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2019/09/20

2020もマイクロ個展の募集を始めました

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2020の展示スペースは、すでに納金して確保しました。安全圏に入ったので、マイクロ個展2020も募集を始めました。マイクロ個展はプリント企画とは異なり、リアル作品を現地へ輸出するタイプです。

リアル作品展は、以前は作品1点か2点を送る合同展でしたが、マーケットリサーチを高めるために、ある程度作品数を多めにして、一回の労力で効率よく試す超小型個展を考えました。最初はクラフト系のアクセサリー展のワークショップふうで始めました。

作品が多すぎず少なすぎずの適量で、作品集合のインパクト勝負です。作者をマークできる少数精鋭展の一環です。作品選びと価格設定に時間をかけており、作品が比較的よく売れる企画です。作者紹介ペーパーもつくります。
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2019/09/16

制作時間をとるには日本の景気を上げないといけない

Yahooニュースなどに、社会批評のコラム記事があります。記事の長文が粗末な時があり、読者の意見コーナーに批判が集まります。多いのはタイトル詐欺。内容が事実誤認や浅慮、まとまらない論理や結論ありきの強引も、よくあるパターン。

「読んで損した」「プロがこれでは困る」「金がもらえていい身分だ」「時間を返せ」。しかし執筆作業の裏に回れば、時給40円などです。推敲を重ねても報酬は変わらず800円。時給80円に上げようと急げば、細かい手は入れられません。文章づくりはそんなに簡単ではないから。

普通の本や雑誌の役目は、もちろん情報伝達です。書店で市販される本の大半は、比較的正確で独自色もあり、ていねいに推敲されて読ませどころが多い。ところがネット文章の大半は、情報伝達が目的ではないのです。

検索会社のサイト巡回ロボットプログラムに分析させ、検索候補の上位に出る順位獲得が目的です。アクセス広告とアフィリエイト収入が目的で、無料で読める代わりに内容が虚偽でもかわまない理屈です。悪人の個人情報を出すと別人だった名誉棄損事件もその論理であり、炎上させて消し逃げする方法。

ネット作文は全般的に、ネットで情報を見つけて言い換えるパクリ仕事で運営されます。ネット内によく似た文書が複数目につくのはその形跡も多く、パクリの連鎖が貧困ビジネスになっています。しかしオリジナル文をつくるとすれば、執筆者は素人でなく各分野の専門家に限られ、そういう文もネットにあります。

同様に、絵もオリジナルは何度も作り直してものになっていきます。試しに描いて「なかなかうまくできた」と思っても、後で見返すとたいてい全然だめだと感じるもの。それは自分が上昇しているからで、いったん飽和したと思うまで、ゆっくりでなく急いで自己投資するのが得策です。
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2019/09/10

ジャパン・フード・フェスティバル・ベルリン2019の開催

ジャパン・フード・フェスティバル・ベルリン2019

ドイツから写真が届きました。ジャパン・フード・フェスティバル・ベルリン2019という食の見本市です。9月7日と8日に開催されたばかり。アートとデザイン系が中心のジャパン・フェスティバル・ベルリンと同じビルでした。

毎年冬の灰色の風景ばかりでしたが、初めて見る夏の光景は周囲も明るく輝いています。でも暑くはなく、セミの声はないはず。

写真はヴィーガン・チョコレートで、JFB2020の幹事さんをやっていただく方の手作りです。素材はロー(Raw=生)チョコで、過熱しないで低温でカカオを取り出し、砂糖とミルクを入れない自然食品です。日本では景気のせいでブレイクしないから、実は初耳でした。

ドイツでは自然食品は広まっています。激戦の中、色々な工夫でよく売れて好評と聞いています。美術でもこんなふうに集まって欲しいところですが、1月のために前回の3倍の面積を確保します。

東京五輪の後には、もっと注目が広がるかも知れません。

Japan food festival Berlin のfacebook
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2019/09/06

