日本の衆議院選挙は、何が目的かの論争から始まりました。この28年の流れでは、東京を火の海にする予告に対応する足場固めが8割で、お友だち優遇政策糾弾に煙幕を張る副次目的が1割というところでしょう。

昔2発落ちた核の3発めが、新たに日本の何県何市に落ちて何人死ぬかを予想した書籍が売れゆきを伸ばす中、遠いEUの悩みのひとつはスペインの内部分裂です。芸術関連でよく聞くカタルーニャ地方が独立し、スペインを去る住民投票が終わったところ。まるで日本からの愛知県の脱退。

スペインに限らず世界のいくつもの国は、旧ユーゴスラビアと似て別文化圏をつなげた構造だという。それを接着する安定経済も、EUへ加入して国内の自治権をなくしたせいで不景気続き。昼食時間が長いエンジョイ型のスペインは、勤勉なドイツに食われ再起不能らしく。金の切れ目。

カタルーニャ州はスペイン最東部でフランスと接し、バルセロナ市を含む地中海に面した地理。独立後にEUに単独加入する希望があるらしく、するとまた自治権をEU本部に召し上げられ再び失墜が予想されます。

EU国の内紛は、ナショナリズムとグローバリズムの対立が原因です。前者は自国ファーストで、国家単位の安定で世界が安定する価値観。後者は株主ファーストで、国家を壊して人・物・金の移動を自由化すれば、利益が極大化する価値観。カネをめぐる階級闘争なので、フランス革命の現代版であり、焦点は人道や人種ではなく富の配分です。

EU国でグローバリズム反対派が伸びたのに、日本の衆議院選挙にナショナリズム政党はありません。これは、日本で野党がかみ合わず空回りする理由と同じでしょう。ところで日本には美術という与党に対し、現代美術という野党があり、かみ合わないというより互いに無視しています。
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|10-12|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
東京23区の私大で定員増を許可しないとの、有識者の提言がありました。全国から若者を召し上げる人材吸収を防ぎ、地方創生につなぐ提言に思えます。23区内の私立大学と短大は、収入増ができず困ることでしょう。

この提言には保護主義批判以前に、因果の不合理があります。かつての流行語「抜本的な解決」に照らせば、結果の方を動かして原因を変更するという因果の逆転を犯しています。本来なら、原因をいじって結果を変えるのが正常思考で。順序があべこべ。

類例があります。最低賃金の上昇は好景気時の大盤振る舞いだから、景気が最悪な中で最低賃金を上げて好景気に至らせる発想は不合理です。この倒錯の古典が、アフリカ各地の現地人の行動「腹を壊した子には水を飲ませないように」でした。道理が逆で、子どもの脱水死が続出。

日本が東京一極集中を今も続けるのは、国民の総意です。スケールメリットで国際競争力を保つ決意で、意図した中央集権です。現に都内の再開発は目白押しで、方や地方は道州制に関心なし。自治体の首長の多くは、自立を否定し東京から税を受ける従来方式を希望しています。

皆がトーキョー圏の城下町になるのが、全国的な願望かも。どんな才人も名古屋や大阪にいては上がれない現実があり、多くの企業や有力事業所も、地方の時代が叫ばれるのに合わせて、東京に本拠地を移してきた過去があるのです。一例は地方街づくりの論客でもある、建築の安藤忠雄。結果的に国づくりに関与できた。

その中で大学生のみ流入制限するのは、誰に見せたいお芝居なのか。国策は頭脳の流入大歓迎だから、私大に限らず誰も従う気にならないはず。東京キー曲のテレビに出る者だけが日本を代表し、他は無名の存在でよしとする割り切りは、ネット時代にも肯定されているのだから。
|10-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
あれから6年、全く風化していないのがよいことなのか、しかし今またテレビ番組で特集するせいではなく、現実に東北からの話題も減っていて国民の心に引っかかっています。復興作業も現在進行形になっていて、一段落がついていません。

