昔、後輩のHが「東ドイツは理想の国だ」と言い出したのです。首都東ベルリンは幸福に満ちていると言い張って。「壁で分断された冷戦のベルリンがか?」とたずねると、「壁も冷戦も全部ウソでそんなものはなくて、自由に行き来できる楽園だ」と。こちらが絶句すると、Hは真剣で得意げな顔。

Hは自力の思考ではなく、おそらく何かの本を読んで思想を固めたと思われ、冷戦時代のソ連筋からのプロパガンダを信じたのでしょう。当時テレビニュースによく映っていたベルリンの壁を、実在しない架空だと言い出すとは。ジェーンエア年鑑などもあるのに、洗脳される若者の怖さ。

ベルリンの壁は1989年に東ベルリン市当局の伝達ミスで急展開し、西へ侵入する東市民を放置する命令が東から出て運命の扉。背景はむろんソ連初で最後の大統領ゴルバチョフ。壁はハンマーや削岩機で壊され、翌年統一ドイツに戻ったのです。東ドイツ生まれの女の子が、今はドイツ国首相としてEUを仕切る出世。

この壁のゴタゴタによって、ベルリン市内は今も開発途上都市であり、建設工事のクレーンや道路の掘削があちこちでみられます。首都でありながらも主要企業は他市へ避難していたので、ベルリン市は総合アート情報都市を新たに目指すことに。

その街づくりのダイナミズムもあってか、変化のテンポが速い。今日あるものが明日はないかもというのは、展示場所もそうです。ここで10回展示会を開いてと始めたら、9回目の直後になくなってしまいました。

今あるものを今すぐ活用しないと、流れに乗れないのです。来年はもっとよくなるだろうと期待すると、国際都市だけに他国へ持って行かれたり。混沌に生じる番狂わせを、アートコレクターも狙っていて。日本からも街づくりに加担しつつ、運を引き寄せる余地が大きい今です。
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