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2019/07/15

美術と税金を理解しにくくする間違った概念

過去に、知らない他人と美術の話をして、埋まらないギャップをよく感じました。何が支障なのかがまだ不明だった頃、他人はわからずやだと思ったものです。後になって、ひとつの誤解釈が全てに響く怖い構造を知りました。

埋まらないギャップの原因は、日本語の語感でした。すなわち「美術」の語が諸悪の根源です。「美の術」という言葉から「絵や彫刻は美しくあるべき」という前提が導かれ、日本人の脳内に隠れています。美という語が日本語訳だけにあるから、アートの制作も鑑賞も、日本だけが耽美的で古風。

「灰色の絵画やモノクロ写真は、美に欠けるので正しい美術でない」「でも美しくもない絵が世界的に評価が高いのなら、僕もそれに従いはしますけどね」と。そんな屈折が常につきまといます。アートワークはビューティーという余計な制約が、他国にはないと気づく日まで。

根底の誤解釈は税金でも起きています。参議員の候補者に、消費税を廃止する主張がみられます。賛成意見の投稿の陰に、やはり出てくる意見があります。「減税して税収が減ったツケは誰が払うわけ?」「税金を何だと思っているんだ?」

書いた人は、国家の運転資金を集めるために、国民が出し合うお金が国税だと勘違いしています。何だかまるで絵画『ゲルニカ』を見て、「灰色の絵は美しくないから厳密には美術失格」という反応と似て。他にも大勢いそうな感じ。

まず税率を下げても、景気が上がれば増収になる国が普通で、もし減収でも普通のこと。政府はお金を発行する側だから、不足なら刷って市場へ入れれば済みます。刷る時に何かを失わず。ならば国税は何なのかは、物価の安定と所得再分配です。徴税を財源確保だと頭から誤解する限り、失われた27年は延びる一方。
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2019/07/12

東京銀座の画廊はもう高級ではなくなったのか

東京の銀座が、グレードダウンして困っているニュース記事がありました。「銀座街づくり会議」の報告書で、銀座らしい風格が消えたという悩みです。要するに、安物店が並ぶ平凡な商店街に落ちてしまった。

銀座といえば、まず宝石店と時計店と画廊です。高級クラブやバー、高級寿司など単価と付加価値の高い店の集まり。高級靴やアクセサリー類なども。それらが没落して、大衆衣料や安売りドラッグストアや、回転寿司などへ交代が続く。

時代の流れなどでなく、平成日本の貧困化の一環であり、いつ何が原因で、犯人が誰かもわかっています。やるべきことの逆をやった。金満で増税し金欠で減税するセオリーに反し、バブル終了で金欠ぎみの1997年に、何と消費税を減税でなく増税した奇行の結果です。金欠の原因は不良債権処理の借金返済による貨幣消滅。

しつこく言うけれど、消費税は財源ではなくインフレ抑制です。本来の消費税は、プラス百パーからマイナス百パーの範囲で、上げ下げして内需を加減調整する貨幣経済のバルブです。上げて固定する使い方でなく、こまめに上げたり下げたりしながら景気と駆け引きする税です。サーモスタットの機能。

消費税は、暑い時に冷やし、寒い時に温める考え方です。家のエアコンと同じで、冬には冷房しないものです。冬とは不況の意味。冷房とは増税の意味。今が夏か冬かは、そりゃ経費削減オリンピックが共通認識で、銀座の絵もバーゲン価格なら、寒風吹きすさぶデフレ不況とわかります。税収を増やすには減税が正解。

国民は今も消費税の機能を勘違いして逆走を支持し、銀座の経済沈没は確定。芸術を高尚に難しく考えて、こね回してわけわかんなくする。それと似て、本来単純な消費税も細かく考えすぎて、かんじんの下げる好機に上げたら、大恐慌の記録本のとおり恐慌になるはず。現になっているから有力企業もつぶれた。
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2019/07/07

すし職人が修行する無駄な年月は日本にとって無駄か

にぎり寿司職人の世界がアホらしいという話題を、前に人気コメンテーターが出しました。焦点は二つあり、親方が新入りにノウハウをなかなか教えない問題。その教えない期間に店内の掃除をやらせる問題。

この日本の慣習には原型があり、小中高生の教室掃除がそうです。掃除当番が机を後に運んで床を掃除し、前に移して反対側の床も掃除し、机の天板をぞうきんでふく。トイレ掃除も。外国だと清掃業者がやる作業が、日本だと生徒の義務です。

低年齢教育で生徒が掃除までやる理由は、日本の道徳教育でしょう。自己完結する自立の精神と、職業に上下なしとする良心の育成が目的だと考えられます。掃除は汚れ役なので、外国では下っ端扱いでしょうが、日本では皆が手を汚すから貴賤意識が薄れるというわけで。

