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前年の天気予報サイトにはなかった「厳重警戒」マークが、この夏はよく出ます。さらに上の「危険」マークも出て、熱中症の死亡ニュースも続く毎日。7月8日が最後の雨で、この先も晴れマーク予報が並んで、しかも盆地以外は夕立ちもなく。

記録的な高温を地球温暖化ガスで説明する報道は、さすがに減りました。二酸化炭素を減らした結果の気温上昇だし、涼しい夏だった昨年との違いも説明できないし。直前の冬が並はずれて寒波続きだった記憶もあろうし、陽光と宇宙線のはたらきの知識や、ヒートアイランド現象の知識も、報道局に広まったことも大きいでしょう。

グーグルマップで過去を知る地を確かめると、前はあった林も池も山も消えて、宅地になっています。当時の日本は人口増で、土と水と緑をコンクリートや瓦など石質に替えると、年々暑くなる理屈で、これがヒートアイランド現象。むろん気象変動の最大の要因は、太陽活動の変動ですが。

しかも裏話もあるようで。日本の最高気温は長年、山形県の40.8度だったそう。原因は盆地のフェーン現象。が、別の地でついに新記録が出ました。しばらくしてトリックが指摘され、現代の百葉箱たるアメダスの敷地を、アスファルト舗装で囲むようにして生じた高温でした。

なぜそんな場所に変えたかは、気温の記録を上げるためだそうで。地表を覆う材質によって日光の反射率と保持率が変わり、気温が大きく上下する土木技術を利用して、「日本一暑い町」の称号をゲットする町おこしが目的だったらしく。各地が日本一の座を狙って競争していたそうで。

近年意外なのは、国民が緑化を求めない点です。植樹で街を涼しくする話が出ないのは、新築マンション全室にエアコンがあるからか。激しい気候が景気につながる期待など、熱波願望もあります。安価な対策は、一日に飲む水の量を倍に増やせば死なないあたりでしょう。
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|07-21|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本は好景気だとの声は意図的なデマで、不景気の最中です。その証拠は、残業代カットが国会のせめぎ合いだから。実際が好景気なら、残業代を上げる案のラッシュです。もうひとつ、仮に好景気なら増税ではなく増収が耳タコなはず。現実は逆で、GDP拡大で増収した歓喜を聞かない。

たとえばこういう違いがあります。好景気なら人々が「お金を残したら負け」と本気で感じて、使うのにやっき。今は「お金を使ったら負け」と本気で感じて、節約にやっき。土用のウナギも食べずに。この冷えた心を、日本語で不景気と呼びます。景気は心理だから。

大正昭和のことわざ「景気は気のもの」はその意味です。サイフのひもがゆるい時が好景気、固い時が不景気。好景気デマを流す目的は、持ち株会社や資産運用企業など資本主義の上層への中央からの忖度です。貧困時代と呼ばずに、宴会離れやゴルフ離れや旅行離れと呼び変え、思想変化で説明するのが忖度のわかりやすい例か。

人は景気が良いとポジティブ思考、景気が悪いとネガティブ思考になります。貧すれば鈍する。後者の典型が日本は終わった説。しかして美術のように率直表現する分野は、ネガティブ思考にこそ基盤があります。楽天的なアートは、緊張が切れて見ごたえがないから。

ドイツで求められるアート表現の内容面で、社会性や社会問題の語が出てきます。写真分野でよく聞いたのですが、この概念は日本人は苦手です。なぜなら日本美術の基盤は花鳥風月で、作品に社会性を込める感覚から遠いから。ソーシャルをどう料理すべきかわからない。

日本は1995年あたりから格差社会の乱世へ踏み出し、国際発言力も低下して、花鳥風月で楽しくやる空気は落ちています。三番ではだめで二番に上がりたい、その気概を美術に込めたいと思い、そういう目で国内作品を見たりもします。
|07-18|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
先日の台風に続いた梅雨末期の豪雨で、瀬戸内海の北に面した県で想像しがたい水害が起きました。岡山、広島、山口など。過去の東南アジア国を連想させる水びたしとなり、日本は大丈夫かと感じた国民も多そうで。

実家をやられた芸能タレントが言うには、住宅の床上浸水どころか床下でも、後で住めないほどだそうで。清水でなく泥水は当然として、トイレの下水も容赦なく混じるから。下水を閉じ込めるインフラも検討すべきと、今回ささやかれたほどです。

土砂崩れは、山沿いの宅地開発と関係します。かつてテレビで公開された「水害の履歴を地名につけた」昔の知恵を、「平成の市町村合併」で自由に地名変更して消し去る流行が、前から危険視されたものでした。

