無料ブログと同様、無料サイトが存在します。無料レンタルサイト事業は、大小20社かそれ以上あります。それをマイ美術サイトに使えるか、質問も聞こえてきました。お試し向けにいけますが、ただし格言にあるように、タダは最も安くて、最も高いといえるでしょう。

無料サイトは、まず画面に広告が出ます。サーバー数が節減され、入力や閲覧の重い動作はブログ似。待たされたビジターが、一べつして去る心配だとか。デザインが冗長で作り込み不可だから必然的に大味で、レンタルとすぐわかってしまうし。映らないブラウザがあり、全体バックアップがないので消滅後に再現できず、大手やブランド向きでないと断ってあって。

広告を消すには月料金が必要で、スクリプトやカート制限も料金しだいとあり、ということは有料で借りるのが現実的といえるでしょう。無料のままだと不便だから有料ユーザーが増えて、レンタル事業が成り立つわけです。

考えどころは、セルフの負担です。誰かが働くには違いなく、その人が時間を費やし徹夜もする理屈は変わらず。オプション料を最大に払っても、各社独自のセルフ入力と自習は最後まで残るから、無料サイトへの入力を代行する請負業も現れました。

無料サイトのどの欠点を返上していくらというビジネスモデルは、一般のWEB制作会社も始めました。自分サイトを持っていることを誇るプレミアム性は消えた前提で、デザインテイストやユーザービリティーなどの差異化に応じた小さめの出費が新感覚です。
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|05-30|作家サイト作戦||TOP↑
映画の内容は、大半が特別な事件の物語です。主人公が不思議な現象に気づき、調べ始めたら何者かに命を狙われたとか。遠い昔に自衛隊の小隊がタイムトラベルして、戦国武将と合戦するとか。

一方で大きい事件のない、日常の暮らしや仕事を描いた映画も時々ヒットしています。社会の片隅の小さな分野でも、特殊性と普遍性が新鮮ということでしょう。

美術セールにも、特別イベントと日常イベントがあります。アートフェアは特別イベントの代表で、日常イベントはペーパーコレクションや絵はがき販売など。いずれのイベントでも、人と作品の出会いがあって、新鮮なエピソードがたくさん生まれています。

エピソードを回収すれば成果のフィードバックになり、ゆくゆくは映画化できそうに思えますが、実際は困難です。過去に特別展で、学者らしきが絵を語る写真がありました。何と言ったのかを作者からたずねられ、スタッフにヒアリングしたものの結局わからずじまい。

声を拾うにも、活字に直すにも、想像より壁は高いものです。お客の反応や感想を逐一知らせて欲しいとの出品者の願いは、人類の誰も実現していないはず。人の発言が全て記録される超監視社会が完成した暁にも、山とある発言から欲しいデータを探すコストは小さくないでしょう。

前に現地の声を収集しようと計画し、現場のテンポが机上の論と違う前提で、オープニングの反響などを思い出せる範囲でも活字にまとめてきました。フィールドノートの技術も使って、改善を試みています。
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|05-29|物語の局面||TOP↑
松永喜久という人は自伝も出していますが、忘れられかかった境界線にあるかも知れません。女性初のボクシングプロモーター、初のボクシング記者という、その本人がラジオ番組で語った体験を思い出しました。

一人の少年がプロ入りを果たして、何回戦ボーイだかやっと手にした初めての試合。控え室へインタビューに行った松永は、少年の嬉しそうな笑顔を見て、なぜか写真を撮らなかった。特に理由はなかったのだけれど、いつもは必ず撮影していた試合前の選手の一枚を、その時に限ってどういうわけだか撮影しないまま、リングへ見送ったという。

試合直後に少年は急死し、のこされた母親に会った松永は嘆く。母親も知らない、自分だけが見た笑顔が、写真に残っていないことを痛切に悔いる。言葉で伝わらないあの日の少年の輝く表情は、頭の中にしかない。80歳を超えて忘れられないと、たんたんと証言するスタジオ。

撮影意欲というやつに従いすぎると、感情と空気の偶然に左右され、思わぬ穴があくという写真術の裏教訓だと、今は受け取れるのです。自分の気持ちに忠実でなく、気が向かない行動を起こす破れた人間にしかできないことがあろうと。右へ行きたいと思った瞬間に、左へ足を踏み出す者にのみ、開けられる扉があろうと。

純情に素直に思い通りに筆を動かせば、自然に芸術に届くという絵画道の教えは間違っているのだと。俗世の通念が虚構だと触れておきたくもなる、忘れかけていた逸話でした。
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|05-27|写真とカメラの話題||TOP↑
ここしばらくドイツ側で、他国で行う日本アートイベントの準備に関わっています。ヨーロッパ国ではEU景気のかげりへの対策も意識してか、日本美術を舞台へ上げる機会が増えています。

