刻を、売る発想がなかったのです。この最初のつまずきは、日本国内によくみる問題だと後で知ります。
|12-11|ジクレー版画物語||TOP↑
今秋の寒波は11月でなく12月に始まったようです。ジクレーの版下づくりも混み始め、前年よりも遅れたピークになりそうです。夏に準備した分がない回になります。着手を早めたかった理由は、時間を多く当てた作品はやはり相応に練られるから。

ドイツ側でフェスティバル主催者の宣伝が始まり、アーティスト資料は例年ジクレー版画の中から送っています。ただ、決定した作品はまだこれだけ(2018年の新作ジクレー版画)。

版画系の募集は今の時代変化に話が広がり、前回も啓発の苦心がありました。ジクレーは何でも版画にできて便利だとしても、複製作品への抵抗は国内にまだ残るからです。日本画より洋画に多いジクレー化の敬遠。

原画は本物で複製は偽物だと何となく感じるのは、比較的新しい感覚でしょう。近世の画家たちの方が、複製作品に寛容だったほど。多色インクプリンターが発売された1997年から、日本で是非論が起きました。

では現代のアート市場の反応はどうか。意外にも撮影画像にデジタルで描き足すタイプの作品が、ドイツで売れゆきが安定しています。もしかすると美術作品が複製物に移る流れが、ごくゆっくりと起きているのかも。

原画は下絵にすぎず、プリント画で完成させる方法なら、絵を写真のごとく何度も市場に出せるメリットがあります。原画を手放しても資産が残る時代の特権でしょう。そこが大事な理由は、一人の最高傑作は比較的若い頃に出るせいもあります。撮影画像を作者が持たないと特権を失うから、現代画家の命綱になっています。
|12-07|ジクレー版画物語||TOP↑
参加希望者にたまにみるのが、「ヨーロッパでの個展を望み、それ以外は不要」という初心です。一発勝負にかける気概らしく。ところが結果的にこちらで個展や二人展をセットするのは、団体展参加者の中からです。なぜそういう結果になってしまうのか。

これは現地がついて来る下地づくりと、こちらがついて行く下地づくりです。日本でも個展は、6日10万円は最低限。ドイツだと2~4週間でもっと高いから、的を外すとダメージが大きい。個展の初日にお客たちが「これは違うなあ」と感じたら、互いに損です。的に当てたい。

そこでマーケティングリサーチというわけで、低廉な団体展で事前調査し、方向性を決めて個展の設計に入るのが得策で近道です。この慎重さは、現代アートの時代性とも関係があります。それは、一人の作者が多品種になっている現実です。

一人で、具象画、抽象画、写真、オブジェとマルチに手がけるのは、現代日本ではよくあること。いかにも現代らしいのは、各々に一貫した作風がなく別人のごとき作風になりやすい点です。外部に感化されがちな、情報過多の反映でしょう。

一人展で雑多に並べると何屋さんかが焦点を結ばず、現地の関心は薄れると予想されます。かといってヤマカンで選べば、外れる確率は低くない。現地でイケるイケないをチェックしてからの方が、よいペースを保てるはずです。一発シンデレラは、美術以外の分野でももう起きないし。

ジクレー展でめぼしい作品を顔見せし、感触を確かめるのは無駄になりません。だからか、当初はベスト作を推奨していて、今は新作や試作の出品が多くなっています。原画は温存され、消耗しないのも利点。
|11-16|ジクレー版画物語||TOP↑
今でもたまに誤解があるのが、ジクレー版画展の参加資格です。ジクレー版画の本を読んで勉強したり、ジクレー版画セットを買って彫刻刀で彫るとか、版画家になる訓練をイメージしているケースがありました。

実際にやる作業は、作品を写真撮影するだけ。調達が必要なのは版画づくりキットではなく、デジタルカメラです。版画業界で版画に定義されているジクレーなる技法は、厳密には技法ではありません。表現法と言っても、何か違う。

人によってやることが違うからです。ある人は油彩画だし、アクリルや水彩画かも知れないし。クレヨンや鉛筆も当然あります。さらに、風景を撮った画像をジクレー化してもよいわけです。間に絵をはさまなくても。

それはむろん写真作品と呼びます。写真引き伸ばし機(エンラージャー)を使った従来の暗室作業は、後にミニラボに替わり、写真引伸プリンターかジクレープリンターに替わりました。シャッターを押せばジクレーにできるから、人類全員が訓練なしにジクレー作家になれます。

