サッカーチームが活躍して躍進をみせたかと思えば、一転して不調な姿をみせる展開は、もちろん各国の全チームで起きます。そこでたとえばイタリアの記者は、試合ごとに良かった選手をベタ誉めし、次回に悪いと言葉を尽くしてけなします。

その切り換えが、日本では少しやりにくい空気があります。ネットサイトの一般意見をみると、「前回はあんなに持ち上げたのに、今回は冷たいね」「てのひら返しがひどい」「見物人は勝手なことを言う」との指摘がよくみられます。

「現代のベートーベン事件」「STAP細胞事件」の騒ぎでも同様でした。「あれほど称賛したのだから、今になって叩くなんてひどい」という意見も多かったのです。「上げるだけ上げて、どーんと落とす行動は、態度が矛盾している」と言いたげな嘆き、そして冷やかし。「どっちやねん」と。

冷やかしの奥に潜むものは、縁故社会の度合いではないかと感じます。好調時に称賛したら味方同士の関係になるから、味方である以上は不調時に助けなくてはいけないという人情があるような気が。情が移る前提だから、薄情な裏切りは糾弾されるという理屈で。

要するにムラ社会と言われる往年の社会学的考察、そのまんまの一面が表れている疑いです。ひいきの関係が好まれる日本。お友だち内閣とか、政府の諮問委員会みたいに、無批判のスルーが好き。そうした縁故重視の評論に対して、だんだんイタリア方式の日本人も増えたのかも。

何年か前にゴッホ作とされる絵が見つかり、ショボい出来でした。ゴッホらしさがない習作。世界の美術館は、アートは内容が大事だとして低評価の意思表示でした。やはり日本の関係者が高く落札して、アートは名前が大事だと意思表示しました。
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