よりにもよって不況の二番底の、次の三番底が来るぞと言われていた時の天災でした。比較的羽振りがよかった芸能関係や、大企業からの大きい寄付以外は長く続かず、復興税も小さいものにとどまっています。まだバブル気味だった阪神淡路との差になっています。

復興予算が復興以外の別方面に多く流用されたことも知られ、日本は決定的に貧乏状態です。地震災害を逆手に取る、強引な景気アップには結局できなかったみたいで。以後の6年もグローバリズムのデフレスパイラルを深め続け、中高年の実質失業率も上がる一方。

海水が入ってきた地では、当初は大胆な都市計画も考えられました。宅地をいくらか高台にずらしたり、上げ底型の集合住宅を増やすのはどの程度実施できたか。ほとんどは、低地に再びまちづくりして何だかなあというところもあります。

参加者の中にも、復興ボランティア向けのプリントTシャツをデザインして、ロイヤリティーを赤十字に寄付するチャリティー商品に参加した方がいるでしょう。美術界からの資金はささやかな規模にとどまり、日本の中で重みがない業界だと実感したものです。

強いて言えば、巨大災害で日本は目立ち、欧米のアート展で日本特集が増えたぐらいでしょう。この勢いが内需にもつながればという、ささやかな希望はあります。
|03-11|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
テレビのお宝鑑定番組で、世界的な発見となる、日本の国宝級が出てきた「曜変天目茶碗」の話題です。奇妙な展開になっていますが、登場した双方に大きい疑問があります。

まず鑑定団への疑問は、あの茶碗を曜変天目茶碗だと決めた理由です。天目釉は普通に市販もされる本釉のひとつで、黒い茶碗になります。そして他の本釉と同様に、不純物や外因が加わると、窯変と呼ぶ色や肌触りの異変が起きます。偶然性も含め、陶芸のおもしろさの一面です。

曜変天目茶碗にはくっきりした水玉模様が散在し、そのルックスを「曜変」と呼びます。水玉がある場合と、ない場合の二種類があったりしません。白馬は必ず白毛に決まっているのと同じこと。だから水玉模様が一個もない茶碗を、曜変天目と決めたことが不思議なのです。栗色なのに、なぜに白馬と呼ぶのかという疑問。

そして否定派の最先端にいる研究家兼陶芸家にも、別の不思議がありました。水玉模様がなく、青赤ピンクに輝くミラクルな反射も皆無だから、曜変天目茶碗とは思えないという話で始まりました。なのに途中から、「にせ物」という表現が混入していました。

そもそも似ていないのだから、にせ物ではありません。曜変を模した偽造の可能性なし。曜変天目の贋作かもと疑う対象ではないのです。最初から贋作事件とは違います。真贋は争点ではない。本物か、それともにせ物かを調べる検証は、話がずれまくっています。ぬいぐるみではなく、本物の馬とわかっても、そこは栗色白馬の争点ではない。

カニ風カマボコを指して、ニセのズワイガニかもと疑うならわかります。ところが、ちくわを指してニセのズワイガニかもと疑うと、焦点が複数に割れて混乱するはずです。話のわかる人はいないのか、という疑問がありました。
|03-07|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本的デザインの前に立つ、和装のモデル女性カーリー・クロス。その写真がヴォーグ誌(Vogue)の表紙になると、米国内で批判されました。批判する根拠は、日本ではほとんど誰もピンとこないので、日米のすれ違いが目立ちます。

これはニュースに出てくる語「差別」「植民地」の線で読むとわかりにくく、「著作権」「意匠権」で考えるとスムーズです。たとえば、アングロサクソン系の人がインディオ(ネイティブアメリカン)の羽飾りをつけてCMに出ると、まずい行いだと批判されます。

逆にインディオの子孫が、アングロサクソン系の洋服でCMに出ても許されるらしい。レア度の高い文化は保護されるべきとして、多数派が少数派からパクるのはいかんという、多民族国家のモラルです。メジャーがマイナーを引用するとアウト。逆はセーフ。