ジクレーの条件はインク吹付プリンター出力なので、レーザープリンターで印刷するとレーザー版画と呼ぶべきでしょう。90年代に日本で大売れしたアメリカの版画に、輪転機で印刷したオフセット版画がありました。これは虫眼鏡で見ると網目になっていて、簡単に判別できます。

ジクレーの利点は、原画を売った後に版画で再販できることでしょう。昔はデジカメがなかったから、自分のヒット作を手で模写して、木版画に彫り直して量産しました。知られる実例にムンクの『叫び』があります。
|10-19|ジクレー版画物語||TOP↑
ジクレーはアート制作の技法というより、仕上げの仕様です。できた作品は版画。たとえばムンクの『叫び』は何枚も存在します。作者は油絵を目視で版画に彫り直し、刷って量産しました。目視をカメラに替え、インクジェットプリンターで刷ればジクレーです。

ジクレー化で芸術性は失われません。ディテールのニュアンスは当初は失われましたが、ハイテクの力でもう水彩画はジクレーと見分けられず、鑑定が必要です。油絵なら、触れたりにおいでわかりますが。

立体造形をカメラワークで演出した不思議な版画もつくれ、『叫び』の頃より自由度が高まりました。しかしジクレーの積極的活用とは別の面で、全ての絵画作品が影響を受けています。一枚の絵にかけるエネルギーが上がる傾向です。上げざるを得ないというか。

逆に、簡素な略画や消化作品は値打ちが下がっています。というのは、絵を一枚かいて売ったらそれで終わりではなく、続くからです。撮影画像でジクレー化して、もう一度売れるから。二度でも三度でも。まるで、打ち出の小づち。

イメージの著作権が作者にあるから、極論すれば生涯に一枚だけ全力投球して傑作をつくれば、生涯何枚も売り続けられる理屈です。一枚に力を注ぎすぎないよう労力を配分すべしという、従来の力学がなくなります。

音楽で一つのヒット曲を何度でも歌って千回でもコンサートが組める、それと似た立場に美術も近づきました。版画家に限らず、画家と名のつく全員が。広く浅く多作するよりも、一点をディープに作る作戦も考えられます。
|09-11|ジクレー版画物語||TOP↑
日本からドイツへ作品を送って、売れ方を調べて研究していました。比較的早くわかったことは、売れる作品の第一は写真だという点。日本にくらべてヨーロッパでは写真アートの地位が高いとは想像していましたが、真っ先に売れるのは印画紙の作品だったのです。

写真系が売れ、フォトエフェクト系とCG系のジクレーから売れていくこともわかりました。キャンバス画やパネル作品はあまり動かない、その理由は値段に大差があったからだと、すぐにはわかりませんでしたが。

日本は20年以上ずっと不況だから感覚がつかめませんが、世界同時不況が聞こえ始めると、ペーパーアートのみのアートフェアが、ドイツで伸び始めていました。イギリスがEUオブザーバー脱退を言い出したり、移民難民問題が日本のニュースになる以前の話で。

新企画も現地に合わせ、日本のペーパーアート作品をファイリングする展示販売も試しました。すると売れたのは、手摺り版画とCGとやはり写真系でした。複写ものが強い。それなら全作品を最初からジクレーにして、もう一度ファイリングすればいけると考えたのです。

日本では美術は特殊化しており、ゴージャスやプレミアムが求められます。美術が一般化している諸外国では作品の価値は造形イメージであり、ソフトウェア化しています。データ化の意味ではなく、コンテンツ本意の意味。手にして重い必要もなく、ペラ紙の作品から売れていく現実です。

ドイツで求められる本物志向は、作品の仕様よりも内容だとわかりました。ただ、ペラ紙だと長持ちしないので、ハイエンドジクレープリンターと超高級厚手用紙にしています。日本だとかなり高料金のタイプ。
|05-31|ジクレー版画物語||TOP↑
募集中のジクレー版画企画では、参加者はジクレーを用意しません。国境を電子で越えドイツの工房で刷り、国内ではあまり労力を使わずに済みます。もちろん梱包や発送は不要。作業の種類は少なく、代わりに作品決めなどの準備に時間をかけます。

現地で使うジクレープリンターは日本製です。ドイツのジクレー工房はどこも、「うちの機材は日本製」と宣伝します。カメラと似た状況ですが、最高品質の用紙はドイツ製で品種も多いようで、日本の紙ではないよう。さすがに画材の伝統的先進国。