これは平等社会の肯定であり、身分社会の否定です。日本に欧米のような堅固で絶対的な階級社会がない歴史を、今も裏づけている証明にもみえます。イギリスにもその思想はあり、女王の孫の王子が学校トイレの便器に手を入れて清掃する姿が、かつて雑誌で出回りました。階級社会でも教育的に掃除させる。

新自由主義経済のグローバリストである人気コメンテーターが、寿司職人を上級国民としてエリート教育すべきという警告は、時代の流行に沿った思想といえます。地位とお金が人生目標である今の競争社会に合うように、古来の職場を改革せよという意図でしょう。

寿司職人の減少は百円寿司の流行など、デフレ不況の節約による販売不振ですが、格差社会も原因です。後輩を育てた先輩がコストカットで切られる平成に、技術伝承が途絶えました。ベテランが日本を追われ他国に拾われ、向こうに貢献した技術亡命ブームがありました。半導体以外に果物の品種も持って行かれて。
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2019/07/01

JFBのジクレー用紙のマッチング改良

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020の出展のめどが立ち、ジクレー版画と大型絵はがきの作品募集を始めています。アシスタント・ディレクターが伝統芸術系の新人なので、新たな可能性を感じています。

2014年の絵はがき企画スタート時は、印刷見本を早めに受け取ることができ、画面で見る絵と印刷結果との距離感を小さくできていました。一方2015年からのジクレー版画は、作品が大きいので見本はなかなか入手できず、当面ヤマカンでの手探りでした。

ドイツで使われるアートプリンターは日本製で、こちらも大型インクプリンターの管理時代もあるから、再現具合を予想はできました。メーカーごとのクセはあります。ただし、光沢紙と半光沢紙しか使ったことがありませんでした。

キャンバス目や水彩紙などテクスチャーのある厚い美術紙は、日本ではプレミアム扱いの高級品なので、見本の画像で想像するのみでした。後で一部を日本へ送ってもらい、おおむねうまい画調で刷られていたと確認できました。

しかし用紙にもクセがあり、暗い絵のディテールが出にくい紙もわかりました。その作品はすぐに売れはしましたが、特性がはっきりしたので原画の質感を出すためにもっと改善します。

絵がシンプルだと、テクスチャーのある用紙でにぎやかにします。ドイツのファインアートにも写真光沢紙がありますが、写真用でもテクスチャーがあったりします。廉価なカットペーパーの光沢紙よりは、経年耐久性が高いのでしょう。
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2019/06/28

シンデレラの主張にもお国がらの違いか

シンデレラ・コンプレックスという語があり、いつか王子様に見出され幸せになる期待を抱く、女性の心理のある一面だという。シンデレラ物語には人間の運命の、よくあるパターンを示すエピソードが多く含まれます。

『白鳥の湖』同様に王子が嫁を決める舞踏会があって、クラシックバレエがプロコフィエフ作曲で確立されています。舞台装置に深夜零時の時計があり、巨大なメカニズムを見せる演出もありました。12回打ち鳴らす音は大きく悲劇的。

逃げ出したシンデレラは靴が片方ぬげ、王子はそれを手がかりに辺境の地まで探し回ります。ついに王子一行は家にも来て、該当者なしで最後に残った家事手伝いの女が、あの時の本人とわかる。ふところから落ちた靴が、決め手の証拠。

この部分の成り行きで、シンデレラのキャラ設定が何とおりかあります。日本の感覚なら「そのほうもこちらへ参れ、足を入れてみよ」と、お供の者が強引に試させるのが順当でしょう。「おおっ、うまく合うではないか、もう片方はどこじゃ」という流れ。

しかしシルヴィー・ギエム主演のルドルフ・ヌレエフ版は違いました。義母や義姉たちがもめる中で、シンデレラは隠していた片方の靴を、堂々と床に置くのです。その押しの強い積極的な性格なら、家を出て独立してベンチャー起業も楽勝。

ソ連から亡命したヌレエフは、アメリカのハリウッド映画界をモチーフに振り付けしました。シネマにあこがれる女性が、スター俳優の相手役を選ぶオーディションに誘われ、契約書にサインするという奇抜さでした。『ロミオとジュリエット』を『ウェストサイドストーリー』にした感じ。パリオペラ座で受け継がれ、さらなるアレンジが加えられています。
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2019/06/24

ジクレー展と絵はがき展JFB出展の募集開始

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020の日本新作美術展、5回目を募集開始しました。スペースは前回のコンパクトよりも少し広がります。スペースが前のように広々としない場合の需要を調べ、作家資料の充実を図ることにしました。