一方の河川の氾濫は、平成大不況が関係します。直前のバブル時代には全国各地で河川の大工事ブームがあり、完成後は異様に高いコンクリート護岸の底に水がちょろちょろ。数十年に一度の豪雨を計算に入れたスペックでした。バブルで大金投じたそれら改良河川は、今回は氾濫せず。

ところが平成大不況の事業仕分けで経費削減ブームに転じ、残りの工事は中止されました。東日本大震災でも言われた話。コンクリートから人へと転換し、災害に弱い途上国状態で時間が止まったかたちです。土建立国と言われるうちが華だった、日本のローカル事情です。

五月に、リーディング・ミュージアム(先進美術館)なる政府案が出ました。各美術館の収蔵品を市場で売り、運営費に当てる不景気対策です。当事者の学芸員たちは反論し損ね、国民が懲罰的に国に賛同する懸念があります。政府の都合に対しキュレーターの都合をぶつけた対立を、芸術文化育成の都合でまとめて倒す出版原稿を考えています。
|07-14|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
ポーランドはどんな国かの今どきの説明で、ラジオ番組では歌手バーシアの曲を流しました。イギリスの音楽グループ、マット・ビアンコの初期メンバーで、ダニー・ホワイト作曲のブラジリアン・ユーロポップス。

そのポーランド代表との試合で、日本はやってくれました。試合を壊す奥の手です。あの時の日本代表は、イラク代表と最終予選を戦っていました。落選確定のイラクに日本が勝てば、1994年のアメリカ大会に参加できる。終盤に日本はイラクを勝ち越す一点を追加。

日本選手にまだ教えていないことがあったと、監督は後に告白しました。それは試合を壊す方法でした。攻撃すれば、反撃される確率も上がる。残り時間を放置すれば夢のアメリカ大会に行けるから、フィールド内を皆でぶらぶらしていればよかった。遅延行為ととられない範囲で。

ところが日本は攻撃を続けます。アディショナルタイムにそのボールをイラクに奪われ、相手のコーナーキックで点を入れられ引き分けに。アメリカ大会に落選します。ワールドカップの初デビューをかけて、最後の最後の何秒かで大転落。渋谷で応援していた男は涙ぼろぼろ、女はわあわあ号泣。この「ドーハの悲劇」を連想しました。

今回は、負け側がボール回しで試合を破壊。法外な入場料の客もいたはずで、日本代表へのブーイングがスタジアムに響く。現場にいた日本側は落選確定のポーランドが明らかに強いと身にしみ、同時にコロンビアがセネガルより強いと状況把握。博打に出てグループリーグ突破に成功。

入社試験の論文に出てきそうな、究極の選択に思えます。逆をやっていたら、道徳の教科書にのりそうなものですが。前監督への奇襲解任に賛同を得るための結果論が必要な国内事情もあり、攻める博打は選べなかったと想像できます。国の名誉を保つ難しさを感じる一幕でした。
|06-29|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
サッカーワールドカップ2018ロシア大会で、日本代表チームが国内ファンから祝福されずに出国しました。世界でも珍しい直前の権力側クーデターで、セルビア(旧ユーゴスラビア)人監督を電撃的排除。彼が予定する能力主義的な選手の登用を、連盟が阻止した反動といえます。

セルビア人監督はワールドカップ16位の監督実績で、世界の技術的潮流かつ日本選手が苦手な高速縦反撃を重視し、従来の広域パス回しを卒業させようとしました。この現代化で直面する一対一で負けない動きに対応できたのは、主に若いニューフェイスでした。新個性の萌芽。

そのニューフェイスたちは、過去に日本が勝っていないオーストラリアにも初勝利した手柄で、日本はアジア地区予選を一位通過し出場権獲得。が、新世代だから過去の実績がなく、強い支援者の縁故もない。美術にたとえれば、新進の前衛的な作品たちです。

テレビや新聞のCMは、名が知られる年長のビッグ3やビッグ4で制作済みとされ、ニューフェイスたちとポジションが競合します。そこで知名度の方を重視し、指名権を持つ監督もろとも片づけたのではと、もう雑誌にも書かれています。能力主義の野球やスケート、卓球のようにはいかず。

名のある先輩選手が、名のない後輩選手の手柄を召し上げ舞台に出る。しかもチームに新技を加えたのはセルビア人監督で、仮に準優勝すれば彼の功が大きいわけで、続けていたら優勝できた理屈。勝てても正義は対オーストラリア時の体制にあり、新監督は時間不足で役も小さい。