ヴォーグ誌の写真では、日本古来の意匠やスモウレスラーを使いながら、主役はアメリカのマジョリティーたる白人系だから、「日本文化を盗んだ」と判定されたのです。白人系が白人系を批判したかたち。いらぬ心配ではなく、過去に何度も世界の少数民族から「我が文化を表面的に使われたくない」という抗議が来ていて、その対策だそう。

日本人の感覚はおおむね、「そちらの和装は自由、こちらの洋装も自由。発祥を偽らない前提で、自由に使いましょう」式です。これは、日本国が昔から欧米と交流があり、知られざるレア文化を持つ自覚が薄れた歴史事情もあるでしょう。そういえば最新の学校教科書では、江戸時代の「鎖国」の記述が史実と異なるから廃止するそうで。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンのアイコンは、もちろんアメリカでないから無関係だとして、日本人は「この表情でいくの?」と感じても、「盗用だ」とは思わないでしょう。珍しいほどでもないくらい、この種のイメージが世界に普及済みである前提で、日本側は考えています。

ジャパンフェスティバルベルリン
|02-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本の美術家が外国に作品を持ち出す裏には、日本美術界の貧困があります。市場らしい市場がなく、売買が少ない経済面の貧困と、市民が美術作品をあまりよく見ていない貧困です。だから海外展には亡命的な意味も含まれます。潜在的な美術難民。

たとえば、日本の歌手や俳優が絵をかく。あるいは騒ぎを起こして事件を起こす自称アーティストたち。彼ら彼女らは、やはり悪く言われています。名前さえ先に社会に通してしまえば、作品は何だって通用して高く売れる。「アートなんてお気楽な仕事だよな(笑)」「総理大臣と裸で握手すれば僕の絵も高く売れるよな(笑)」と。

そこまでわかっているなら、市民は日本に隠れている本気な美術を探せばよいのに。音楽を探す時の熱心さを美術に当てて、ああいうのもある、こういうのもあると話が広がってもよいのに、静まりかえっています。

日本を代表するアート作家は誰かという話題になると、結局は歌手や俳優や事件アーティストの名を次々とあげています。思い当たる全て。それらネームタレントたちを楽勝で上回る作品を、美大出身者に限っても大勢が現に作っているのに、市民は相手にしない。

しかしこの現象に、理解しがたい点はありません。要するに市民はアートが全然わからないから、出回っている名前を支持する以外にないのです。嫌って叩くのも好いて称賛するのも、その範囲内。ならば、誰が市民をわからずやに育てたのか。欧米の市民はそのようになっていないのに。

日本の美術界は対処を誤ってきたはず。具象画壇はピカソ信奉者をおさえるために、市民の声のうち抽象がわからない声に同調した。ポピュリズムに乗じ、写実画の優位性へと我田引水した。黒田清輝の地位を守るために。薬が効きすぎて、黒田を信奉する本職画家たちも、歌手や俳優の陰に隠れる始末。他国の反日教育のブーメランを笑えない事態です。
|01-30|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
最近ラジオ番組で、ひょんな場面で名前が出たのが、ソプラノ歌手のアンナ・モッフォ。70年代前半に来日していたはずで、当時の雑誌FMファンに見開き特集がありました。タイミングとしては、メゾソプラノのマリア・カラスの来日前だったような気も。

突然名前が出てきたのは、NHK-FM放送番組『夜の停車駅』の話題でした。蒸気機関車の汽笛で始まり、文学の朗読を加えた音楽番組のテーマ曲、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』の声が実はアンナ・モッフォだったという。この曲はあのバージョンが理想的だと、今も国内で定評になっていると知りました。

ロシアの作曲家ラフマニノフは二次大戦中の1943年没だそうで、アメリカのアンナ・モッフォと同時に生きた期間は11年ほど。ラフマニノフの晩年に小学生だった知らない女の子が、没21年後に稀有な名演を録音し日本で隠れ名盤になっているという。途切れのないメロディーがモッフォの歌唱に合い、作者の予想以上かも知れず。