現地の物価を時々調べていますが、デフレ日本以外の国は普通にインフレ基調なので、各種料金が高度成長時代の日本みたいに年々上がります。郵便料金や国際便、宅配やあらゆる入場料も上がっています。ジャパンフェスティバルのエントリー料もかなり上がりました。

今の日本も物価は上がっていますが、増税で上がるというデフレ下のスタグフレーションであり、所得は下がり物価が上がる危機的な現象です。なぜ上がるかは、デフレ経済で企業が採算割れし、遅れた値上げです。一例がヤマト便。

日本国内だけで考えれば、右肩下がりの斜陽が永続しそうな暗い気分ですが、世界各国は人口減でも少子化でも経済成長しています。経済情況は国民の覇気や能力ではなく、経済政策のさじ加減だとわかります。具体的には国民の所得分配率と投資の気運です。今の日本庶民が非優先のレントシーキング時代。

一人負け日本の落ち込みは国際的な発言力低下にもなり、そのひとつはこうした海外イベントへの出資と出番の減少もあります。今回もへたすれば日本からの遠征出展がなくなり、現地から出展だけになる予感がありました。

今回ジクレーの編集と用紙選択を少し見直します。絵はがきは全種が手元にありますが、ジクレーはそうはいかず一部をチェック用に取り寄せただけでした。美術紙のテクスチャーと絵とのマッチングも改良します。
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2019/06/18

消費税増税に反対する国民の理由が間違っている

美術に関わると、奇妙な思い込みによく出くわします。都市伝説的な思い込みが、定説として流布しやすい分野です。日本で目につくのは、「芸術家は精神の病気」という思い込み。芸術的感性がない者を、天が与えた健康と受け取る。

最近のアンケートでは、2019年10月に予定された3度目の消費税増税に、60パーセントの国民が反対しているらしい。これは驚くほどの数字です。低すぎるから。おそらく消費税の役目を間違って思い込んだ、ためらいでしょう。

最近個人サイトでMMT(現代貨幣理論)と消費税について、芸術的な視点で説明してみました(クラウドファンディング報告)。国民の間違った思い込みの筆頭は、国税の徴収は国の財源確保だとする、よくある誤解です。

60パーセントの消費税反対派の、胸の内はこうでしょう。「消費税が少ないと国家予算が不足する」「だから増税は必要だ」「でも今は家計が苦しすぎる」「なので皆でもっと節約して、消費税は据え置きにできまいか」。甘えていると叱られるのを恐れながら申し上げます、と。

思い込みはここ。原理上、消費税に財源の機能はありません。政府と子会社相当の日銀がお金を刷れば足りるから。プリンターで増やせるお金は、増やす者にとって金目の物ではない。国税はインフレ率を調整する物価のスタビライザー機能です。所得税はそれプラス格差是正で、犯罪と紛争の防止です。具体的には共産主義革命の下地を生まないための所得再分配です。

税は人類が貨幣を発明した次に考え出された、物価安定装置です。ラーメンの値段が倍々に上がるのを徴税で防ぐ。「税は国の財源」はフェイクです。さらに消費税は景気の過熱を緊急阻止するブレーキ役で、買い物をやめさせる冷や水として発明されました。物が売れすぎて困る時だけ増税するのが、日本以外では常識なのに。芸術の迷信の方がまだまし。
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2019/06/15

日本をインフレ経済に持って行くことができない謎

美術家はインフレとデフレのどちらがありがたいか。当然インフレです。インフレは買い物ブームになります。作品を欲しい人が2人より5人の方が高く多く売れ、穴場狙いも現れる。売れるから作るから売れるから作る、と経済成長の好循環がインフレ。逆に衰退の悪循環がデフレ。今がそう。

インフレ基調だと物価がほどよく上がり、お金の値打ちが前年より下がるので消費が増え、所得が物価以上に増えます。国民は趣味の手を広げ、体験も教養も学力も上がり、笑顔で優しい気持ちになる。実例は1960年代(東京五輪)と、1990年頃(バブル)でした。80年代の成果が、昨今のノーベル賞多発。

ネットでは、ハイパーインフレ警告を見ます。日本のインフレ記録は敗戦の翌年の300パーセントでした。今400円のラーメンが1600円に上がる計算です。それに対してハイパーインフレは13000パーセントだから、ラーメンが52400円に上がります。これが起きるのは、核か量子かプラズマ兵器での国土撃沈しかない。インフレ恐怖症は無意味。

朝まで飲み明かして歌って踊ったバブルの、インフレ率ピークは3.25パーセントでした。それだけでもアメリカの版画が60万円で売れまくり、文系の学生まで買いました。通販カタログに3千万円のイギリス車がのった時代。そのインフレに今持ち込めば、日本の市場も企業も復活するでしょう。