美術よりスポーツの方が、能力尺度が明瞭なのは確かなはず。しかし新しい才能が削られ、本番でよくみる新人成長劇も封じられ、4年前のブラジル態勢に戻したも同然。年輩選手の過去を高く買った再起用に、コアなファンほど「何だかなー」と気持ちの整理がつかない状態です。
|06-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
長期の募集展示が終了し、作品が戻りました。連休前半を仕分けと梱包に当て大忙しでしたが、送り出した頃からの大きい変化は国内の配送です。2010年開始の宅配「はこBOON」が、四月に経営断念したのです。

それはネットで会員登録してセルフ申請し、荷物のサイズや重さもセルフ計測します。140サイズで3キログラム程度の板状など、軽くてかさばる荷物に好都合な格安料金で、作品搬出コストが低くできました。

昨年の大手通販と大手宅配の値上げ騒ぎで、空きトラックに便乗していた「はこBOON」は夏に休止して価格見直しに入り、結局廃止の通知が来ました。条件が似た古着など、オークション関係者も困っているみたいで。

日本は今、様々なものが生まれる時代ではなく、消える時代だと感じます。全ての原因はむろんデフレ経済で、あれが終わったこれが消えたのニュースが続きます。最近の話題で大工さんがリフォーム以外で激減し、在来工法や和室やたたみ文化も終わると言われています。

ロストテクノロジーはピラミッドやアポロ宇宙船を出すまでもなく、たとえばレジスターの歯車を作れる人も消えています。「ジャー、ガチャン、チーン」という店のレジ。歯車はなくても、人々の購買力と購買意欲が持ち直せば、代わりの新しい何かが次々生まれるはずですが。

そう考えると、廉価な宅配が消えて高額なボールペン伝票に戻ったのは、デフレからインフレへの転換なのか。スタグフレーションと呼ぶ、物価が上がり景気は低い現象だとも指摘されます。値上げラッシュの次に何が起きるかは重大な関心事です。
|05-02|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
派出所で上司を撃った事件と、サッカー日本代表の監督解任騒動。次の感覚があったのかも知れません。「考えが同じ人としかつきあえない」「意見が一致しないと全然だめ」「親しい人以外との仕事はごめんだ」。

よくある完全同化主義。そして現実には意見が合う人が固まると、摩擦と刺激が薄れて価値観や思想も片寄るでしょう。長期の発展性がない。俗に言う組織の論理とくれば、今は大相撲や女子レスリングも連想しそうな。

国会でもお友だちの輪の追及が続きます。議員の盟友は結論ありきで計画が採用され、知らない人の優れ計画は排除される。盟友に税金を流し、関係議員へ政治献金で還流させるなど、途上国に多いパターンかも。

いわゆるお友だちの輪は、美術アーティストにも生じます。アーティストの多くは、実力主義で世に出たいと考え、匿名で作品を出してみたりします。ところが音楽と違い美術はわからない人が多いので、支持の範囲は限られます。

知らない人の優れ作品は排除されたりもあるし、身近な人の輪に頼ることも多くなり。美術通販サイトも、作者の身内買いを前提にしているほどで。日本の程度問題はあるとしても、世界的に能力主義からずれやすく、縁故に依存しやすいアートです。

そんなアートでは、敵と味方を利用し合う関係を使わないと、分断と孤立に向かいやすい。作風なんてものは互いのギャップが価値でもあり、完全同化とは逆の世界です。では価値観の相違がある前提で、何を共通の価値に置けばよいのか。それはもちろん芸術性です。
|04-16|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
サッカー日本代表の旧ユーゴスラビア人(現フランス国籍)監督を、ワールドカップ第一試合まで70日残して解任するニュースが騒ぎになりました。本人はこれで二度目の途中解任らしく、第三試合の相手国ポーランドは当惑し、それは同グループの監督たちも同様でしょう。

この解任に疑問が出たのはタイミングの悪さと、アジア予選で日本が組を一位で通過した実績。それより、ワールドカップは前評判と異なる結果が多いという。ジダンがヒーローとなった1998フランス大会で、フランスチームは予選で散々に言われました。なのに優勝。プロの勝負師たち。

2002日韓大会で優勝したブラジルも、年配者がこんなひどい我がチームは見たことがないと嘆いていて。逆に2014ブラジル大会では、絶好調な優勝候補ブラジルはドイツに大敗し、三位決定戦もオランダに敗退。

今の日本代表も前評判が悪くて善戦するかと、縁起の予測もありました。親善試合は自由なテストなのだし、パスサッカーを離れた監督が、わざと混迷させた説もあるほどで。戦術を敵に読まれなくする迷走演出に、味方の上司やスポンサー企業が引っかかって動転したとか。

メキシコ人監督の八百長疑惑で差し替えた監督なので、だめ元で最後まで見届けて、効用を検証して教材にするのがよかったはず。これでは結果がどう出ても、誰の功罪か神のみぞ知る。成果を毎度総括せずに国際試合を使い捨てる感があり、協会にビジョンがない説がまた出るでしょう。

強豪は、最悪を受け止める強さもあるのだろうと。これは少しだけ、美術の出品でも感じています。しんぼう強く負ける過程があってこそ、作品が本物に育つ法則です。不安を感じたのでリセットして避けた式のネガティヴ思考は、年月かけて何かを築くにはマイナスでしょう。敗因を隠すのも損。
|04-09|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
クレーンゲームはマニピュレーターを操作し、中の景品をつかみ取ったり、引っかけて落とすマシン。ゲームセンター側が不正に設定した詐欺事件として、大阪府警がいっせい摘発した珍しいニュースです。日本語が不自由な外国人旅行者もカモにしていたらしく。

外国人がクレーンゲームを、日本のサブカル文化として紹介した動画がありました。ところが国内ネットには何年も前から、ぼったくりだの詐欺だのと報告が多くあります。客の撮影では、景品をアームでつかむタイプは握力をひどく弱く調整し、景品が自重で滑って持ち上がらない手口が大半。

器具を落下させ穴に命中させるタイプは、客がやれば全て失敗し、店員は全て成功します。命中率ゼロと命中率一を切り換える電気的な隠しスイッチがあり、店員が押し分けて客をあざむく様子が動画にあります。

景品を吊すひもを切るタイプは、ハサミをあえて故障させてあり、景品を横へ押すタイプは、横へ押す動作を殺してあるという具合。景品にもおもりを入れて持ち上がらなくしていたり、針金や両面テープで固定し移動を食い止めてあったり。累計投入金額に達した直後のみ、機能障害が正常に戻り客が成功する「確率機」が主流だとは、元店員の証言。

アームの爪は大きく、穴も大きく、ハサミも大きく、この大ざっぱなデザインが詐欺の伏線です。難易度を上げて腕を試す方向ではなく、いかにも平易そうなデザインにした上で機能障害でプレーを妨害し、客から料金をだまし取るマシンに仕上がっています。なぜその方向へ進歩したのか。

現行のクレーンゲームの機能障害を正すと、平易すぎるデザインゆえ景品を取りまくる客が続出するでしょう。だから本来は、イカサマを排除してなお成功率が低くなる、日本の技術を活かしたデザインが必要だったのです。その方向へ行かないのは国内の空気なのか。似た例が他のジャンルにもないか気になります。美術作品にはないと思いつつ。
|12-24|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本には美術の一般市場がないから、現代アートフェスティバルは市街地で開催されず田舎へ向かう。市民社会と切り離された、オタク文化の内輪で珍世界の存在意義を保つ。この現代アートの冷遇構造をつくった犯人は誰でしょうか。

たぶん単にニワトリとタマゴと思われ、いざ売らんとした時のウリの少なさが新しい原因でしょう。作者は最初から出し物と考え、売り物と考えないから、作品にウリがない。実際「過去にドイツで売れた作品はこれこれです」とサイトを示すと、一定数の参加辞退があります。ハードルを感じるらしく。

自分の思いで作るには慣れていても、売るには慣れていないと考えられます。それも当然で、日本の公募展覧会は販売禁止のコンテストが大半なのも大きいでしょう。お客が見るだけに制限されているから、作者も見せるだけの想定で考え、他人が買わない範囲で作る。

「我が家に飾るため、無名の作品を買いに来ました」というお客は、ドイツには多く日本には少ない現状です。作品と鑑賞者のこの関係が、独日アートの隠れた大差です。買って友人に自慢したくなるおもしろい絵画が、日本にはできにくい構造でしょう。

見て終わる前提のお客には何だって通用しても、買う前提のお客だとボーダーラインは上がるでしょう。展覧会イコール売買マーケットのドイツでは、作品がウリの華を持っていて当たり前なのでしょう。市販音楽CDの曲づくりと同じで。

売れる作品を商業主義とみなし、芸術の神への冒涜とみる通念が日本にあります。ゴッホやモディリアニなど、売れずの画家が尊ばれるのも、原因であり結果でもあり。たぶんその空気のせいで、買う気を刺激しない作品が主流。美の常識への挑戦や、既成の概念超えが目的ではない、普通に心温まる作品さえがウリを欠いてお客とすれ違って。
|12-05|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本で自慢だった原子力発電所は、地殻変動の津波で壊れました。かぶった海水で、海辺に置いてあったディーゼル冷却装置が破損し、原子炉は温度上昇で水蒸気爆発しメルトダウンへ。原発の地位は失墜し国際競争から離脱。発電所の関係者が不可抗力の無実を訴えたものだから、ならば今後また起きるから全部なくそうという世論に。今ココ。

しかし日本の失敗とは関係なく、フランスや中国など各国は原発をいっそう増強中です。そもそも原発という悪魔的エネルギー交換装置を人類が頼る最大の根拠は、種の生存です。昔から言われてきた氷河期の地球寒冷化で、暖をとれないと人類は絶滅が確定。

次に逆に地球温暖化への対処を要し、太陽の残り寿命の50億年よりもはるかに早期に、赤色巨星化する過程で核融合は活発化し、地球上の生物の死滅は確定。座して死する前に、人類は火星か土星の衛星へ逃げ延びるほかありません。月の空洞へ逃げたのでは、近すぎてやけどする。

大気が酸素ではない移住先で、電力づくりは酸素で燃やす石油や石炭ではなく原子力に依存する道理です。ただしこれらの長期スパン以外にも、近未来の需要が新たに出てきました。電気自動車です。

車から燃料タンクが消え、スタンドで売らなくなったガソリンと軽油を、発電所に集めて充電用の電力をつくることになります。が、化石燃料は国際政情で供給が不安定だから、地震が少ない国は原子力を主に使うでしょう。

悪いタイミングで原発事故が起きた日本は、世界貢献と商機に近いポジションから離脱中。自滅中。だからか国内に出回るプロパガンダでは、電気自動車の時代は今後百年来ない予想になっています。電気自動車の時代が来る日を遅らせたい願いは、内部にも外部にも山とある現状です。
|11-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
モンゴル出身の横綱が他部屋の力士を叩いた凶器は、ビールびんかゲンコツかで、しばらくマスコミがゆれています。最近マスコミのフェイクニュースがひどいと言われます。マスコミ自身は指摘せず、指摘するのはインターネットのWEBサイトですが。

そのWEBサイトで、新聞社サイト以上にアクセス数が多いのが、トレンドブログと呼ばれるニュースまとめサイトです。そのトレンドブログが、最近の事件に関連して被害を出しました。東名高速道路の夫婦死亡事件です。

その容疑者の関係先として、ある会社をトレンドブログが詳しく報告した。すると国民が電話で糾弾し始めました。「倒産させてやる」「殺してやる」などという脅迫が続々とその会社に。市民たちの手で悪人たちを世の中から退治し、抹殺する正義の鉄槌がついに爆発。

よくあるように、関係ない別人の会社でした。騒ぎに大喜びしたのは、トレンドブログの関係者。ガセネタで読者を山のように釣って、アクセス数を飛躍的に伸ばして得た広告料で、一億円以上の年収を獲得。大成功。

この問題で学者たちは憂慮しました。「これではインターネットは信用されなくなる」「アクセスが多いからと、検索ソフトがフェイクニュースを優良扱いしてよいのか」「良質な情報が下位に落とされ、読まれなくなってしまう」と。こうした意見は、異論なのか、ぶれなのか。

良貨を駆逐した悪貨を良貨と呼ぶ、勝ち負け社会に変えたはず。「富を最高の価値とする」「富む者の情報を最高の価値とする」。これらは新自由主義の諒解だったのに?。支持の多さが正義となる単純化した世界秩序へ、日本を変えた後で忘れるのがチト早すぎ。
|11-17|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本の衆議院選挙は、何が目的かの論争から始まりました。この28年の流れでは、東京を火の海にする予告に対応する足場固めが8割で、お友だち優遇政策糾弾に煙幕を張る副次目的が1割というところでしょう。

昔2発落ちた核の3発めが、新たに日本の何県何市に落ちて何人死ぬかを予想した書籍が売れゆきを伸ばす中、遠いEUの悩みのひとつはスペインの内部分裂です。芸術関連でよく聞くカタルーニャ地方が独立し、スペインを去る住民投票が終わったところ。まるで日本からの愛知県の脱退。

