3月の夜空に、ひとつの明るい星が目立ちます。しし座のつぶれた五角形の一角。正体は星座と関係ない木星ですが、毎晩の位置があまり変わらないので、恒星のように見えます。今は左に土星と火星も見えます。

その昔ガリレオは望遠鏡を夜空に向け、木星の周囲に4個の衛星を見つけました。どれかの衛星は、火星の次に人類が目指す基地の候補ですが、木星本体に人類が行かない理由は地獄だから。

重力が大きく、大地がなく、時速500キロの暴風。激烈な環境を暗示させる、墨流しのような赤や黄の模様が不気味ながら美しい。地球の生物誕生に木星が貢献した説もあり、太陽系最大のスター的存在でしょう。

探査機パイオニアからボイジャーへと撮影のビット数は上がり、以後は画像イメージが映画に使われたり、影響された絵画も現れました。

ところで、木星をリアルに描いた写実画を考えてみます。それは、ほとんど抽象画になります。抽象模様の絵画。写実具象なのに抽象的。何かが変。美術の謎は、抽象よりも具象にある不思議です。

何のことはなく、絵画に描かれた富士山も、山自体は抽象的な形態です。何かを模してはおらず。台形錐を崩した有機オブジェが富士。抽象具象の区別は無意味だったのです。ところが、「富士山は最高の美」と言う人が、「具象はわかるが抽象はわからない」と言い出す。何かが変。
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|03-28|芸術の秘密と謎||TOP↑
芸術という視点に照らせば、高級美術を狙う制作アプローチは有意ではなさそうです。高級感をまとった美術を作る発想は、芸術の成り立ちと相容れないという。高級狙いは、創造にあらず。

その証拠は、西欧史上最高の美術品にもみられます。『モナリザ』は時価一兆円と見込まれ、オイルマネーでいっそう高騰したゴッホのさらに50倍。しかしそのどちらも高級指向のお値打ちづくりとは違った出自であり、当初のイメージは何でもない肖像であったり粗末な怪作でした。

芸術に上下なし。その高低に創造的根拠なし。作品から読む気品や、時にオーラと呼ばれる無形の何かは後付けであり、だから名品がいつか没落したり、ゴミ作品が大化けしたり、上がり下がりが進行しています。

作品にハイエンドたる素質が内在するとの絶対感は、後世の結果論からのフィードバック成分が多大で、ほとんど洗脳に関する心理学的領域なのでしょう。アートフェアの高級美術セグメントは、セレブのみ入手可能な高額を高級と読み替えた連想ゲーム的な感覚もあろうかと。

新作美術に接して、リアルタイムに高級と感じる体験があります。これとて美形共感が大半で、へたすれば人種のルックスを格の上下に読み替えるあの反応と、思考法が似るわけです。危ない危ない。だからここで進める作品向上作戦も、高級美術へ近寄せるよりも、美の上下概念を壊すような意図です。
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|03-24|芸術の秘密と謎||TOP↑
一作家の絵はがきを複数作ると、マーケットリサーチが可能です。類似2点でも異種2点でも、同時比較は大いに参考になります。しかし一時的でも、予想と隔たった結果もあります。「まさか、こっちがウケるとは」。

事前に押したのと逆の結果だと、こちらもスベったと思って分析します。相手国の特殊事情か、偶然の客層の不一致か。また、日本の現代美術は近年サブカルが牽引したせいで、向こうの好みが分かれていると想定。

日本の新世代画家の作風は、マンガ風かそうでないかに大別でき、現地ギャラリーが一方に傾斜して歓迎する場合もあります。時々困るのは、日本画が由来の絵までマンガ由来に見られること。生まれ順が逆なのに。

かつて江戸や明治の浮世絵がパリでウケた原因は、描かれた品でした。印象派たちは、画風よりも絵の中の和装や調度品に魅了されました。絵の真価は空白同然のまま年月が過ぎていて、今からでもどこが優れているかを伝授する必要を感じています。

ブランド絵はがき
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|03-21|ブランド絵はがき物語||TOP↑
ドイツ側のメインパソコンで怪しいソフトを引っかけたのか、軽度の不調があったそうです。日本側から原因解明を優先と考えたので長引き、しばらく美術の作業が停滞しています。