流れが加速した発端は東日本大震災でした。原発が感じさせた人類の運命とは別に、ついでの日本特集がきっかけで最近の創作物も見てみようというムーブメントが欧州各国で起きています。

ところが日本国内では、失われた23年の決算が消費税アップなど、むしろあきらめ政策だったので、内需景気が今さらの後退モードに入ったようで、その報告も公から出されたところ。賃金カット促進の法律が新たに国会提出されたり、次なる症状悪化も伝わってきます。

90年代にヨーロッパから、日本の経済対策は「too little, too late」と言われ続け、もう言われもしなくなって、美術家が活動休止や撤退に追い込まれ、舞台に上がるどころでないという。それこそ、路上生活の回避で精一杯との悩みもあるほど深刻。

ワインで一杯やりながらの美術談議が楽しまれるヨーロッパと何とかつながって、日本の美術家の復帰策をも考えるようになりました。
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|05-22|物語の局面||TOP↑
ブランド絵はがき企画は、もし日本で印刷すれば輸出コストがのしかかります。しかも、1枚の原価が売価を超えないよう生産枚数を多めにする必要があり、すると重量アップで現実性がさらに遠のきます。作りすぎになって保管コストもかかるかも知れず。

なので、外国の印刷所と付き合います。ところがどの国でも、印刷にトラブルはつきもの。DTPプリプレス関係者ならご存じのように、雑誌出版でもたいてい行きつけの印刷所があります。担当者も固定し、細かい打ち合わせ済み。印刷所も雑誌づくりの一員に加わって進めるのが普通です。

今年になって印刷失敗が出て、原因究明していました。原本の撮影照度ムラの解消が不十分と判断して再開したら、今度はまとめて別の紙質で届いてしまい、解決手続き中です。プロジェクトXみたいですが、日本とくらべて回答に日数がかかりスローです。
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|05-19|ブランド絵はがき物語||TOP↑
レンズ付フィルム、いわゆる使い捨てカメラを初めて使って、それきり使うことがなかった人は多いのかも知れません。

何しろ画質が悪く、初期はプラスチックの一枚レンズで、児童向けトイカメラに負けるほど。夏の日の景勝地も、色気のない寒々としたガサガサのプリントになって、撮影意欲が消えたものです。

美麗に写るカメラは結果が脳にフィードバックして、自然に撮影枚数が増えます。何を撮っても、美しく深みのある画像ができて感動できれば、シャッターを押しまくる気持ちが高まるわけです。あっちこっちにカメラを向けたくなって。ガラスレンズの面積が大きい、ずっしりしたカメラの優位性です。

アートフェアや見本市の見物でも、高画質カメラを持って行く方が枚数が増えて、収穫も増える理屈です。逆に略式カメラだと、撮った枚数がやけに少ないと後で気づいたりします。同様に操作フィーリングで指摘されるのが、一眼レフカメラのシャッター音です。写真作家の「パシャッ」とか、報道記者の「キシャン」という音。

日独で、撮影の勉強会をすすめています。三脚禁止を前提に、撮影テクニックの再確認中。暗がりのパンフォーカスとか、タングステンやLEDのミックス光とホワイトバランス、直射ライト下のフレア低減というように、略式のオートカメラでは失敗する場面への対策です。そこでも枚数確保が最重要で、どうでもいい一枚が後で貴重になるという心得です。
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|05-16|写真とカメラの話題||TOP↑
テレビドラマや、ラジオドラマの物語。その脚本の持っていき方で圧倒的に多いのは、人の見えない行動をめぐる憶測と誤解です。

「あの時、お母さんは何もしてくれなかったじゃない」と叫んだ娘。ひそかに奔走して手を尽くしていた母の姿を、死後に知らされ愕然とする筋書きとか。「君はどこをほっつき歩いていたんだね」と繰り返した上司は、後半に「そうか、そこまで調べたのか、よくやった」と納得する。

目の届かない部分の推測に心乱され翻弄される体験は、誰もが日常的です。その手のドラマに、誰もが現実感や既視感を覚えます。

大きいところでは戦争もそうです。相手国の兵器の性能が読めない時に、疑心暗鬼がふくらむのが好例でしょう。米英は根拠なきイラク戦争で大失敗し、結果はテロ国家の建設へ。例外的に日本のようなスパイ天国では、首脳の意向も内情も他国に筒抜けになっていて、むしろ故意の誤読で政治利用されてしまうという心配の声もあるほど。