スペインに限らず世界のいくつもの国は、旧ユーゴスラビアと似て別文化圏をつなげた構造だという。それを接着する安定経済も、EUへ加入して国内の自治権をなくしたせいで不景気続き。昼食時間が長いエンジョイ型のスペインは、勤勉なドイツに食われ再起不能らしく。金の切れ目。

カタルーニャ州はスペイン最東部でフランスと接し、バルセロナ市を含む地中海に面した地理。独立後にEUに単独加入する希望があるらしく、するとまた自治権をEU本部に召し上げられ再び失墜が予想されます。

EU国の内紛は、ナショナリズムとグローバリズムの対立が原因です。前者は自国ファーストで、国家単位の安定で世界が安定する価値観。後者は株主ファーストで、国家を壊して人・物・金の移動を自由化すれば、利益が極大化する価値観。カネをめぐる階級闘争なので、フランス革命の現代版であり、焦点は人道や人種ではなく富の配分です。

EU国でグローバリズム反対派が伸びたのに、日本の衆議院選挙にナショナリズム政党はありません。これは、日本で野党がかみ合わず空回りする理由と同じでしょう。ところで日本には美術という与党に対し、現代美術という野党があり、かみ合わないというより互いに無視しています。
|10-12|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
東京23区の私大で定員増を許可しないとの、有識者の提言がありました。全国から若者を召し上げる人材吸収を防ぎ、地方創生につなぐ提言に思えます。23区内の私立大学と短大は、収入増ができず困ることでしょう。

この提言には保護主義批判以前に、因果の不合理があります。かつての流行語「抜本的な解決」に照らせば、結果の方を動かして原因を変更するという因果の逆転を犯しています。本来なら、原因をいじって結果を変えるのが正常思考で。順序があべこべ。

類例があります。最低賃金の上昇は好景気時の大盤振る舞いだから、景気が最悪な中で最低賃金を上げて好景気に至らせる発想は不合理です。この倒錯の古典が、アフリカ各地の現地人の行動「腹を壊した子には水を飲ませないように」でした。道理が逆で、子どもの脱水死が続出。

日本が東京一極集中を今も続けるのは、国民の総意です。スケールメリットで国際競争力を保つ決意で、意図した中央集権です。現に都内の再開発は目白押しで、方や地方は道州制に関心なし。自治体の首長の多くは、自立を否定し東京から税を受ける従来方式を希望しています。

皆がトーキョー圏の城下町になるのが、全国的な願望かも。どんな才人も名古屋や大阪にいては上がれない現実があり、多くの企業や有力事業所も、地方の時代が叫ばれるのに合わせて、東京に本拠地を移してきた過去があるのです。一例は地方街づくりの論客でもある、建築の安藤忠雄。関西を去ることで、国づくりにも関与できた。

その中で大学生のみ流入制限するのは、誰に見せたいお芝居なのか。国策は頭脳の流入大歓迎だから、私大に限らず誰も従う気にならないはず。東京キー曲のテレビに出る者だけが日本を代表し、他は無名の存在でよしとする割り切りは、ネット時代にも肯定されているのだから。
|10-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
あれから6年、全く風化していないのがよいことなのか、しかし今またテレビ番組で特集するせいではなく、現実に東北からの話題も減っていて国民の心に引っかかっています。復興作業も現在進行形になっていて、一段落がついていません。

よりにもよって不況の二番底の、次の三番底が来るぞと言われていた時の天災でした。比較的羽振りがよかった芸能関係や、大企業からの大きい寄付以外は長く続かず、復興税も小さいものにとどまっています。まだバブル気味だった阪神淡路との差になっています。

復興予算が復興以外の別方面に多く流用されたことも知られ、日本は決定的に貧乏状態です。地震災害を逆手に取る、強引な景気アップには結局できなかったみたいで。以後の6年もグローバリズムのデフレスパイラルを深め続け、中高年の実質失業率も上がる一方。

海水が入ってきた地では、当初は大胆な都市計画も考えられました。宅地をいくらか高台にずらしたり、上げ底型の集合住宅を増やすのはどの程度実施できたか。ほとんどは、低地に再びまちづくりして何だかなあというところもあります。

参加者の中にも、復興ボランティア向けのプリントTシャツをデザインして、ロイヤリティーを赤十字に寄付するチャリティー商品に参加した方がいるでしょう。美術界からの資金はささやかな規模にとどまり、日本の中で重みがない業界だと実感したものです。

