1789年のフランス革命へ向かって社会が動いている最中には、フランスの為政者や周囲の裕福な上層たちは、こう感じたはず。「大衆が感情に走り出してポピュリズムが起きている」と。

フランス革命の現代版が欧米で始まろうとしたのが、昨年の世界史です。それに対して為政者や周囲の裕福な上層たちは、テレビ局と新聞社を動員してポピュリズム批判を展開しました。愚かな低層民が騒ぎ出したと。

ところがネット時代という1789年にはなかった新機軸を背景に、異質な新リーダーが予約されてしまったのが2016年までのあらすじ。

おごれる者は久しからずに該当するのは、登場人物のうち誰なのかという、現代の謎かけが進行しています。日独ではポピュリズムになだれ込むきざしは小さく、日本革命やドイツ革命は準備されていないようです。為政者や周囲の裕福な上層たちは、一応胸をなで下ろしている状態です。

言い替えれば、両国とも国内でガス抜きする当てが用意されていません。庶民はがまんを強いられている気持ちが晴れず、灰色の心理が混沌状態となって長引くのかも知れません。

それにしても、英米など民主主義の代名詞的なリーダー国がポピュリズムで動いたのはなぜか。おそらくフランス革命以来、民主主義の本質がポピュリズムだからでしょう。民主主義を守るために、ポピュリズムをなくそうという議論はおかしい。さあ2017年がスタートしました。謹賀新年。
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