日本のおもてなし観光でも議論と分析が苦手らしく

現代日本の欠点として内外からよく指摘されるのが、「日本人は議論ができない」です。ネットでも論破という語が出回りますが、論破の名人といえば、概して論点ずらしと極論放言に、細部の揚げ足取りと人格攻撃です。そして大声。絵の面積が法外に大きいみたいな感じか。

本当に多いのが、「君には言う資格がない」の封じ込め方です。言う場を与えないことで否定する手。最近海外報道が書き立てたのが、新聞社の質問に答えない政府首脳でした。アホな質問には答えませんと、さえぎった失点でした。アホな質問を返り討ちにするチャンスだったのに。

国際ビジネスのサイトで、英米の学者がよく日本の悪い面を指摘します。多いのは「日本人は分析ができない」です。代表的な指摘は、「日本の長所さえ分析できないのは実に惜しい」という、励ましのアドバイスです。

成功も失敗も分析しない限り、次の目標が決まりません。少しずつ積み上げる向上が起きないのです。連想するのはサッカー日本代表です。本部による分析が毎度ないから、4年ごとに課題の量と質が前と同じで、一過性の感が強い。過去の延長に今がない。

この失敗を観光で繰り返しているらしく、外国から日本に来てくれる動機を探っていない問題が言われます。たった今の収入金額に一喜一憂するだけで、未来計画が空白らしいという。つまりはマネージメント能力の話か。これはコスト削減ありきの緊縮財政の連鎖も一因でしょう。

アートでも分析が流行らず、傑作の根拠を説明できない現象が顕著です。だから、偉い人がほめたか、外国が認めたか、価格が高いか。三つのどれかで食指が動く。お墨付きの尊重から一歩出るのがなかなか。作品のどこがよいかを、自分の言葉では言えない状態。そこで作品称賛の言葉を書くことが増えました。
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2019/09/01

カオス理論と人工知能AIと芸術創造理論

カオスと言えばてんやわんやのドタバタ状態や、混沌として収束がみえない意味で使われます。一方カオス理論といえば、将来の結果が予測不能の数学的用語です。その意味のカオスの例が天気予報で、ネットに一週間後の予報はあっても二週間後はありません。完全に不明で、見当がつかないからです。

小惑星や彗星が、地球に衝突する予測もそうです。カオス理論の真意は、わずかな差が大違いの結果へ拡大する、脱線の予想外の大きさを言います。サイコロを振った偶発性でどっちへ転ぶかわからない意味の、ランダム成分は除外した話です。

カオスと人工知能AIは関係があります。AIの意味というか、性能向上は大きく二つに分かれます。メモリー容量が増えて、対応が細かくなったタイプが「弱いAI」。対して、思考力や創造力をAIが自力で生み出すタイプが「強いAI」。二つは次元が異なります。

映画『2001年宇宙の旅』で人工知能HALは、乗組員が電源を切る計画を光学レンズで読み取り、阻止しようと乗組員にミニ工作船をぶつけて殺します。今になって出てくる疑問は、電源を止める者を殺すよう設計担当者がプログラムしたのかという点です。していないなら「強いAI」です。HALはドラえもんに近かった。

詳細なプログラムとビッグデータで補強した性能向上なのか。それとも行動ルールのプログラム自体を、機械が書いて増やしていける性能向上か。AIは2045年にシンギュラリティー(特異点)に達すると学者が言う、その意味は後者の実現です。それが発端で人類が絶滅する指摘も少なくなく、貨幣のAI管理も根拠です。

前に参加者の絵のテーマがシンギュラリティーだったことがあり、絵画制作の作業は強いAIのはたらきをイメージしやすい。絵は既存の何かに必ず影響を受けます。しかし芸術家は、既成作品に似ないよう変えるのです。その時、脳内で制作ルールそのものを新しく創造します。その飛躍は天気に似てカオス理論的です。
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2019/08/30

facebookのLibraと円のユーザー使用料と芸術

日本の自国通貨である円を使う人は、基本料や手数料を払っていません。もし有料だと儲けるメカニズムが生じ、独占権を盾に途中で使用料がつり上がるでしょう。主催者がユーザーの足元をみる豹変が途中で起き、規律が壊れていきます。目的が変転している消費税みたいに。

