というわけで、4月1日からクラウド・ファンディングを始めます。目的は日独美術文化交流活動の主にドイツ側資金準備で、また副次的な面にも期待があり、日独アートの落差を国民に伝える機会ととらえました。

日独アートの落差とは何か。日本では現代アートは特殊化し、ドイツでは一般化しています。この差です。ならば、特殊化と一般化はどう違うのか。まずは、大規模な現代アートイベントの開催場所です。

日本だと現代アート展はスペシャル化して、郡部や離島など日常からかけ離れた地理の、特別なキャンプを伴う場合がしばしばみられます。アートが遠くにあった方が、国民は安心します。それがドイツだと、近所のビルや横町の元農協の倉庫でも平気です。

晴れの舞台へ上がる特別感がなく、普通に生活圏に現代アートが入り込んでいるのがドイツです。「さあ、珍しいものをお見せします」式の大げさな構えが、ドイツではあまりみられません。各地方の各市で、現代美術の存在自体が日常化しています。

日常化は具体的には、普通の人が現代アート作品を所有し、家に飾ってある点です。日本だと現代アートを所有する一般人はまれで、美術業界人かなと思ってしまうでしょう。日本で家に置くならば西洋名画全集の図鑑あたりにとどめ、作品の実物まで買おうとは思わないものです。

こうした日独、日欧の差は、日本の慢性的な美術不況の原因であり、また隠れた伸びしろです。「だって現代美術はわけわかんないし」と敬遠された作品を、ドイツへ送るとスッと買われる。その差をマル秘情報にとどめず、明るみに出したいと考えていました。
クラウド・ファンディングのページ https://camp-fire.jp/projects/view/66657
関連記事
|04-01|クラウドファンディング美術支援||TOP↑
ネットによくある質問は、「絵を売る方法を教えて欲しい」と単刀直入です。売り方は別にあるとして、先に知りたいのはこれでしょう。「売れる絵を制作するコツは何か」。

実はこちらへ初参加する方も、それを割と意識されます。文化交流の面で参加する意義や、見ていただけるという次に、できれば売れて欲しいのは当然でしょう。そして実際に、外国の美術展はむしろ売買を文化交流と呼ぶようなものです。相手は買うのが楽しみ。

どう作ればドイツで売れ、どんなふうだとだめか。何をどういじれば可能性が開けるかは、すでにある程度つかめています。むろん相手あっての確率だから、偶然の出会いも要素となる不確実性の中にありますが。

ところが、「日本国内で売れる制作のコツは?」と問われると困るのです。困る原因は、日本の鑑賞者の多くはモチーフ当てごっこに向かうから。しかも個人の価値観は希薄だという前提があり、誰に何を訴えるか目標を定めにくいのです。要は、能力主義社会ではない。

作品そのものをあまりよく見ない問題は、著書ブログで触れています。ドイツで売れやすそうなオリジナル絵画があるのですが、日本で批判一辺倒に巻き込まれた実例です。作品をよく見ないで、トークだけは羽ばたく傾向の国内事情がそこにもみられます。

そこで出された批判の動機はわかっています。絵が優れている証拠書類がないから、値打ちがないとみなしテキトーに叩けと。優れものを裏づける連帯保証人が不在だから、足元を見ろと。日本で売れる決め手のひとつは作者のルックスですが、そこでは顔写真は出していなかった。
関連記事
|03-27|作家方針の工夫||TOP↑
昔うちにもあったけれど、とっくに廃品回収に出して今はもうないという、雑誌やブックレットなど。それが、ネットオークションで一万円以上で落札されていてびっくりなんてことが。

そんな古本みたいに値段はつかずオークションに出ないけれど、似た現象があります。自分が住む街の風景写真です。都心の知られた場所や観光地なら報道写真やビデオがどこかにありますが、郊外の自宅近くは事件でもないと記録されません。

身近な街の風景は一度も記録されず、ひっそり消滅し続け、全人類から忘れ去られます。値打ちがある風景もあるはずです。そこで、外国にしばらく移り住む方々に進言しています。とりあえず、異国の身辺の地を意味もなく無駄に撮影しておけばよいと。デジタルカメラを利用して。

そこに住むと景色は見放題で珍しさが消え、あえて撮影する気になりません。見飽きた雑誌と同じで、価値を感じなくなって。しかし日本へ戻った後、当地の当時の写真があれば本も出せます。ないと絵にならないから、出版話も持ち上がらないだろうと。