工房の入稿仕様に合わせるため編集はこちらでやり、参加者は撮影するだけです。この分業で、別のメリットが目立ってきました。作品の完成度を上げる調整を加えられます。

編集調整で、一番多いのはサインです。サインはなくても売れますが、ある方がはるかに有利です。作品鑑賞向けに展示する日本と違い、作品購入向けのヨーロッパでは、資産価値の担保でサインは大事になります。最善を尽くすため、絵に収まりのよいサインを用意してもらいます。

次に多いのは、カメラ撮影した絵画のプリント範囲調整です。少しある裁断しろを計算に入れ、一歩前に出た絵を狙います。この時に撮影の救済が必要になります。一部切れているとか、傾いて写っている場合の補正。同時にピクセルのロンダリングも。

見るだけの展覧会ならどう作っても済みますが、買う展覧会ではトンデモ絵図であれ、買える範囲に入れる必要があります。会場の外でも、アートが多く売られている市だから。買う側にその他大勢に映らないよう、編集で細工をこらすことがあります。
|05-28|ジクレー版画物語||TOP↑
最初は一攫千金や一発で元を取ろうと、力んだ体験を思い出します。しかし10号絵画を、ドイツで希望価格3000ユーロ(36万円)とすればいけるか。日本の画廊でよくある価格ですが、ドイツでは新人の100号並みだから、難しいことがやがてわかります。

売買が日本より盛んであると同時に、作品が充実した堅い市場でもあるから、価格相場は下がっていて買い手市場ぎみだからです。ローンを組んでまで買う日本と違い、ドイツでは焦って買う必要はそうありません。

相手にすれば、チャンスは何度もあるわけです。アートに正価はなく内容しだいで買値はピンキリとはいえ、作品の量も質も豊富な市場では、知られない作者がとれる価格レンジに限度もあります。

日独の相場の差どおりに下げると、日本としては貴重な代表作が惜しい。そこで惜しくない作品を選ぶと、ベストでなくなる。別問題として、傑作が手元にないなら出すものがなくなるし。これらの難題をまとめて解決するために、ジクレー版画で作戦を組み直しました。

ジクレー版画で、展覧会の目的も変化します。売る目的が前面に来ます。原画と違い惜しまなくてよいし。売り物のつもりでない作品さえ、商品化の視点で考え直せます。幸い、編集や用紙選びで味付けも変えられるし。

相手の予算内に収まる利点と引き換えに、一発当てるロマンは引っ込むでしょう。夢から現実へ。必然的に手数を打って次につなぐ作戦となります。こうして、リサーチして補強しつつ前進するのが、現実に合うと判断しています。その成果は少数精鋭展につながるようにします。
|05-24|ジクレー版画物語||TOP↑
ジクレーとは、原画を撮影しインク式プリンターで刷った版画作品です。プリンターとプレス機は同じ性質のものです。この方法が昔あれば、喜んだ画家はムンクでしょう。彼は後にあの『叫び』を自分で木版画に彫り直し、複製して売りました。

「ジクレー制作は未経験だし、普通に原画を展示したい」という希望も聞きます。前はその普通どうりにやっていましたが、現地で通用しにくいとわかり変更しました。原画だと作品内容ではなく、値段が通用しなかったのです。原因は内外価格差です。

たとえば音楽CD。一昔前に国内盤は一枚3000円でしたが、それを香港に輸出すると現地価格1800円でした。裏を知った日本のリスナーは逆輸入盤を買い始め、国内メーカーが一定期間逆輸入禁止にしました。あの頃のアメリカでは、旧譜CDが1000円程度。

日本のみ高額なのは美術も同様で、日本の画家が外国デビューした時、高くて売れないか、安売りを余儀なくされます。現に何度も売れた画家は、ぐっと低い希望価格を書いていました。これだともったいなくて自己A級作を送れず、B級作で妥協したり。最高作が大作だとお手上げ。

しかも、美術展の目的にも内外差があります。日本は見物が目的で、ヨーロッパは売買が目的。非売品相当の高値だと、相手の関心さえスルーしやすい。それほど、現地では世界のアートが集まり、国際市場化しています。売買総量も日本よりはるかに多く、価格破壊しています。

ジクレー化の読みは当たり、売れる作品数は増えました。売れない理由は値段かも知れないという迷いは消え、作風の嗜好や完成度などに課題を絞り込めます。原画展の場は、別ステージで用意します。
|05-21|ジクレー版画物語||TOP↑
2018年のジャパン・フェスティバル・ベルリンに出すジクレー版画の募集がスロースタートしました。毎回の目標があり、次は価格アップ作戦です。

