外国人が日本へ来て知った驚きの風習で、三本の指に入るのは「おじぎ」だそうです。ショップでも街中でも仕事の打ち合わせでも、ひんぱんにおじぎされてびっくりという。日本のおじぎに女性型と男性型があるつもりでいたら、前者は接客で後者は礼儀のようです。

女性的な接客型はへりくだりだから、目上へのリスペクトの意味で体を小さく見せます。肩幅を狭め、身体の最大幅も小さくし、前から見た面積を減らします。具体的には手の位置を脚部まで下げることで、腕の付け根を低くして「なで肩」に見せます。

手の位置が高いと正反対の「いかり肩」になるから、そうならないよう手を胴体よりも下に置きます。明治15年発行の『小学女礼式』のさし絵がこれで、手が大腿部にあり、連動して自然な前傾姿勢です。それに対し、男性的な礼儀のおじぎは、手が前ではなく横にあります。

覚えている方も多いでしょうが、小学校の指導でズボン足の側面にある縫い目に中指が来るあれです。つまり普通に起立したまま、体を前傾する。だから「なで肩」ぎみでありながらも、肩幅はそれほど狭まりません。それもあって男性的に見えるわけです。

マンウォッチングの人間行動心理学で解釈すると、低い両手もまた戦わない意思表示でしょう。「どうもどうも」とやるおじぎは、会釈の機能以上に丸腰のしるしだったのでしょう。手裏剣や毒針も手の内にないと。

来日した外国人は周囲のおじぎ攻めに、おじぎで応じてしまうそうです。再びおじぎが返る無限ループが困るという。変なのと思いつつ、これが日本だと楽しい人も多いらしく。日本の万物は、おじぎの精神で築かれている気もします。普段から前かがみの人が多いのも、そのせいなのかも。
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|05-10|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
日本生まれの日本人が英語で業務を行うよう、方針変更した国内企業が複数ありました。人、物、金の行き来が自由で、国境なきグローバル時代に対応させる目的。英語圏の国が世界制覇する前提の奇策でした。

当面の結果は業績がやはり落ちています。一般に母国語で仕事をすすめれば、きめ細かく伸び伸びできる利点があります。日本語の場合は、言語本来の精度の差で独自のアイデアや技術を過去に得てきたと、再評価もできるでしょう。

日本語には、声色の脚色なしに豊富な言い換えバリエーションで、細かく表現できる容量があります。「わびさび」「もったいない」「微妙」「テキトー」とか。その多彩さを指して、最も難しい言語だという定評があります。ひらがなとカタカナの書き分けもそう。

逆にその微妙さに着目して、日本語を学ぶ外国人が意外に増加中だそうです。新しいきっかけは、日本語を外国の視点で分析したマニュアルだそうです。日本語は欧米語より文法が簡単で、習得は楽だという意外な分析になっていました。

「てにをは」の助詞は重大だとしても、抜けても伝わる場合も多い。母音が英語の15~30個に対して5個だから、なまっても意味は変わらない上に、冠詞がない気楽さもあります。「ワタスィー、キタ、ニポン、ハジメーテ」で伝わる。もっと神経質な言語だと思っていたのが盲点。

かつて日本が捨てて外国が拾ったものに、「団体主義」がありました。不況の90年代に、企業が能力主義で個人を対立させた自己責任ブームの頃、欧米企業が終身雇用的なチーム結束を導入し、国際競争力を上げたケース。浮世絵の価値を先に外国が知ったのと、ちょっと似て。
|05-08|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
現代日本へと続く過去として、よく注目されるのは通算264年の江戸時代です。1980年代から、江戸を読み解くおもしろ本がたくさん出ました。人口爆発と災害の心配で、東京一極集中が批判されていたものの、今も一極集中を促進する方向のまま変化していませんが。