その円も、外国へ送るには手間とコストが多大にかかります。子どもが留学して親が仕送りする時、身元を詳細に明かし、まとまった送金手数料と為替手数料を払います。何年か前までは、外国へ30万円届けるには31万円前後送りました。

仮想通貨なら30万円ぽっきり送れば全額届きますが、善良な送金の陰で反社会的な送金にもサービスが開かれます。テロ報酬や資金洗浄など、闇資金と闇金融の規模は大きい。今それをやるなら、銀行の特別契約とカジノ送金網あたりか。

通貨を発行する私人が急増したのは、親役の特権で巨万の富が手に入るからです。だから各国の現状は、非営利特殊法人(NPO相当)たる政府に自国通貨発行の権限を与え(EU各国は除く)、お金の使用料による庶民搾取も阻止しています。

「日本の借金は1000兆円、国民一人800万円で子孫は借金づけ」の真っ赤な嘘に、日本人は30年もだまされました。貨幣プリンターを政府だけが持つ仕組みを、国民が知らなかったからです。「借金が増えたら破産するのは家庭も同じ」は勘違い。「政府借金が増えるほど国民所得が上がる」と今ごろ知っても、貧困化した後。

自国通貨の論理で、世界統一通貨へのあこがれは消えます。お金は売買ツール以前に、国内の水や食料や物資を国民に行き渡らせる統治ツールだから。ところがこの貨幣機能は世界中で勘違いされ、まるで芸術機能とそっくりです。昔の人の巧妙な知恵を今の人が理解できず、解釈が浅くなるのも共通点か。
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2019/08/25

facebookの仮想通貨Libraと国家財政の関係は

facebookの登録数は27億人だそうで、ユーザー向け仮想通貨Libraを発行すれば、世界最大シェアの貨幣です。そこでドル、ユーロ、ポンド、人民元、円などを廃止に追い込み、世界統一通貨のグローバル化を夢みる声も出てきました。

ただ世界で100人中およそ100人が誤解しているのが、現代貨幣の機能です。Libra側が例外的に理解しているかは不明です。貨幣は各国の中央政府が発行権を持ち、自国民を富ませて飢えさせてを、財政で自在にさじ加減でき、偶発の自然現象ではありません。景気は人為的だとの事実も誤解されやすい。

誤解した例で、積極財政を放棄して人類最長のデフレ不況で中産階層を貧困化させた日本でさえ、異次元金融緩和なる「財政出動なき国債発行」で、日銀当座預金に一般銀行の融資準備金を積み上げました。リフレ政策と称する勘違いですが、方法が間違いでも内需を上げようと動いたのは確かです。

もし世界通貨で一本化すると、これもできません。納税義務とセットの自国通貨がない国は倒れます。特定民族を滅ぼす立場に立つ業者が新たに出現します。今その立場にあるのは英米の老舗銀行による、ディープステートと陰で呼ばれる国際金融コンツェルンとされ、それも崩れるかも。

Libraが各国通貨を駆逐すれば、国民生命をコントロールする国家財政テクニックが消えます。つまり世界統一通貨は宇宙人からみて、地球人の人口調節法になる理屈です。穀物メジャーと石油メジャーが質に取られるはず。

国境を越えた統一通貨といえばユーロで、EU本部の財政出動が一応は存在しても、加盟国ギリシャは財政破綻しました。自国通貨ドラクマを捨てたヒラのプレイヤーとなり、ドイツに借りたユーロを期限までに返せなかった。日本が原理的に絶対に破綻できないのは、自国で刷った円を自ら借りる模範的な内需国だから。
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2019/08/23

現代アートの『表現の不自由展』と闇鍋の楽しさ

テレビ漫画『巨人の星』に、闇鍋(やみなべ)パーティーのシーンがありました。捕手の伴宙太が高校時代に開催した宴です。伴は主人公で投手の星飛雄馬の隠し事をしゃべらせようと、暗い部屋なら打ち明けるかも知れないと、一計を案じたのでした。