今回、会場の別ゾーンにあったサブカルプリントを偵察しました。こちらで出したジクレー版画は、似たサイズのサブカルの4~20倍の価格で売れました。しかしこれは仕様の差もあり、こちらのプリント料金はかなり高額で、最低価格が高くなります。

美術品は永久保存が前提だから、経年変化しにくい紙、染料でなく顔料で堅牢なハイエンドインクの、耐久性ある仕様です。用紙は、世界的に高級な日本製かドイツ製です。

しかし現地の購入客は、財産価値にはあこがれません。絵のコンテンツである意匠イメージが目当てで、資産価値やリセールバリューを考えないのがドイツ。後日の値上がり期待で買うわけではないから、画風のへたりは気にしても、絵の端の折れなどは気にしないほどで。

原画よりも安価に出せる版画に替えたことで販売数は増えましたが、販売数を追うと値下がりを招きます。日本美術の価格破壊が起きないように、多角的に研究する回にもなります。
|04-03|ジクレー版画物語||TOP↑
かなり前に、複製芸術論を参考とした未来アイデアとして、レプリカ美術館の提案を読みました。世界の名画をレプリカだけでそろえた美術館です。『モナリザ』も『ひまわり』もイミテーション。ネットもカラープリンターもない頃の話題でした。ヴァーチャル美術館ではなく、リアル美術館。

作品のレプリカといえば、広義で音楽はそうです。編集した複写物を買って鑑賞します。実際の演奏とは違って。しかしレコード時代には、素人は少ししか買わないものでした。それがCD時代にディスクがコンパクトになり、安い輸入盤を狙って年に100枚買う一般人も珍しくなくなったのです。

日本で美術が一般化しないのは、一品生産なので値段が高くて縁遠いからという指摘がありました。もし安いレプリカが可能になれば、日本でも美術を買う一般人が増えて、アートを普及させられるのではないかという論でした。この話が、後のジクレーで現実に近づきました。

そのシナリオは、ドイツでは実現しています。日本でなら2000ユーロ希望の原画も、ジクレー化で100ユーロ以下にでき、資産家でなくとも買い集められます。このシナリオは、本来は日本で実現させたい最終目標です。

ところが日本では、アートを買う目的は音楽CDを買う目的とは違います。美術コレクションの目的に、ステイタスと値上がり期待を含んでいるのです。高い美術品を少人数だけが買う流れが、アートに期待する価値観までを逆に決めてしまっている疑いです。

日本の展覧会は「私の絵を見てください」と発言する場であり、海外の展覧会は「おもしろい絵はないか」と買い手が探す場になっています。この差は作品の値下げだけでは縮まらないでしょう。
|01-20|ジクレー版画物語||TOP↑
ジクレー版画の参加資格は、版画家だけと勘違いされたことがありました。実際には油彩や水彩画から作ることが多く、また立体物もジクレー版画にできます。

ジクレー版画は、版画以外の作品でも版画で量産できる技法です。技法といっても、作品を撮影してプリンターで出すだけ。すると、疑問もわくでしょう。プリンターで出した印刷物、つまり単なるプリントがどうして美術に格上げされるのかと。日本の15年前の議論でした。

実はその疑問に答が出ています。プリントとは版画を意味する英語です。プリントと聞けば、小中高校の試験問題や答案用紙、あるいは注意説明チラシを浮かべるのは日本的です。プリント版画への違和感には、日本語のいたずらも含まれます。

ヨーロッパでは、版画と印刷物は同じものです。プレスマシンとプリンターは同じ装置を指します。印刷の「刷る」と版画の「刷る」は、完全に同じ意味。類似物をたとえているのではなくて。だから現代の新聞紙も、スーパーのチラシも、書店にある書籍も、正体は全て版画です。

ところで「ヨーロッパでは」と言えば、実は「知ったか」なのです。江戸時代の瓦版(かわらばん)という号外新聞の元祖は、木版画だったからです。浮世絵のやり方。何のことはなく、日本でも版画とマスメディアは同じでした。版画でビジネス文書を作るために、レーザープリンターが開発されました。

現代の版画に入門するなら、絵図をコンビニのレーザープリンターで複写すると、本物(真物)の美術作品ができるのが基本原理です。レーザーの粉末トナーよりもインク吹き付けならずっときれいになりますが、別にきれいだから美術と呼ぶ理屈ではなくて。
|01-18|ジクレー版画物語||TOP↑
2017年1月21~22日のジャパン・フェスティバル・ベルリン出品は、三回めの出力として現地で超高級プリントに発注しました。年内に刷った枚数の方が少なかったという。

ジャパン・フェスティバルに参加する意義は、日本を伝える総力結集ですが、同時に買う気満々のお客へ供給する文化交流の面もあります。もっと大きい面では、消費税でいっそう物を買わなくなった日本よりも、中国への関心を強めたドイツの雰囲気を、日本にもう一度引き寄せるなども。

今回のジクレー編集では、より充実感のある作品をそろえるために、デジタル処理がより大胆になっています。作品選定がベスト集に向かうほど、解像度の低い古い撮影しか残っていない問題があるからです。

徐々にお客が増え会場がにぎやかになっているので、薄味の作品は課題でした。個展の作品は音楽で言えばアルバム曲相当、でも合同展はシングル盤的な編集にします。時には回転数を上げたりもして。
|01-14|ジクレー版画物語||TOP↑
ジクレー化に抵抗がある画家の心配ももっともで、原画に備わるスピリットが複製の過程で消えて伝わらないという思いです。元絵のみが本物であって、派生物は偽物にすぎないという純粋論です。

しかしその自信を画家自身が疑っていることも、またよくあることなのです。きっかけは、作品を作り直しても超えられない現象です。ひとつの絵があって、訳あって別にもうひとつ作り直す場合があります。紛失とか、傷んだとか、売れたのでもう一度かくとか。

その時、どうしても最初の絵に届かないと本人は感じます。これは二つの現象が混じっています。ひとつは、最初の絵は手探り状態でかいたせいで、道なき道を行く緊張感や葛藤が何となく焼き付く現象です。一枚目にのみ、生きた感じが強く出ていて。

もうひとつは、最初の絵を見慣れると、それが原点として脳内に固定する刷り込み現象です。二枚目の違いが、全て悪い方に感じられるという。これはいくつかの動物が、生まれて最初に出会って世話を受けたメスを母親と認識し、変更が困難なインプリンティング現象で知られます。

先に記憶した方を脳内で正統に位置づけ、後で出会う類似物をおかしいと感じる本能です。子どもの幼少期に贋作やまがい物を見せるなという戒めは、同じ根拠でしょう。ネット上でパクリ文を読んで時間がたってオリジナル文を見ると、後で見た方を著作権法違反と感じるのも同様でしょう。音楽でカバー曲を耳にして、演者のオリジナル作曲と思い続けるなども。

今、1月にドイツに並べるジクレー版画の入稿版をいくつか並行してつくっていますが、本来は関係のない互いを見くらべて再調整するなど、個々の制作時と違う環境です。元絵が本物である前提で、他人の目でこうあって欲しいという願望を込めた新解釈の原版づくりになります。
|12-13|ジクレー版画物語||TOP↑
日本で美術展を行う場合、お客は鑑賞を楽しむために来てくれます。それで当たり前のように思えますが、欧米では違います。お客は買い物を楽しむために来てくれます。見る支持でなく買う支持。置いておくだけで売れるかも知れない期待は、外国の方がむしろ高いかも知れません。

美術の市場が非常に細い日本国内ですが、ならば絶対に誰も買わないかといえば、人づきあいの交流を通した売買がわりと多いのです。名簿とダイレクトメールが大事とされ、画家は知人の輪をつくるのに力を入れます。知っている画家なら買ってもよいという消費行動に合わせて。

それに対して欧米では、何者かわからない素性の知れない作品も、さっと買われることがあります。お客側に早めにヘッドハントしようとの意識があって、作品探し競争しているからです。売る方と買う方がともに一見さんでも支障がない、オープンな面があります。

そしてこれが、ジクレー制作の注意点になります。日本では売れた原画は、知人の範囲内に存在する場合が増えるでしょう。対して欧米では、販売ギャラリーで記録しない限り、原画のゆくえを追跡しにくくなります。

原画を後でジクレー化する時に、粗めの画像しか手元に残っていない問題は、参加者にも起きています。その予防のために、予定がなくても無理して高画素で撮影しておくのが得策です。ここでも、撮影技術やカメラ購入作戦の話が増えています。

なお作品イメージの所有権は、原画作品やジクレー作品の売買で移動しない国際法があります。買ったお客が複写して売ってもうける自炊事業は、作者没50年を過ぎるまでは違法です。この質問は今も時々来ています。
|11-30|ジクレー版画物語||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

ギャラリー日独物語

リンク

カテゴリ

最新記事

月別アーカイブ

ご案内

クラウド・ファンディング物語
ギャラリー日独物語

ミニコラム集1
ギャラリー日独物語

ミニコラム集2
ギャラリー日独物語

最新トラックバック

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR