FC2ブログ
ジャパン・フェスティバル・ベルリンの主催者とDENオーナーは知人で、オブザーバー参加して絵はがきを90枚以上売りました。

写真は上から順に出荷数ベスト3です。1位の原版になったのはやや高価な絵で、ドイツでの火種づくりと、コレクション拡張で欲しくて、こちらから絵はがき企画に勧誘したものです。ダントツの38枚でひとまず成功。

画像

その絵は以前ドイツへ輸出した際のパネル化で紙がカットされ、絵はがきとタテヨコ比が合いません。そこで失われた模様を描き足してぎりぎり収めて、裁断しろで相殺しました。最近、ドイツの印刷所の裁断仕様が変わった問題もからんできます。

日本画ふうのテクスチャーが感じられるよう、何度も調整し直しています。マニアックな1枚ですが、色チェック用の試作第1号以外は皆細かくいじってあり、3位の3枚にも収まりをよくする加工がされています。

手がかかった逸品以外に、レア物も感慨があります。「本当にこれで行くのか」という微妙な抽象模様をバシッと置いて、売れると「おおー」となりますね。今年も色々な作品を増やしたいので、参加をお待ちしています。
スポンサーサイト

関連記事
|01-28|ブランド絵はがき物語||TOP↑
マネージとプロデュースへ手法を進めていく理由は、美術のタイムスパンの長さです。音楽では、一夜でスターになれる現象がみられます。実例はロックのオールマン・ブラザーズ・バンドや、ジャズのキャノンボール・アダレイ。クラシックなら、ショパンコンクール入賞なども。

音楽では時々起きている一発逆転は、しかし美術ではまずないでしょう。美術では気長に回数を重ねて、少しずつ認知を進めるスローを強いられます。世界中の美術作家が共通して直面する課題です。焦っても全然前に行けないものです。

なぜ美術がスローなのかは、いずれ論説でも読んでいただくとして、この違いが戦術の心構えになります。自信の展示が不発でも落ち込まず、大成功でも燃え尽きないよう注意がいります。中長期も視野に入れた資金準備もいるでしょうし。

美術は露出度が生命線なので、作品の出し惜しみは禁物です。しまっておいても無意味。とはいえ、作品のポテンシャルだけでは扉が開きにくいことも確かで、画廊も最初は雲をつかむ毎日です。作品を作る側に責任を投げてしまう、貸しスペース型ギャラリーが日本に増える理由はこれかも。

ベルリンの中堅現代ギャラリーに作品を1個置くコストは、プロファイリング込み2千ユーロもざらです。しかも作品評論文をつくるのはまた別途料金で。そんなギャラリーにも、こちらから作品を貸し出しています。こちらもまた後続の作品を探しています。結果に落ち込まず、燃え尽きず。
関連記事
|01-26|物語の局面||TOP↑
サッカー日本代表の敗戦の弁で、「僕らは未熟だった」の言い方が時々出てきます。これが奇妙に感じることがあります。

スポーツのナショナルチームは、一人一人がライフワークにできるわけもなく、選手がどんどん入れ替わります。だから2年前も未熟で、2年後も未熟だったら、解決の手がありません。世代交代が速い性質上、じっくり時間をかけた熟成は不可能だからです。

まず、うまいベテランが去ります。技術向上を体力低下が越えると脱退していくから、チームの総力が年々上がる根拠がありません。自動的に下がる分を補うだけで手いっぱい。

身近な例でいえば、高校の文化祭や大学の学園祭が似ています。実行委員も委員長も来年は別人だから、今年できなかったことが来年ならできる道理が存在しません。来年の方がつまらない可能性もつきまといます。参加者は今回に全てを賭けるほかないわけで、届かなかった分を次回に上乗せするのは期待薄。

サッカーの「未熟だ」は試合直後の選手の手ごたえ感と思われ、熟する時間が欲しい願いではないでしょう。ならば、決定力不足という言い方とは別に、具体的に誰のどのプレーがまずいか、なぜまずいか、それをこう変えたらという案を、選手が共有するのが現実的です。日本女子チームはこの話し合いが好きらしく、男子チームはそうでもないみたい。

美術制作は一人一人のライフワークなので、ナショナルチームと違って年月を費やせます。しかし一人で事に当たるから、どの作品の何がまずくて、どう変えたら良くなるかは放置になりやすい。また誰かに勝つことが主目的でない性質上、開眼する日はサッカーよりは遅れるでしょう。
関連記事
|01-24|芸術の秘密と謎||TOP↑
絵でない立体作品のお話ですが、彫刻やオブジェは展示するのに特別な苦心がありました。

たとえばアートフェア会場には、自由に家具を持ち込めません。主催団体からテーブル類を有料で借りる仕組みで、するとコストが合わないという。置き台が別途必要な彫刻だけ、出品料を特別に高くもできませんし。

結局、1個はある受付テーブルやイスとか、作品運搬の段ボール箱に天板を置いたり、苦肉の策で作品を置くことが増えます。ヨーロッパでは美しいディスプレイが最優先でもなく、人の家に作品を置いても販売ギャラリーらしきになるという、美術展示法への寛容に頼るかたちになります。

以前、彫刻台の購入を考えました。でも思ったより高価で倉庫もいるし、重装備するうち一般ギャラリーに近づいてしまう問題もありました。30日間の展示が、場所と設備だけで2000ユーロかかる体質になる問題です。

別の話で、国境を越えると世界基準に替わって、荷物の扱いが荒くなる心配も立体に関係します。軽やかで繊細な彫刻が減って、塊タイプが増える傾向です。だから繊細な作品では、作者が現地へ飛んで作品をセットしたこともありました。
関連記事
|01-21|ギャラリーの横顔||TOP↑
物語サイトの一部がしばらく崩れていて、中途半端な指示ファイルが原因でした。

サイトはビギナーが書くワープロ文書のように部分を個別調整はせずに、指示ファイルの微調整で全体を一括制御します。その仕組み自体は、あらかじめ長い時間をかけて構築し整備しておきます。

物語サイトは最初に2010年に始動してから、時間もたって指示ファイルも巨大化分割済みで、どこをどういじれば何がどうなるかを忘れてしまうことがあります。しばらく見ないと勘もはたらかず。

すると、少しいじれば無関係な部分まで道連れで、姿が崩れる失敗も起きます。異常なほど完ぺきに整理しておいてさえ、プログラム文の量の多さで迷路化し、謎解きクイズを強いられることはよくあるのです。

作家サイト制作のオーダーがあると、後でハウツー講習を行います。ただ、引き渡し後のセルフ管理は、いくら平易な仕掛けを設けておいても、制覇には時間がかかると見込んでいます。引き渡さない前提が現実的と考え始めています。
関連記事
|01-17|作家サイト作戦||TOP↑
日本にアート写真作品の売買は根付かなかったと、時々書いてきました。カメラ製造が世界一の日本で、写真プリントの売買市場が小さすぎるアンバランスです。鑑賞はするけれど、買うものとは思っていない。「見るだけでいいや」というのが日本。

そうなっているひとつの理由は、アート全般の市場が現代モノを敬遠して、古美術に著しく片寄っている点もあるでしょう。新作アートの評価は未来にまかせましょうと、昔のものに重点を置く習慣です。しかし、写真の特徴に起因する問題も別にあります。

特に日本では、訓練した手が生む器用な職人芸を、芸術とイコールに解釈してきた面があります。ハンドメイド信仰。職人さんが芸術家を名乗る国。

「機械を通した絵」「ボタンを押しただけ」では仕事をしていないという、アンチ感覚が根強いわけです。今もそうで、「写真は芸術ではない」と断定する声が案外多いのが日本の実態です。

日本が追いつくまでカメラ製造が世界一だったドイツでは、そうはなっていません。写真プリントのマーケットは充実していて、絵と同じように売買されています。そうなる原因が、カメラが元々究極の三次元透視画を描く画材だったという、ルーツに起因しているかは不明ですが。

他人が撮った写真を、ファインプリントでコレクションする人がドイツには多いようなのです。コマーシャルにイメージ写真を使うB to Bだけでなく、コンシューマー向けの鑑賞市場が大きいという差があります。普通の市民が写真作品を買います。
関連記事
|01-12|写真とカメラの話題||TOP↑
年賀はがきと年賀メール、カレンダーも送っていただき、ありがとうございます。全てにお返事を書く時間がとれなくてすみません。

今、文化施設サイトで、こちらで書き下ろした論文のドイツ語訳にかかっています。果てしない手間からひとつ教訓をいうなら、普段から美術作品のタイトルはきちんと整理しておくのが大事だということです。

完全同名の作品が複数あると、デジタル処理できないから作業が止まり、名付け方のルール自体を考え直すのに時間を食われます。モーツァルトのケッヘル番号とか、天文では星雲のメシエ番号や銀河のNGC番号があれば、大いにはかどるというわけです。

リレー展覧会「2+1展」の準備にかかっていると、ベルリンからプロ写真のコラボレーション企画がひとつ入りました。大急ぎでまとめています。写真家の方々は、ネーム整理を今一度ご確認ください。
関連記事
|01-08|作品の募集||TOP↑
日本では、二つの大きい課題で平行線の議論が続いています。ひとつは、国民の貧富の差をこの調子でさらに拡大すべきか、それとも折り返して縮小すべきか。

社会の上層部たちは拡大に賛成しているから、少子化を推進する中核にいるわけです。子どもを減らす方向に力をかける派です。

二つめの課題は、日本を戦争ができる国に変えるべきか、できない国を続けるべきか。以上の二つの課題は、実は相関しているのかも知れません。

一億総中流時代には、戦闘の永久放棄が国民に共通の願望でした。しかし中産階級が没落して勝ち組、負け組に分かれた格差時代には、戦争を必要とし始めたとする仮説です。自主防衛という国際間で常識的といえる整備の陰で、戦闘を本気で待望する層が増えている疑いです。

格差の大小が好戦度の大小に至る社会心理構造があるとすれば、因果関係というほどではない空気的つながりも考えられます。もっとも、政局の都合で偶然同時並行で進んでいるだけかも知れません。戦後70年経過して厭戦感情が風化し、通常の国にしたい気持ちに大勢が戻ったのも確かで。

日本とEU国の社会問題は異なるから、アートに持ち込むテーマも異なります。日本では社会問題を美術に盛り込むのは煙たがられ、主流は耽美主義です。日本の高額美術は極めて耽美的です。対してドイツでは社会的なテーマも好まれるようです。
関連記事
|01-04|芸術の秘密と謎||TOP↑
謹賀新年
今年はスローかつヘヴィーに行こうと思っています。毎年そのつもりで、結果はシャカシャカしたテンポになっていました。今、サイト制作の毎日なので、少し記事の間があいていました。


関連記事
|01-01|物語の局面||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

ギャラリー日独物語

リンク

カテゴリ

最新記事

月別アーカイブ

ご案内

クラウド・ファンディング物語
ギャラリー日独物語

ミニコラム集1
ギャラリー日独物語

ミニコラム集2
ギャラリー日独物語

最新トラックバック

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR