「人々は芸術なんてわからない」という声への同調は日本では多く、異論は少ないものです。「わからない気がするだけで、実はわかっているでしょう」と偉そうに言ってみたいところ。しかし、まるで理解されないことが確かにひとつ目立ちます。それは名画名作の成り立ちです。

「駄作しか描けない若い画家がいて、日々の努力と鍛錬を重ねた甲斐あって、年月を経て傑作が描けるよう腕が上がった。その傑作が歴史名作となった・・・」。こうした解釈が、日本では非常に多いのではないかと。

この筋書きは実態と合いません。これはおそらく日本の立身出世の理想像に基づく虚構で、国内の道徳規範が投影されたこじつけです。実際には画家は駄作や問題作を描きました。当然、当時その画家は悲惨な目にあっています。たとえばグレコやレンブラントもドラクロワも。

実際の現象は、時間がたって世代交代し、世の中の価値観が変わったのです。そして、過去のしがない作に普遍的価値があったと発見されて抜擢を受け、逆転して陽が当たった流れが西洋美術史です。皆がイメージするのとは違い、そもそも名人が名作を作ったのではなかった。

歴史はなぜ捏造されるかという今日的な問題が、美術名画の扱い方に暗示されています。名作物語のあらすじをこう落としたいという願望が、民族ごとに存在することが主な原因でしょう。

玉が石で石が玉だったという、イソップ物語を思わせる結末自体は、人類の普遍的な現象でしょう。この筋書きが特別好きな国もあるとして、ベルリンがポストニューヨークを狙うなら避けて通れないセンスなのかも。
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