今ありふれているものは価値がないと感じ、しかし時間がたつとお宝になる。ノスタルジーを超えて、貴重な資料になる可能性が身近に転がっています。今こちらでは、ベルリンの美術展会場写真がそれです。

今回、ベルリン写真を皆様から快くお貸しいただき、クラウド・ファンディング用に使います。絵画作品と並ぶ写真作品群みたいに、一枚ごとに物語が感じられます。
関連記事
|03-21|写真とカメラの話題||TOP↑
今日からジャパン・フェスティバル・ベルリン展で買われた作品の、売上金をお送りする作業が始まりました。30名以上なので時間もかかります。それよりも気になったのは円安ユーロ高です。

日本人が円安で得るメリットは、自動車や家電などの一般商品を輸出した時に、現地で安く買ってもらえる点です。外国での安売り戦争で価格競争力を得る効用だから、巨大企業が希望します。

その反面、外国からの輸入品に多めの円を払わされるから、輸入業者は国内販売力が落ちます。円安なほど、舶来品は高嶺の花です。1ドル360円と極端な円安だった70年代は、西ドイツ製ポルシェ911が、日本製マツダRX-7より高かった。第三国のアメリカではマツダの方が高額だった。

この原理はグローバル時代、すなわち株主が大事で従業員は大事でないと定義し直した現代において、世界各国で優先されています。だから日本の円安は、巨大企業の忖度を受けた日本政府による為替操作だと、外国から疑われているほど。

海外へ出た美術作品が、現地で買われた売上金を日本円に換算すると、円安なほど増えます。日本のアーティストは、国際グローバル企業と同じ恩恵を円安で得ます。だから今回の参加者は、ユーロ数字が前年と同じでも、円に直すと前年より大きいのです。

問題は、同時に起きる出品料の目減りです。下がった円だと、外国で買えるサービスが減ります。展示会場のドイツ人バイト料だけでも、以前よりも多額の円を注入しないと足りません。しかも日本以外は経済成長しているから、毎年上がります。クラウド・ファンディングの動機は、そこです。
関連記事
|03-19|クラウドファンディング美術支援||TOP↑
日本から海外へ進出する美術家は多いのに、海外から日本へは少ない。これはどうでもよいことでもなく、日本では美術が流行らずというか一般化せずに、日常の中に定着できていない状態です。いまだ物珍しい美術。

アート先進国ではなく、アジアでも強くないのが実態でしょう。その身近な表れが、国民のほとんどが現代美術作品を家に持っていない点です。こう言うと、反論も聞こえます。「だって美術なんて僕らは興味ないし、関係ないから当然でしょ」。

その話をしているわけです。関係なくて当然となっている、美術マイナー国の話を。これが日本で突出した美術の特殊性であり、初めにありきの大前提になってしまっているほど。要するに美術全般を敬遠する国です。自分は持ちたくない、家に入れたくない。

しかし、この結論には穴があります。世代交代が計算に入っていません。一時的な特殊性かも知れない疑い。日本が世界と違う場合、特殊事情や条件で曲折しているものがよくあります。国民性と思いきや、規則や格言が引っ張っているなどよくあるパターンだから。

たとえばアンケート調査の結果には、「多数派が常識」と心理形成する危険があります。多いから正しいとの気分になり、無勢から文化が生まれる道理から外れる危険です。しかも、九割が賛成だと全員が賛成ねと早合点するし。全員が前衛的である必要はないから、アンケートは危ない道具。

海外進出の背中を押す空気があります。いわゆる名前追いファンとか、身内買いを当てにした絵売りシステムなど、非能力主義のあれ。芸術家が絶望感にさいなまれる空気です。するとアンケートの出番です。「僕は家に美術を持つつもり」という人が一割いたら、アンケートではゼロ同然でも、かなりの人数なはずで。
関連記事
|03-16|クラウドファンディング美術支援||TOP↑
クラウド・ファンディングの第一弾プランは、昨日審査に合格しました。いつでも公開募集ができる状態です。プランのページの見せ場は、全て参加者様のドイツ撮影写真と、出品作品で構成されます。皆で力を合わせた結果です。