だから、国会議員も日銀総裁もインフレを目指すと誓っています。なのに不思議。物が売れなくなるデフレ促進を続けた不可解な平成時代でした。逆走した動機は今も定説がありません。不勉強説、馬鹿説、信条説、復讐説、買収説、出世優先説、法令遵守説、ハニトラ説、国際金融陰謀説など。

正解を誓いながら、逆方向へ走り続ける。実は美術でよくあります。新しい創造ですとパンフに書いて、古風で非創造的な公募展覧会はざら。ともあれ、デフレ不況からインフレ好況に変われば、美術界も好景気に変わり創造性が高まるのは美術史でも明らかでしょう。
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2019/06/09

絵のモチーフはひとつを繰り返す方が傑作が出やすい

アメリカのある予言者が、日本の東日本大震災を初め、世界で起きた事件を予言した実績を誇りました。ノストラダムスのあいまいなポエム文を、現代の出来事へと言い回しで結びつけるトリックと違い、具体的に何年何月に大地震が起きるぞと、的中させたのです。

的中が本物だと信じる理由は、事前に予言内容を郵便として出し、局に記録がある点です。郵便や記録を偽造と疑うことも可能ですが、日本のテレビ番組では予言は本物だと解釈していました。しかしもうひとつ、隠れた情報がありました。

その予言者は年に三万通の郵便を出していたのです。鉄砲を数撃ち、いつか何かに弾が命中する方式でした。それならとスタッフを増やして三百万通出せば、日本の今後820年間に起きる地震を、一日単位の精度で的中できます。時刻も的中させるなら向こう34年分。たくさん予言すると、どれかはぴたり当たる。

このやり方に近いのが、ピカソの絵でした。ピカソは絵を壊して再編するアドリブ方式なので、偶然の当たり外れが激しく駄作が増えたのです。そこでギネスブック記録にもなった世界最多の作品数によって、傑作の数も多い結果を得ました。

当展示企画の参加者も同じで、「おっこれはいけるぞ」という作品は、同じか似た構図の類似作が何個もあるものです。グラフィックデザインも同様に、試作が持ち上がって完成するのではなく、同じものを何度も一から作り直して、同じ図案の別案へ生まれ変わっているのが普通です。

この事実は、画家が一モチーフを一作で終わって、はい次と渡り歩く気分転換した制作法では、完成度が出ないことを示すでしょう。似たような作品をこりずに繰り返すことで、偶然どれかが絶品になっていたという結果論があります。
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2019/06/03

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020現地担当決まる

ドイツの展示活動の幹事さんを探していましたが、紹介があり決まりました。これでジャパン・フェスティバル・ベルリン2020もできそうです。これから打ち合わせして、拡張していければというところです。

マニュアルどおりの作業でなく、アイデアを出し合い夢広げる世界ですが、10年前よりかなり変化しました。我々はヨーロッパの国技的なアートの市場に、はるばる参戦していると感じます。現代アートは日本の得意わざとはいえないし。

景気は気になります。令和日本は逆走でのデフレ不況をまだやめないし、ドイツもEU域内の首都の地位にありながら、GDPはイタリアともども低調です。日本よりはドイツが明るいのは、官僚主導批判と減税が検討されている点でしょう。日本はその場面で逆走して途上国化しました。

政治行政面でも、日本は国際潮流から遅れています。たとえばEUで死者を多く出した移民難民問題は、資本主義で富の分配をめぐる階級闘争です。日本では人種問題へずれた説明ばかりで、国民は時代の空気を読めずにいます。ポロックの絵を写実デッサンの技量で読むみたいな感じ。

そんな国際対国内のギャップを感じながら、日独美術文化活動を続けている感覚があります。知られるように、ヨーロッパで日本の存在は小さくなりました。ジャパンマネーが弱くなったから。EUが頼るのはMMTも活かしてきた中国です。世界が変わったあらゆる起点は1989年でした。

最近いくつか聞いたのは、ドイツの日常的な手続きは手間で、人に優しくない不評です。対する日本は一時、少ない公務員数ながら行政の親切設計が流行しました。しかし国政の逆走はひどい。政府財政出動と減税があれば、内需拡大して早い段で好景気と多子化に戻るはずなのに。その解説も何本も書きました。
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2019/05/30

アメリカ車が買えた90年代の日本に戻すには

令和時代の天皇陛下初の国賓はアメリカのトランプ大統領で、大相撲の観戦とトロフィー授与などの動画が話題です。F35戦闘機を日本が購入する再確認など商談は進み、しかし東アジアの核とイラン問題、アメリカの貿易赤字を減らす課題などは残りました。

中でもアメリカ車が日本で売れない問題に関して、大統領の護衛車列にヒントを感じました。アメリカ大統領の海外訪問は、サービス車一式を空輸しパレードみたいに移動します。大統領専用リムジン、キャデラック『ワン』の「ビースト」の前後に、大型のアメリカ車が並びます。

