カメラ業界もまた不況業種の近傍にいて、その原因は携帯電話機にカメラ機能があるからでしょう。ネットでも、携帯電話があればカメラは永久的に不要という声がみられます。

最新の携帯電話カメラの画質の良否を検証するために、一眼レフカメラとスマホカメラで撮りくらべた画像がよく出ています。大きな違いは、色の再現性です。その差は、日中の晴天で目立たず、室内や暗がり、またライト類が画面内に入ると目立ちます。出版DTPの現場では困りものです。

一般に小さいカメラほど撮像センサーも小さいから、レンズを通して焦点を結んだ一画素ずつの色を、よりアバウトな精度で受け取ります。それを自動処理で補完計算し、推測値で埋めて記録します。暗部に発生する偽色(ぎしょく)もそうです。小さいカメラほど補う量が増えます。レンズも小さいので、結んだ焦点の精度も低い。専門用語で言えば、収差が大きい。

略式の小さなカメラは、白と白の違い、黒と黒の違いの描写が苦手です。クリーム色など明色が白一色に飛んだり、ぐんじょう色の服が後の黒カーテンと分離せず、溶け込んだりします。オークション画像で、黒服が濃灰のシルエット状に写るのも同じ性能不足です。布の凹凸が写らない。

ぱっと見重視できれいにつくろった画像なので、出版向けの調整であまりに時間を食い、十倍ですまない効率の差になります。どんなにいじっても、プロのクオリティーにならない。意外にWEBサイトの美術作品も、撮影カメラで見栄えの差がはっきり出ます。

プロカメラマン以外は携帯で十分という結論を見かけますが、これは日本人の美的感覚が落ちた証明とは違うでしょう。25年めの平成大不況で所得減がさらに続いて、「読みたい本がない」「乗りたい車がない」「行きたいデパートがない」と同様、カメラもまたイソップ物語のぶどうだからです。
スポンサーサイト

|03-10|写真とカメラの話題||TOP↑
1969年から72年まで7回中6回成功し、12人が月に立ったアメリカのアポロ計画。さらに中国が送った探査機が写した、2014年の月面写真も公開されています。ところがそれらの写真に、素人から疑惑の声が出ていました。

星空の疑惑です。月面の真っ暗な空になぜか星がひとつも出ていないから、写真はニセの月面だと言う。アリゾナ州の砂漠にでも建てたスタジオで撮影した世紀の大陰謀。地球の巨大な屋内スタジオの黒塗り天井に、光る星の点々を美術さんが作り忘れたポカ。「それを見抜くことのできた僕の何と賢いことか」。

その主張は、カメラの仕組みを知る者には、相手にする気も起きないほど初歩的な勘違いです。しかし物ごとを知らない人ほど、けたたましく勢いが強いもので、裏世界でこじれています。

「それはこういうこと」と親切な人が現れて説明を始めても、当たり前と感じながらだと舌足らずで、めんどうになって一言であしらったりもします。すると疑った側は、極秘の機密をかぎつけた自分に対して、闇組織が反応して煙に巻いたと、さらに本気で疑いを深めるわけです。

プロ写真家が一番わかる解説はこうかも。月面は13EVで撮り、天文雑誌の星空はマイナス7EVで撮り、晴天のベルリン市街は13EVで撮ったと。

カメラに限らず道具の全自動化が徹底すると、物の仕組みを知らないだけでなく、仕組みという概念があること自体に気づかないユーザーが増えます。人間の生身の技能が昔より下がった状態です。身近な例は電子炊飯器を使わない炊飯。べちゃべちゃ。何でもできるが腕はないという、肥大した全能感と乏しい実力の落差が人類の近年の悩みでしょう。
|02-29|写真とカメラの話題||TOP↑
NASAの宇宙望遠鏡の写真で、星雲は抽象画的な花形です。我が銀河系(天の川、ミルキーウェイ)の内にあるガスの広がり。この冬も目視できるオリオン座の星雲も銀河系の中にあり、美しいピンクは水素元素の色。

そんな星雲も混じって、恒星が数千億個集まった上位団体が銀河で、銀河系の外で起きる大事件に、銀河同士の衝突があります。巨大な銀河と銀河が半分めり込んだ写真もあって、しかし奇妙な衝突です。

太陽の隣の恒星は40兆キロメートル離れ、月旅行で4日かけた人類史上最速の乗用ロケットで11万年かかる計算。文明史の10倍の年月にもなり、速度を100倍に上げても1100年以上。仮に異星人がいても地球に来ない最大の理由がこの距離で、生き物が乗った時点で漫画の世界になって、だからボイジャーも人が乗らずに無人です。

言い換えれば銀河の中はガラガラで、中の恒星は実にちっぽけ。銀河同士が合体しても、恒星同士がドスンと当たる確率はほぼゼロでしょう。銀河の衝突は遠目には壮大でも、密度だけなら真空同士の素通り同然。

宇宙には弱いながら到達距離が無限大の重力があるから、二つの銀河は慣性で行きつ戻りつ、もつれ込んでいつかは一体になる理屈です。我が銀河系と隣のアンドロメダ銀河も、いずれ衝突してひとつになるそうです。

上位団体が衝突しても個人は衝突しない、何か民間交流イベントでも暗示させますが、団体にどんな終わりがあるかは案じるところ。EUはさしずめ銀河が集まった銀河団にでも相当し、最近は合体強化より分裂の気運が出てきたという。集団への貢献度に、国別の差がありすぎる問題で。
|02-26|写真とカメラの話題||TOP↑
海外美術展に何度も参加した方は、会場の写真が手に入りにくい現実を知っているはず。オーストラリアやカナダも含めた欧米展で、主催者が配布する写真は少ない。少しでも送ってくれたら良心的な団体でしょう。

通常のイベントは、写真が豊富に欲しい人は直接行ってねというスタンスです。そして会場へ行ってみると、撮影禁止の張り紙があります。我々も2016のフェスティバルは、スタッフ登録したベテランによる撮影でした。

作家サイトの制作で、実績写真がなくて困ることがあります。たった一枚だけが手元に残っていたりして。ここで受注したサイトでも、実績ページを埋めるのはここで配布した会場写真が主だったりします。そして、日本国内展の会場写真もほとんどないというありさま。これが現実です。

かつて募集手配だけの頃、ベルリンのフェアで400枚以上、ニューヨークのフェアで500枚以上を参加者全員に配りました。いずれもこちらがデスクとなり、事前に撮影計画を立てました。こちらにプロ写真家がいるからできるわけで。あの時はフルサイズコンデジで、今回は一眼レフを使いました。

「たいした写真じゃないね」はビギナー感覚で、後に間違いなく心変わりします。年月たてば世の現実を知り、その写真を頼るはず。わずか一枚の写真で違うのが、サイト制作の現場です。だから昔の参加者からも、「あの展覧会の写真が残っていれば」と問い合わせがあります。当初はどうでもいい写真と感じても、あって助かったーと喜ぶ時がずっと後に来ます。

3.11以降、警察、消防、自衛隊、ボランティアが回収した写真がデジタル化され、最近になって現物写真の廃棄が始まりました。まだしばらく現物を捨てないでいる自治体もあります。命の次に大事なのは意外にも写真かもという、人生経験と人心の理解が、これらの熱意になっています。
|02-13|写真とカメラの話題||TOP↑
美術品を撮影する時、フルオートカメラは不便です。オートフォーカスやプログラムオート露出、マルチパターン測光、オート感度、オートホワイトなど日常撮影で便利な自動メカが、美術に限っては失敗撮影につながります。

たとえばマルチパターン測光(評価測光)は、適正露出を経験データで割り出すテクノロジーです。輝度分布をパターン認識し、極端な明暗や逆光でも、大失敗せずに写ります。しかし変則すぎる分布だと外すし、評価に地球面の上下も含まれ、カメラの縦位置で倒す向きが左か右かで結果が異なる不合理もありました。

美術撮影に向くカメラは、手動操作が用意されたタイプです。全てが切り換え簡単な一眼レフなどを入手すれば、次にやることは測光。単体露出計がない前提で、カメラ内蔵の反射光式露出計だけで、作品を照らす光のEV値を知ることはできるか。今、一件その課題に当たっています。

たとえばアニメセル撮影用の標準グレー板があれば簡単そうですが、基本原理を心得る必要はあります。絵画と写真の両方にまたがったアーティストは、こうした光の性質の理論にも関わることになるでしょう。
|01-08|写真とカメラの話題||TOP↑
平成日本で、写真サークルや講座に女性が入門するブームがありました。まんま「カメラ女子」の名。発端は、デジカメの高解像度化と思われます。フィルム現像代が省ける上に、美しく写る時代が到来。

しかし、女性向きとされる小さなオートカメラはブラックボックスなので、腕を上げる余地が限られます。誰が写してもいっしょ。そこで、マニュアル操作が充実した一眼レフでスタートし、写真術の全体を学ぶわけです。

写真の基本は撮像系や光学系などに分かれ、意外に細かいものです。撮像の基本が「相反則」で、絞りとシャッター速度が反比例し、積が一定になる組み合わせが何通りもあります。組み合わせで結果が変わり、事務的な写真とアート写真を撮り分けるのが一眼レフだと容易なのです。

素人が撮ると味気ない光景でも、プロが撮ると雰囲気が大きく高まり雑誌掲載も可能になる。同一カメラを使いながら、その差は何かという疑問が、カメラ女子の最初の関心でしょう。

「使いこなす」とは、カメラの全機能を駆使する意味ではありません。たとえば絵画を撮影してジクレーの原版を用意するとします。スマホ撮影とはかけ離れて、写真の仕組みにさかのぼることになります。

明るい絵画と暗い絵画をオートで1枚ずつ撮ると、明るい絵画は暗めに写り、暗い絵画は明るめに写ります。自動露出補正の余計なお世話が裏目に出て、どちらも中間値へずれて失敗。そこでマニュアル露出に切り換えて、絞りとシャッター速度を全絵画とも同じ数字で写すわけです。
|10-23|写真とカメラの話題||TOP↑
過去形ですが、新しいカメラを調達する計画で、ドイツの家電店をチェックしました。品ぞろえを見て、やはりそうか当然かと。

日本国内のカメラ店と同じです。メイドインジャパンの高級一眼レフやコンパクトがずらりと並んでいます。サイトも日本のカメラ店サイトを、ドイツ語に書き換えたかに思えるほど。

ドイツでもプレスモデルやコンバットモデルを備えた、一眼レフシステムメーカーの高級品が花形です。1955年、レンジファインダーカメラでドイツのライカ社に結局勝てなかった日本勢は、より難しい一眼レフレックスカメラの製品化に挑戦しました。

よくある話で、オリンピックやワールドカップ会場報道で使われるカメラは、世界で2メーカーに限られます。400ミリや600ミリの望遠で、白レンズはキャノン製、黒レンズはニコン製。カメラマン席の白と黒の勢力分布が、スポーツイベントの周辺エピソードとしておもしろネタになっています。

日本で買うよりドイツ価格はやや高く、またベルリンに中古市場はほとんどないようです。日本には、博物館のような中古カメラ店もありますが。
|06-08|写真とカメラの話題||TOP↑
松永喜久という人は自伝も出していますが、忘れられかかった境界線にあるかも知れません。女性初のボクシングプロモーター、初のボクシング記者という、その本人がラジオ番組で語った体験を思い出しました。

一人の少年がプロ入りを果たして、何回戦ボーイだかやっと手にした初めての試合。控え室へインタビューに行った松永は、少年の嬉しそうな笑顔を見て、なぜか写真を撮らなかった。特に理由はなかったのだけれど、いつもは必ず撮影していた試合前の選手の一枚を、その時に限ってどういうわけだか撮影しないまま、リングへ見送ったという。