第一弾の目的は、ジャパン・フェスティバル・ベルリンに遠征する、ドイツ側活動資金づくりです。展示会の出品料が低いから赤字で、にもかかわらず参加者も出品困難になりがちな日本国内問題です。要するに2014年夏から続く、デフレ不況三番底の影響です。

そのジャパン・フェスティバル・ベルリンは、夢の展示会というよりは、定期公演的なオフィシャルな位置づけです。そこで、毎月の仕送りのかたちをとる「ファンクラブ型」としました。一般的な「プロジェクト型」は、第二弾以降として個展をすでに計画中です。

この第一弾の目標はもうひとつあり、日本からのドイツ遠征が具体的にどんな作品か、日本国内の鑑賞者に手にしていただきたいのです。見るだけではなくて所有を。日本から外国へ出て、向こうを盛り立てて終わりでは、やはり足りないからです。

現地の成果は日本に戻して積み立てたいところで、まずは好作品を日本でも広めたいと考えています。これは、日本もドイツみたいに美術が一般化すればよくなるのにという希望です。

アーティスト一人がクラウド・ファンディングを行うのは、なかなか負担が大きいとわかりました。負担のひとつは、リターンと呼ぶ返礼品の手配です。この第一弾では、現地での好評作品が増えつつある点はかなり強みだと感じています。
関連記事
|03-13|クラウドファンディング美術支援||TOP↑
冬のオリンピックのたびに、日本のアルペンスキーは地味でした。オーストリア、ノルウェー、ドイツ、スイス、フランスなどアルペン強豪国には伝統の蓄積があるとされ、日本が及ばない理由が様々言われてきました。

一方のパラリンピックは、日本も存在感があります。2014ソチでは、チェアスキー(シットスキー)の男子滑降とスーパー大回転で日本は二冠でした。

そのアルペンコースは容赦なく荒い中急斜面だから、転倒も激しい。片足で滑る選手がギャップで大クラッシュしたり、視力がない選手はマイク通話しながらも前走ガイドに追突したり、ゴール後に止まれない転倒も多い。

そんな中、チェアスキーは一本スキーのかかし状態で、スタンス幅や前後差、外向外傾もプルークもステップもなく。ひざ屈伸はコイルバネで代用され、時速120キロに達して荒れた部分で飛びはねて怖い。でも上位選手はさすがにうまい。

長野の頃はカテゴリー細分化でメダルの総数が多かったのを、後にハンデ制で同じ土俵にまとめてメダルを減らしました。それも含めメダルの重みは安定せず、価値の公平性がすっきりせず、パラリンピックと距離をとる人も世界に多いのではないかと。

成績の価値から離れてみると、スキーの激しさと難しさが残ります。その点は美術も似て、作品の値打ちから離れたら、もっと作品に近づいた鑑賞ができるでしょう。現実は、どういう価値を持つのかに気を回すあまり、作品と距離をとることになりやすいのですが。
関連記事
|03-08|その他||TOP↑
テレビは理解を広めるのが早い代わりに、早合点した誤解を広めやすい欠点もあります。スポーツ選手の中にも若いなりに言葉を選び、誤解を解こうとする場面がみられます。

平昌オリンピックのスピードスケート女子パシュートで、日本が優勝した直後のテレビ番組。準決勝に出て決勝に出なかったメンバーを、「四番手の控え」と呼びました。チーム側が聞いたら、それはないよとなりそうな。

スキージャンプ団体などと異なり、団体パシュートは同時に固まって滑走するのが特徴。データに基づいた組み合わせと隊列で戦略を組み、互いが互いを非常に頼る役割分担となり、チーム内に番付け序列と違う構造があるはず。一家の父母を番付けしないのと似て。

変わって、80年代末に年長者が語った話。「海外のアルペンスキー五輪メダリストと、日本の指導的プロスキーヤーが番組の中でレースした。日本のプロが楽勝し、アマチュアが出る五輪は格下と知った」「五輪金の欧米選手より優れたスキーヤーは、日本にゴロゴロいるとわかった」と。

待って、待って、待って。アルペンスキーの聖地キッツビュールの滑降コースを完走できた日本人は、1987年から31年間いません。ところが2018年に56位に入りお祝いだという。回転種目でも、1956年の猪谷選手以来62年間メダルはなく。ゴロゴロどころかスッカラカン。

