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「たとえばこういう作品は世にないのか」とネットで調べることがあります。「塀を乗り越える河童」の絵とか。そして作家サイトやブログにたどり着いて思うのは、多くのサイトは操作性が悪く不便だということです。

最悪なのは、トップページに押しボタンがないのです。あちこち探せば見つかりますが、さっさとあきらめる人もいるでしょう。作品を見せるのに失敗する確率が高まります。8秒ルールも、今では短縮しているでしょうし。

幸い「Gallery」「Painting」などのメニューがすぐに見つかって、しかし作品を出した時にまた問題。二点目を出すのが手間なサイトが多いのです。出ている画像をいったん消さないと、別画像の選択画面に戻らないとか。お手つきミスを誘発されて、何度もブラウザが閉じたりして。

自動表示機能とぶつかり、操作がこんがらがることもあります。無制限だからと詰め込んだ作品が100枚もあると、訪問者はベスト作を目にできなかったりも。試しに押した作品がナンバー37で、ナンバー1や2を見ずに読者が去るとすれば、力量を低く見られて損します。

無料サイトやブログは、一定時間更新がない時に悲惨です。作品画像の上に一般広告が重なったり、下に押しのけられて表示され、金融やビジネススクールが目立っているのもよく見ます。

自分の願いどおりにサイトを作ると、見る側の立場から遠のくのが常です。今こちらで受注している作家サイトは、それらを全て解決してやろうと、慣れる必要のないデザインになっています。
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|10-28|作家サイト作戦||TOP↑
ドイツでなかなか売れない日本作家も何とか売ろうとして、現地で売れ筋のペーパーアートへ仕様変更する意図が、ジクレー版画作戦にありました。でも最初の関心は、テイストの増幅でした。

作品を見た瞬間、ここがこうなっていればと聞こえてくることがあります。編集でそこをそうすると、結果売れたことがあります。これを制作にフィードバックし、作家といっしょに考える実験的な意図もあります。

作家が原作の純粋性を守るあまり、鳴かず飛ばずで停滞するケースも前から感じていました。音楽のリミックスバージョンのようにいじって、先が開けるかもという発想転換もできます。要するに、生きている間に色々試してみた方が得策だと。

現地のお客が「これの原画も見たい」と思えば御の字で、その突破口として廉価な版画が活用できます。ジクレー版画化すれば、どんなに孤高な作品も売り物へシフトし、これは一般的でない作風ほど効果的でしょう。

日本国内では作品をどう作っても、あまり抵抗を受けません。寛容であるというよりも、買わない前提があるから何だって許せてしまう面があるのです。それで画家は他人を知人の輪に加え、知人として買ってもらう活動になりがちです。

対してドイツでは赤の他人が買い物目的で見に来るので、他意識をマーケットリサーチすることに意味があります。何を作っても「好きにしてください、反対しません」で流れる日本との違いです。前回も何人かの作家は、協議してアレンジで挑戦しています。
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|10-24|ジクレー版画物語||TOP↑
ボブ・ディランのノーベル文学賞はサプライズで、世界で賛否が分かれました。ボブ・ディランに関して少し知る人は、まずいと感じたかも知れません。というのも、ボブ・ディランは自然体で生きてきた人ではないからです。

かなり前に、ボブ・ディランなる人物のブランドメカニズムを書いた本が出版され、音楽界でやっぱりねと受け取られた暴露本でした。一人の才ある若者の発見と、芸名から始まるイメージ戦略を演出したチームワークの裏話で、ファンはその演出を楽しむというもの。舞台劇ほどではなくとも。

哲学的で思弁的な雰囲気は、チームの戦略管理でつくった虚構だとネタばれ済み。新型アイドルで売り出す時、ベトナム戦争が最重要キーでした。アメリカの戦場撤退(敗戦とは違う)のきっかけのひとつ。

この予備知識で、ボブ・ディランはノーベル賞を無視する可能性が想定できるのです。チーム企画が築いたイメージは、反権力で反権威のシンボルたるカリスマ巨匠だから、賞を与える側が輝くでしょう。ノーベル財団は吸い取りイメージアップ、ボブ・ディランは吸い取られイメージダウン。

ところがどんな反体制の徒も、高齢化すれば権力側に加わる経験則も存在します。ボブ・ディラン側がどちらに動くかは、読めなくなっています。もらえるものはもらっておけの状態に、なっていない可能性も不明です。

有名画家がイメージ戦略で言動も企画した例はサルヴァドール・ダリで、後年の脱力作品にまで下駄をはかせていました。またアンディー・ウォーホルの虚構は早めに表に出て、二度楽しませてくれました。
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|10-22|芸術の秘密と謎||TOP↑
プロの将棋ソフト不正疑惑の騒動です。タイトル戦で一手指すごとに別室で休憩をとったプロが怪しいと。スマホなどで、将棋ソフトの指南を得ていた疑惑で、数年前の大学入試ネット質問カンニング事件を連想させます。

すでにチェスはコンピューターが人間を超えていて、将棋はまだまだと言われながらもAI(人工知能)がおおむね上回ったそうです。おもしろいのは、AIが指す手は人間が指す手と違うというプロの情報です。