Windows95時代のデスクトップ型パソコンは、マザーボードのBIOSが光ドライブを認識しない仕様だったから、OSの再インストールはフロッピーディスクで日本語フォントとCD-ROMドライバを読み込む複雑な手順でした。

一方のノート型は早くからBIOSが進歩的で、簡単な操作でCドライブのOSを修復したり、出荷状態に戻せました。ノート型はパーツの増減や変更がないから、そこも手間がかからず。最近のノート型も踏襲されています。

ただしOSを再インストールできても、ワープロやメールソフトも入れて個人設定も行う手間はかかります。それも省くために、構築して好調のCドライブを節目に丸ごと複写しておけば、非常時に再現できるソフトがあります。

光ドライブで起動し、パーティション単位でつかみ取る機能で、今でもDVDでなくCDの製品が中心。ところがユーザーインターフェイスが洗練されないから、たまに使うとメニュー手順を忘れていてビギナー同然になります。
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|03-19|物語の局面||TOP↑
欧州サッカーで追放事件が時々ニュースになります。人類が克服を願う人種問題。しかし克服どころか認識も困難なのは、時代問題です。人種の違いよりも、時代の違いを入れ替えて思考する方が、はるかに難しいという問題。人種問題とは違って、気づかないのが特徴というのもあります。

「昔のような偉人がなぜ今は現れないのか?」の疑問がそれです。現代人の言う「昔の偉人」が、当時は偉人ではなかった事実を、この疑問では見落としています。当時は凡人や悪人だったりして。後年に振り返って尊敬する偉人は、同時代の目には偉人に映っていなかった。

この今昔断絶は芸術でも顕著で、「ゴッホのような優れた巨匠画家がなぜ現代にはいないのか?」の嘆きもそうでしょう。「いや、ゴッホは当時優れた巨匠じゃなかったし」という反論は、現代人の心に届きにくく、届いても実感までは修正できません。断絶がどうしても止まらない。

美術のおもしろい側面は、価値の高低が入れ替わる宿命です。宝とゴミがスイッチし、ウソのような残酷などんでん返しが起きています。短時間ではないから、気づかないのが特徴。このスイッチがテーマのアートも多い。

街で拾ったゴミにサインを入れたポップアート。ゴミは高騰し、美術館に入りました。ポップが言いたかったのは「価値の空虚さに気づけよ」であり、反語含みのなんちゃってギャグでした。しかし、そこまでやっても鑑賞者と断絶。ゴミの美を習得すべく、きれいさを読み取ろうとがんばる現代人たち。
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|03-17|芸術の秘密と謎||TOP↑
CAD(キャド)が使われ始めた頃、設計事務所や企業の上司は誤解しました。建築CADなら、敷地形状と容積率、諸室の必要面積などの条件を入れて、ボタンを押せば設計案が出てくると思った人が多かったのです。

実際のCAD入力は一本の線分を引き、どちら側に何ミリ平行複写するかを命令し、線を次々と増殖させていく作業でした。デジタル製図板にすぎず、鉛筆と消しゴム、定規やコンパスを電子空間に置き換えただけ。

CADと似て、自動でないのに名乗った代表が自動車です。人間が手足で慎重に操作し、一睡もせずに前を見続けないといけない。これを真の自動式に変えようと、各国の先進企業が自動運転車を研究するブームです。

手足操作のアシストに始まり最終的に全自動化し、主人が寝ていても目的地に運ばれ到着する製品が目標です。そしてよくある心配に、危険回避の優先論や事故責任論があります。しかしそれよりも前に、走ることは可能かという単純な課題があるのです。着く目的ではなく、走る目的の話。

あてどのないドライブや未知のショップ探し、行き先の途中変更とか忘れ物に気づいたUターンが可能かと。突然のコンビニ立ち寄りも。人間のリアルタイムの意思から切り離し、条件を入れてボタンを押す車が人類の望みなのかという本質論です。手動モードを残せば合理化にならないし。