箸でつかんだ物を一度は口にするルールで、履き物が入っていてギョッとなる場面もあったはず。しかしあの闇鍋、客の野球部員にガラクタを持ってくる指示に現実感がなく、非常に奇妙な場面でした。食品でない物を入れる必然がないし。

本来なら魚や肉や野菜に、穀物類というのが適切でしょう。入っている物を知らせ合わず、暗い部屋で皆がつついて、食べてサプライズが起きる楽しい宴なはず。もし食品でない物を入れてよい前提なら、いったいどうなるかということ。

草履や靴にとどまらず、石や金属類、ボタン電池やサボテンや、汚物、毒物、劇物を入れて、大変な結果になります。起きた結果の大きさを、わーすごいヤッターと喜ぶという。実はこれとよく似たことを実際にやり、ウケているのが現代アートの世界です。

『表現の不自由展』の議論で空転したのは、作品を区別する言葉でした。許せるか許せないかを分ける言い方でコケる。闇鍋にトンデモな物を入れて、皆を驚かせて騒ぎをつくる。それがスイカの実やわらび餅なのか、それとも手榴弾やダイオキシンなのか。国民は言葉をこらしても、二つの関係をうまく区切れずにいます。

わらび餅か手榴弾かは自由の大小ではありません。なのに、行き過ぎた自由はだめという線引きに話が流れ、程度の問題で落としがちです。これは、欧州展示で宗教やヒトラーでの話題づくりを禁じる我々にも切実です。この疑問について、出版以外に何度も何度も論説を書いてきました。
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2019/08/18

自分の作りたい作品、売れる作品、芸術的な作品

アート・マネージメント・システムのオプションは一方通行のレクチャーでなく、制作ノウハウや芸術論も含んだ相談会です。こちらが教えられることも多く。時々出る話題は、作者のやりたいことと、売れることと、芸術性の三つの関係です。

「売れるためには、自分のやりたいことを曲げて、不正直な作品にならないか」という命題です。そこにもうひとつ加わるパラメーターが芸術性で、自然体の作品と売れる工夫を加えた作品は、どちらがより芸術的かという疑問です。

この命題が出る最大の原因は、ここが日本だという点です。「なんじゃそりゃ」となりそうですが、日本では公募審査コンテストが大半を占め、アートフェアがごくまれという特異性が大きいのです。欧米の美術展は全くの反対です。

欧米の美術展は、作品売買マーケットです。展覧会場は日本でなら全国物産展みたいなもので、お客の目的は見学ではなく、何かを買って帰るつもり。現地の美術家は売る前提でやりたいことができており、意思を曲げさせられる圧はあっても小さいでしょう。

商売と芸術のジレンマという筋書きは日本的です。アートフェア文化圏では、見る目がマーケットで育成され、芸術的な方がひとまず売れる傾向です。日本で全国物産展がよく開催され、よく買いに行くお客ほど目が肥えているのと似て。その点で見物するだけだと、見る目はできないと考えられます。

「真の創造はリアルタイムには評価されない」という本質論は残ります。それでもお客の数だけ審査基準があるアートフェア方式だと、入口での失格はないわけで。民主化や一般化を済ませた欧州国に作品を出す時は、日本国内で無意識に行ってきた手加減を解除するのが近道です。
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2019/08/15

銀行の信用創造は芸術の創造と関係あるのか

お金の成り立ちというものが、芸術よりは数段も難解で高度だという事実を知り、人間の精神活動の不思議な深さを感じています。平成日本の経済が墜落した失敗を指して、「僕らは同じ轍を踏まない」とはっきり言ったのは中国政府でした。

そこをはっきり言わず、こっそり誓い合っているむっつりの例がアメリカ政府で、共和党と民主党とも「日本の失敗に学べ」で一致しているという。日本の失敗は、デフレ時にインフレ叩きを行った数点の政策ミスを指すらしい。消費税と政府赤字削減と緊縮財政と基礎的財政収支均衡です。凍傷なのにアイスノンを使った。