ところで今の日本では、あのような番組は継続困難かも知れません。ある頃から暗いもの、悲劇的なものが特別に嫌われるように変わっているからです。そういえばテレビアニメソングも60年代にはメランコリックな曲が多かったのに、後になるとかげりを排除する変化が起きています。

いわゆる「ネクラ」排斥運動?は、日本発の表現物を強く制限しています。21世紀の今も、明るく陽気な影差さない作風が規範となっていて、やはり現代アートも同様に何でもありではなく禁制回避の跡を感じさせます。
|01-19|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
2017年の今日は、ロックミュージシャンのデヴィッド・ボウイ没一年。素晴らしい音楽だったというほめそやしに、少し違和感はあります。というのはデヴィッド・ボウイの1970年代前半を、日本のティーンエイジャーはほとんど支持しなかったからです。

日本ではその頃の人気はバンドに集中し、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルの人気がそのまま、日本のバンドブームに続いています。後発のクイーンでも、ヴォーカルのフレディー・マーキュリーより、ギターのブライアン・メイが注目の的で。

バンドにくらべ、ソロシンガーの人気は低いものでした。シングルは買っても、アルバムは買わない。ロッド・スチュワートやマーク・ボランはリードギタリストをフィーチャーしましたが、デヴィッド・ボウイはそうでもなかったのです。ローリング・ストーンズとウィシュボーン・アッシュの中間ぐらい。

日本のもっと上の世代は洋楽が苦手な人も多かったし、ヴォーカル好きかつ洋楽ロック好きという、狭いファン層にとどまったのが実際でした。その最大の証拠が、当時の音楽番組へのリクエストの少なさです。

『ダイアモンドの犬』(1974)も不評だった記憶があり、ジェンダー不詳のルックスもあってカルト的な位置づけでした。当時のデヴィッド・ボウイをリアルタイムに追いかけた人は、日本では珍しかった印象があります。

70年代の強豪ロックバンド衰退後の新しいファンが、デヴィッド・ボウイには多いようです。今語る人たちもそれほど語り慣れないことからも、ソウルやディスコブームも含む変遷で巻き返しつつ見直された、変則的なクリエイターといえるでしょう。日本では。大島渚がフィーチャーするまでは。
|01-10|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
プロ将棋界をゆるがす将棋ソフトのカンニング疑惑事件は、理解を超える幕引きになるようです。何と疑惑の発端となった対戦で、本人が席から長く消えていた時間はないと撮影ビデオで判明した調査結果です。状況証拠さえ存在しなかった。何じゃそりゃ。論者たちの全ての発言は無駄になり。

疑惑棋士の行動は現実の出来事ではなく、関係者の頭の中にのみ構築された、妄想性集団パニックだった疑いに変わりました。自信満々に不正を訴えた棋士や、一億パーセントクロと断言した棋士など、現実を見たかのような証言。どうも1979年の児童の「口避け女」パニックに似ています。

これはつまり、将棋ソフトという人工知能に対して、将棋を職業とする人たちが深層心理でおびえていることを意味します。事件はゲームやハイテクの話題ではなく、精神医学の話題といえるでしょう。

たとえばネットに、人と対戦してソフトが勝てば、王位はソフトが得て人は退くべしという主張があります。鉄道の自動改札やスーパーのセルフ式レジと同様に、伝統的ゲームでもハイテク失業が始まる空気があるのです。

人間への尊敬が下がり、ロボットへの尊敬が上がる、そうしたムーブメントが起きそうで、文明が人間排除へ向かっていることに多くが気づき始めたような。その先にある人類滅亡の気配を、将棋で何となく感じ始めていて。まさに将棋は人生。

「機械に劣ろうが人間に主役として期待します」「人間を一位指名します」と言い切れる未来を、多くが確信できないわけです。国民は、関係者は全員辞職せよとは騒がず、悲運の棋士の復権に重心が向くのは、加速度的に伸びる人工知能への不安に、誰しも共感があるせいかも知れません。
|01-04|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
正月なのに、道行く車のフロント部にダイダイのしめ飾りがほとんど見られません。これに気づいて、「日本文化が消えるのは、時代の流れだろうか」と言い出すのは高所得者です。低所得者は、「庶民は貧乏だから節約している」と言うでしょう。