「学校のプロ美術教官は、歴史名画より上の絵が描ける」みたいな誤認識は、バラエティー番組の演出を真に受けたのでしょう。いや待って、待って、待って、絵には旗門不通過や転倒はなく、完成できて勝算もあるかも。
関連記事
|03-07|その他||TOP↑
ビットコインなどの仮想通貨を買うのは、絵画と同じでインチキだと、ネットでは言われます。どちらも値上がり確実だと信じたら、損するぞという主張です。こちらで最近、仮想通貨と絵画の違いを記しネットに出しました。

仮想通貨の原理を説明し、値上がりするカラクリを分析し、絵画とくらべています。ただ、今の仮想通貨の目的は単純で、要は無限連鎖講です。しかし一方の絵画は無限連鎖せず、もっと複雑な価値に支えられています。

絵画を買う人は、互いに異なる作品を手にします。横のつながりがなくて個々が独立しているから、盗まれた作品が他と混じって見分けがつかないこともなく。

仮想通貨は早い購入者が遅い購入者の納入金を横取りする仕組みですが、美術にはこの横取り機能がありません。ピカソ絵画を買った人が、ダリ絵画購入者の金を得ることはなく。美術は仮想通貨のゼロサム(総合計がゼロ値のシーソー)と違い、有用性の合計が実際に増えます。

買いたい人が二人以上(競売では一人以上)いると、値上がりが始まる点は仮想通貨と同じです。しかし絵画は仮想でなくリアル物品だから資金プールはなく、仕手戦で価値を落とされる心配は小さいでしょう。

数字上のゲームと異なり、確かなビジュアルイメージが絵画です。意外に大きいのは、選ぶ目の効用です。選択眼に自分らしさが表れ、家にアートを置けば自分の芸術観が表明される。全員が異なるものを買う複雑さゆえ、絵画についていけない人は仮想通貨よりもはるかに多いでしょう。
関連記事
|03-01|芸術の秘密と謎||TOP↑
平昌オリンピックの閉会式がやがて始まります。今回はスケート種目の伸びと、カーリングなど初メダルや入賞があった陰で、アルペンスキーはほとんど空気でした。滑降、スーパー大回転、大回転、回転。昔から言われてきた、「日本のアルペンスキーはなぜ弱い?」の疑問です。

答は「勝ちに行かないから」で、こうやれば勝てる道理から逆算した準備が足りないせいです。準備のひとつは、異常に雪が荒れたコースです。荒れたコースは国際スキー連盟の策で、気持ちよく整ったコースで下位選手が勝つ番狂わせを防ぐため。

気持ちよく滑れるコースでポール練習ばかりやっても、オリンピック本番は飛ばされたりつまずいて完走も難しい。実際に日本のトップ選手は、繊細な技術はあっても、序盤のポール不通過や転倒が昔から多かった。

整った氷上で自分を出すスピードスケートと違い、ウソだろ?という起伏とガサガサ雪の危ない斜面を、スキー選手は滑らされます。スケートと違いスキーは障害物競走でもあり、きれいにかっこよくきめるゲームでなく。

その結果を指して、体格が劣る、体重が軽い、手足が短い、スキー人口が少ない、性格が向かないなどの理由づけが百出。こういう場合に真っ先に疑うべきは、組織が思想的に分裂していないかです。勝ちに行く合理的な解決へと、焦点が結ばない何かがないか。

この着眼で日本の美術をみると、思想的な分裂みたいなものは確かにあるでしょう。一例は、お手本に似ていることを芸術と呼ぶ派と、似ていないことを芸術と呼ぶ派の対立です。二つの思想は完全に逆だから、間にはさまった画家は迷って中途半端になりやすい。
関連記事
|02-25|その他||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリン2018の記録映像が増えていました。2019の主催者発表はすでに行われ、チケット販売が始まっています。こちらも2019用出品作の募集を開始しました。

芸術の階から始まる2018映像。
Japan Festival Berlin 2018

駆け足で、マイクロ個展2018の絵画とクラフトが映る2018映像。
Walkthrough . Japanfestival Berlin, 2018

既報のテレビ局2018映像。
Japan Festival Berlin 2018
関連記事
|02-21|展示会場スケッチ||TOP↑
スキー複合個人ラージヒルの渡部暁斗選手は、ジャンプがトップなので金メダルに近づきながら、結果はドイツ勢三人が表彰台を独占。やはり気になったのは、体重以上にワックスが合わなかった疑いです。