小さい話に戻って、美術作品。作者の思いは何かというのもそうです。どの作品にも見えない謎があります。より大きい妄想をかきたてる作品は魅力的です。いつしか、妄想をかきたてる付加価値を与える手段に、制作者の重点が移っている面が出てきました。
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|05-14|芸術の秘密と謎||TOP↑
Kaori Suzuki個展
K392ギャラリー
東京都中央区京橋、宝町駅A3出口
5月25日(月)~5月30日(土)
初日 13:00-19:00、通常日 12:00-19:00、最終日 12:00-17:00
写真

ベルリンの2+1展にも登場します。
チェンジヒストリーで行くか、ニューブームで行くか協議中。
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|05-13|参加者ニュース||TOP↑
日本の美術家が作家サイトを持っても、何も起きず、何も得ることなく年月が過ぎたというのは普通のことでした。もっと後で新展開があるかと思いきや、やっぱり何も起きない。このネットの鈍さと幻滅がひとつの理由で、新しいタイプの海外美術展示活動が生まれました。

日本国内には、美術家を引っかけてアイデア利用する者はそれなりにいても、いち早く青田買いして支持する民間コレクターはほぼ皆無です。作家サイトに入れ込めど、魚影のない水に糸を垂れる虚しさがつきまといます。ウキがピクリとも動くことなく。

欧米には手つかずの新人美術家を探す勢力がいますが、日本では押しも押されもしない名士の追っかけを指して、文化活動と称する傾向があります。よく指摘される「決まっている価値を追う」というやつ。あなたが有名人になれば見てあげます、偉くなった時に僕は相手をしてあげます、という。日本に穴場ねらいなし。ダークホースに賭けない性分。

話を作家サイトに戻しますが、海外展示の見物客が作家サイトアドレスをたずねてくることがあります。その時、サイトがなかったり、無料ブログやSNSで代用していると、副業や日曜画家、学生かと思われたり、継続的には作品供給できない横好きのニワカに映ります。

そこで、こちらで作家サイトを作る計画が前からありますが、これが割り切れない問題にすぐに直面します。ひとつは、何もかもを収録した自分博物館をつくる壮大な夢に向かいがちな問題です。もうひとつは資金難でしょう。夢と現実のはざまで、サイトなし状態が長引いている美術家がいます。
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|05-12|作家サイト作戦||TOP↑
「日本は劣化した」「日本は終わった」と訴える本が出ています。一方で、「日本すごーい」の本も売れています。日本ダメ論の動機は、論敵の活躍を日本の地位低下に結びつけるプロパガンダが多いような。しかし世界に出回る日本評は、良い国として扱うものが多いようです。

いつか地球外の知的生命体と接触する際、果たして人類は宇宙人と激突しないかという話題があります。欧米の学者は西欧史を思い返し、宇宙戦争を繰り広げる運命を覚悟しているようで。ホーキング博士をはじめ、未知との遭遇に警告を出した人もいます。宇宙人と接触すると、必ず不幸になるのだと。

そのオマケ話として、日本人ならスターウォーズを回避できるかも知れない、宇宙人と穏便にやっていける可能性が多少は高そうだから、彼らにまかせようという意見もありました。70年続いた平和のイメージでしょう。その実、国内は勝ち組負け組の共食いが長引いて、それも日本劣化論の根拠となっているから、くすぐったい意見ですが。

「日本すごーい」に出遅れたのが美術で、遅れた理由は共食いというか、国内不和が長かったことも一理あるでしょう。簡単にいえば、日本発のオリジナルより、欧米模倣を格上とした舶来至上による文化衰退です。「日本からフランスへフランス料理を送って意味あるの」と言われる状態が、美術で続いたのです。敗戦で向かった日本文化否定とも手を結んで。

そこを改めた国産すごーい美術の出番づくりは、流れがまだ中途半端で、これから築くことになるでしょう。
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|05-10|芸術の秘密と謎||TOP↑
ブランド絵はがきコレクションに、初めて彫刻作品が加わりました。アメリカからの一枚です。細い線材を使った繊細な立体造形なので、画像処理は少し難しくなりました。複数のトリックを使っています。

デジタル画像は点々で記録されるから、糸のように細い部材は幅2ドットに減ったり、ついに1ドットを割ったりします。アナログ時代にも、版下は台紙に写真をペーパーセメントで貼って、製版カメラで再撮影したもので、銀塩粒子の最小単位は一応あった理屈ですが。

しかもオフセット印刷にはスクリーン処理があり、ルーペで点々が見えるわけで、どのみちクモの巣のように細い線は再現できずに消えます。さらに白地に黒字の場合と、黒地に白字の場合で、各々別の技術的な原理があって字がやせます。最後は、絵はがきが通常より大型サイズだということで何とか助けられました。

絵画と違い彫刻を撮る時は、向きや景色を変えられます。草原に置くか、砂浜海岸か、美術館の床かで、別の作品みたいに見えるものです。彫刻家は自身が写真家にもなることで、作品の図版をグレードアップすることができるでしょう。

絵はがきになる次の彫刻も準備中で、同じ金属ながら塊タイプです。
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|05-07|ブランド絵はがき物語||TOP↑
ユネスコから勧告を受けた軍艦島は、写真集が前からたくさん出てお宝になっていました。古い写真ほど、現地の建造物が原型をとどめているからです。

海底炭鉱につながる小島の上に築かれた町がゴーストタウンとなったもので、最近の話題は007シリーズ映画にセットが登場した件。力強くも怪しげな、日本の七不思議的な空間です。人がなぜ廃墟に魅了されるのかは、美術やデザインに関われば一度は感じる問いでしょう。

生活の跡だからという以前に、絵画彫刻と同じ次元で、壊れた物体がある種の美を感じさせる現象が核心にあります。逆にきれいに整っている間は特に感興もなく、ボロボロになってからアートテイストを発散し出す謎です。江戸以来のエネルギー史への関心よりも先に来るのが、冥界や魔界のビジュアルイメージ。

ごちゃごちゃ感、素材の荒れと汚れ、凹凸の影は、ドイツでおなじみです。古建築を転用した展示場内部にしばしば見られ、シュピネライやベルリナーリステ会場もそうでした。日本ならきれいにリフォームして新築に近づけ、不動産価値の回復を図るのが普通でしょう。穴を埋め戻して、壁を全面塗装して。陰影を消して、明るく清潔に戻すのが日本式。

そうはせず掃除するだけのドイツでは、廃墟が気に入っているのか、気にならないだけなのか、改修費の削減にすぎないのかを、前にも現地にたずねた気がします。日本の軍艦島とも似て、現代人の芸術的感心に引っかかるものがあるのでしょう。
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|05-05|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
マイヤ・プリセツカヤの訃報が入って、現役最高齢のバレエダンサーは最後はドイツにいたそうです。

彼女の自伝は出版当時、本当に自分で書いたということで、日本語版の帯にあたしが書いたと書いてあったほどでした。日本の芸能界にも、自分名義の本をゴーストでなく自分で執筆したタレントが一人だけわかっているそうで、こちらも興味深い話題になっていました。

プリセツカヤの姿勢は自ずと闘いの毎日になったということで、しかし40回の来日と宝塚の振り付けなど、日本にとっても思い出深いアーティストで定着しています。

その昔、アンナ・パブロワが来日した時は、芥川龍之介らが見に行った記録があるようですが、この分野の往年の顕著な現象は、クラシックバレエの人気とモダンバレエの不人気の落差です。『白鳥の湖』の人気と、『春の祭典』の不人気。コンテンポラリーバレエとなれば、日本ではほぼ論外の扱いになっています。バレエファンたちも嫌い。

このようなクラシック対モダンの好き嫌いの激しさを、保守対革新という単純構図にしないで、人が何がわかり何がわからないか、突っ込んだ分析をいつかやってみたいと思っています。
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|05-03|芸術の秘密と謎||TOP↑
日本映画に出てくる応接間のシーン。撮影の前に、大道具さんが応接間の室内セットを準備して、小道具さんが掛け軸を準備する。

小道具の掛け軸が、非常に独創的な絵ならどうなるか。常軌を逸した異端の作風だと、何が起きるか。映画の中で掛け軸が暴れ出し、俳優たちを跳び越えて意外な空気をつくるかも。小道具が主張し始めて。

当然ながら小道具さんは、いかにも掛け軸らしい絵を用意するでしょう。普通の人が即座に浮かべそうな、みんなの脳裏に刻まれているタイプの絵。普及済みの、それらしい画風を選ぶはず。変な絵ではなく、普通の絵を。最高にうまい以外に、特段の変哲のない絵。小道具が主張しないように。

現代美術公募展でも、小道具の掛け軸と似た選定で、地味に沈むケースがみられます。あうんの呼吸で集まった場合もあろう、同窓会的な現代美術ごっこ的様相。気分は懐メロの風情。

斬新でない、古いものが幅をきかせている話ではありません。斬新と呼ぶ対象自体が、関係者の念頭でパターン化している話です。突飛な作風自体が、もう規格化している実情。奇抜カタログがすでに存在し、どの奇抜で行くかの選択状態です。これはけっこう見落としやすい話なのです。

こちらとしては、暮らしを豊かにする善良アート以外にも、応接間を食ってしまう変則変異や悪の相も混じっていて欲しいわけです。最近いくつか見つかり、特集展を思い立ちました。
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日本現代美術をドイツへ

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