ホワイトハウスとの通信車は「ロードランナー」と呼ばれ、フォード『エクスカージョン』か『F350改造仕様』か。7メートル弱のフルサイズバンは、パラボラアンテナのドームが前より大型化していました。

両国国技館付近に待機した「クラシファイド」と呼ぶトラック、四角いボックスを持つフォード『F250』は前より一新されたのか。ボックスの中は諸説あり、武器庫や兵員輸送や緊急手術台など。いわゆる救急車説。実はABC兵器の検査測定用機材と、ウィンチなど多目的支援だという。

「クラシファイド」はもう一台あり、棒状アンテナで爆発物のリモート起爆を阻止する妨害電波を出す車。シークレットサービスとドクターが乗る「コントロール」「サポート」と呼ばれる、端正な車種と同じシヴォレー『サバーバン』で、小ぶりに見えても車幅2メートル超の大型SUVです。

これの前々モデルが日本で売れた時期があります。バブル後の1995年頃にアメリカンSUVブームがあり、書店にアメリカ車の特集情報誌が何種も並びました。消費税5パーセント化と緊縮財政と8ナンバー規則の見直しで、アメリカ車ブームが消えて軽自動車全盛、フォード社は日本撤退。日米貿易摩擦の再来という流れでした。
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2019/05/25

イギリスのメイ首相の辞任とEUとドイツの未来

サッチャー首相に続く二人目の女性である、イギリスのメイ首相が辞任しました。イギリスがEUから脱退するブレグジットが不調に終わった責任で、追い出されたかたちです。イギリスでは、メイ首相への評価は低くなっています。

日本では、メイ首相にお疲れ様という同情と、イギリス国民はアホで身勝手という意見が圧倒的に多い。日本の国際認識の空白部分でしょう。ひとつは、俗流解釈で済ませた日本語情報の受け売りもあるでしょう。争点を人種のあつれきで説明した報道も多かったから。

イギリスが取り返したいのは民主主義と自治権です。自治権のうち、日本が絶対的に有利な通貨発行権は、フランスやイタリアにはなくとも、イギリスはEUに属しながら特待生としてポンドを使っています。しかもイギリスの政府負債は、日本と同じ絶対安泰な自国通貨建てです(日本の借金1100兆円が破綻しない政府保証)。

日本のメジャーな論調は、イギリス国民の無秩序さを批判しますが、怖い秩序は逆にEU本部です。ベルギーにて、各国政府より強い権限を持ちます。EU国はまるで県相当の地位で、国民の総意で国政を変えられません。フランスやイタリアが国の傾きを修正できない苦悩が、日本人の理解しがたい部分です。

EUと似るのはソビエト社会主義連邦共和国のクレムリンか、中華人民共和国共産党がすぐ浮かびます。全体主義国へ向かう流れに、イギリスの一部があわてました。日本では組織に入れば保護される前提ですが、国際社会ではカモは補食されます。団体とは餌の狩猟場でもあり。

サッチャー以後の世界は国際金融が特権を持つグローバリズム主導で、EUはさしずめ欧州人民共和国か。メイ首相はグローバリズム派ゆえEU側寄りで、自治権奪還を望む議員たちが怒り出しました。次はイタリアの番と言われ、平成日本の失策から学んでいるところ。
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2019/05/20

ゼンメルワイスの死闘と日本現代貨幣の新千円札

「外から帰れば手を洗いなさい」という親の小言。「なぜ?」に答を出したのは、ゼンメルワイス(センメルヴェイス)というハンガリーの医者でした。彼はある謎に首をかしげました。出産後の母親の死亡率は当時三割で、彼の病院でも一割前後で、しかし医者でなく助産婦がやれば半減するのはなぜか。

医者の手から何かが出ていると推理したゼンメルワイスは、試しに医学生たちの手を消毒液につけてから母親に触れさせると、死亡率が十二分の一へと激減したのです。そこで彼は、医者の手が何かの毒物で汚れて死なせていた説を唱えます。その解決策もセットで。

彼は医者をクビになり、狂気の人と呼ばれて大学からも追われ、精神病院へ送り込まれ撲殺されます。この時の医学界の行動が「センメルヴェイス反射」とネットにあります。医学界にとってゼンメルワイスはおじゃま虫で、その後も医学界が母親の死亡率を高いままにしたのは言うまでもなく。

センメルヴェイス反射の語が急に表に出たのは、『現代貨幣理論』と呼ぶ今ホットな経済原理が、ゼンメルワイスの説と立場が酷似するからです。現代貨幣理論では国内の自国通貨量の上限を、インフレ率で決めるのが正論と解きます。緊縮財政で公金を削減して増税する日本の政策は、デフレ時のデフレ促進策なので、文明史上最長のデフレも貧困化も老舗企業倒産も、説明がつくという。

ところが従来の経済は、総額一定のお金を分け合う思想です。お金を市場に増やし需要創造する正論が不都合な権威者が多く、マスコミを動員してセンメルヴェイス反射を始めました。連想したのは、ピカソに死刑を宣告したフランスサロンの画壇です。ピカソは撲殺は免れたものの、悪口雑言にさらされました。

ゼンメルワイスの説を実証して名誉回復に至らせたのは、よく知られたフランスのパスツールとドイツのコッホなど細菌学の研究者で、コッホの十歳下の助手が北里柴三郎。次期千円札の図案。人類が微生物と死闘を繰り広げ、勝ち目を得た最初期の闘士たちでした。
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2019/05/18

日本は本当にダメなのかと問われると答えにくい

日本はダメだと言われたのは1990年代後半で、「終わった」「終了」の声が広がりました。2008年頃のネットがひどく。現代のベートーベンやSTAP細胞のてんまつを指して、日本はもうおしまいのフレーズが飛んだのは2014年後半。

日本が落ちぶれ、国力が下がり、途上国化したのは事実です。たとえば有名企業が海外に買収され、技術が流出したり、学術論文の激減、海外団体からの貧困児童勧告など。一方テレビには「日本すごい」特集が増え、その手の内外の動画も多い。それなら2019年5月の日本は、果たしてすごいのかダメなのか。

日本は病気だと言われ続けました。病状は無駄の多さ。公金の無駄づかいで、お金がなくなる慢性病だという。やり玉にあがったのは全国の高速道路と、瀬戸内海の5つの吊り橋でした。そこで平成30年のうち22年間は、お金を使わない主義に徹したのです。

そうして1997年から無駄を削減し続け、でも凋落が止まらない。それもそのはず、診断も治療も逆で、日本はデフレ不況と呼ぶ節約病だったのです。節約気運を日本の俗語で「不景気」と呼ぶわけで。節約で国が衰退したと気づいた国民は一部で、今も国民から意見を募ると、「出費を減らせ」と衰退促進案が集まる始末。

国を人にたとえます。屈強な人を指して、君は危ない死ぬぞと誰かが言った。死亡を防ぐために、食事制限して一日一食で量も減らした。その人はやせて衰弱した。それを指して「ほらね、言ったとおり危ないでしょ」「健全化のために食べる量はゼロを目指せ」と。この種の集団パニックはたぶん1941年以来です。

普通に食べていれば屈強なはずが、断食させて弱体化した。「日本はダメなのか、すごいのか、どっちですか?」の質問に、何と答えたらよいのでしょう。健康だったのに、誤診で病弱に変えた。この悪い冗談のような自滅を、言い表す四字熟語が今週のクイズです。
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2019/05/13

幼児教育・保育の無償化法案への批判が何か変

幼児教育・保育の無償化法案が国会で決まり、そのための財源とする消費税10パーセントへのアップがほぼ確定しました。興味深いのは、この消費税増税の必然性を伝えるニュースへ国民が投稿した意見です。たとえ話に替えてみます。

船員が冬の海に落ちて、海上に漂ったのをヘリで救助されたとします。次に何をやるべきかの対応が国会で法律化されます。船員を水風呂に入れることが決定。当然国民は「とんでもないことはやめろ」と非難ごうごうです。

国民はこう批判するのです。「どうせ汚れた水を使うんだろ」「風呂を無料にするのか有料なのかが問題だ」「待機船員がいるのに順番抜かしかよ」「風呂会社の残業と長時間労働には反対だ」「風呂会社とつるんだ政治家は辞職せよ」「国会議員の総数を減らしてからやれ」と。

この声が出ないのです。「入れるなら水でなく、お湯の風呂だろ」。たまにあっても賛同者は少ない。人の体温が下がれば温める、上がれば冷やす。すると死を防げる簡単な原理を、国民が知らないかのように批判はバラバラに散りました。

焦点は幼児教育のあり方ではなく、経済成長です。デフレ時は減税して消費を温める。インフレ時は増税して消費を冷ます。今はデフレ時だから減税すべき時です。少年ジャンプが売れない理由と、福島原発が壊れた理由は同じで、デフレ不況下の増税が招いた、国ぐるみの出費削減です。今必要なのは削減とは逆の行動。お金を使い経済を温める。冷やすのでなく。

「違う、焦点はそこじゃない」は、美術にも多い。最近気づいたのは、形と色を見るのをそっちのけで価値を読もうとする鑑賞の多さです。すでに一編書いたほど。価値を言い出せば、古典名作以外は鑑賞不能です。美術の「そこじゃない」は、作品の価値を読む努力です。バラバラに散った美術批判の根っこのひとつ。
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2019/05/12

