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電器のサンヨーはすでになく、シャープは外国に買い取られ、東芝も倒れようとしています。これを時代の流れと感じる人は、過去の流れを知らない若い一群でしょう。なぜなら、「これからの時代は株主優先へと大きく変えることが、日本復活の唯一の選択肢」という、90年代後半から進めた国家変革の結果がこれだから。

労働者の所得を大きく落とす政策で、バブル後に傾いた企業が助かる約束だったのです。日本をデフレの格差社会に変えて、奴隷制とまで言われる賃下げを行い、引き換えに企業コストが軽減して立ち直り、経済大国へと返り咲く筋書きでした。だから国民も長い年月がまんできた。

ところが、搾取された従業員だけでなく搾取した企業までが、今になって没落を始めて消滅してびっくり。時代の流れではなく、国の運営を間違ったのです。企業強化のために国民が貧乏に甘んじた98年からの19年に、企業も仲よく倒れる誰トク状態で、笑うところなのか泣くところなのか。

要するに19年間、日本国民はだまされました。上が下をだましたのではなく、上も下もだまされた。だましたのは、株主最優先を熱く唱えた投資家たちが疑わしい。しかも少数。それらグローバリストは帰属意識がなく、どの国がどうなっても金以外に関心はない。文化が壊れても平気なタイプ。

おもしろいのはだまされた被害意識の薄さで、イギリスやアメリカやオランダの変化をレイシズムとしか思わない層の幅広さに表れています。金銭感覚でなく人種感覚で世界が動くとの奇妙な思考。案の定、90年代のテレビ議論も忘れ、時代の必然と勘違いして。いっぱい食わされた認識の欠如。

東芝は電器だけでみれば、『サザエさん』のスポンサーで知られる東芝ランプやアイロン程度に思えますが、日立と並んで外国に「日本すごい」と言わせた巨大インフラを数々実現した頭脳集団システムです。日本が捨てると大損以外に考えにくいのが、本来の流れでしょう。
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|03-29|美術の基盤は経済||TOP↑
小学校の道徳の授業で、「江戸しぐさ」なるものが一部の教科書にのって小さな騒ぎが起きました。江戸時代に常識だったとする日常の心がけが「江戸しぐさ」だという。しかし今の歴史学者は誰も知らず、記録にも落語にもなく。ないものを国会議員と官僚が信じ、教科書にのせました。

その教科書を批判する本によると、「江戸しぐさ」に出てくる川を渡る船内で席を譲るマナーは、馬も乗るから座席がない江戸の船ゆえ、嘘の話だとわかるという。「江戸しぐさ」は、現代の若者を調教する目的で江戸を名乗り、最近でっちあげた作法だと結論されています。

てんまつで気になったのは、「江戸しぐさ」の資料が残っていない疑問への釈明です。愛国NPO法人の説明では、「江戸しぐさ」を伝承する江戸っ子たち全員を、明治政府が虐殺して葬ったせいで、いったん途絶えたのだと。途絶えたのを僕らは復活させたくて、教科書にのせたのだと。

日本でそれはないねと多くが直感したはず。というのも、外国の人がたまげる日本史です。フランス革命のごとき貴族と市民の戦いではなく、話し合いで徳川幕府から朝廷へ権力を戻した大政奉還の穏便ぶりがそう。

江戸から明治へは、東京に改名して持ち上がっただけで、同じ中味です。明治への革命に内戦もなきに等しかった。市民虐殺を言い出したことで、日本の感覚とは異なる出自まで疑われ、騒ぎになったのでした。

大政奉還してトップから降りた徳川慶喜(よしのぶ)は文明開化に加わり、侯爵となり国会議員となったそう。その徳川慶喜の孫娘が、平成時代にラジオ番組に出たことがあります。慶喜の質素な人柄と、彼が大好物だった鰹節の逸話を披露してくれました。
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|03-28|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
小学校の新科目となる「道徳」の教科書検定で、郷土愛不足の意見に対して、パン屋を和菓子屋に取り替えて合格した事例が報道されました。これを聞いた日本では、明治時代の「あんパン」開発を連想する人も多かったと思われ、調べると4月4日が「あんパンの日」だとか。

あんこを後付けでなくパンに内包してつくる方式で、和菓子に近い独自製法だったという。さらに連想して、「うぐいすパン」や「メロンパン(関西ではサンライズ)」など、日本発のパンがけっこうあります。しかし、海外からの注目はそのあたりにとどまらず。