明治に急造したかに思える東京は、ほぼ江戸の街が持ち上がったものだそうです。落語も実は、明治の話題で江戸を思わせるそう。しかし和風文化の基盤は、京都で391年間の平安時代と思われます。現中東や現中国から取り入れた次の、オリジナル開発へ進んだ頃。

平安の表現物に紫式部『源氏物語』も含まれますが、絵巻だけでなく当時の屏風絵などで特徴的なのが、アイソメトリック構図です。焦点を無限大とした斜投影図法で、遠くの物が近くの物と同サイズで描かれた大和絵がそうで。理系が作図したみたいな。

これは、建築設計のビジュアル構成図版に今も使う技法でもあり、西洋式の透視図法と違い、奥行き感がなくべちゃっと平板で、模式的な抽象性を感じさせます。遠くにある物体も縮尺が等しい。

ところどころ雲が描かれ、初期のパルテノン神殿みたいに派手な原色がふんだんで。また動画的な描法もあって、ぶれや走行軌跡などモーションのラインも平安時代の表現です。漫画に似ているとよく言われるつくり。

平安を連想した理由は、日本大好き外国人が撮影した旅の記録映像でした。写した物とともに、写す目も和風に感化されたのか、平安時代の風情に映り方が似ているのです。まだ歌舞伎や茶華道を生む前の、原始的な和風です。
|04-29|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
小学生がいる家庭に関係があり、道徳の授業で「江戸しぐさ」なるものが一部の教科書にのった小さな騒ぎ。江戸時代に常識だったとする日常の心がけが、江戸しぐさ。しかし今の歴史学者は誰も知らず、記録にも落語にもなく。国会議員と官僚のみが信じ、教科書にのせました。

その教科書を批判する本も出ています。たとえば川を渡る船内で席を譲るマナーなど、馬も乗るので座席が最初からない江戸の船だから、嘘だとわかるという。現代の若者を調教する目的で、江戸の名を使った偽書が政治行政に入り込んだと結論されています。

てんまつで気になったのは、「江戸しぐさ」の資料が現存しない理由です。愛国NPO法人が言い出した極秘歴史では、「江戸しぐさ」を伝承する江戸っ子たちを、明治政府が虐殺して葬ったから現存しないのだと。

日本でそれはないだろうと、多くが直感したはずで。というのも、外国の人がたまげるあの日本史があるからです。フランス革命のような、王侯貴族と市民の内戦は日本では起きず、話し合いで徳川幕府から日本政府へ権力を移した大政奉還。

江戸の終わりと明治の始めは、東京に改名して持ち上がっただけで、同じ中味です。江戸から明治への混乱は小さかった。虐殺はないだろうと。

大政奉還してトップから降りた徳川慶喜(よしのぶ)は文明開化に加わり、侯爵となり国会議員となったそう。その徳川慶喜の孫娘がラジオ番組に出たことがあり、慶喜の質素な人柄と鰹節の逸話を披露しました。
|03-28|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
小学校の新科目となる「道徳」の教科書検定で、郷土愛不足の意見に対して、パン屋を和菓子屋に取り替えて合格した事例が報道されました。これを聞いた日本では、明治時代の「あんパン」開発を連想する人も多かったと思われ、調べると4月4日が「あんパンの日」だとか。

あんこを後付けでなくパンに内包してつくる方式で、和菓子に近い独自製法だったという。さらに連想して、「うぐいすパン」や「メロンパン(関西ではサンライズ)」など、日本発のパンがけっこうあります。しかし、海外からの注目はそのあたりにとどまらず。

来日旅行客が話題にした、トンデモなパンも連想しました。試食しマニア化したり、絶対食べない宣言も出る4種です。「やきそばパン」「スパゲティーパン」「カレーパン」「ポテトサラダパン」という、いわゆる調理パンがそれ。海外で驚かれる理由のひとつは、炭水化物同士のセットだから。