美術作品の価値がわからない日本人の悩み

最近、個人サイトのアドレスを引っ越しました。プロバイダー契約に付属する容量貸しがデフレ不況で廃止され、紹介された別事業者の無料スペースは、CGI やPHPはあれど広告が出る欠点があり、結局独自ドメイン内に収めました。

サイト移設は検索ランクを受け継ぐなら手続きがありますが、訳ありで裏技だけで済ませたら、早く検索に現れました。そのついでにあれこれ検索してみると、目についたのが「美術の価値がわからない」と書いたサイトの多さです。

「美術がわからない」でなく「美術の価値がわからない」と、「価値」を書くのは実に日本的です。国民が芸術を理解できない前提で話が進められている問題です。ドイツでは普通、「自分はこの作品のよさがわかった」と思って買うわけです。

ところが日本では、「自分はこの作品の価値がわかるべきである」と思いやすく、鑑定みたいな鑑賞になりがちです。価値とは値上がり益の見込みかという、揚げ足とりは一応やめておきましょう。

としてもその裏には、神が知る絶対的な価値がある前提で話をしている疑いがあります。ポピュラー音楽を「聞いたがわからない」とは言いますが、「聞いたが価値がわからない」と言うでしょうか。美術の時だけ価値にこだわる空気です。

価値は神ではなく人が決め、雲の上の人ではなく僕らが決める。この正解を音楽の時は発揮し、美術の時は消える条件反射がくせものです。万物に固定した価値なんてものは実はないから、自分なりに賞味すれば済むことです。美術鑑賞こそ自分勝手の発揮しどころなのに、皆さんコチコチでギクシャク。
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2019/05/09

大津市保育園児死亡事故のガードレール論

日本国民の勘違いは、琵琶湖畔の大津市保育園児死亡事故でも炸裂しました。典型例がこれ。「歩道にガードレールや道路ポールがあれば防げたなどと無理な要望はやめて、車の運転は一人一人が気をつけよう」という発言です。このよくある模範的発言は完全に間違い。

この考えが招いた取り返しがつかない失敗が、福島原発でした。「堤防を高くしていれば津波が防げたと無理な要望はやめて、不景気の実情を計算に入れて、工事をどんどん削減すべきだ」と、2011年から散々聞いたものです。

普通に考えて、ガードレールや防潮堤で危険率を下げるのが、国の統治でしょう。倉敷市の川の堤防も、削減して途上国並みの水びたし。大事なのは、ガードレールは日本の道路を管轄する日本の自治体が、日本のメーカーに日本円で払って買う点です。日本日本と、日本しか出てこない。

アメリカ製やドイツ製のガードレールと違い、日本製だと円で払ってドルやユーロは払わず、国内で完結します。政府が国債を発行するなどで、地方に補助金を出しても解決します。内々のやりとりだから、誰も損しません。増えた政府負債は国内の財産になります。死者数の減少と引き換えたかたちで。

ところが根本が誤解されているのです。ガードレール代が自国通貨建てだと知らない。国内では好きに資金創造して、買い物し放題だと知らない。お金を自在につくれると知っても、天罰を受けそうで怖い。結局ありもしない怖い神に、園児の命を差し出しておしまい。皆で運転女性を叩いて終わり。

道路整備のお金がないのは、あえてお金を刷らない特殊な思想信条が続くせいで、原典は1947年の進駐軍の法律条文だという。全国の小学校長は、通学路の歩車分離とガード設置を長年要求し続けてきました。設置費は円で、財源は印刷インクだと国民が理解すれば、敗戦時の人命軽視の原則を72年ぶりに変更できます。
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2019/05/05

2019年は日本と世界の経済が変わるかも知れない

キリがよい数字でない1989年に、日本は昭和から平成に変わり、消費税導入で不況の発端となりました。世界では、ドイツ人の手でベルリンの壁が壊され、東西冷戦終了と欧州国再編が起きました。ユーゴスラビアが分裂してクロアチアやセルビアが生まれ、ソ連は解消してウクライナやカザフスタンの復活など。

キリがよい数字でない2019年にも、世界が激変する可能性があります。しかも焦点は日本だという。日本が平成4年まで好景気で、5年からは不景気で、9年から世界記録となるデフレ不況が31年の今も続くのは、国民の能力不足ではなく経済政策の間違いだとされます。

間違いを簡単にたとえると、腹が減った人にダイエットを強いる逆走思想で、無理やり続けた不況だという。日本解体とささやかれて。ところが平成と令和の交代が近づいた頃、ひとつの経済理論が海外で話題になり、世界が激しく反応しました。イギリスは喜び、半泣きなのはEU。

