美術を、コミュニケーションツールとみる着想があります。概念を伝える機能に注目し、情報伝達や情報工学など学問の対象にもできそうだし。そして鑑賞側は、この部分で間違いを犯しやすいのです。

というのも、ある絵が伝えたいことが喜びか悲しみかさえ、実はわからないからです。伝達内容をクイズと見立て答えても、永久に検証不能でしょう。そこから結論として出てくる「正解は作者のみ知る」という一般説は、さらなる間違いです。

たとえばムンクの『叫び』は、精神疾患の症状たる幻聴への耳ふさぎなのに、手をメガホンにして叫んだ絵と受け取るのが一般的です。作者と鑑賞者は、根本的にすれ違っています。ただしこのすれ違いを、「芸術を誤解した」とは言いません。普通は言わないという統計的な結果ではなく、そこを誤解と言ったらまずいという意味です。

「誤解した」とは、作品から伝言を読み取る時の間違ったアプローチを指します。これが誤解になる理由は、作品に託されたものは作者もよく知らないからです。『叫び』が精神を患った不安なのか、光明を得た超越感なのか、瞬間の心理は作者も記憶にありません。質問された作者が、そこで思いついて筋書きを後付けしたりして。

作者が込めていない意味を、鑑賞者が読み取るのに成功しても、さしたる意味もないでしょう。ただし創作の秘密はその部分にあります。妄想をかき立てる作品ほど、名作になる実態もそうでしょう。他人に伝わらない、渡さない部分に作品の真価があるという。
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