ジャズ系フュージョンギターのパット・メセニー・グループには、最高作が2枚あります。その『スティル・ライフ』と『レター・フロム・ホーム』の関係を考えます。

『スティル・ライフ』のCDはレコードフォーマットに引っ張られ、演奏時間47分でした。文句なしの傑作。一方、CDフォーマットに合わせた次作の『レター・フロム・ホーム』は64分で、こちらは微妙なのです。バンドのピーク曲は『レター』側にあるのに、聴いた印象は薄まって感じられるからです。

『スティル』は全7曲で、『レター』は12曲。CDプレーヤーのメモリー再生で、試しに『レター』から一部の曲を除外すると、偶然『スティル』に近い演奏時間にまとまります。そして、ずっと濃い印象のアルバムに化けます。要するに、『レター・フロム・ホーム』は曲を詰め込みすぎたせいで、評価で損したアルバムに仕上がっているのです。

ポピュラー系の名盤が、CD時代よりもレコード時代に多いのも、演奏時間の適切さで説明されることがあります。ある限界より多くなれば全体の締まりがなくなり、一曲一曲の効力が減退してかすんでしまうこの現象は、美術展でも起きるはずです。
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|11-30|芸術の秘密と謎||TOP↑
彗星のごとく現れ、天体ショーを開く彗星。その写真を撮るとします。彗星の尾は後になびかず、太陽の反対側に噴出するから、太陽から離れ去る時は前方へ伸びるという。撮影してわかるのは、尾は二種類あって角度がずれていること。斜めから詰まって見える時は、ずれ角が大きく尾は短く。

白いダストテールは広がって目立ち、紫のイオンテールは細く淡く、長時間シャッターでやっとわかるほど。そのかすんだ画像をパソコンソフトで増強すると、紫色が神秘的な迫力ある写真プリントができます。しかし天体写真といえるのかという議論が、以前から天文雑誌にあります。

夕焼けの写真で赤みを強めて印刷しても、作り物ではないかという議論と同じです。現実離れした赤は、カラーフィルム時代もモノクロ用オレンジフィルターで可能でしたが、そんな写真は応募もまれ。しかし色の際限ない後変更は、デジタル時代に一気に平易になりました。

ドキュメントからフィクションへの改変は、絵はがき作品でも使います。多いのが絵画のサインで、小さくても見えるよう編集で取り替えます。またサビが淡いとスクリーンプロセスで消えることもあり、予測的に補うことも。

最近の変速的な絵はがき一枚は形の大アレンジで、飛び出す絵本とは違う立体的な絵なので、カメラレンズでは写せない、サプライズなレイアウトに編集してあります。
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|11-28|ブランド絵はがき物語||TOP↑
Japan Festival Berlin 2016NEWS

一瞬、東京かと思ったら、ベルリン。左奥がブランデンブルク門。
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|11-27|作品の募集||TOP↑
ネットに真実の情報が多いと感じている多くは若者で、ウソだらけと感じているのは中高年。おもしろいのは都市伝説に関してで、本当はあったことなのに、誰かのデマが広がったものと結論し、納得し合う声があります。

当時ニュースになって、今も語り継がれる変わった出来事があります。しかし新世代は「できすぎた作り話にだまされちゃだめ」と、その出来事を都市伝説だと断定して、いまだに信じる者を哀れむ構図があります。

そのひとつが三島由紀夫の「あの写真」の存在です。「事件から派生した都市伝説でしょ」というのが、少し前にはネット上の通り相場でした。実際にはあの写真は記者が撮影し、夕刊に掲載を間に合わせ配達されました。45年前の今日、新聞を見た人々は当然ショックで騒ぎにもなりました。

「あの写真はあるという話は都市伝説だ」という堅実な常識こそが、新しくねつ造された都市伝説だったわけです。それに釣られない一群は写真関係者でしょう。「あの写真」を撮影した記者の本と手記が何度も出版されていて、何が現場とデスクであったのかを知っているからです。

しかし体験した全員がいなくなれば、新しくねつ造されたウソの方が常識として固まっていくと思われます。そんな実例は、海外ならエジプトのピラミッド、日本なら聖徳太子。当時の人が知ることを、今の人は妄想するのがやっとで全く及ばない状態。

過去の美術が何を意味するかが、新世代の願望に沿って変わっていくのも類似現象でしょう。近年の論調は「創造は精神異常だ」という解釈で、これは芸術がわからない人が増加傾向にある表れかも。創造は届きそうで届かないブドウの実。
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|11-25|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
すでに過ぎた今日の午前零時が、Windows95日本語版発売から20年でした。あの日、多くのパソコンショップが深夜零時に店をあけ、大勢が買いに来ました。日本では、好景気が終わったと感じられた微妙な年。

Windowsが途中で交替していたのは、専門家の間で知られます。95の次は「98」、「98SE」「Me」と、ビル・ゲイツが指揮したOSはいずれも16ビットが残った過渡期のもの。コンベンショナルメモリやEMSページングが前提の旧アプリが入ると、ページアドレスで衝突しよく止まったものです。一太郎の辞書とIEが、ライブラリの上書きでバッティングしたり。

Windows95発売前からマイクロソフト社内に別動隊があり、UNIXワークステーション出身のデビッド・カトラーという謎の男が、もうひとつのマルチタスクOSをつくっていました。MS-DOS6.2時代に発売済みのWindowsNTで、その後継「2000」の中味と「9X」の操作デザインを合体させたオールラウンドOSが、伝説的ヒットのWindowsXpでした。

95当時のCPUはPentiumの75~133MHzで、メモリー容量は16~32MBと今の数百分の一の小ささ。ハードディスクも標準で1GBだったから、1TBの今は1024倍の大きさ。高額であっても速いパソコンを選ぼうという考え方が、今はほぼ消えています。全製品が速いから。

パソコン産業の流れをみると、なかったり足りない部分に気概とアイデアが発揮されたものです。あちこち不満だらけの途中期間こそ、活況と明るい未来があって。確立されて充足すると、保守を残して縮小しています。美術も似ているかも。
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|11-23|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
作曲家の山田耕筰の最高作はひとつは『ペチカ』と思われ、てっきりロシア民謡と思わせる意外な転調でひねった歌曲です。それよりも日本的な曲が『赤とんぼ』で、ジャズコードをつけると異様に劇的なのが山田流。ふるさと情緒以外に実験音楽も多く、日本初のオーケストラを結成した人。

「ラフォル・ジュルネ音楽祭」など、東京で開かれるクラシックコンサートが盛況です。山田以降発展を続けた日本のオーケストラも、世界級に達したと言われたのはずいぶん前で、70年代半ばの雑誌にもそうあるほど。各分野と同様、日本の楽団員は概して器用で多芸だという。

しかし聴衆の多芸さはまた別で、現代音楽が今も苦手なお客が多い制約があります。アメリカの日本人からの報告で昔から聞くのが、ベートーベンやチャイコフスキー、いやストラビンスキーやプロコフィエフよりも新しい現代音楽が、どこでも普通に演奏される体験でした。音が出るまで曲目が知らされなくても、抵抗なく切符が売れるという。

日本ではそうはならず、知っている古典曲との再会を楽しむ傾向がみられます。絵でいえば、ルノワールやゴッホに心酔して、しかし話題が抽象画に向かうと「抽象はちょっと」と言う立場に似ています。この「ちょっと」とは、「全然わからないし嫌いだから見ません」という意味です。

表現物には、常にわかる壁がつきまといます。人気が爆発している鑑賞の話題が、壁の外へ広がっている話なのか、それとも内側で回っている話なのかで、現象の意味がかなり違ってくるはずで。すごい活況でも、時代変化は起きていなかったりもします。
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|11-22|芸術の秘密と謎||TOP↑
景気は回復基調と政府が言う根拠は、東証上場企業の株価上昇と給与増が柱です。しかし社員の給与がいくら上がろうと、社員を減らして非正規に置き換えつつあれば、景気は逆に落ちている計算です。非正規は職員に含まず、備品経費で落とせたからです。

極端にいえば、中堅オーナー会社で社長と副社長以外を非正規だけで構成すると、社員の平均給与は2億円などにはね上がる計算です。この数字の高さは、庶民が上向いた証拠とは違う。物が売れない時代と物を買わない時代はイコールだから、非正規が金余りにならない限り物は売れないままになるでしょう。

点検すべきポイントは、株価よりスーパーです。閉店時刻が夜遅く延びて初めて好景気で、最近早く閉めたなら最近一段と悪化した証明。

政府も含め手詰まり状態なのは、景気は気だからです。庶民が大挙して気分がはずめば好景気に変わり、気が滅入ったら不景気に変わるのが内需の真実です。

好景気へ転じる境目には、庶民はインテリアにこり始めます。家の内装と調度品をきれいに、かっこよく、おしゃれに変えたくなる。カーテンやロールスクリーン、テーブルや敷物も、デスク上のペン皿も、手元のボールペンも上等な製品にチェンジ。

