ヨーロッパに作品を出す時、スケッチふう略画を選ぶ画家がいます。たいてい若い方ですが、通用しにくいのです。別にヨーロッパに限らない話で。

大画家の画集や回顧展の図録などに、よくサラサラとシンプルに筆のすさびを表した絵が掲載されています。そうした温かい人柄を感じさせる味わい深い絵でもだめなのか、という疑問も出るでしょう。それは大画家だから許される余技です。「大物だから」の言い方には、尊敬以外も含みます。

社会をゆるがす事件が起きると、ジャーナルが大物人物のコメントを出します。そのコメントに中味がないなあ、誰でも言えるなあと感じることがあるはず。ジャーナルが狙ったのは、ハロー効果と呼ぶ心理現象です。「たいへんなことが起きて驚き、深刻さに憂慮します」と、道行く主婦が言ってもだめで、著名な大物が言うと一転して視聴者は重く受け止めます。

誰が言ったかによって感じるものに大差が生じる人間のいい加減な心理を、ジャーナルは販売促進に使うわけです。一種の名前借り。たまたま道行く主婦の正体が、大物の評論文を手がけるプロのゴーストエッセイストだったりすると、笑えない笑い話になります。

新進の画家が小手調べ的な作品を送っても、ヨーロッパの大物が同じことをやった場合のテイストを、相手は感じてくれません。突き詰めれば、大物もたいしたことをやっていない証拠でもあり、自己ベストとハロー効果で成り立つ面があります。

新進画家も、わずかな自己ベストを手に挑むべきでしょう。デビュー時から略式作品で流すのではなくて。探せば2点は傑出品が隠れていて、でも本人の関心はそこになかったりもします。
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