コンピューターアルゴリズム(思考手順)は何種類もあり、パラレルワールド的に未来を分岐させ、成功する手を抽出する手順がまずあります。他の方法に、場面を大量に記憶させ現状と照合させる手順も考えられます。

AIは人間の思考よりもはるかに先の手までシミュレーションするはずで、人間ならやらない意外な指し手を選ぶ傾向があります。ある場面で指したとたんに、高段者のプロ棋士は「この指し手は相手の傾向と違うし、人間とも違うぞ」と感じるそうで。

AIの弟子となって将棋を勉強した人が、AIふうの差し手を覚えて脳の使い方がAI的に変化するかについては、プロでないと不明です。

それならと、人工知能で美術を作って補正なしに完成させれば、人間離れした作品になるかも。ただし、詰めるという単一の目的がないから、アルゴリズムを設計する時点で意外性が消えてヤラセになっていますが。
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|10-20|芸術の秘密と謎||TOP↑
ジャパンフェスティバルベルリン2017

2017年1月21~22日開催の会場確保を済ませました。すでに新作のブランド絵はがきや、ジクレー版画も準備し始めていますが、これから版づくりが本格化します。

ジャパン・フェスティバルという名称は世界各国にあり、現地起業家が結成した個別の団体です。フランスが特に有名で、後発のベルリンではサブカルデザイングッズと対比して、芸術作品の階が用意されます。

在ドイツ団体や現地ショップのエントリーが多いから、日本からの遠征展示は珍しがられます。全体も芸術の階も、お客動員が伸びて拡大中なので、こちらも常連の顔をつくろうと考え連続出展しています。

国内の一部デザイン系やアート系フェスティバルとの違いは、縁のない知らない人が普通に大勢集まってくる点です。内輪の集いの趣にならないのは内外差で、ここでは現地ファンの獲得も意識しています。

お客にコレクターや業界人も混じり、買うかヘッドハントが目的にあり、物見遊山が主目的の日本と違うのは欧米アートフェアの特徴です。こちらも相手の買うレンジに入れたり際どく外す編集作業で対応し、エントリー名義も今回は日本のデジタル出版社としています。
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|10-18|作品の募集||TOP↑
ネットでライティング(文筆)の仕事募集が増えています。ところが、初心者のしかも女性を歓迎する仕事が多いことに気づきます。文筆は10年単位の経験に、難解な業務遂行の場数を経て、やっとものになります。

新聞社トップの自伝によく出てきます。入社1年ごろに記事をまかされ、やっと書き上げた原稿を上司に渡すと、話にならんなとズタボロに添削され、ベテランのペンに差し替えられ、ふてくされた若き日を振り返る。数年後にそのボツ原稿が出てきて、読んでみるとひどすぎて呆然となる結末。

これがプロ作文の現実なのに初心者を求める目的は、登録手数料と教書販売でしょう。中年男性を相手にしないのは、消費者センター通報や法的措置の行動力対策で、脅しに弱い若い女性がカモだともっぱらの噂。

最近絶賛されたクラウドソーシング仕事に若い女性の求人が増える一方、実力主義の依頼もあります。しかし条件が多い3000字で報酬500円とか、WEBトップページ制作4000円とか。実業界相場の数十分の一で、腕ある人は参加するや退会する実態報告が続々。キャベツ一玉9円の世界。

買い手市場が強まると、値崩れが起き、品質崩れが起き、業界崩れが起きる法則ですが、それを頭に置いて日本の新しい美術に目を向けてみるとします。以下省略。
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|10-16|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
美術館批判が日本で流行ったことがあります。発端は、山梨県の美術館がミレーの絵画を買った騒ぎで、一点豪華主義批判が噴出しました。「そんな古物はやめて近年のピカソやミロを買え」という主張も特に出てこなかったのは、抽象がわからなかったからでしょう。

そういう時代に、日本の大型美術展への批判がありました。応募が増えて入選も増えて、絵が二段掛けになってひどいという批判でした。ところがヨーロッパの美術展だと、絵を二段三段に並べるのはよくあります。上だけでなく、床に立て掛けたりも。

二段三段が平気なのは、あっちの展覧会が商品陳列の場だからです。お客の目的はアート散策や心の浄化ではなく、買い物です。絵が目の高さになくても、額がなくても全然平気。品ぞろえが豊富なのはありがたい。

お客は雰囲気や格式を乗り越えて作品をよく見ているから、会場の自由度も高く、ホテルの各室に作品を詰め込んだ展示会もありました。ヨーロッパでは、見るだけで買う物がないのが実は最悪です。

前に、外国展が初めてという参加美術家が、日本と違いすぎるドイツの展示光景に憤慨していました。日本の展覧会は売らない前提で、心休まる静的な場を求めたガラパゴスだから、無理もないことでした。アメリカと違いドイツの美術展では音楽は鳴らないから、日本に近いのですが。

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|10-14|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
最近、秋のご案内メールを全参加者へお送りしました。当然届くはずなのに、なぜか届いていないという方は、ご連絡ください。知らないうちにメールが不達になっているなどは、特にフリーメールで起きやすいからです。

フリーメールとは、Softbank、Googleなど一般プロバイダーが無料サービスしているメールアドレスです。メールソフトを使わず、WEBブラウザ上で送受信できるWEBメールの登録も、このアドレスを取得してからです。

フリーメールアドレスには使用期限があり、何カ月か送受信がないと停止されていたり、スパム対策で過剰な防御になっていたり、いつの間にか制限容量を超えた自動消滅もよく起きます。

アドレスが機能せずに、ネットから消えている瞬間が多い傾向がありますので、一般的には一時的限定使用が適していて、長期の業務使用ではフリーでないアドレスも必要になります。
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|10-13|その他||TOP↑
ヨーロッパでは作品を認めるか認めないかの判断が民主化しているから、アートフェアと呼ぶ市場(いちば)、バザーが一般化しています。アートメッセ(美術見本市)も、同じ意味です。価値観が逆の日本では、公募コンテスト展が一般的です。

ドイツには美術関連やデザイングッズ、他ジャンルの産物に拡大したアートイベントも多く、ジャパン・フェスティバル・ベルリンもその一種です。会場にフランスやアメリカ色はなく日本一色で、お客も日本ファンですが。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンも、純粋に売買の場です。出展作家を全然知らないお客も買い付けに来て、知人の輪の中で売買するサークルとは違います。同じフェスティバルと呼んでも、日本国内で開かれるタイプはどちらかといえば、知古の仲間の集いや同人オタクの親睦会の趣です。

日本人がヨーロッパ式で最も違和感があるのは、美術の商品化でしょう。日本の公募コンテスト展では作品に値段をつけず、売らない前提だからです。自作品の値段を初めて考える場合も多くなります。市場規模がドイツは大きく日本がごく小さいのは、当然の成り行きでしょう。

だから日本の美術家はプロ化せず、いわばハイアマチュア相当が多くなっています。スポーツのプロとアマのような違いが、海外アートと日本アートの間にもあるようです。
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|10-10|作品の募集||TOP↑
前回のジャパン・フェスティバル・ベルリンでは、2点のジクレー版画をいずれも1日間、180度か90度回って展示するミスがありました。天地逆と横倒しに掛けてしまい、それらは次回に1日ずつ再展示する予定です。

現場で絵の向きを間違って飾る問題は、前回も力を入れていた作家サインの日欧差と実は関係があります。ジクレー編集の、「編集」とは何かという疑問にも関連していて。版画は量産アートなので、目的は見本よりも商品実物です。

ヨーロッパ向け商品として、サインは日本よりも重要です。デジタル制作のCGや写真系以外は原画の拡大縮小なので、サインの調整が増えます。売れた作品のいくつかは、サインを作者にやり直してもらったり、サイン案を複数書いてもらうなど、買う値打ちを上げようと講じました。

なぜ欧州の購入客がサインを重視するかは、要するに購入するからです。日本では買わないからサインはどうでもいい。ジクレー編集は、照明ムラやピントムラ、解像度の適合作業以外に、サインの位置や濃さにかなりの時間をかけます。同じ作家の別作品で筆跡を変えたり。

全作の中で2名の4点のみ作者がサインなしを希望し、うち1点だけはこちらから説得してサインを入れました。3点だけがサインなしでの出品となり、その3点中2点が間違った向きで壁に掛けられました。
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|10-09|ジクレー版画物語||TOP↑
ベルリンにはドイツと日本以外に、フランスやイタリア、アメリカ、ロシアからも美術が集まっています。二つの戦いが繰り広げられ、ひとつは作品の量と質の戦い、もうひとつは各国マネーの戦い。ジャパン作品とジャパンマネーが強ければ、現地で優位に立てます。

ジャパン作品の量と質は、日本国内美術の活性度に相関するでしょう。日本のハンデは、現代美術や現代写真の市場が国内でかすんでいる点です。この30年のその変化を知ろうと、9月に東京の展示場を使ってみました。「2+1展」の東京巡回計画が発端で。

日独の差は、国民が美術展へ行く理由にも表れます。ドイツのお客は、欲しい物を探して展示場を回ります。それに対して日本のお客は、見て楽しむ目的です。ドイツは買う前提、日本は買わない前提。

ドイツでは、買うに値しない物ばかりだとお客は落胆します。それに対して日本ではどんな作品でも怒らず受け流せて、一見すれば心が広い寛容な国民に映ります。これは、買わない前提で生じたトリックです。

だから、本物の芸術創造は日本で生まれやすく、その日本でスルーされておしまい。同時に「小学4年生のような絵」(幼児のような絵ではなく)も、日本で出やすい理屈です。玉石混交ぶりが、日本の方が大きいはず。

ジャパン・フェスティバル・ベルリンの作品編集に入りますが、もちろん欧州式の会場なので相手は買う物を見つけに来ます。こちらも商談に強い版画に仕立て、日本ではあまり考えずに済んだ値段づけにも時間をさきます。
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|10-07|ドイツ事情スケッチ||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

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