来日旅行客が話題にした、トンデモなパンも連想しました。試食しマニア化したり、絶対食べない宣言も出る4種です。「やきそばパン」「スパゲティーパン」「カレーパン」「ポテトサラダパン」という、いわゆる調理パンがそれ。海外で驚かれる理由のひとつは、炭水化物同士のセットだから。

小さな手作りパン屋を持ちたい人がけっこう多いのは、自分が食べたい以外に、独自の工夫の余地が望めることもあるでしょう。市販の手作りパンを見て改良の余地を感じ、色々と思いついている場合もあろうし。成否は水ものではなく、能力主義的な要因が大きいし。価格破壊も不要。

ルーツが洋物のパンでは、郷土愛や愛国にならない暗黙の諒解だったのでしょう。が、かりんとうや金平糖などの専門店にくらべ、パン屋は日本色を出せる創造的な場に変わっているから、教科書で位置づけ直せたかも。古きを守る伝統ではなく、新しきをつくる伝統として。

同時に、もっとくだらないことも連想しました。パン屋と和菓子屋の呼び方です。XX屋の呼称は放送禁止用語の一種であり、XX店やXX業と言い換える自主規制が放送局にありました。今回は規制しませんでした。
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|03-26|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリン2017で、菓子の出展が気になりました。市販のパッケージ商品がきれいに並べられた写真。前からですが、世界中で日本の菓子が人気で、ほとんど依存症的なファンもいて、SNSやブログのおもしろ来日体験記にも出てきます。

菓子は加工食品であり、保存食です。この分野で日本製品の完成度を感じたのは、1960年代でした。親族に輸入雑貨の店主がいて、外国の菓子をたくさん送ってくれたのです。板チョコレートや粒キャンデー。カルミンやレモンドライのタイプが多く。

赤い網の袋に、エキゾティックなお菓子が詰めてあり、きれいな包装紙が印象的でした。色々な種類のお菓子が、量もどっさりで。ところが、試しに食べてみると全くびっくり。思いっきりまずい上に、とても薬臭かったからです。とにかく、お菓子らしい味がしない。

板チョコは薬品臭ばかりが強くて、カカオの香りや砂糖の甘さが皆無。まるで食べ物ではないみたい。砕ける粒タイプのキャンデー類は、フルーツ味のはずが味をつけ忘れたような感じで、本当に新品なのか疑ったほどでした。そしてやはり、医薬品のようなにおいばかりが強くて。

外国ではこれがおいしいのか、国によって味覚がこんなに違うのか。そんなわけはないだろうと疑問が残りました。それが近年の日本製菓子の世界的人気で、やはりそうだったのかと納得。クオリティーの内外差だと。

超人気の菓子は初登場が古い場合も多く、ロングセラーになっています。一方で後発の菓子は、新鮮な個性派として企画されるようです。美術作品に本来期待されるような、クリエイティブな商品展開がみられます。
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|03-24|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
サクラの季節になると出る話題に、花見のサクラ並木に多い種ソメイヨシノの由来があります。今ならDNA鑑定でわかるはずだと思っていたら、すでに調査が進み日本の在来種同士の交配種と確定しているそうです。

日本の古い物産の由来は、二つの運搬コースが言われてきました。ひとつはペルシャ、インド、そして随や唐など現中国から、物々が海を渡って来たもの。正倉院の宝物が一例の、シルクロード。もうひとつは、いわゆる南方と呼んだ東南アジアから、沖縄を経るなどして本土に着いたもの。

ソメイヨシノもそれらのコースが推定されて謎でしたが、実は人が住まない太古から自生していた種が直系と判明し、ついでに歴史ロマンもしぼんだかも知れません。命ある生き物だからわかりやすい。そして在来種の交雑比は不詳でも、挿し木は人為的で昔の日本人が広めたことも確か。

観賞用に花びらが大型化され、日本中の並木は同一個体のクローンらしい。そのソメイヨシノがワシントンにも輸出されていて、寒波でまとまった数が枯れたニュースがあり、もしかすると日本から再び送るのかも。

写真の世界ではサクラをきれいに撮るのは難しく、目で見た印象と違う雰囲気になり、意外に絵になりにくいのです。理由のひとつは、ソメイヨシノの花の色が微妙すぎて、機材で生じるカラーフェイリア(色味のずれ誤差)が勝ってしまう点もあるでしょう。

サクラの花は何色かというクイズがあり、ピンクと思っても実際はかなり白色に近い。その落差はよく心理色で説明されますが、山沿いに見るヤマザクラがソメイヨシノより赤い花に見えるのは別の理屈です。花は白でも新芽が赤いから、印象派絵画の効果です。遠景と接写で違って見えます。
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|03-19|世界に伝えたい日本の奥義||TOP↑
新自由主義経済を基盤とするグローバリズム社会は、70年代イギリスのサッチャー首相が始めた説が有力です。レーガン大統領のあの頃。その先端にあるEUからイギリスが降りたということは、世界にトレンドをもたらせる国は相変わらずイギリスということかも。

1パーセントの人が99パーセントから搾取するグローバリズムは、日本では宅配荷物の激増に表れています。激務で低賃金のトラック運転手が足りない問題ですが、要するに送料無料の通販店のみ繁盛して、引き換えに日本全国にシャッター通りが増えた現象です。貧困ニッポン。

マスコミのうち放送局は、電波周波数に限りがあるから自由参入に脅かされない既得権ゆえ、1パーセント側に自動的に属します。日本ではその株式を他国政府が買える甘さで、放送局はグローバル企業の顔です。

その放送局から流す情報が偏向していると日本で言われて久しく、しかしそれを表の争点にしたのは、何と日本の大先輩たるアメリカでした。日本にグローバリズムを伝授し、江戸時代に確立した大和国の構造まで変えさせた張本人なのに。

偏向情報で目立つのはグローバリズム礼賛と、反対勢力への批判です。要するに1パーセントを「理性的」、99パーセントの動きを「感情的」と伝える言葉です。反グローバリズム政治家や支持者に、「感情的になるな」とアナウンスするパターン。毎日毎日、耳タコなほど。

より低賃金でも働く移民難民を利用する、1パーセント側の金欲しさに尽くすヨイショなのに、正義はこっちと引っ張る報道の論調。そこが震源地で、世界を不穏にしテロの下地を用意する構図です。それでは国がもたないと言い出したのが英米で、40年かけて片寄りがひどくなった世界を、今から是正するリーダー争いが最先端の政局です。
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|03-18|美術の基盤は経済||TOP↑
美術作品写真
鈴木香織展
銀座K's Gallery-an
東京都中央区銀座1-13-4大和銀座一ビル6F
2017年3月13日(月)~18日(土)
平 12:00~19:00
金 12:00~20:00
土 11:30~17:00
Kaori SUZUKI 作品撰集サイト
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|03-16|参加者ニュース||TOP↑
あれから6年、全く風化していないのがよいことなのか、しかし今またテレビ番組で特集するせいではなく、現実に東北からの話題も減っていて国民の心に引っかかっています。復興作業も現在進行形になっていて、一段落がついていません。

よりにもよって不況の二番底の、次の三番底が来るぞと言われていた時の天災でした。比較的羽振りがよかった芸能関係や、大企業からの大きい寄付以外は長く続かず、復興税も小さいものにとどまっています。まだバブル気味だった阪神淡路との差になっています。

復興予算が復興以外の別方面に多く流用されたことも知られ、日本は決定的に貧乏状態です。地震災害を逆手に取る、強引な景気アップには結局できなかったみたいで。以後の6年もグローバリズムのデフレスパイラルを深め続け、中高年の実質失業率も上がる一方。

海水が入ってきた地では、当初は大胆な都市計画も考えられました。宅地をいくらか高台にずらしたり、上げ底型の集合住宅を増やすのはどの程度実施できたか。ほとんどは、低地に再びまちづくりして何だかなあというところもあります。

参加者の中にも、復興ボランティア向けのプリントTシャツをデザインして、ロイヤリティーを赤十字に寄付するチャリティー商品に参加した方がいるでしょう。美術界からの資金はささやかな規模にとどまり、日本の中で重みがない業界だと実感したものです。

強いて言えば、巨大災害で日本は目立ち、欧米のアート展で日本特集が増えたぐらいでしょう。この勢いが内需にもつながればという、ささやかな希望はあります。
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|03-11|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
カメラ業界もまた不況業種の近傍にいて、その原因は携帯電話機にカメラ機能があるからでしょう。ネットでも、携帯電話があればカメラは永久的に不要という声がみられます。

最新の携帯電話カメラの画質の良否を検証するために、一眼レフカメラとスマホカメラで撮りくらべた画像がよく出ています。大きな違いは、色の再現性です。その差は、日中の晴天で目立たず、室内や暗がり、またライト類が画面内に入ると目立ちます。出版DTPの現場では困りものです。

一般に小さいカメラほど撮像センサーも小さいから、レンズを通して焦点を結んだ一画素ずつの色を、よりアバウトな精度で受け取ります。それを自動処理で補完計算し、推測値で埋めて記録します。暗部に発生する偽色(ぎしょく)もそうです。小さいカメラほど補う量が増えます。レンズも小さいので、結んだ焦点の精度も低い。専門用語で言えば、収差が大きい。

略式の小さなカメラは、白と白の違い、黒と黒の違いの描写が苦手です。クリーム色など明色が白一色に飛んだり、ぐんじょう色の服が後の黒カーテンと分離せず、溶け込んだりします。オークション画像で、黒服が濃灰のシルエット状に写るのも同じ性能不足です。布の凹凸が写らない。

ぱっと見重視できれいにつくろった画像なので、出版向けの調整であまりに時間を食い、十倍ですまない効率の差になります。どんなにいじっても、プロのクオリティーにならない。意外にWEBサイトの美術作品も、撮影カメラで見栄えの差がはっきり出ます。

プロカメラマン以外は携帯で十分という結論を見かけますが、これは日本人の美的感覚が落ちた証明とは違うでしょう。25年めの平成大不況で所得減がさらに続いて、「読みたい本がない」「乗りたい車がない」「行きたいデパートがない」と同様、カメラもまたイソップ物語のぶどうだからです。
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|03-10|写真とカメラの話題||TOP↑
テレビのお宝鑑定番組で、世界的な発見となる、日本の国宝級が出てきた「曜変天目茶碗」の話題です。奇妙な展開になっていますが、登場した双方に大きい疑問があります。

まず鑑定団への疑問は、あの茶碗を曜変天目茶碗だと決めた理由です。天目釉は普通に市販もされる本釉のひとつで、黒い茶碗になります。そして他の本釉と同様に、不純物や外因が加わると、窯変と呼ぶ色や肌触りの異変が起きます。偶然性も含め、陶芸のおもしろさの一面です。

曜変天目茶碗にはくっきりした水玉模様が散在し、そのルックスを「曜変」と呼びます。水玉がある場合と、ない場合の二種類があったりしません。白馬は必ず白毛に決まっているのと同じこと。だから水玉模様が一個もない茶碗を、曜変天目と決めたことが不思議なのです。栗色なのに、なぜに白馬と呼ぶのかという疑問。

そして否定派の最先端にいる研究家兼陶芸家にも、別の不思議がありました。水玉模様がなく、青赤ピンクに輝くミラクルな反射も皆無だから、曜変天目茶碗とは思えないという話で始まりました。なのに途中から、「にせ物」という表現が混入していました。

そもそも似ていないのだから、にせ物ではありません。曜変を模した偽造の可能性なし。曜変天目の贋作かもと疑う対象ではないのです。最初から贋作事件とは違います。真贋は争点ではない。本物か、それともにせ物かを調べる検証は、話がずれまくっています。ぬいぐるみではなく、本物の馬とわかっても、そこは栗色白馬の争点ではない。

カニ風カマボコを指して、ニセのズワイガニかもと疑うならわかります。ところが、ちくわを指してニセのズワイガニかもと疑うと、焦点が複数に割れて混乱するはずです。話のわかる人はいないのか、という疑問がありました。
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|03-07|ニッポン事情スケッチ||TOP↑
経済の話題が、ここで多くなっています。芸術文化は経済力が支えるからで、逸品は好景気で出やすい傾向もあるらしく。見て買う側の財力もそうですが、作者が制作に時間をさけない限り、創造のイコンは生まれない理屈です。貧困社会の芸術は貧困。

日本ではまず誰もやらないこと、アート関連サイト訪問をやってきました。その昔、CG画ショップでデジタル作家に参加してもらう目的でした。そしてやはりはっきりした時代変化は、2005年にはまだ多かったアート紹介総合サイトが、以後は消える一方だったこと。

さらに2012年あたりから、今度は美術家サイトやイラストレーターブログなどが次々と消えました。その後はリンク切れどころか運営もやめて、活動休止や撤退したケースが多いのです。要するに、不況によって美術家が減っています。

どういうタイプだったかといえば、「絵が好きで、色々描きますのでよろしく」というのが多かったような。「自分もそのタイプだけど、もっと確かな理念もあります」という方なら、そうはならない違うタイプかも知れません。

おそらく、好きで上手なだけにとどまらない、独自の目標や使命感でもない限り、美術は持続しないのでしょう。関わって得るものが乏しいと迷い出すのでしょう。生活必需品でなく、資格のいらない自由参入だし。

しかし実際に家計の問題で活動中止や撤退するケースを知ると、市場問題も考えます。売買がそこそこ盛んな市場がないと、どうにもならない気がします。美術祭に参加してわいわいやる盛り上がりよりも、日常的な売買の雰囲気がまず必要でしょう。ドイツにあっても、日本にないから。
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|03-02|作家方針の工夫||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

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