試合直後に少年は急死し、のこされた母親に会った松永は嘆く。母親も知らない、自分だけが見た笑顔が、写真に残っていないことを痛切に悔いる。言葉で伝わらないあの日の少年の輝く表情は、頭の中にしかない。80歳を超えて忘れられないと、たんたんと証言するスタジオ。

撮影意欲というやつに従いすぎると、感情と空気の偶然に左右され、思わぬ穴があくという写真術の裏教訓だと、今は受け取れるのです。自分の気持ちに忠実でなく、気が向かない行動を起こす破れた人間にしかできないことがあろうと。右へ行きたいと思った瞬間に、左へ足を踏み出す者にのみ、開けられる扉があろうと。

純情に素直に思い通りに筆を動かせば、自然に芸術に届くという絵画道の教えは間違っているのだと。俗世の通念が虚構だと触れておきたくもなる、忘れかけていた逸話でした。
|05-27|写真とカメラの話題||TOP↑
レンズ付フィルム、いわゆる使い捨てカメラを初めて使って、それきり使うことがなかった人は多いのかも知れません。

何しろ画質が悪く、初期はプラスチックの一枚レンズで、児童向けトイカメラに負けるほど。夏の日の景勝地も、色気のない寒々としたガサガサのプリントになって、撮影意欲が消えたものです。

美麗に写るカメラは結果が脳にフィードバックして、自然に撮影枚数が増えます。何を撮っても、美しく深みのある画像ができて感動できれば、シャッターを押しまくる気持ちが高まるわけです。あっちこっちにカメラを向けたくなって。ガラスレンズの面積が大きい、ずっしりしたカメラの優位性です。

アートフェアや見本市の見物でも、高画質カメラを持って行く方が枚数が増えて、収穫も増える理屈です。逆に略式カメラだと、撮った枚数がやけに少ないと後で気づいたりします。同様に操作フィーリングで指摘されるのが、一眼レフカメラのシャッター音です。写真作家の「パシャッ」とか、報道記者の「キシャン」という音。

日独で、撮影の勉強会をすすめています。三脚禁止を前提に、撮影テクニックの再確認中。暗がりのパンフォーカスとか、タングステンやLEDのミックス光とホワイトバランス、直射ライト下のフレア低減というように、略式のオートカメラでは失敗する場面への対策です。そこでも枚数確保が最重要で、どうでもいい一枚が後で貴重になるという心得です。
|05-16|写真とカメラの話題||TOP↑
フィルムカメラとデジタルカメラは、音楽のレコードとCDの関係に似ているような。デジタル一眼レフカメラで撮影したデモ画像はネットにもあります。その高画質から、一部の写真家は思い出すかも知れません。大型カメラのアポクロマートレンズを。

レンズが光を屈折させて感光面に届ける際、プリズムの原理で波長の違う7色が分光し、たとえば赤色と青色が微妙にずれます。その色ずれを完全になくすには、レンズ群の前半部で分光させておいて、後半部で再び集めて打ち消せばよい理屈です。

その理屈どおり前後を鏡面対称に設計したのがアポクロマートレンズで、主目的の製版以外に商品撮影にも使われました。特徴は、非常に高画質でありながら、全く味がないこと。

フィルム時代の作家たちは、逆にレンズに固有の味を利用しました。残存歪みが生むにじみや、甘くなる描写傾向などを、すさびの風情や表現の隠し味に使ったのです。

今では入門用レンズさえ、非球面や低分散ガラスの投入で、収差が激減しています。コーティング材も隔世の性能。このハイテク応用はレンズ側の事情ですが、今のメーカーが味を消す最大の動機はボディ側のデジタルセンサーです。撮影後にパソコンで見て、微細にかっちり写る製品を神扱いするユーザー評が、売れ台数を直接左右する時代だから。

フィルムメーカーが転進や廃業した今、デジタルの表現力がフィルムに劣ると指摘されています。レコードよりも格段に高音質のCDが、音楽の心を伝えないと評されたのと似て。最初は扱いの簡便さでデジタルが歓迎され、時間がたってからアナログの味わいが見直されるパターンです。
|03-20|写真とカメラの話題||TOP↑
思ったのは、人は何のために生きているかです。毎日いっしょうけんめいでも、振り返ってみれば何もない決算かも知れない。そこで「人は写真を残すために」と、無理に考えてみました。