小さな手作りパン屋を持ちたい人がけっこう多いのは、自分が食べたい以外に、独自の工夫の余地が望めることもあるでしょう。市販の手作りパンを見て改良の余地を感じ、色々と思いついている場合もあろうし。成否は水ものではなく、能力主義的な要因が大きいし。価格破壊も不要。

ルーツが洋物のパンでは、郷土愛や愛国にならない暗黙の諒解だったのでしょう。が、かりんとうや金平糖などの専門店にくらべ、パン屋は日本色を出せる創造的な場に変わっているから、教科書で位置づけ直せたかも。古きを守る伝統ではなく、新しきをつくる伝統として。

同時に、もっとくだらないことも連想しました。パン屋と和菓子屋の呼び方です。XX屋の呼称は放送禁止用語の一種であり、XX店やXX業と言い換える自主規制が放送局にありました。今回は規制しませんでした。
|03-26|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリン2017で、菓子の出展が気になりました。市販のパッケージ商品がきれいに並べられた写真。前からですが、世界中で日本の菓子が人気で、ほとんど依存症的なファンもいて、SNSやブログのおもしろ来日体験記にも出てきます。

菓子は加工食品であり、保存食です。この分野で日本製品の完成度を感じたのは、1960年代でした。親族に輸入雑貨の店主がいて、外国の菓子をたくさん送ってくれたのです。板チョコレートや粒キャンデー。カルミンやレモンドライのタイプが多く。

赤い網の袋に、エキゾティックなお菓子が詰めてあり、きれいな包装紙が印象的でした。色々な種類のお菓子が、量もどっさりで。ところが、試しに食べてみると全くびっくり。思いっきりまずい上に、とても薬臭かったからです。とにかく、お菓子らしい味がしない。

板チョコは薬品臭ばかりが強くて、カカオの香りや砂糖の甘さが皆無。まるで食べ物ではないみたい。砕ける粒タイプのキャンデー類は、フルーツ味のはずが味をつけ忘れたような感じで、本当に新品なのか疑ったほどでした。そしてやはり、医薬品のようなにおいばかりが強くて。

外国ではこれがおいしいのか、国によって味覚がこんなに違うのか。そんなわけはないだろうと疑問が残りました。それが近年の日本製菓子の世界的人気で、やはりそうだったのかと納得。クオリティーの内外差だと。

超人気の菓子は初登場が古い場合も多く、ロングセラーになっています。一方で後発の菓子は、新鮮な個性派として企画されるようです。美術作品に本来期待されるような、クリエイティブな商品展開がみられます。
|03-24|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
サクラの季節になると出る話題に、花見のサクラ並木に多い種ソメイヨシノの由来があります。今ならDNA鑑定でわかるはずだと思っていたら、すでに調査が進み日本の在来種同士の交配種と確定しているそうです。

日本の古い物産の由来は、二つの運搬コースが言われてきました。ひとつはペルシャ、インド、そして随や唐など現中国から、物々が海を渡って来たもの。正倉院の宝物が一例の、シルクロード。もうひとつは、いわゆる南方と呼んだ東南アジアから、沖縄を経るなどして本土に着いたもの。

ソメイヨシノもそれらのコースが推定されて謎でしたが、実は人が住まない太古から自生していた種が直系と判明し、ついでに歴史ロマンもしぼんだかも知れません。命ある生き物だからわかりやすい。そして在来種の交雑比は不詳でも、挿し木は人為的で昔の日本人が広めたことも確か。

観賞用に花びらが大型化され、日本中の並木は同一個体のクローンらしい。そのソメイヨシノがワシントンにも輸出されていて、寒波でまとまった数が枯れたニュースがあり、もしかすると日本から再び送るのかも。

写真の世界ではサクラをきれいに撮るのは難しく、目で見た印象と違う雰囲気になり、意外に絵になりにくいのです。理由のひとつは、ソメイヨシノの花の色が微妙すぎて、機材で生じるカラーフェイリア(色味のずれ誤差)が勝ってしまう点もあるでしょう。

サクラの花は何色かというクイズがあり、ピンクと思っても実際はかなり白色に近い。その落差はよく心理色で説明されますが、山沿いに見るヤマザクラがソメイヨシノより赤い花に見えるのは別の理屈です。花は白でも新芽が赤いから、印象派絵画の効果です。遠景と接写で違って見えます。
|03-19|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
日本美術の特異性というか持ち味のいくつかを、ヨーロッパに広めたいと常に考えています。たとえば、空間を大きくとった絵画です。売れそうなのに思ったほど売れないのがこれで、画面内スペースの解釈に日欧の違いが表れます。

空白がポカッと広い絵は、日本で多くみられます。しかしデザインバランスの問題として、間の取り方は傑作か駄作かの分かれめのひとつです。絵にすき間がありすぎると充実感が抜けてしまう問題は、制作ガイダンスでも話に出しています。

意図的な意匠として画面内に大きめにとった空間が、他国でどう見られるかは大きい関心事です。間合いに成功した表現なのか、踏み込みが浅くとどまった失敗なのか。洒脱を未熟と、誤解釈されないかという心配。

売れる絵は、日本とヨーロッパ各国で一致しません。料理のすまし汁とシチューの違いに相当する文化的趣味の違いも要因でしょう。むろん、異国情緒は互いに逆だし。また取っ付きのよい画風はどんなタイプかは、作品流通が少ない国と、流通が多い国では違うでしょう。

言葉に表しにくい部分ですが、売り絵のコツが日欧で違っているというか。流通が多いヨーロッパでは中心価格帯がいくつもあり、高い方も安い方もピンキリという違いもあります。

わからない作品ジャンルには、どうしても権威主義が入り込みます。だから日本からヨーロッパへ送る作品は、相手にとってわかりやすいサブカルっぽいものほど、実力だけで立つことができやすい傾向もあるのです。
|11-06|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
こちらで見せ方に執着している作品に、ヴァーチャル壁タイプがあります。リアルの土か石かセメント壁に似た作品です。汚れたり崩れたり、あるいは朽ちたりコケむした、古色の材質をイメージした絵もあります。ざらざらしたテクスチャーや、濃淡ムラの情感を味わう抽象画の一種。

そうした壁素材型の絵は欧米にもありますが、とりわけ日本ではうんと地味で渋い調子が多いようです。自然指向の写実といえる、空気的な存在のワビサビ。しかし、ドイツでは見せ方が難しいのです。

日本の建設業はスクラップ・アンド・ビルド方式です。平野部が狭く地価が高い上に、建物付きの土地だとはね上がる固定資産税。古建築の取り壊しを急がせて新築を促す制度は、土建国家と呼ぶ根拠のひとつです。日本の展示会場は、新築のきれいな壁である可能性が大。

対してドイツでは古建築のリユースが多く、各地に昔の工場や集会ホールを転用した展示場があります。リフォームはホコリ落とし程度で、柱や壁は塗り直さずそのまま。ドイツの展示会場は、汚れてくすんでボロボロだったりも多く、見た目が素材アートしちゃっています。

ヴァーチャル壁タイプの美術作品は、日本の展示室では引き立っても、ドイツの展示室では埋没する心配もあるのです。展示場建物内装の肌触り感が、アート作品にそっくりなせいで。

日本の壁素材型で現地で好評だった絵もありますが、結果がイマイチの作品は日本の感覚では絶品だったりします。向こうに合わせて作り変えるのもおもしろくないし、これは意外に大きい課題です。
|06-30|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
左右対称の造形は、デザイン物に見える難点があります。アートの場で相手の関心は下がってしまい、しかも安価なカテゴリーに向かうから、買い取り希望価格も下がるでしょう。非対称に作った方が有利です。

「名画は何が優れているのか」の解説を見かけます。有名絵画の秘密を、図形や数字を使って分析した本やテレビ番組もよくあります。よく出てくるのは三角形になっている配置や黄金比で、お寺の鐘やスカートのタテヨコ比で説明した美の根拠が世に出回っています。

昔の画家は、目分量の感覚で描いたのでしょう。それを後で計測し、法則に合う例だけ集めた雨男的な解釈といえるもの。突っ込みどころが多いこじつけ論に思えますが、ひとつ信じられるのは均等を崩す利です。

三角配置も黄金比も、割り切れないものです。フォーマルでもランダムでもない特異なあいまいさが完成度を感じさせる、心理学の世界。食卓で料理を並べる時も、対称や幾何学配列にしないで、フォーマルでもランダムでもない味ある並べ方をとるのが普通でしょう。堅苦しさが消えて自由感が増し、おいしく見せる無意識の工夫として。

日本の造形は、非対称が伝統とされます。書道も生け花も、楽焼きのひねった茶碗も非対称の美です。しかしそれもよく見ると、対称に近くて崩している際どい美なのです。規則性のない不定形とはまた違って。
|02-22|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
日本の浮世絵がフランス印象派に影響を与えた話は、誇大広告かも知れません。印象派は基本的に点描画で、プリズム分光で発見された日光の正体にヒントを得ています。光は電磁波であり、周波数で色が決まる科学を応用した実験絵画で、レーザー光の前の時代。

後世のカラー印刷やカラーテレビの原理です。ルノワールもドガもタッチはガサガサと粗く、対する穏和なスーラの影響を受けたのがゴッホ。ゴッホは浮世絵を大量に持っていたから、浮世絵からの影響も言われます。

しかしそれは音楽でいえば、ジミ・ヘンドリックスがマーシャルとストラトキャスターでアメリカ国歌を演奏したようなものでしょう。ゴッホは得意の油彩で、おいらんをギンギンにディストーションして演じただけです。

浮世絵は基本的に、面相筆の筆跡が主役です。そのスピードのある線をゴッホは引かずに、ベタベタと点描タッチで浮世絵をカバーしただけ。「アメリカ国歌に影響されたロック」「国歌が生んだジミヘン」と言わないのと同様。どだい、浮世絵と印象派は水と油でしょう。

浮世絵は、今もヨーロッパで理解の外のようです。異国情緒のモティーフが目当てだから、具象に限定なわけで。塗り分けが基本の西欧絵画に対し、日本絵画では仮想の区分線を引きます。線が物体に化けたのが光琳でした。根にあるのは書道。面を塗らない線画は参加者にも散見され、理解していないヨーロッパに正しく真髄を伝えたいと考えています。
|12-14|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
左右対称や回転対称などシンメトリーな表現は、見る側にとって自由感が下がるハンデがあります。彫刻でも、規律や束縛が感じられ、堅い印象になりやすい。

良くも悪くも、人はいびつな歪みに芸術性を感じています。畑でとれた大根や人参が、円柱や円すい形からかけ離れた不定形だったりすると、「まるでアートみたい」とニュースになるのも、たぶんそれでしょう。

日本美術の特徴のひとつに、非対称形があります。たとえば富士山の絵は、火口が画面の中央に来ないよう、左右に片寄せた配置ばかり。前景や点景も、左と右に違うものを置いて。また上下の中心からもずらすのが普通です。左右対称の構図だと、フジヤマ革命か、単なるセンスの悪さか。

もっとも、左右対称の世界的名画はあまり浮かばないから、実は普遍性があるのかも知れません。左と右の使い分けと配分が巧みな作品が、傑作と映りやすいのでしょう。

10円玉の表側の平等院鳳凰堂のように、左右対称はオフィシャルなデザインに見えます。それを美術と銘打つと、アートとデザインのすき間に入って芸術性に疑問符をつけられてしまう心配があります。対称を崩すだけで解決する話ですが。
|03-01|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑

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