テロと、信仰の自由。二つの区別がつかない日本に欧州国があきれたという、サリン事件の頃の雑誌記事。二つをスッと見分けるコモンセンスを持つ欧州国民には、朝まで討論しても答が出ない日本が変に映ったらしい。

自由と勝手の違いとか、個性と異常性とか、二つを分ける境界線を考えるとします。すると人は、含めたい対象と外したい対象が先にあって、何とかうまく区切ろうと、線引きの言葉をこねくり回す調整になりがちです。

美術でしばしば問題になるのは、独創と未熟です。カメラが普及して写実画が失効し、印象主義から始まったラフに崩された絵画たちがあります。以降エスカレートしていく「ラフ」と、上手をねらって届かない「へた」を、どう見分けるか。見分けたとして、どう説明するか。めんどうだからいっしょにした論もあって、意外に難解な問題です。

「しょうもない作品は、展示するな」と言ってしまうと、それなら当時のさえない凡作が後に名作となったケース、一例はモナリザですが、それはどう解釈するのか、簡単に突っ込めます。感動の有無や多数決を根拠にしても、後世の名作が当時とすっかり変わるのは知られた事実でしょう。

今では、作家側でチェックするほかありません。自分の仕事は独創か、それとも未熟かを。何をどうやってもアートと呼べる時代が来たという、現代の全世界的な大きなうねりも、実は壮大なあだ花にすぎないことも疑う余地が大きい、そのあたりでしょう。

お粗末でくだらない最低の作品があったとして、見方を変えると替えがきかない特異性があるのか、作者が突っ込んでおく習慣が大事でしょう。
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