デザインテイストを身近に感じようと、買い求めるのが好景気の行動です。フワフワ楽しい気分で、見るもの全てがモノクロからカラーに変わった心境で。好景気も不景気も実質は集団パニック現象で、慢性化、習慣化で惰性して長引きます。「賢い節約術」の本が売れなくなれば、政府が言わなくても景気は回復基調でしょう。売れているうちは、まだ。
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|11-19|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
前に、アーティスト掲載サイトからこういう連絡が。「アートTシャツを作って販売するので、図案を出してください」。他店で商品化前の原案をひとつ送ると、やがて全員に通知が。「Tシャツ専門家に見せて、いずれも売れないと言われたので中止します」。

奇妙な結論です。確実に売れる図案のみ扱うなら、中抜きピンハネ業にすぎません。ずるい立場。そもそも大売れする図案があるなら、Tシャツ専門家の手を借りずに、すでに存在したデザイン小物サイトにセルフ登録すれば、全国販売されたのだから。

その時Tシャツ専門家に期待されたのは、図案を市場向けにアレンジする頭脳と手腕のはず。現に音楽業界には、このアシストの仕事が多い。単に合否判定する選別人がいても、狩っているだけで何も生まないでしょう。

日本の画廊にもいえるかも知れません。売れる絵がある画家求む、という呼びかけは変です。すでに人気がある画家には、後から加わったピンハネ仲介者など不要だから。人気がない、うまくいっていない画家、中途半端ないし最低で最悪の画家求む、と呼びかけないと理屈としておかしい。有力画家を待望して狩っても、業界は末広がりしないし。

最低を最高に仕立てるべく、画廊マネージャーはクリエイターであるべきでしょう。画家に、「これは売れる」「これは売れない」と言うのは、誰でも簡単でしょう。「これなら売り方はこうしよう」が言えて、初めて本物でしょう。
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|11-18|物語の局面||TOP↑
これは、絵はがき制作中からよい感触がありました。春の香りがいっぱいなのに、よく見ると顔料を散らしただけ。遠目とクローズアップで、違う見え方です。これが日本画の奥義かと感じたのですが、絵はがきなりの演出も入っています。

原画は端が反って持ち上がりぎみで、やや皿状でした。そのため、撮影画像は周囲が少し暗くなっています。それを消さずに利用して翳りを出してみると、クールな春先の季節感になりました。グレーが銀色に感じられて。

映っているのは原稿で、左上より右下が暗い照明ムラも、そのまま利用しています。それよりも最初に気づいたのは、作者は全く別の作風も持っていて、ほとんど似ていないということ。

ブランド絵はがき
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|11-16|ブランド絵はがき物語||TOP↑
日本では、美術を買う層は買うし、買わない層は買わない、と固定的です。「高尚でわかりません」という庶民層は、美術全般が苦手だろうから、たとえ値を下げても販売促進にならないでしょう。

一方のごく少数の買う層は誇らしく、財テク目的もあるなら高い出費ほどなお誇らしい。だから、駆け出し画家も高めで売り出して成り立ちます。市場が小さいほど全般に高い。この絵は3万円ぐらいかなと思って見ると、30万円と書いてあったりは日本でよくある体験です。

その絵をヨーロッパへ持って行けば、3万円止まりかも。向こうは支払い額の高さを誇らないし、そもそも美術がわかる人も多い前提です。だから価格交渉はひんぱんで、作者の希望価格が高いと売買不成立です。

ヨーロッパ全般にアートの数も種類も多いから、一作品への執着は不要で、代わりが見つかる確率も上がります。似た作品だと安い方に流れる買い手市場でもあって。

駆け出し画家のつもりで安価に売り出し、値打ちを世に問う手もあります。30万のつもりが3万でやっと買い手がつくなら、原画にかけた苦労の見直しが必要な場合もあるでしょう。原画の内外価格差が大きいなら、ジクレーで乗り越えるのは現実的でしょう。

ジクレー倶楽部の結成を考えています。CG作家はパソコンを自作するなどデジタルに詳しかったりしますが、油彩や水彩作家はそうとも限りません。参加者の幾人かがジクレーに進出していて、勉強会もあってよいと考えました。
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|11-15|ジクレー版画物語||TOP↑
生物は個体数が減ると絶滅します。パンダは乱獲が原因で保護区に千頭ほどになり、繁殖力も落ちて人為的に増やす状態。一方、ヒトが絶滅するとなれば、原因は地球寒冷化だろうと言われてきました。一昔前は氷河期と呼ばれ、東京タワーがカチンコチンに凍ったイラストなども。

