特にアクリル絵具で起きるケース。顔料の原色を活かして、うんときれいな色をつくって、うんときれいに塗った絵画があります。展示場でもうんときれいに見えますが、神通力が発揮されないのですねえ、これが・・・。

ネックは人工くささです。たとえば秋の夕焼けを表現する時、写真と違って絵だと一目で人工的に見えます。絵に塗る心象色は実物より彩度が高いから、涼しさが消えて暑苦しい。絵の宿命ですが、これが目立ちすぎるとヨーロッパでは不評になってきます。

悪評ねらいで、人類の保守的な嗜好に挑戦する反逆的な作品内容なら、過激な原色もいっしょにぶつける意味はあるでしょう。しかしナチュラル志向の写実画で、色だけ飛びぬけて人工的に鮮やかでも、ちぐはぐな存在にとどまります。

解決するなら、まずは面積配分の加減でしょう。ピュアな色を活かすために、濁った色を増やして画面を押さえ込むわけです。はしゃぎながら、沈んだ絵。そういう描き方の作品も一応は見かけますが、現地での評価は圧勝しています。なお、渋い中間色への転向は路線が違って別の話。

ところで、色にきれいも汚いもないという、そもそも論があります。音楽で、どの音程にもきれいも汚いもないのと似ています。音楽三要素を活用した編曲が命で、ハモったり対位法などで聴きどころをつくるから。

あらゆる表現物は見せ場となるサビで埋め尽くさないものであり、出し渋って強調します。一枚の絵の中がどこでも美色では、鑑賞者は瞬時にマヒし、ほとんど感慨を受けないという、そういうことなのでしょう。
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