ジクレー化に抵抗がある画家の心配ももっともで、原画に備わるスピリットが複製の過程で消えて伝わらないという思いです。元絵のみが本物であって、派生物は偽物にすぎないという純粋論です。

しかしその自信を画家自身が疑っていることも、またよくあることなのです。きっかけは、作品を作り直しても超えられない現象です。ひとつの絵があって、訳あって別にもうひとつ作り直す場合があります。紛失とか、傷んだとか、売れたのでもう一度かくとか。

その時、どうしても最初の絵に届かないと本人は感じます。これは二つの現象が混じっています。ひとつは、最初の絵は手探り状態でかいたせいで、道なき道を行く緊張感や葛藤が何となく焼き付く現象です。一枚目にのみ、生きた感じが強く出ていて。

もうひとつは、最初の絵を見慣れると、それが原点として脳内に固定する刷り込み現象です。二枚目の違いが、全て悪い方に感じられるという。これはいくつかの動物が、生まれて最初に出会って世話を受けたメスを母親と認識し、変更が困難なインプリンティング現象で知られます。

先に記憶した方を脳内で正統に位置づけ、後で出会う類似物をおかしいと感じる本能です。子どもの幼少期に贋作やまがい物を見せるなという戒めは、同じ根拠でしょう。ネット上でパクリ文を読んで時間がたってオリジナル文を見ると、後で見た方を著作権法違反と感じるのも同様でしょう。音楽でカバー曲を耳にして、演者のオリジナル作曲と思い続けるなども。

今、1月にドイツに並べるジクレー版画の入稿版をいくつか並行してつくっていますが、本来は関係のない互いを見くらべて再調整するなど、個々の制作時と違う環境です。元絵が本物である前提で、他人の目でこうあって欲しいという願望を込めた新解釈の原版づくりになります。
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