スキーやスノーボードの裏面のワックスは、雪質によって変えます。日本国内でも、鳥取、長野、北海道の各スキー場で使い分けることが多く。雪温が高いと撥水性向上、低いと摩擦軽減のために、パラフィンやフッ素樹脂などの固形ワックスが多種製造されています。アイロンで溶かして塗ります。

草レースだと選手が塗るわけですが、ワールドカップや五輪ではワックスマンが同行し、当日の雪質を分析しワックスを選びます。「スキーが滑らなかった」という声は、ワックスが雪温と雪質に合わなかった意味です。

ワックスがあまりに合わないと微妙な差どころでなく、何となくつんのめって後傾に構える重い感覚が起きるなど、初級者でも滑走性の悪さに気づきます。冬の五輪で純粋にタイムを競う種目は全て、空気抵抗とともに雪と氷の摩擦との闘いになっています。

ワックスの失敗を選手が訴えないのは、ワックスマンに全面的に頼っている理由もあります。ドイツ選手がそろって好調だったのは、ワックスかストラクチャー(裏面の細かい刻み加工)のノウハウもあったのかも。

マテリアル選びは美術でもあります。一歩離れるとかすんで他人に伝わらない絵は、線が細すぎるペンが原因なのも見かけます。世界に挑むには太くて繊細に見える絵へと、やり方を変える必要もあるでしょう。
関連記事
|02-20|その他||TOP↑
今、クラウドファンディング第一弾の準備中です。資金活用のプレゼンテーションなので、ポイントも色々あるようです。それ以前に、募集会社からの要求は幅広く細かいものです。そう簡単にはできません。

値打ちが高い謝礼品を豊富に用意できるかは、挑戦者の関門になっている気がします。こちらに世界一のアート絵はがきシリーズがあると自負はしても、嗜好の内外差を具体的にくらべたことはなかったもので。

ところで今日は五輪フィギュアスケート男子を、ラジオで聴きました。日本勢は金銀を同時に獲得し、ニュースの声もはずんでいます。すぐに思い出したのは、かつて長くフィギュア男子が国内で不人気だった頃です。

ひっそり出場した往年の日本選手たちは指導側に回ると、本気で勝とうと変革してきました。全体の力量が上がると、一転して冬季五輪で一番人気となり、好循環が起きています。各地でエキシビションが大入り。理解されるコツは、内容を充実させることでした。

日本では概して現代アートは理解の外ですが、現代アート関係者は国民が時代に追いつけば解決すると思っているようです。内容を充実させるべきだと指摘しても、現代アート推進側は受けつけません。不備は国民側にある前提で、もっと強く広報すれば理解されるつもりらしく。

こうした在来作品ありきの現代アート業界と異なり、スケート業界は出し物の改良で国民を魅せる策をとりました。現役選手のがんばりだけでは変わるものでなく、上層部が目的意識を整理して計画を立てたのは効果的だったでしょう。
関連記事
|02-17|クラウドファンディング美術支援||TOP↑
冬のオリンピックは、全員が公平にはなりません。スキーの回転や大回転は、ポールや旗門のきわを皆が回り、徐々に雪が掘れ自分のラインどりが難しくなります。そこで塩類をまいてアイスバーン化し、ランキング順に一本滑り、タイムの逆順に二本目を滑って合計タイムで競うなどが対策です。

雪と氷の宿命で足元の状態が皆違い、だから夏の大会ほど厳密性がないのは確かでしょう。そこでジャンルごとのワールドカップのシーズン成績と照らし合わせて、リザルトが順当か波乱かを観客も計算に入れて見ることになります。

平昌オリンピックで、スキージャンプ男子とスノーボード女子スロープスタイルは、法外な強風で波乱となったようです。「でも全員が同じ条件だから、言い訳はやめよう」という声もありますが、そんなわけはありません。

仮に選手一人の体に吹きつけた強風のエネルギー量が全選手とも等しくても、吹きつけたタイミングは異なります。その瞬間の姿勢によって運悪く転ばされたり、運良く無傷だったりします。

そこまでの波乱はなくとも、公平のばらつきは美術の団体展でもあるでしょう。会場のどの場所か、隣に何が来るかでビジュアルな干渉が起きたり。自信作が低評価となった時、位置の不運を嘆いたり不満もあるかも知れません。しかし自分がよい位置を占めると、他人は逆になります。