強いて言えば、巨大災害で日本は目立ち、欧米のアート展で日本特集が増えたぐらいでしょう。この勢いが内需にもつながればという、ささやかな希望はあります。
|03-11|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
テレビのお宝鑑定番組で、世界的な発見となる、日本の国宝級が出てきた「曜変天目茶碗」の話題です。奇妙な展開になっていますが、登場した双方に大きい疑問があります。

まず鑑定団への疑問は、あの茶碗を曜変天目茶碗だと決めた理由です。天目釉は普通に市販もされる本釉のひとつで、黒い茶碗になります。そして他の本釉と同様に、不純物や外因が加わると、窯変と呼ぶ色や肌触りの異変が起きます。偶然性も含め、陶芸のおもしろさの一面です。

曜変天目茶碗にはくっきりした水玉模様が散在し、そのルックスを「曜変」と呼びます。水玉がある場合と、ない場合の二種類があったりしません。白馬は必ず白毛に決まっているのと同じこと。だから水玉模様が一個もない茶碗を、曜変天目と決めたことが不思議なのです。栗色なのに、なぜに白馬と呼ぶのかという疑問。

そして否定派の最先端にいる研究家兼陶芸家にも、別の不思議がありました。水玉模様がなく、青赤ピンクに輝くミラクルな反射も皆無だから、曜変天目茶碗とは思えないという話で始まりました。なのに途中から、「にせ物」という表現が混入していました。

そもそも似ていないのだから、にせ物ではありません。曜変を模した偽造の可能性なし。曜変天目の贋作かもと疑う対象ではないのです。最初から贋作事件とは違います。真贋は争点ではない。本物か、それともにせ物かを調べる検証は、話がずれまくっています。ぬいぐるみではなく、本物の馬とわかっても、そこは栗色白馬の争点ではない。

カニ風カマボコを指して、ニセのズワイガニかもと疑うならわかります。ところが、ちくわを指してニセのズワイガニかもと疑うと、焦点が複数に割れて混乱するはずです。話のわかる人はいないのか、という疑問がありました。
|03-07|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本的デザインの前に立つ、和装のモデル女性カーリー・クロス。その写真がヴォーグ誌(Vogue)の表紙になると、米国内で批判されました。批判する根拠は、日本ではほとんど誰もピンとこないので、日米のすれ違いが目立ちます。

これはニュースに出てくる語「差別」「植民地」の線で読むとわかりにくく、「著作権」「意匠権」で考えるとスムーズです。たとえば、アングロサクソン系の人がインディオ(ネイティブアメリカン)の羽飾りをつけてCMに出ると、まずい行いだと批判されます。

逆にインディオの子孫が、アングロサクソン系の洋服でCMに出ても許されるらしい。レア度の高い文化は保護されるべきとして、多数派が少数派からパクるのはいかんという、多民族国家のモラルです。メジャーがマイナーを引用するとアウト。逆はセーフ。

ヴォーグ誌の写真では、日本古来の意匠やスモウレスラーを使いながら、主役はアメリカのマジョリティーたる白人系だから、「日本文化を盗んだ」と判定されたのです。白人系が白人系を批判したかたち。いらぬ心配ではなく、過去に何度も世界の少数民族から「我が文化を表面的に使われたくない」という抗議が来ていて、その対策だそう。

日本人の感覚はおおむね、「そちらの和装は自由、こちらの洋装も自由。発祥を偽らない前提で、自由に使いましょう」式です。これは、日本国が昔から欧米と交流があり、知られざるレア文化を持つ自覚が薄れた歴史事情もあるでしょう。そういえば最新の学校教科書では、江戸時代の「鎖国」の記述が史実と異なるから廃止するそうで。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンのアイコンは、もちろんアメリカでないから無関係だとして、日本人は「この表情でいくの?」と感じても、「盗用だ」とは思わないでしょう。珍しいほどでもないくらい、この種のイメージが世界に普及済みである前提で、日本側は考えています。

ジャパンフェスティバルベルリン
|02-20|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本の美術家が外国に作品を持ち出す裏には、日本美術界の貧困があります。市場らしい市場がなく、売買が少ない経済面の貧困と、市民が美術作品をあまりよく見ていない貧困です。だから海外展には亡命的な意味も含まれます。潜在的な美術難民。

たとえば、日本の歌手や俳優が絵をかく。あるいは騒ぎを起こして事件を起こす自称アーティストたち。彼ら彼女らは、やはり悪く言われています。名前さえ先に社会に通してしまえば、作品は何だって通用して高く売れる。「アートなんてお気楽な仕事だよな(笑)」「総理大臣と裸で握手すれば僕の絵も高く売れるよな(笑)」と。