この食い違い、すなわち日本を分断する階級闘争は、おそらくまだ続きそうです。この食い違いが解消した後に、日本の景気回復は実現するはずで、だから近く実現する可能性は完全にゼロでしょう。

この庶民の声は、ネットにはもう充満していることに気づきました。グローバル文化はローカル文化を破壊するとの通念があります。が、グローバル経済の「無駄をなくす」という美徳が、日本文化の美徳を消して回る風桶の原理もあったのです。

金融政策をああやってもこうやっても、日本の不景気が止まらない理由は国内消費の低迷でしょう。低迷の原因に高所得者は首をかしげ、低所得者には何の疑問もないという、フランス革命前夜と同じ食い違い。

具体的には、「国民の働き方を多様に」「女性の社会進出を増やす」「残業をなくす」「移民で人口を増やす」は、いずれも庶民の賃下げが目的です。政治がこれらを誓えば誓うほど、不景気が暴走します。不景気という名の暴走車を止めるために、ブレーキを踏まなければいけない。

ブレーキがかかれば、不景気は止まる。しかし政治がブレーキペダルを踏めば踏むほど、逆になぜか不景気が力強く加速する。ドライバーは一言「ブレーキをかけても止まらなかった」。車がコンビニに突っ込むと決まっていれば、ダイダイのしめ飾りをつけないのも納得。
|01-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
世界最大の広告代理店で、エリート若手社員が過労自殺した事件があり、ブラック企業とサービス残業の関係がまた議論されています。サービスという「もの」の値打ちを低くみる感覚は、日本でよくみられます。

よくある心情吐露で、「レストランや食堂の料理は、材料費が代金の3分の1以下の低さ」という論点があります。「それなら材料費を除いた3分の2はぼったくりで、僕たちは無駄な金を払わされている」という不満を抱く人が国内に多いのです。インチキを許すなと。

笑い話ではなく、この手の理屈はカーディーラーなどの自動車整備工場で日常的だそうです。部品代1000円と工賃6000円の計7000円プラス消費税という請求を行うと、しばしばクレームがあるという。

「なぜ部品より工賃が高いのか?、6倍はバカ高いでしょ?」と。1000円の部品は、999円以下の工賃で取り付けるべきだという意味。日本ではギャグではなく、整備工場の受付窓口のあるある実話パターンです。

客が企業に望む「労働対価は払いたくない」と、企業が従業員に望む「労働対価は払いたくない」という、二つのサービス料否定。いずれも日本の国民感覚の表れ方と思われ、ネットでも弁論対決が繰り返されます。

「日本人は水と安全はタダだと思っている」という昔ながらの揶揄も、実体感のない無形のサービスは無料で受けて当然と期待する国民性への言及でした。この感覚が、付加価値が値段を決める美術作品でも表れていないか、新しい課題テーマを思いつきました。
|11-22|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
東京のデザインイベントでジャングルジム形状の木製彫刻が燃え、内側に入っていた五歳の児童が死亡した事件に、信じられないとの声が多いようです。カンナくずの中にLED電球を入れれば、誰でも火事にならんかと心配になるからです。

しかも工業用の白熱ライトも加えたから、短時間で燃え上がりました。作者や主催側の常識のなさを不思議がる声がネットに集まっていますが、社会人なら思い当たるものがあろうかと思います。

背景は日本人の現代気質、逆ギレやモンスタークレーマーなど気が短く怒りっぽい性向と、もうひとつは自己責任主義です。この二つは90年代後半以降の低調日本を読み解く、車の両輪的なキーワードです。

今の日本では、他人に何かを注意されると即キレるケースが多いのです。結果オーライとなってさえ、言われた側が一瞬感じた「カチン」が人間関係を壊します。もろいハート同士だから互いに干渉をひかえるわけで、「火事にならんか?」と忠告しない方が人間関係がうまくいきます。