サイトをひとつ改装中で、過去の展示会場の写真を今チェックしています。振り返って、一枚の写真の中に色々なことが起きていたと気づきます。

絵を見つめる外国の人がいて、議論する人がいます。その日のために準備して、会場へ駆けつけてくれたのでしょう。人と作品が偶然同じ場に来て、また散り散りになって。今だって、人も作品も消滅せずにどこかにあるのでしょうが、一応その組み合わせは終わった後。再現不能。

展示作品にカメラを向けるお客の姿も、こちらのカメラに写っていたりします。自分史の記録みたいに。鑑賞者はつかの間に美術に没頭しながら、特別な場を記憶にとどめているのでしょう。こちらも、現地の記憶に残るようにと考えています。
|03-17|写真とカメラの話題||TOP↑
日本にアート写真作品の売買は根付かなかったと、時々書いてきました。カメラ製造が世界一の日本で、写真プリントの売買市場が小さすぎるアンバランスです。鑑賞はするけれど、買うものとは思っていない。「見るだけでいいや」というのが日本。

そうなっているひとつの理由は、アート全般の市場が現代モノを敬遠して、古美術に著しく片寄っている点もあるでしょう。新作アートの評価は未来にまかせましょうと、昔のものに重点を置く習慣です。しかし、写真の特徴に起因する問題も別にあります。

特に日本では、訓練した手が生む器用な職人芸を、芸術とイコールに解釈してきた面があります。ハンドメイド信仰。職人さんが芸術家を名乗る国。

「機械を通した絵」「ボタンを押しただけ」では仕事をしていないという、アンチ感覚が根強いわけです。今もそうで、「写真は芸術ではない」と断定する声が案外多いのが日本の実態です。

日本が追いつくまでカメラ製造が世界一だったドイツでは、そうはなっていません。写真プリントのマーケットは充実していて、絵と同じように売買されています。そうなる原因が、カメラが元々究極の三次元透視画を描く画材だったという、ルーツに起因しているかは不明ですが。

他人が撮った写真を、ファインプリントでコレクションする人がドイツには多いようなのです。コマーシャルにイメージ写真を使うB to Bだけでなく、コンシューマー向けの鑑賞市場が大きいという差があります。普通の市民が写真作品を買います。
|01-12|写真とカメラの話題||TOP↑
ベルリンではなぜか、いや、やはりというか、写真の展示やパフォーマンスが盛んです。その関心は、どちらかといえばソーシャルなテーマで、小型カメラが得意な分野といえます。

小型カメラの利点は、シャッターチャンスに強いこと。しかし前に計画した写真展は、大型カメラ特集で考えていました。世界初のカメラ製造は19世紀ドイツだったから、引っ掛けたのですが。カメラも元は、絵画の正確な透視画法を求めた美術用具だった由来で。

大型カメラ用シートフィルムは面積が大判だから、粒子が目立たずきれいに写ります。画素数競争が続くプロ用小型デジタル一眼レフどころか、生産が追いつかない中型デジタルとくらべても違いは微妙ではなく、大判フィルムが見るからに優勢です。

擬色やノイズがなく、色鮮やかでシャープ。物の材質感やシズル感、場の空気感や温度感がリアルに写ります。今はなきコダック社エクタクロームRPDのカタログも作例はそんな感じでしたが。

しかし大型をすえて、どこで何を写すかを考えると、写真クラブでも結成しないと無理でしょう。大型カメラ本体は今では中古で安く手に入りますが、より特殊になっていよいよ遠くなった感があります。

そして、もうカメラなんて携帯電話で足りるとの声も広がって、日本製カメラで日本の何をどう写せば、現代の驚きがあるのか改めて考えています。
|10-11|写真とカメラの話題||TOP↑

リンク

カテゴリ

最新記事

月別アーカイブ

最新トラックバック

QRコード

QR