そこまでわかっているなら、市民は日本に隠れている本気な美術を探せばよいのに。音楽を探す時の熱心さを美術に当てて、ああいうのもある、こういうのもあると話が広がってもよいのに、静まりかえっています。

日本を代表するアート作家は誰かという話題になると、結局は歌手や俳優や事件アーティストの名を次々とあげています。思い当たる全て。それらネームタレントたちを楽勝で上回る作品を、美大出身者に限っても大勢が現に作っているのに、市民は相手にしない。

しかしこの現象に、理解しがたい点はありません。要するに市民はアートが全然わからないから、出回っている名前を支持する以外にないのです。嫌って叩くのも好いて称賛するのも、その範囲内。ならば、誰が市民をわからずやに育てたのか。欧米の市民はそのようになっていないのに。

日本の美術界は対処を誤ってきたはず。具象画壇はピカソ信奉者をおさえるために、市民の声のうち抽象がわからない声に同調した。ポピュリズムに乗じ、写実画の優位性へと我田引水した。黒田清輝の地位を守るために。薬が効きすぎて、黒田を信奉する本職画家たちも、歌手や俳優の陰に隠れる始末。他国の反日教育のブーメランを笑えない事態です。
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最近ラジオ番組で、ひょんな場面で名前が出たのが、ソプラノ歌手のアンナ・モッフォ。70年代前半に来日していたはずで、当時の雑誌FMファンに見開き特集がありました。タイミングとしては、メゾソプラノのマリア・カラスの来日前だったような気も。

突然名前が出てきたのは、NHK-FM放送番組『夜の停車駅』の話題でした。蒸気機関車の汽笛で始まり、文学の朗読を加えた音楽番組のテーマ曲、ラフマニノフの『ヴォカリーズ』の声が実はアンナ・モッフォだったという。この曲はあのバージョンが理想的だと、今も国内で定評になっていると知りました。

ロシアの作曲家ラフマニノフは二次大戦中の1943年没だそうで、アメリカのアンナ・モッフォと同時に生きた期間は11年ほど。ラフマニノフの晩年に小学生だった知らない女の子が、没21年後に稀有な名演を録音し日本で隠れ名盤になっているという。途切れのないメロディーがモッフォの歌唱に合い、作者の予想以上かも知れず。

ところで今の日本では、あのような番組は継続困難かも知れません。ある頃から暗いもの、悲劇的なものが特別に嫌われるように変わっているからです。そういえばテレビアニメソングも60年代にはメランコリックな曲が多かったのに、後になるとかげりを排除する変化が起きています。

いわゆる「ネクラ」排斥運動?は、日本発の表現物を強く制限しています。21世紀の今も、明るく陽気な影差さない作風が規範となっていて、やはり現代アートも同様に何でもありではなく禁制回避の跡を感じさせます。
|01-19|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
2017年の今日は、ロックミュージシャンのデヴィッド・ボウイ没一年。素晴らしい音楽だったというほめそやしに、少し違和感はあります。というのはデヴィッド・ボウイの1970年代前半を、日本のティーンエイジャーはほとんど支持しなかったからです。

日本ではその頃の人気はバンドに集中し、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルの人気がそのまま、日本のバンドブームに続いています。後発のクイーンでも、ヴォーカルのフレディー・マーキュリーより、ギターのブライアン・メイが注目の的で。

バンドにくらべ、ソロシンガーの人気は低いものでした。シングルは買っても、アルバムは買わない。ロッド・スチュワートやマーク・ボランはリードギタリストをフィーチャーしましたが、デヴィッド・ボウイはそうでもなかったのです。ローリング・ストーンズとウィシュボーン・アッシュの中間ぐらい。

日本のもっと上の世代は洋楽が苦手な人も多かったし、ヴォーカル好きかつ洋楽ロック好きという、狭いファン層にとどまったのが実際でした。その最大の証拠が、当時の音楽番組へのリクエストの少なさです。

『ダイアモンドの犬』(1974)も不評だった記憶があり、ジェンダー不詳のルックスもあってカルト的な位置づけでした。当時のデヴィッド・ボウイをリアルタイムに追いかけた人は、日本では珍しかった印象があります。

70年代の強豪ロックバンド衰退後の新しいファンが、デヴィッド・ボウイには多いようです。今語る人たちもそれほど語り慣れないことからも、ソウルやディスコブームも含む変遷で巻き返しつつ見直された、変則的なクリエイターといえるでしょう。日本では、大島渚がフィーチャーするまでは。
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日本現代美術をドイツへ

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