人類最古の美術はフランスやスペインの一万五千年前の洞窟壁画とされ、日本の縄文時代も一万六千五百年がさかのぼれる限界で、その頃が文明のスタートだそう。その頃起きた事件は温暖化でした。

氷河期がゆるんだ間氷期に、人類の文明が一気に発達した結果になっています。そして、今の温暖期が終わった寒の戻りで、文明が消滅する可能性が昔から言われています。古気象学から、氷河時代がそろそろ来ると60年も前から。

地球の気候を決める最大の要因は、太陽から受ける熱量です。人類は星の生涯も知っていて、赤色巨星化する太陽に焼かれない策として、火星へのがれる準備中です。しかしそうなる前に、氷河期を何度も越える必要があります。灼熱の前に極寒が来る両極端の行き来。

一昔前に予想された人類の終わり方は、中東か東西ベルリン発の第三次世界大戦でした。核攻撃の応酬で生じる「核の冬」で植物が激減し、地球全体が飢餓となるシナリオが語られたもの。反核運動の一環もあって。

和平でこの人類最終戦争のカタストロフを回避できても、のがれられない氷河期回帰にやがて見舞われ文明は崩壊し、幾多の英知と成果、記憶遺産も壁画類も氷の下、次の三百万年は人類不在で昆虫が支配者であろうとの予言。となれば、今増えている昆虫が絶対に怪しい。世界各地の終末音は虫の知らせかも。人類の終焉はすぐそこに迫り来る。もう時間がない。そうだ、これをモチーフにした美術展を、と思った時に目が覚めました。
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|11-11|芸術の秘密と謎||TOP↑
美術展を鑑賞する上手なコツは、割と知られます。足早に会場を一回りする方法です。そして気にとまった作品へ戻って、じっくり集中して鑑賞する。こうして時間を全作品に均等に当てずに、傾斜配分するという。

この鑑賞法を使って失われるものは、一応考えないといけません。現代美術で使えば、後の歴史名作を拾えるのか、逆に消えるものだけ選ぶ失敗にならないか、結果の有効性が未保証です。何しろ、創造は顔なじみでないに決まっているから。直ちに親しく感じた作品はスカな理屈で。

そっちの話はまたにして、展覧会には作品の適量があるようです。それより増えると、お客は何度か会場へ足を運ぶ必要があります。一回で終わりなら、全作品をていねいに見ることができず、あきらめたり端折ったり、選択的に見る人が現れるだろうと。

逆に作品が少ないとどうか。アートフェアの一画廊に5点きりなら、たいていの人はていねいに全作品を見るでしょう。100点ある画廊にくらべ、個々の作品がやりたいことは伝わりやすい。埋もれず、目移りもせず。実際、有名高級アートフェアは作品がかなり少ない傾向があります。

売るためなら、作品が少ない方が有利と感じます。理想は1点、次善は2点。しかし人は、比較した差異に確信を持つこともあります。並べ方で、作品同士を引き立てる作戦もあり得て。作品の規模と展示室のまとめ方は、一種の複雑系といえそうです。
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|11-08|芸術の秘密と謎||TOP↑
「良い企画があれば参加します」という声を時々聞きます。しかし、展示会は旅行への参加とは違います。旅行会社に申し込む参加者の立場は見物人です。が、美術展に申し込む参加者は見物される立場です。役者側。

参加アーティストは、ショーの舞台に上がる出演者に立候補するわけで。祭を開催する業者の一員でもあるから、企画の成否を動かす立場に回ります。作品に魅力があれば、その展示は見物客の目に良い企画に映るでしょう。逆に魅力不足だと、ダメ出しを受けることもあるでしょう。

日本の展覧会は、心を豊かにする体験学習の意味合いで雰囲気が重視されますが、外国では展覧会は売店です。雰囲気にひたるよりも購入目当ての物色が主目的で、予算も決めて来るのが普通です。買えないものばかりだと、良い企画とはいえないわけです。

会場の見た目も相手には二の次で、暗い場末的一角をギャラリストが聞きつけて偵察に来たりします。場所の良し悪しで成否が決まらず、結局は作品が主役を張ることになり、場を染めるキーマンの役になります。旅行への参加とは大違い。

これは、日本の権威ある美術館学でさえ長年勘違いしてきたことで、美術館のハードウェア自体に客を感動させる物語性を表現しようとした設計は、言ってみれば邪道だったわけです。
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|11-06|物語の局面||TOP↑
レコード喫茶やDJコーナーに、若い客が増えているそうです。レコード盤の出荷も増え、プレーヤーも針も生産続行中。このレコード人気は、CDとは異なる音質もきっかけのひとつです。

82年にCDが出た当初、レコードと聴きくらべる科学番組があり、ほとんど違わないとの結論でした。CDへ移行しても大丈夫という、30年以上前のゴーサイン。ところがCDの音になじんだ後でレコードを聴くと、音の厚さ、深さ、力感など、アナログのマジックに新世代が驚いたわけです。

世界初のPCM(デジタル)録音は73年で、日本のデンオン社の13ビットレコーダーでした。後のアーティストはデジタル音源から一度テープに落とすなど、アナログロンダリングして香りを加えたものです。オールデジタルだと無機質に聴こえるのは、スタジオの常識でした。

今ではレコードだけを終日かけるFM特番も出てきて、音の違いは放送でも伝わります。交響曲やメタルロックでも歴然とし、ジャズのアコベなど黒々と太い響きにグワッとのけぞるほど。

このように塩ビ製アナログレコードの音がよい原因は昔から謎で、放送作家の長岡鉄男もライフワークで実験を続けたほど。彼のひとつの結論は、音の悪さが秘密ではと。周波数レンジ、テープヒス、アンプ残留ノイズ、クロストークなど、マイナス要因が人の耳に好ましく作用する逆説。

精度の悪さや雑音が生む潤いは、絵画にもありました。純白でないアイボリーやクリーム色の紙に描いた豊穣感だとか、紙の風合いやキャンバスのテクスチャーもそうでしょう。考えてみれば、絵具の塗りムラもそうで、完全に均質に塗ればアートでなくデザインに見えて、価格も下がりそう。
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|11-05|芸術の秘密と謎||TOP↑
物語へメールを送って、待てど暮らせど回答が来ないという方はいませんか。原因は二つあります。ひとつは、メールフォームへのアドレス誤記。もうひとつは、実は返信はとっくに届いていて、届いていることに自分で気付くことができない、メール設定の不備です。

解決策も二つ。前者は、メールアドレスのスペルを訂正して送り直すだけ。後者は、別のメールアドレスへ変更して送り直すだけ。届いたメールがポストに入った後で紛失が起きるアドレスは、プロバイダーのサーバー問題が多いのです。メール性能でアート活動が不調になるのは避けたい。

アーティストで、自分のメールアドレスの拒絶反応癖にさえぎられて、外からオファーが届いているのに知らずにいるケースがあるはず。なぜそこまでわかるかといえば、現にこちらからオファーを出しているからです。
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|11-03|物語の局面||TOP↑
20世紀末に急発達したインターネットが世界を激変させ、携帯電話よりはるかに大きい革命でした。20年前の11月23日にWindows95日本語版が出て、1セット40万円のパソコンで市民の暮らしもどんどん変わりました。

MS-DOS時代からのソフト総合商社が、アスキー社とソフトバンク社。当時はプロ野球と関係なし。新しいワープロや年賀状ソフトも売れて、回覧版やはがきもプリンター時代へ。次はインターネットの普及で、Windows95のOEM版に接続キットが付き、ネット空間が加速度的に拡大しました。通販カタログも、紙から電子に替わって。

この前、フェスティバル・ベルリン会場でお客の要望。「この展示会に2年前出品していた作家の資料が見たい」と。日本側にある資料で再編集して、ドイツ側に電送しました。このように事務作業が高速化した、そのスタートボタンが20年前といえます。

ところが日本の場合、95年からのデジタル化20年と、95年から顕著になったバブル崩壊後の20年が、ぴったり重なるタイミングでした。そのため、20年がどういう時代だったかを説明できないのです。日本にとってデジタル化は何だったのか、国を上げたのか下げたのかも評価不能で、憶測の域。

携帯でもネットが可能になり、最近はパソコンに疎遠な若者が増えたというニュースがありました。企業で60歳の古参が、新入社員に電源の入れ方から教えてため息だとか。彼らは20年前には、若者から操作を教わる立場でため息だったのに。
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|11-01|ニッポン事情スケッチ||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

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