この課題に対してこちらで行ってきたのは、ビジュアル的に引き立つ配置を考えることと、途中で行う作品の並び替えでした。さかのぼって、搬入時に梱包開封を簡便化して、時間の余裕をつくる必要があります。展示会場に零下十度の強風はなくとも、下準備はやっぱり重要です。
関連記事
|02-13|その他||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリン2018の記録ダイジェスト映像です。関係する美術が7分以降に一瞬だけ出てきます。→Japan Festival Berlin 2018
関連記事
|02-11|ミニマム個展物語||TOP↑
平昌(ピョンチャン)オリンピックの開会式が終わったところ。日本のスノーボード選手は、そろそろ五輪金メダルが出てもよい頃に思えます。前回は銀でした。ボードのやや異物的ポジションを、一般化させる機会でもあり。

1986年頃は長野県の大半のスキー場で、スノーボード(当時はスノーサーフィン)は禁止でした。ボード持参でリフトに乗るのも禁止で、登山客としてテクテク歩いて上に行き、オフピステを滑るしかなかったのです。

当時のボード製品は砲弾型シェイプで、180度プロペラしてバックで滑れないもの。映画『私をスキーにつれてって』では、スノーボーダーのエピソードもなく、実際のゲレンデでも珍しかった超マイナースポーツでした。

それが、前後対称の長円形フリースタイルボードと、モノスキーに似たアルペンボードに分かれてヒット。旧型スキー板の物理限界によるスキー場の大不況を、救世主的な新アイテムとして支えた歴史となったのです。

ボードはスキー場の秩序を、一時的に壊しました。両足スタンスが固定で、雪面に止まって立ち続けられず、谷に向いて座ってばかりの障害物。左右非対称の死角が原因で、前走者への追突。厳禁のイロハだった靴歩行で雪面に穴をあけ、コース外の遭難騒ぎもボードが圧倒的比率。

スノーボードを美術にたとえれば、具象アカデミズム相当のスキーに対して、新興の現代アートでした。高齢の先輩がいない自由度の高い世界で、80年代の若い入門者が今最長老の重鎮となって、技術的な蓄積もできてきました。しかし、国際スキー連盟の下に置かれた自主問題はあります。
関連記事
|02-10|その他||TOP↑
2018年1月27~28日のジャパン・フェスティバル・ベルリン2018で、ブランド絵はがきの販売数ベスト8です。3位が5種、8位が3種で計10種。毎度ランキングされる人気絵はがきがありますが、新作の折り紙デザインはダークホースとなりました。

10種のうち8種は人物系で、日本の感覚ではあまりしっくりこないかも知れません。日本では絵画は昔から風景が一番人気で、外国は逆に人物モチーフが強い。これは、内外アートに関わる大きい話でもあるのですが。

今回はジクレー版画ともども、偶発的と思える片寄りもみられます。感激の初売れは、ここにない立体造形と工芸品の写真の絵はがき。テーブル置きディスプレイに変えて、見え方が変わったのもあったでしょう。過去とくらべると変化がわかります。

ブランド絵はがきコレクション
関連記事
|02-07|ブランド絵はがき物語||TOP↑
外国の美術展覧会は日本と違い、役所内ギャラリーでさえ作品に値段をつけて売ります。自信満々で売れなかった美術家は、自信喪失したり、くさったり、あるいは責任を外に求めるなど、心理動揺するかも知れません。

中には、自分がいかにゴッホに近いかを実証するために、売れない連続記録を暗に期待する画家もいるかも。いつかはギネスにのってやると。アート作品の売れる売れないは、ゲーム感覚みたいな面もあります。性格占いもできそうな。

しかし連ちゃんだと気づきますが、売却は時の運が大きくて、団体展では「自分の時間」みたいなものも生じます。売れたから今後は類似作に傾いたり、売れなかった作風を放棄したりだと、偶然性にペースを狂わされるでしょう。ベテラン美術家はその分析と駆け引きがうまい。

美術大学では、作品を売る哲学は教えていないはず。売れた時や売れなかった時に、どう対処すべきかが一般論になっていないものです。ここが大事なのは、他の商品と違って芸術は否定的に存在できること。