美術制作でも、行き先なしに作りながら考えることがよくあります。お手本があるコピペとは逆で、あてどのない加工や未知の形態探しという場合。途中変更もあるし、何かを思い出し後戻りも。絵筆もCADと同様に思考のツールなので、寝ずの操作が本命です。こうしたユーザーの好奇心と発見のプロセスが、車の価値としてどの程度大きいかの問題があります。
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|03-13|芸術の秘密と謎||TOP↑
日本の事物を称賛する特集が、日本のテレビや雑誌に増えたとされます。町工場の部品、地方の隠れ物産、古来の伝統風習など。これに対しコメンテーターは、国粋主義的な国威発揚の機運に危惧しているという。

しかし動機はわかりきっていて、1989年から国力が落ち続け、バブル経済終焉の92年から一貫して不景気だからです。欧米からも、いつまで不況なのかと責められて。日本最大の問題を忘れたらだめ。節約疲れで2013年にはやや上向き、もう一押しの場面。便乗と貢献が半ばのタイミングを狙うのがジャーナリズム。

日本特集は世界で始まっていて、3.11で高まりました。ブームは昔から繰り返すうねりで、今は古典より現代への関心が高いようです。現代の浮世絵たる漫画アニメを、リアルタイム世代が慕っている説が有力。

サブカルにくらべピュアアートは出遅れたので、欧米からもっと送って欲しいとリクエストも来ます。「こういうのはないか?」とも。ところが日本だけ不況だから撤退した美術家も多く、供給不足の場合もあります。

残って続けている美術家が日本代表で遠征しているかたちですが、景気さえ上がればこれも含めて、平成日本の山積み問題は自動解消へ向かうでしょう。没しつつある美術ジャーナリズムの復興も含めて。
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|03-11|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
ドイツから日本へ送る手紙やはがきの切手代が、2016年に上がりました。前の値上げは2014年らしく、2013年は二段安かった記録も。

思い出したのですが、この20年のGDPは何倍かに増えた中国やBRICs国以外に、ヨーロッパ各国も軒並み5割前後アップしています。例外は横ばいの日本。不況のまま消費税を上げた日本の無謀は、その焦りでした。

日本の物価は消費税で上がる印象がありますが、高度成長期以降は10円のアイスがやがて20円、30円と上がったもの。最近の日本では4500円の服が2980円、2480円、1980円と下がるから、できるだけ物を買わないのが賢いというアドバイス一辺倒です。これが日本の不景気の正体で、待てば上がるドイツと逆の行動原理が支配的。

よく聞く「買いたい物がないから買わない」は、不景気で落ちた気分にすぎず、その証拠が書店やコンビニの立ち読み需要の高さです。25年前なら、時間が惜しくて読みたい本をまとめ買いし、持ち歩いたもので。目を通したら捨てて。人を小心にし、教養まで下げる不景気の罪。

日本の地位が上がるには、今日より明日の方が物価が上がる国に戻る必要があるでしょう。そうして全員の所得を上げ失業も減らすと、政権側も自ら言っていたわけで。

デフレのおかげで業績が伸びた企業人に国をまかせたり、90年代価格破壊幸福説への配慮は、消費税を上げて便乗値上げも許した2014年に一応消えました。人口減を不況の原因とした若者犯人説など、怪情報に議員も釣られないように。
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|03-08|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
ドイツのメルケル首相は、難民受け入れをトーンダウンさせ停滞状態です。いざ大勢が押し寄せると、予想とは違っていたせいかも。日本の3.11以降、ドイツは発電インフラで悩み、次は難民、そして中国経済。

一方の日本人は、国境を越えた民族移動に概して否定的です。農耕の島国のせいか、人は生地で暮らすのが一番幸せという自然志向があって。留まるに越したことはないと、現地の正常化を考えるのが日本流のよう。

ドイツの難民問題は、日本の移民提言とよく混じります。移民提言の根拠は日本の人口減で、そこに差別問題もささやかれます。というのも輸出企業が語ると、目当てはユーザーよりワーカーと想像できるからです。

日本人より低賃金で長時間労働に耐える人が欲しくて、だからイギリスやドイツの人ではなく、途上国の人を連れて来る話になっています。コンゴやガーナから農園労働者を輸入した、アメリカ開拓時代を連想する人々。移民反対よりも賛成する意図にこそ、差別主義がみられるからくりです。