腹が減った人に飯を食わせたら国は豊かになる理論だったのです。財界とマスコミが猛批判した理由は、今の新自由主義経済とは逆だから。新自由主義は政府を解体してデフレ不況を強め、負け組を淘汰する選民思想です。それとは逆の、インフレ好況で庶民が富む方向の提言は不都合ゆえに、大騒ぎが起きたのです。

美術でいえば、美人画が芸術だと決まっているのに、顔をいびつに描く者が現れたような感じか。「クレージーなブードゥー教が登場」と猛反発。「飯を食うと腹が破裂して危険だ」と。ところが話題の経済理論は、単にお金の原理の説明です。

「現代のお金は現にこうである」のドキュメントです。令和時代の日本は世界から注目されるでしょう。注目点は2020東京オリンピック後に必定の経済落ち込みを、現代貨幣理論で救う最初が日本かも知れない関心です。当然、救われては困る利害とぶつかるはず。世界の経済を変えるポジションに日本が着いた。
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2019/05/01

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020の準備中

令和二年に東京五輪の前に開催される、ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020の下準備中です。会場担当ガイドさんを決めるところです。チームづくりで、ボランティアも買って出ていただけました。少数精鋭展の可能性も視野にあります。

前のジャパン・フェスティバル・ベルリン2019の会場は、雰囲気が従来と少し変わりました。大口出展が入れ替わり、ピュアアートのボリュームが小さくなったせいでしょう。ジャンルが混在したこともあり、他の階と似てしまいました。

展示会は、もちろん展示物でガラッと変わります。もしピュアアートの出品が消えると、ゾーンごとなくなる理屈です。仮に地元の幼稚園児の絵が加われば、やっぱりその方向に瞬時に染まるものです。展示物のタレント性が場を支配します。

日本の90年代のファッションビルには、どこかの階にアート販売店がありました。歴史名画のポスターとかオリジナル版画とか、ポストカード類を置いていました。しかしある日通ると、靴下店に変わっていたりしたものです。デフレ不況だから。ビルの印象まで変わった気がしたものです。

ところで、なかなか場所が決まらないベルリン少数精鋭展の続きですが、早く再開したいと考えています。これはEUが発端の世界同時デフレでプロギャラリーが低調で、代わりになんちゃってギャラリーが台頭した、欧米の事情が関係します。

平成の最後に、アメリカからおもしろ貨幣理論が登場し、あまりに現実どおりなので守旧派との攻防が起きています。その理論では、日本は簡単に経済発展できる道理です。今の正反対をインフレターゲット内で続けるだけ。ところがEUは原理上共食い構造なので、日本と同じだけ有利なのは、先行したアメリカ以外はイギリス、カナダ、スイス、オーストラリアだけだそう。
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2019/04/30

平成時代の最終日に思い返す30年間の流れ

平成時代の最大の特色は、人類史上最長のデフレ不況でしょう。海外エコノミストがあきれるほどの前代未聞の長期記録。なぜそうなったかは、冬の海から遭難者を拾い上げ、水風呂に入れて死なせたロジックだと、答は出ています。ならばなぜ、お湯に入れなかったのか。経費削減です。

冬の海に相当するデフレ不況の原因は簡単で、政府支出を削減する緊縮財政です。お金の価値が上がり、物価が下がるのがデフレです。人件費という名の物価も下がり、中産階層が貧困化し結婚と子育てがしぼみ、少子化も進みました。一億総中流をやめたから、子どもの減り方が加速した簡単な話。

無駄な出費が多い昭和に、日本は裕福でした。節約と削減に精出した平成に、明快に貧困化しました。普通なら法則に気づくはずが、原理の逆を続けた理由は何か。風呂の温度を上げなかった理由は。答は「レントシーキング」と呼ぶ、民主主義をさりげなく壊すキーワードでした。

明日から始まる令和時代に、国民はもう一度分断されるはずです。政府は財政出動してGDPを上げ多子化に変えよという派と、経費削減を強めて貧困化をすすめ国を小さくせよという派が、ネットと報道に分かれて戦うのが令和時代。主要国の自殺は迷惑だと、国際社会から叱られるまで続けるはず。

二次大戦の最大の原因は、1930年頃からのドイツ庶民の貧困でした。その欧州大戦と、日本が主役の太平洋(大東亜)戦争が同時期の理由は、1929年の「大恐慌」がカギです。貧困化した大勢が優秀だと大戦は起きます。だから大戦は財閥と金融の富裕層が仕組んだと、陰謀がささやかれるわけです。

今のままでは先進国は壊れ、優秀な同士なら大戦が起きます。そこで現状を変える動きが各国に出てきました。どう変えるの?だと周回遅れです。低体温症の庶民に風呂をわかす政策に決まっています。日本とドイツは世界経済に影響を与える立場なので、文化交流美術展程度でも国際政治の風向きを感じます。
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