お金と国家の話題で最大のキモは、信用創造という概念です。みんなが使うお金は全て信用創造で生まれます。美術展参加者の中に銀行出身の方もいて、ネット情報では日本の銀行員の半数が、日常業務である信用創造の意味を正しく理解しているという。残り半数は誤解しているそうです。

信用創造の真の意味はこうです。銀行が会社社長に融資する時に、万年筆マネーを貸し出すのです。窓口で貨幣を新造しており、完ぺきな「打ち出のこづち」です。銀行側が持つ預金残高から回しているのではない。つまり誤解する人はそこです。他人の預金を流用していると思って、又貸し業務だと勘違いしています。

これは信用創造の英語「マネー・クリエイション」ならわかりやすく、貸しているのに「マネー・レンタル」とは呼ばない。レンタルなど行っていないから。国会に招へいされる経済評論家や、ノーベル経済学賞の人まで信用創造の真意を誤解しているのは、芸術の創造への激しい誤解に匹敵すると感じます。

日本での絵画盗作シーンで、他人の画集から選んで似せたり、外国作家の絵を撮影した模写で連続受賞していた例がありました。ネタを使い回す方がイメージがわくわけか。確かに絵画への信頼は、どこかで見た二番煎じがかえって上だし。創造は常に人類の理解の外です。
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2019/08/11

事故物件を恐れる心理と東日本大震災の幽霊

毎年お盆が近づくと決まって出てくるニュースに、幽霊の話題があります。今年の記事のひとつに、事故物件公示サイトという情報会社がありました。自殺や殺人や変死が起きた家や土地を明記して、国民に知らせるネットサイトだという。

サイトを見ると場所を日本地図で示してあり、駐車場での自殺や飛び降りと記されています。そのアパートやマンションなどを、世間に広く知らせる便利サイトだという。この話題の裏には、日本の貧困化で自殺と孤独死が増えた事情もあります。今さら好景気にする正解がとれない、政界のメンツ問題が言われるほどで。

若者に限らず中高年の自殺も急増したのは1997年頃からで、世界的に韓国と並んで目立って高い若者の自殺率がひときわ上がったのは、失われた何年と言われた平成デフレ不況です。しかし事故物件を告知する前提に、根本的な疑問もあります。

亡き人の霊が悪役である大前提です。化けて現世の人に危害を加えたり、あの世へと連れていく解釈に沿っています。不幸を避けたければ、事故物件に住むなという警告以外の何ものでもない。死者が連続殺人鬼と化して、生きている善人を攻撃すると決めてかかっています。人の霊をテロリストと認定している。

不遇な者の霊が、生きている者を保護したり、危険を教える役になる前提がありません。たとえば水路に落ちかかった子を、そこで事故死した人の霊が道路側へ押し返してもよいはず。しかし逆に、水路へ引き込もうとする極悪な犯罪者の位置づけに、霊が想定されています。

霊を敵視し冒とくする共通心理は何か。死への恐怖は当然として、日頃他人へ抱く敵意の投影や、死者を究極の障がい者とみたてた差別的感情もありそうな。ところが、あの東日本大震災の幽霊研究だけは、被害者の霊を悪役扱いしませんでした。ふるさとを思う守り神へと、初めて解釈を変えていたのです。
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2019/08/08

自己責任論ですっかり傾いた日本を回復させる他者

スポーツ大会で優勝して金メダルの選手が、開口一番に何を言うか。日本の選手に顕著なのはこれ。「皆さんのおかげです」。自分の手柄で優勝したのではないと、第一声で訴えようとするのです。実は世界的にその傾向があります。

これは謙虚というより、現実をみているからでしょう。一般に強豪選手ほど現実の把握が適切であり、自身が競技を始めた頃は下位だったものの、協力者、支持者、支援者に押し上げられたのだと。ここ一番の大勝負でさえ時の運が決することに、年月を費やすうちに気づいているわけです。

