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モジリアニと画商の関係にここで触れた直後、パナマ文書とモジリアニ絵画のニュースが世界を駆けめぐりました。偶然、主役が一致。各国を財政破綻させるタックスヘイブン問題はG20が解決するとして、昔ナチスが持ち去ったモジリアニの絵が発見されたという話題です。

ところが見つかったモジリアニへの感想は、「へたすぎてあきれた」という声が日本に多くあります。へただと思う理由は、デッサンが狂っているから。つまり写真と絵を比較し、写真から遠い絵ほどへたとみなす感覚です。

この感覚が日本に多いのは、何を指して芸術と呼ぶのか、芸術性の強弱は何が尺度かを、常にぼかしてきたことと関係があります。誤解している者がこの分野を偉そうに仕切るのはよせと、1940年代から各界論客に言われてきたとおりで。

写真と見まがう精度の筆が芸術だと覚えてしまっては、エコール・ド・パリさえ鑑賞不能になるでしょう。具象がデフォルメの時代に入ってからは、人類が初めて見るイメージの希少価値に対して値段がついているわけで。大物ほど精度の悪い、いびつな独自の絵を描いている理由です。

写実が基準だと、ヨーロッパの具象画さえわけがわからず、「美術は難しい」という感想に向かうことでしょう。もっとも、モジリアニが当時どう見られたのか、擬似体験の機会だといえるのかも。昔の当時も、へたすぎてあきれた人が多かったのです。
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