2017年の今日は、ロックミュージシャンのデヴィッド・ボウイ没一年。素晴らしい音楽だったというほめそやしに、少し違和感はあります。というのはデヴィッド・ボウイの1970年代前半を、日本のティーンエイジャーはほとんど支持しなかったからです。

日本ではその頃の人気はバンドに集中し、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルの人気がそのまま、日本のバンドブームに続いています。後発のクイーンでも、ヴォーカルのフレディー・マーキュリーより、ギターのブライアン・メイが注目の的で。

バンドにくらべ、ソロシンガーの人気は低いものでした。シングルは買っても、アルバムは買わない。ロッド・スチュワートやマーク・ボランはリードギタリストをフィーチャーしましたが、デヴィッド・ボウイはそうでもなかったのです。ローリング・ストーンズとウィシュボーン・アッシュの中間ぐらい。

日本のもっと上の世代は洋楽が苦手な人も多かったし、ヴォーカル好きかつ洋楽ロック好きという、狭いファン層にとどまったのが実際でした。その最大の証拠が、当時の音楽番組へのリクエストの少なさです。

『ダイアモンドの犬』(1974)も不評だった記憶があり、ジェンダー不詳のルックスもあってカルト的な位置づけでした。当時のデヴィッド・ボウイをリアルタイムに追いかけた人は、日本では珍しかった印象があります。

70年代の強豪ロックバンド衰退後の新しいファンが、デヴィッド・ボウイには多いようです。今語る人たちもそれほど語り慣れないことからも、ソウルやディスコブームも含む変遷で巻き返しつつ見直された、変則的なクリエイターといえるでしょう。日本では、大島渚がフィーチャーするまでは。
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