新しい作風を、世界初でつくるから創造と呼ぶのであって。だから外的にマンネリを起こさず、内的にマンネリを起こす難しい作業になります。そんな作品は第三者から見れば、何かが変で異様で異端だったり。理解が遅れるのが芸術の取りえです。

ドイツでの日本美術展もこの基本は変わらず、売れずの作品をもっと売れにくい方向に徹底する作戦もあります。なかなかブレイクしないタイプに、大きい期待をかける正義の理屈がちゃんとあるのです。
関連記事
|02-05|作家方針の工夫||TOP↑
「日本はもう経済成長しないから、その前提で国づくりすべきと思います」。こう述べる人は、外国に目を向けると開眼するかも。人口減少や少子化が日本より激しい国々は、逆に経済成長(GDP上昇)しているから。投げない国は成長する。

日本だけがただ一人、経済成長しない26年。『サザエさん』の提供が、東芝から外資系のニッサンへ移ると報道。世界には日本を経済成長させない流れや誓いでもあるのかと、ネットでしばしば言われています。

論点のひとつが、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)です。日本政府が国債を出す時、配下の日本銀行から発行し、親が子から借金するかたちです。この借金はよそ(外国)からではなく、内内の貸し借りだから「国の」借金や赤字と呼ぶのは曲解だという。国民は貸す側。

それを国民の累積借金800兆円と呼んだパニックが、20世紀末の中央による例の議論でした。このメカニズムを語れるマスコミ人は日本にいなくて、海外からの異論にとどまっていたもの。政府PBの貸方に当たるこの自称赤字は、今は1000兆円を超えています。

この曲解に目を向ける日本人が今や増え、もっと素朴な疑問もあります。国債が増える不健全は、政府PBの貸方がGDPの2倍になるとメタボ状態だからとされます。それなら逆に、GDPの方が今の倍の1080兆に増えれば、PBの貸方が今の倍の2000兆にふくれてもメタボ度は同じ。ムダを減らすのではなく、ムダができるほど経済成長すれば早い。

日本の人口はドイツの1.53倍で、この程度に気づく者が日本に一人なわけはなく、アンチ成長派が政界にいる疑惑が出ています。今は投資カットで成長が止まっているだけ。GDPを減らせばムダも減ってくれる奇妙な思想が、今の日本です。経済成長は、中央の投資で故意に起こすものだから。
関連記事
|02-01|美術の基盤は経済||TOP↑
ジャパン・フェスティバル・ベルリン2018

オリンピックの日本選手、優勝候補が銅メダルに終わった直後。「銅ならいらない」「捨てたい」「誰かあげる」と本人の感想。自分史に黒歴史が生じたからと、インタビューでも不満顔。

生涯一個に終わったその銅メダル。しかし後年テレビの感動シーン特集で繰り返され、スタジオに出演でき、議員に当選できと、絶大な効力。結局あきらめずに獲得してよかった。あの時の金銀とも後の天才たちで、自分は善戦していたと後で知る。

似た現象を美術で考えてみて、時間がたつほど価値が出るひとつは展示イベントの写真です。世に山とある賞状類より、むしろ貴重になるから。

開催直後は、この程度の写真はいらないと感じて関心もなく。ところが歳月は怖いもので、30年後に本でも出す時に写真があれば違います。記者たちの合言葉「絵が欲しい」というやつ。一枚の写真で記事が書けるから首がつながる、パパラッチの必死さもそれでしょう。

この時間差の有用性も考え、会場撮影は計画的に進めます。まずカメラの選定。簡略カメラが画質を誇るのは戸外で、屋内イベント会場では散々なのが普通です。低照度のタングステン光やミックス光の下は、撮影条件が難しい部類だから。

ぶれてぼんやり、ピントが合わない、黄色すぎ、じめりと暗い、霜ふりノイズ、カサカサ灰色に浮いた黒、真っ白ハイライト。が、高画質カメラは大きめだし調節カ所が多く、機能を片寄せる特殊な設定も必要だから、説明書を見ながら打ち合わせます。
関連記事
|01-29|写真とカメラの話題||TOP↑

日本現代美術をドイツへ

ギャラリー日独物語

リンク

カテゴリ

最新記事

月別アーカイブ

ご案内

クラウド・ファンディング物語
ギャラリー日独物語

ミニコラム集1
ギャラリー日独物語

ミニコラム集2
ギャラリー日独物語

最新トラックバック

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR