展示会が好評なら結果オーライで、不評ならオーマイガーか、という問題があります。芸術とまで言って特別扱いするから、純然たるコマーシャリズムとは違うはずで。

芸能と芸術は違う的な昔からある議論ですが、後輩たちはこの争点自体を見落としていくものです。

外国の先鋭アーティスト集団の展示が、日本で賛否の騒ぎになったこともありました。酷評がずらり並んで。だからといって、逆に大方がすぐ気に入って歓迎したなら、普及済みのイディオムに作品がとどまっている証明で、創造には値しない理屈です。反対の声があがらない穏当な展示こそ失敗とみなすべき、根底的な本質論です。

この部分で人類は、ほとんど補整不能です。在来種に親しみを覚え、なじめて親愛を感じるのを、逆方向へ変えてしまう反転はがんばっても起こせない宿命です。だから後世の子孫が、どれが傑作かを選び直すのが普通で。今の人が永遠の傑作を決めるわけじゃない。

日本発の美術の中で、いくつかのタイプが海外で反応が悪いようです。そこで、その系統をたくさん集めて特集的に問い直すことも考えています。

かつて、濃いソースを料理に使う国の人々が、和食には味がないぞと批判することがよくありました。すぐに好かれたスキヤキとは違って、素材を加工しない淡白な味は昔はまずいとされ、今日ではヘルシーとして復活しています。時代が変わって値打ちも変わって。
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