アート・マネージメント・システムでアーティストのコンセプト整理に当たるうち、スピリチュアリズムに話が行くことがあります。思考より哲学より、まだ奥のもの。並行して、個人サイト用の増補出版草稿も進めており、これがなぜか東日本大震災の幽霊関連テーマです。

東日本大震災は世界にツナミとゲンパツの衝撃を起こし、ドイツでは政策が急きょ180度変わったほど。ただ副産物として、「今の日本はどういう国か」「日本に特別なものが多い」「旅行して最高だった」「僕も日本を知りたい」という世界的反応も起きました。

2016年から、東日本大震災の現場に出る幽霊の話題がネットに増えました。大学の研究が発端ですが、どれも霊体存在論には向かわない様子。太古以来の慰霊方向へと収束し、興味本位の不謹慎との指摘もあったものの、割り切らないグレーなとらえ方に理解ある日本人が多い。

災害現場の怪現象は、かつての民放テレビならこうかも。「不思議な体験が続く、犠牲者の霊が出没する夜、その時カメラは見た」。しかしこうした昭和の感覚は変容し、今はフォークロアの原型にむしろ忠実です。「今の日本はどういう国か」が表明されている感じ。

はっきり感じ取ることと、存在することはイコールでなく、空白があります。そのすき間で、もめるひとつが芸術です。上手なデッサンや鮮やかな色とは違う、説明困難な次元に芸術性が宿るから。

日本の画家は花鳥風月を基本形として、社会問題を後回しや婉曲にとどめる作り方が多いようです。そこには、かえって原始的なスピリチュアリズムが入りやすいのでしょう。ただそれを絵に表すのに、慰霊方向に落ち着きながらも、「その時カメラは見た」の衝撃も欲しいのですが。
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