日本は製品もサービスも質が高いと外国から称賛されますが、やりすぎと言う声もあります。そこで価格破壊だけでなく値上げで飛び出したU社は、付加価値つきのワイシャツを高く売り始めました。通常1600円ほどのワイシャツを、部分オーダー可能で2900円にしたという。

この商品を買ってリポートしたニュース記者がいて、普通なら7000円するオーダー品を、ここまで安くできたU社をたたえました。続いて欠点もあげ始めました。ここも、そこも、オーダーできればベストだったと、他社とくらべた不足分を次々と指摘して。

「出たあ、モンスタークレーマー」と、ネットに飛び交う批判。「安物に高額品の高性能を強いる悪質ユーザー登場だ」と。物足りないから安くできたわけで、全部そろった商品なら2900円でなく7000円で売れる道理です。

「安い価格」の意味を、勘違いする人が増えた指摘があります。相場より安い製品は、必ず劣っています。一例が激安トンカツ弁当で、ISO14001に則って廃棄された古いトンカツの生ゴミを、途中で誰かが拾い集めて入れたから激安で出せた話。ゴミの使用をやめたら、価格は上がる。

逆に変に高い弁当を買うと申し分なく美味だった体験は、鉄道駅の売店などであります。思い出したきっかけは、パソコンパーツです。「玄人志向」なる国内ブランドは、ユーザーの自力救済を条件に安価ですが、サポートが弱点だとの勘違い苦情がやはり出て、別の人に叩かれていました。

パソコンパーツはボックス(リテール)品とバルク品に分かれ、ハードディスクなら12000円と7000円の違いがあります。中味は完全に同じで、安い方は詳しいユーザー向けです。しかし最近、中グレードの電源ユニットを買うと初期不良でした。不良品に慣れたユーザー向け。
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|07-29|その他||TOP↑
新人の勢いに押されて、停滞している部分を動かそうとしています。ひとつは、個展と少数精鋭展の復活です。ベルリンは変化が激しく、前の場所が消えてこちらの判断もノロノロしていました。新スタッフの力で、今からまた下準備の準備です。

通常のグループ展示を減らした理由は、ドイツのお客の目が高度化したからです。向こうとしてもお試し的な見学は卒業して、新しい価値を具体的に探し出しました。そこで個展や2人展など少数精鋭型に進めたのでした。

なかなか場所決めが進まない理由は、日本のようなレンタルギャラリーがあまりないからです。日本によくある、払えば自由に使える貸しスペースが流行りません。会場オーナーが内容を選ぶ前提で、日本作品のタイプにもその好みが反映されます。

もうひとつ、南アジア国ルートを調査中です。全く未知数で、個人作家サイトからのつながりですが、経済成長している南アジアの親日国で展示会を考えました。エキサイティングな場は、欧米国に限りませんから。

資金さえあれば何でもできますが、あいにくジャパンマネーは絶不況中です。日本は裕福な国だと思われているうちが華という面は、確かにあるでしょう。テストにはドイツで展示済みのジクレー版画を使う予定で、売却済み作品の増刷も考えます。

全ては、日本のある流れと競争しています。国内は構造改革者の進言でデフレを強めGDPを下げる政策がとられており、当然ながら付加価値の代表格である美術品は絶滅危惧種。為政者たちが未来を放棄した暗い日本から、明るい外国へ出なければ、誰も助からない危機は感じています。
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|07-27|物語の局面||TOP↑
「日本はもう経済成長しないから、それに合わせた国づくりを考えるべき」と、ひんぱんに耳にした7年間でした。しかしこの言い方は、20代の若者にはむごい。しかも70代の名士が言っていれば、若者も頭に来るはず。当人は過去の経済成長で財を得て、余裕の笑顔で日本沈没を容認する。

そもそもこの25年間、アメリカもEU国もブリックス国も東南アジアも、経済成長しました。フランスもドイツもG20も。例外的に日本だけが一人、GDPの横ばいを続けたのが統計。相対的にランクは急直下。これでいいのだと永遠の斜陽にゴーサインを出す者の悪影響で、国内空気はよどむばかり。

国ぐるみ25年間も落ち続け、少子化にも拍車がかかりました。それを結婚しない特殊で奇妙な若者たちが出現したせいにして、連中が日本を傾けた主犯とするのは、奇妙な責任転嫁でしょう。

最近経済新聞が、さらに奇妙な論を情報発信しました。若者たちがシェアハウスに住み込んだ現状を指して、昭和末期の漫画『めぞん一刻』のほのぼのとした下宿を引き合いに、人情と絆を大事にする新たな生き方を始めた、今の若者を評価するコラムでした。