しかも流行の自己責任主義で、親しい間柄でもすき間風です。会社勤めした体験がある人なら、ブラック職場はどこも知恵を出し合う空気がなく、仕事が毎日コケてコケてする実態を目の当たりにしているはず。保身目的の非協力は、現代日本の大きい特徴です。

学生はいつの時代も、バランスを欠いてドジなミスが多いものです。非常識が取りえ。普通は、それを周囲が助けるのです。しかしイベント参加者も関係者も、互いにノータッチで孤立していたのかも知れません。
|11-08|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本で、デフレを脱したか脱していないかの判定解釈で、延々ともめ続けています。数字が示すデフレの事実を、議員たちが説明でかわす闘いです。結局日銀の10月1日発表では、デフレのままだという結論でした。

日本のデフレの直接原因は、バブルがはじけたGDP下落を乗り切ろうとした、格差社会への舵切りです。分岐点は1995年。人材派遣が本格化。購買力が落ちた庶民を相手に、値下げ競争が始まりました。当然、あらゆる商品の品質が落ちました。廃棄されたトンカツを入れた格安弁当とか。

日銀が何をやっても脱しないデフレは、格差を小さくすれば脱する理屈です。しかし格差社会は、少数が天国へ上がり、多数が地獄へ下がる配分の社会です。もし格差を小さくすれば、天国に上がった少数は天国から降りることになります。21年築いた既得権を失います。

ここで政治メカニズムです。社会をどう変えるかを決める国会議員も天国にいて、親族、友人知人や諮問機関の会長たちや委員会の民間ブレーン、政治献金で支える団体役員も、天国の側の人たちです。

その義理を果たすために、議員たちは庶民の味方ですと言い続けながら、庶民の敵として行動し続ける以外に選べません。庶民への羊頭狗肉をやめる理由が見つからないのが、今の国内経済壊滅の骨格です。格差社会の先輩アメリカも同様で、案の定トランプ大統領候補の根強い人気。

いずこも地獄にいる側は、世界大戦や大規模テロで、自国が波乱からリスタートする願望を妄想中という。テロ志願や、通り魔になる人もちらほら。その気分をアート制作に振り向ければ救われそうですが、駆け出し画家のサイトがかなり消えた実態を最近見つけました。
|11-04|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
ネットでライティング(文筆)の仕事募集が増えています。ところが、初心者のしかも女性を歓迎する仕事が多いことに気づきます。文筆は10年単位の経験に、難解な業務遂行の場数を経て、やっとものになります。

新聞社トップの自伝によく出てきます。入社1年ごろに記事をまかされ、やっと書き上げた原稿を上司に渡すと、話にならんなとズタボロに添削され、ベテランのペンに差し替えられ、ふてくされた若き日を振り返る。数年後にそのボツ原稿が出てきて、読んでみるとひどすぎて呆然となる結末。

これがプロ作文の現実なのに初心者を求める目的は、登録手数料と教書販売でしょう。中年男性を相手にしないのは、消費者センター通報や法的措置の行動力対策で、脅しに弱い若い女性がカモだともっぱらの噂。

最近絶賛されたクラウドソーシング仕事に若い女性の求人が増える一方、実力主義の依頼もあります。しかし条件が多い3000字で報酬500円とか、WEBトップページ制作4000円とか。実業界相場の数十分の一で、腕ある人は参加するや退会する実態報告が続々。キャベツ一玉9円の世界。

買い手市場が強まると、値崩れが起き、品質崩れが起き、業界崩れが起きる法則ですが、それを頭に置いて日本の新しい美術に目を向けてみるとします。以下省略。
|10-16|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
残り4年を切った東京オリンピック・パラリンピックは、今も準備が動転しています。予定した費用の7300億円は、再計算すると4倍の3兆円に上がり、東京都のツケ支払いが恐ろしい負担になるとの議論が出てきました。