この混濁が生じる道理は、ユーザーとワーカーは同じ人がなるからです。日本の長い不景気は、ノーマルワーカーになれないローエンドユーザーが増えすぎたせいであり、順番としてその改善と復興が先に必要でしょう。

不況の中で起きた人手不足は、人口減ではなくローエンド賃金への敬遠です。デフレで下がり切った賃金を前提とした提言は、だから評判が悪い。そもそも賃上げでインフレ基調に変えるのが現政権の題目なので、逆向きの提言を出すたびに消費マインドが改めて冷え、政権にケチがつく繰り返しになっています。

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|03-06|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
ネットではモンスタークレーマー分析が盛んらしく、企業人も参考にするという。日本は公定歩合を下げた1989年から、デフレ経済と格差社会へ地盤沈下し続け、荒れる消費者が増えたとするのが定説です。

たとえばカレーショップで、甘口、中辛、辛口、激辛とあり、激辛を注文して食べたら辛すぎたから全額返金せよというお客。お化け屋敷が怖すぎたから払い戻して作り直せなど、あるあるとプロの共感が広がっています。

怒りっぽい風潮の原因は、平成日本の貧困経済環境説とともに、戦後教育の失敗だと断罪されています。要するに、1945年夏まで続いた全体主義の反動で、今度は個人主義へ走り過ぎた社会の歪みだという。

ゆとり教育より古い昭和の教育で、「自分の思いが一番正しい」という当時のミーイズム、今でいう俺様ルールを、教師たちが生徒に尊重させたのは確かです。いまわしい戦前戦中からできるだけ離れる目的で。それに感化され増長した生徒に、結局教師は体罰で挑んだのも確かでした。

ところが、「自分が正義で、反対者は邪悪」式の強い信条が、美術作品で炸裂したケースはまれです。アートはモンスター化せず、常識の範囲にある作品がほとんど。俺様ルールはわいせつアートや猟奇系あたりで、造形面の自己中は探しても少ない。社会は荒れて、美術は荒れていない。

美術のワルなら平成の顔役たるコピペ制作法があるぞと胸張っても、基本は他人様ルールに則り、造形の凶暴と狂気での物議とは意味が違うでしょう。何でもありの平成の美術が甘口から中辛に多く分布するのは、作る側が恐縮したカレーショップの立場とみるのが妥当。
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|03-03|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
日本は先進国の中でも、美術の一般普及に失敗した国といえるでしょう。地方中核都市に現代美術市場は無きがごとき。ゆえに埋蔵金のごとき伸びしろはあれど、長大な不景気でモラトリアムのごとき。

ドイツでのアート活動の特徴は、購入目的の観客がはるかに多い点です。日本だと心の糧とする鑑賞会や親しき集いの披露宴ですが、向こうは売買と発掘の場です。そのせいか、会場をきれいに整える日本と違い、ドイツはあり合わせ会場が好き。

古建築を再利用した展示場は、壁を塗り直さないボロボロだし。場末ふう会場も平気で、作品を前に議論を始める観客たち。作品を自宅に飾った姿を想像する特技があるのか、絵を床置きやビニール袋でぶら下げてもちゃんと見ていて。額縁の有無も当然問わない。

究極のあり合わせ展示に、ライプツィヒ市の「芸術の夜」があります。一本の道を順路とし、沿道に会場が点在する簡素な美術展で。空き家と民家やオフィスを部分開放して、作品を一日並べるだけ。

「芸術の夜」の写真を見ると、日常の中にアートを投入した空間が妙に絵になり、特に早い時刻の夕景は芸術的で、昼より夜が魅力です。このような「どこでも展示場」の慣習が、作品を鍛える面もあるのかも。

音楽イベントで、「では歌ってください」「えっ、ここで?」という場合があり、すわりの悪い場所でも歌って聴かせる歌手は実力者という。「では絵を置いてください」「えっ、ここで?」という場所がドイツには多いのです。
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|03-02|ドイツ事情スケッチ||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

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