そうじゃなくて、満足な家賃が払えない低所得ゆえのシェアハウスでしょう。6万円のマンションは手が届かず、3万円のシェアハウスへ若者たちの暮らしの質が落ちた。貧乏だから家のシェアを余儀なくされているだけ。路上生活の一歩手前。美しい思想の台頭ではなく、貧困社会の表れです。

退却を転進と言い替える報道の伝統。デフレと搾取の肯定。支配者層の世論操作に、若者は勝たなければいけません。負けたら日本はさらに縮みゆく。仮に東南アジアの人がこの地に来ても、伸びずに縮む大前提の空気になじめず、母国よりは夢がないと一年半で気づくでしょう。
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|07-25|美術の基盤は経済||TOP↑
暑い一日が連日のニュースネタですが、過去との比較で「昔はここまで暑くなかった」という言い方が聞こえてきます。データとしても、日本は昔よりも最高気温や平均気温が上がっていたはず。そして、その理由はわかりきったことです。

昔の暑さはましだったとカメラに答える人は、今の方が太陽エネルギー照射が増えたという、例の地球温暖化をイメージしているのかも知れません。しかし世界の科学者が恐れているのは寒冷化の方であり、日本が暑くなった最大の原因はペイヴメント面積の増加です。

造園分野には、地面に敷く素材で周囲環境がどう変わるかのデータハンドブックがあります。土や芝生、池などにくらべ、アスファルト、コンクリート、レンガ敷きなどは、はっきり体感するほど気温が上がります。文明の進歩で、都市が暑くなるパターン。

都会を歩くと、さらに冷房のラジエーターからの送風が歩道に吹いたりして暑い暑い。街の中に空き地や鎮守の森、沼地などが減って駐車場やビルに変わると、どんどん暑い夏になっていきます。

こうして、硬質な素材で地表を覆うことによって、その地域全体の気温までが人災的に上がる変化を、ヒートアイランド現象と呼んでいます。それを裏づける証拠は、ネット地図に見られます。グーグルマップで故郷を見ると、山も谷も田園風景も消えて均質な住宅地になっていたりします。

そして自然が残っている所は、限界集落などとなって人が住むに適さなくなっているようです。ある人口密度を境にして、住宅地がゴースト化していたりもします。
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|07-22|その他||TOP↑
市販パソコンも自作パソコンも、ある頃からドライバープログラムに由来しないメカの故障が増えました。昔のパソコンの方が安定しており、今のパソコンは不安定です。

今の方が動作が不安定な原因は、大規模集積回路のプロセスルールが微細になった以上に、周波数の上昇です。メガヘルツから、ギガヘルツというあれ。デジタル信号を人が話す声にたとえると、昔は大声でゆっくりしゃべりました。今は小声で非常に早口です。小声は省エネが目的。

今のパソコンの突然の不調は、多くの場合メモリーが原因です。たとえば2008年のノートパソコンでは、起動したりしなかったりの不規則な挙動がひんぱんで、社員たちはソフトの再インストールに翻弄されました。

実際はOSの入れ直しは無意味で、原因はメモリーの接触不良です。そこで同型ノートが多くある企業では、互いにメモリーを交換したり、二枚差しの場合は一枚ずつ確かめて、犯人を特定します。

やっと真犯人はこのメモリーとわかり、何気なく一台のノートパソコンに差すと、あっさり起動したり。ギャフンと振り出しに戻り、途方に暮れる結末。デスクトップもノートも、起動不良や突然プツンと落ちる場合は、分解してメモリーモジュールを抜いて差せば、復活する確率が高い時代です。

しかしメモリーがいよいよダメか、電源やメインボードがダメとわかった時に、どうするか。暑い日には熱暴走を疑います。重い映像データを延々と映す時など、半導体内のジュール熱によって、突然倒れます。いわばパソコンの熱中症で、冷えるといつもどおり起動する簡単な解決法。
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|07-17|パソコンとネット関連||TOP↑
その昔、西部劇の映画でカウボーイだかガンマンだかが、ハーモニカで吹いたメロディーだったから、映画のサウンドトラック用としての作曲だと思っていました。後に、実は古いアイルランド民謡だと知った曲。

ある女性が採譜記録した後に、アイルランドのロンドンデリー州の人が世に紹介したので、『ロンドンデリーの歌』と呼ばれます。アイルランド島北部の陸続きで、現在の国籍はUK(イギリス)になります。

後世に何種類も歌詞が当てられ、フレデリック・ウェザリーの作詞でヒットした同曲が『ダニー・ボーイ』。題名からして、アメリカの西部劇を連想させます。西部開拓史の、いわゆるボウイ・ナイフなどがすぐに浮かんで。その曲に当てた和音が日欧で異なる理由が気になります。

冒頭の歌詞「Oh Danny boy the pipes the pipes are calling」の、「オー」で始まって「パイ」の部分でどの和音を当てるかで、ヨーロッパと日本では趣味が異ります。ヨーロッパでは「オー」はメジャー・セブンス・コードで始まり、「パイ」でセブンス・コードにチェンジすることが多い。ググッと変化する劇的な展開が、どうやら欧州人の趣味です。ダイナミズム優先。

対して日本人が歌うバージョンでは、「パイ」の部分もメジャー・セブンスのまま、チェンジしないアレンジが多いのです。だから、ヨーロッパ式バージョンはクラシック名曲やジャズのコンボ演奏ふうに聴こえ、日本式バージョンはイージーリスニングか童謡ふうです。平坦で抑揚が乏しい。

ヨーロッパ式はドラマチックな都会型で、日本式はのどかな田園型という違い。この違いは、双方のあらゆる表現物に広くみられます。日本の制作物をヨーロッパへ持ち込むと、より薄まった表現に感じられ、主張不足に受け取られやすいと一応は推測できます。
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|07-12|芸術の秘密と謎||TOP↑
企画の準備で重点を置くのは、売れる傾向と対策です。しかし作品を売る意識は、日本にいるとあまり感じないものです。一因は、日本の団体展の多くが公募コンテストだから。

審査という関門が頭にあるから、誰に向かって絵をかくかの自由度はやはり制限され、お客の存在がかすんでいます。日本の新作アート全般が何となく帯びる固い雰囲気は、いうなれば受験生の態度と似たものだったのです。しかも、コンテストでは作品を売らないことも多いという。

ドイツで売れている作品には、概して「自分の腕を試す」式とは全く違う自由感があります。審査員が狭い人間かも知れない想定におびえる気配がただよわず、自分の声を自然に出せている伸び伸び感が強い。何かに忠実たろうとする萎縮が感じられません。

日本の新しい作品はどこかに「資格試験の実技」「技能検定」的な雰囲気をかもしていることは、ドイツに持ち込むとよくわかります。アートが民主化、民営化、一般化している欧米の目には、統制と教条を感じる作品でしょう。ジャパニーズ・リクルート・アート。

日本ではコンテスト以外の個展やグループ展も、仲間内の顔見せ的な発表会が多いようです。目の保養や心の糧とする目的の鑑賞会であり、他人が所有目的で偵察に来る前提じゃない。そこがドイツは異なり、日本での当落基準とは無関係に市民がチェックする市場が活況です。

ドイツで好評だった場で売れはしなかった場合、そこを出発点に作品改良を考えます。その回は早く忘れて次に行こうと焦るのをやめて、作品をどういじれば売れるかを一歩ずつ検証する考えです。この作業を企画化するために、もう実験を始めています。
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|07-08|ドイツ事情スケッチ||TOP↑
この頃こちらでよく使う語に、一般化と特殊化があります。たとえば、日本でよく話題になった現代アートフェスティバルです。過疎の地方で、アートを核としたまちづくりイベント。テレビやラジオのトレンド特集ニュースになり、現代アートが街を復興する推進力となる話題でした。

しかし冷静に考えると、ニュースの文脈は地方都市の衰退と、対する東京一極集中です。人類史上最大の都市圏トーキョーにヒト・モノ・カネを集結させる政策で、当然の成り行きでさびれゆく地方郡部が生じ、奥の手として現代アートとタッグを組んだ印象。現代アートがUターン?。

これを特殊化と呼ぶ根拠は、日本国内で現代美術は今も特別ゲスト扱いされ、たとえば1960年代の「読売アンデパンダン展」から地位が上がっていない歴史です。現代アートが最近になって台頭しているみたいなマスコミ扱いですが、半世紀前の現代美術の方が盛り上がっていました。

現代アートは欧米では一般化していて、日本では特殊化しています。たとえば日々の暮らしの中に現代アートはなく、あくまでもスペシャルイベントでの出番です。家庭など身辺に現代作品は見当たらず、遠くへ出向いて出会う棲み分け。要は、珍しい出し物の地位が日本の現代アート。

街づくりにアートを使った行政と民間イベントは、実はバブルより前の1980年代に大流行しました。雑誌「ブルータス」の頃。鉄道駅前に銅像やステンレス彫刻をどんどん置いた、いわゆる「彫刻のあるまちづくり」もその一環。後に彫刻は撤去され、今は減っていますが。

最近になって現代アートが過疎の町へ集結する様子は、その昔にアート街づくり推進に関わった者からみると、「また振り出しに戻っていて、若き日の苦労が実を結んでいない」という話。現代美術は、昔も今もニューカマー役から動いていない。これが特殊化です。あの頃よりむしろ都落ちして、地方ドサ回りみたい。ドイツでは現代アートは一般化し、全く違う状況です。
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|07-01|ドイツ事情スケッチ||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

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