ただ問題の根は、烏合の衆的な部会で進めたコンセプトなき失策であり、ハイコストの善悪はコンセプトしだいで変化すると思われます。というのも、増えた2兆2000億円は、札束を燃やしたりビットコインで海外に奪われはせず、主に東京都の業者への委託料だからです。全くの無駄でもなく。

一億総中流をやめてグローバル経済に過剰適応し、国際的にも貧困傾向が目立つ日本での、突然の五輪。国力が落ちゆく最中に行う意義は、財政出動の名目があるからでした。

東京都が赤字でも、域内の民間が潤えばよしとする計算も可能で、庶民が質素な暮らしを捨てて飽食に走る景気浮揚の流れに合います。日本のような先進文明国では徹底した節約こそが逆回転であり、そちらにこそ特別なコンセプトが必要なのです。

ハイコストに都民の不信が大きくなるのは、元請けが搾取(ピンハネ)して海外隠匿し、ついに東京にも地方にも還元されずに終わる疑いが強いせいでしょう。トリクルダウン理論がウソで決着し、タックスヘイブン疑惑は本当だったという、ネタばれの後ということもあって。
|09-30|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本は累積した借金が700兆円もあり、子孫が返さないといけない、いったいどうするつもりか、という議論がずいぶん前からありました。現在は1000兆円を超えているという。世界最大の絶望的な借金。

しかし少し前から、パタッとその議論が消えました。あれほど国のゆくえに暗い影を落としていたのに、右も左も言うのをやめたのです。理由は借金相手が自分だったからです。それを暴露した有志が何人もいて、ある時点で主流に転じました。

日本国政府は日本の金融機関から1000兆円を借りていて、その原資は国民の金融資産でした。自分のへそくりを出していたかたちとわかり、放置してもよくなったわけです。欧米から借金していたのではなかった。

こういう国家的なデマ論争を思った時、果たして美術に関する世間の言説は大丈夫だろうかと考えます。ネットを見ると、アートとアーティストに関するネガティブ情報が本当に多くあります。アーティストたちが高をくくるうちに、国民が好かない人種として定着しつつあって。

美術界自体を攻撃する下げ情報を、極言的な笑いネタとせずに、額面どおり真に受けて思想形成する国民が多いはず。アートを理解しましょうと呼びかけるサイトさえ、ネガティブな空気に同調していると知り、今こちらで次元の違う教育サイトを作っています。 現代美術はわからないサイト
|09-28|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
新しく美術情報ブログサイトを設計中です。ネット時代を活用して、国内で美術鑑賞する人たちに、芸術の謎について入れ知恵する試みです。作者ではなく、鑑賞者に向けた傾向と対策の研究会といえるもの。

発端は、欧米の美術市場が日本よりずっと活況な現実です。日本を活況に変える下づくり策もあるはずと考えました。たとえばドイツの大型展示会の主流はアートフェアですが、日本では公募コンテスト展か歴史名作展が幅をきかせています。ドイツはバザーで、日本は見学会がメイン。

なぜ違うのかを分析して、鑑賞する側が知るのもよかろうと考えています。日本の美術家が、日本の国民性に合わせて作っているのも確かだから。自国民の許せる範囲に、作品が収まっている疑いがあります。

まず本を8冊出し、その外伝を掲載する場をつくります。現代アートどころか、美術は全部苦手と言って終わりな人が日本にあまりに多いのを、いつまでも見過ごせないと考えました。
|09-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
リオ五輪の最中にSMAPの話題が再び目立ち、スポーツ新聞も大見出しです。報道各社がメンバー同士の衝突を書き散らしているせいで、逆に裏のアンタッチャブルゾーンを教授する感じで。報道タブー臭がプンプン。

発端が上部の紛争なのは、サラリーマン感覚では常識。というか、アイドルスターは芸能事務所の正社員が多い点がヒントです。50年代の米モータウンみたいに。70年代のピンクレディーも月給15万の職員だったとか。

