この頃こちらでよく使う語に、一般化と特殊化があります。たとえば、日本でよく話題になった現代アートフェスティバルです。過疎の地方で、アートを核としたまちづくりイベント。テレビやラジオのトレンド特集ニュースになり、現代アートが街を復興する推進力となる話題でした。

しかし冷静に考えると、ニュースの文脈は地方都市の衰退と、対する東京一極集中です。人類史上最大の都市圏トーキョーにヒト・モノ・カネを集結させる政策で、当然の成り行きでさびれゆく地方郡部が生じ、奥の手として現代アートとタッグを組んだ印象。現代アートがUターン?。

これを特殊化と呼ぶ根拠は、日本国内で現代美術は今も特別ゲスト扱いされ、たとえば1960年代の「読売アンデパンダン展」から地位が上がっていない歴史です。現代アートが最近になって台頭しているみたいなマスコミ扱いですが、半世紀前の現代美術の方が盛り上がっていました。

現代アートは欧米では一般化していて、日本では特殊化しています。たとえば日々の暮らしの中に現代アートはなく、あくまでもスペシャルイベントでの出番です。家庭など身辺に現代作品は見当たらず、遠くへ出向いて出会う棲み分け。要は、珍しい出し物の地位が日本の現代アート。

街づくりにアートを使った行政と民間イベントは、実はバブルより前の1980年代に大流行しました。雑誌「ブルータス」の頃。鉄道駅前に銅像やステンレス彫刻をどんどん置いた、いわゆる「彫刻のあるまちづくり」もその一環。後に彫刻は撤去され、今は減っていますが。

最近になって現代アートが過疎の町へ集結する様子は、その昔にアート街づくり推進に関わった者からみると、「また振り出しに戻っていて、若き日の苦労が実を結んでいない」という話。現代美術は、昔も今もニューカマー役から動いていない。これが特殊化です。あの頃よりむしろ都落ちして、地方ドサ回りみたい。ドイツでは現代アートは一般化し、全く違う状況です。
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