ヒット歌手が過去に何人も、芸能事務所からの早期独立を計画しました。社長とマネージャーに両親を当て、元事務所と無関係になれば、ギャラの全額が一家に入ってくる算段。しかしそれだと、巨額をかけて売り込んだ元事務所は投資を回収できません。その後の利権も。

対抗して、仁義なき脱退者を業界が干す不文律があり、歌手は放送や出版からも追放されて廃業を余儀なくされます。これと同じ理屈は画廊と画家にも一応あり、プロモート成功後の画家は当分は貢献画廊を通す商習慣があります。もっと複雑ですが。

デビュー時のSMAPは芸能事務所内の評価が低く、それを国民的スターに育て上げた雇われマネージャーと事務所とのねじれがカギのようです。ゴッホほどではないにせよ、駄作が傑作になった逆転劇が尾を引いたかたちでしょう。貢献度と先見性のずれ、権力と能力の齟齬と感情のもつれ。

アイドルは上の意向に従う立場にすぎないから、続けるよう指示があれば続け、やめるようほのめかされたらやめる運命でしょう。
|08-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
STAP細胞事件で、多くが真に受けた説はこうでした。「中高年がサポートに回り、若者をリーダーにして論文を出させた。ところがノーベル賞がとれそうになったので、部下の若者の手柄にやきもちを焼いた上司の中高年が態度を変えて、ノーベル賞がとれないよう論文を撤回する陰謀を行った」。

リーダーにしなけりゃ済むから当然作り話ですが、この説を多くの著名人がブログで断定し、さもありなんと広く流布した現実は、現代日本の重要な一面でしょう。先輩が後輩の足を引っ張る図が、日本のダメ構造の基本型だと認識している国民が多いということです。

リオデジャネイロ五輪で、若い選手たちがメダルを次々と獲得しています。日本初のメダルという種目がいくつもあって。選手時代にメダルをのがした先輩らが、後輩を勝たせようとして支えている結果は明らかで、STAP妄想とは逆の構図です。

科学、スポーツときて、美術はどうか。先輩と後輩の関係は非協力か、それとも協力か。何とも辛気くさい話題ですが、見方も色々あります。

今回メダルを期待したテニス男子と卓球女子のうち、卓球が先ほど三位決定で勝っていました。よい情報と適切なケアで、チームが機能していると推測できます。コーチやアドバイザーが何かを言い忘れて選手が失格するなど、過去に色々ありましたので。
|08-17|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
通信用パソコンを替えて高速化したついでに、ネットを徘徊してみました。まずは時事ネタ。45人も手にかけ19人も殺した容疑者が事前に書いた、襲撃予定の相手を非難するSNSや、都知事選の複雑なネガキャンが当面ネットで話題になっていました。

この種のテロはリアル攻撃の前にネット攻撃があるのが普通で、低調日本のイライラ空気や貧困が背景でしょう。景気悪化で日本人は怒りっぽくなったもよう。たとえば芸能人が狙われやすく、「歌手のXXさんは△△ですか」の質問を、IDを変えて何度も繰り返す動機があれ。

有名掲示板にワルだと書き込まれたと、大手企業の温和なトップから相談を受けたことがあります。が今とは違って、表現の自由との区別がない90年代で、またコンテンツサーバーも海外に置かれ治外法権でした。

有名掲示板のVIP会員情報が流出した事件では、他民族へのヘイト行動に反対する新聞社が、裏で匿名にて他民族ヘイトの書き込みを続け、差別主義者を自演していた秘密が表に出ました。裏を知った国民があぜんとしないのは、以前からそうだと既成事実化していたせいもあって。

さて一方、明朗ネタで最近アクセスしたのは・・・。リスの動画を大量に見ました。リスの動きは実にヒューマンで、アクションありコメディーありで、スマホ撮影でも外れ作品なし。絵画のリスが常に人気だったのも納得。

伸び伸び自然体で生きるリスとは違い、人には光と闇がつきもの。恨みと妄想のネット時代。本来は芸術の衝動に使える社会への不満が、社会報復テロへと向かってしまう。芸術的にもったいない日本。
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