勝った裏にたくさんの他者の力があったと観衆が気づかないまま、自分だけが尊敬されても心苦しいという。わかっている範囲以上の見えないチームが自分を支え、守られここまで来られたドキュメントをルポしているかたちです。

二位に終わった選手を敗者と思わないで欲しい、たまたまの神のさい配だとして、瞬間的な実感を伝えています。この世界の真実を皆に感じて欲しいと、何でも言える立場になってこその真剣な訴えでしょう。一人だけでは勝てなかったのだと。

日本の好景気のピークは1992年で、95年には斜陽が顕在化し、97年から本格的なデフレ不況となり今も続きます。金余りニッポンが貧困ニッポンに転じると、並行して大流行した言葉があります。勝ち組負け組と自己責任。強い勝者は残り、弱い敗者は消えるべき淘汰の論理と、優生思想です。

「貧困者は単に努力が足りないだけ」「儲かる仕事につけない馬鹿は死ねばよい」がネットに広範に書かれました。真に受けた大量殺人の連鎖もスタート。平成時代の半分は内紛テロ時代で、令和時代にも継続する方向。すると他国から「もうそのへんで自滅を中止しろ」の声が出てきたのです。
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2019/08/05

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2019絵はがきベスト3

ずいぶん遅れましたが、2019年1月の売れ行き結果です。いつもの定番に混じり、新作の日本少女とサムライシリーズが入りました。モノクロに近い絵が上位に来たのも初かも。次点につけた中には抽象的な図柄もありました。

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2019/08/03

カメラの値段がインフレでなくデフレで上がった平成

消費税は買い物にかかる税なので、買い物を食い止めるのが主目的です。この議論は1988年の日本では起きませんでした。当時、税金は国の運転資金だと、誤解一色だったから。今は誤解を続ける者と、やめた者に分かれています。

誤解をやめるには、国税は財源でなく物価安定機能と知れば早い。ただ各国で貨幣を際限なくプリントしないのは、需要増でも供給できない国だとインフレ、つまり物価高騰と貨幣価値下落が起きるからで、分岐点は工業技術の高低です。不器用で増産技術が低い途上国は、インフレになりやすい。

1989年4月の消費税導入当時を振り返ります。電器や光学品や高級車が軒並み価格下落し、急に売れ出しました。オートフォーカスのフィルム式一眼レフカメラは、交換レンズが品薄で製造待ちが何カ月も続きました。たとえばNikon社の300ミリF2.8、通称サンニッパはどうなったか。

従来価格50万円が、物品税廃止と消費税新設で456000円に下がりました。店頭から消えて、注文してもなかなか入ってきません。4年後の1992年秋まで同じ値段でした。金余り現象で商品不足だった当時、物価が高騰する超インフレは、なぜ起きなかったか。今の経済学者の警告と合いません。

理由は、メーカーが難なく量産できたから。先進国日本の生産能力は高く、生産と購入が両方伸びて経済成長した。日本は金満景気でも、インフレが非常に起きにくい証明です。しかしデフレ不況と消費税でひどく高騰し、2018年にそのレンズは81万円となりました。主流派経済学の教義と正反対の現象です。

財界が恐れるインフレは迷信で、デフレで物価は無駄に上がりスタグフレーションしています。身近な証拠は、お菓子のグラム数が減ったり、チクワが短くなったりテーブルロールの直径が小さくなった実質的値上げ。22年もデフレスパイラルだから、政府が積極財政に転じる以外に手は残されていません。
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2019/07/31

日本銀行が手をこまぬいている原因はリフレ派の経済信仰

理屈を勘違いした消費税増税を前に、日銀は金融をいじるべき場面なのに、いじらないニュースがありました。国家が傾き途上国化した今、立て直すのは中央銀行の上司たる政府です。つまり衆参議員がやるべき簡単な理屈ですが、しかし誰も何もできない状態。

日銀で起きたことは、芸術よりも簡単かも。耳タコの「異次元の金融緩和」とは、お金を大量に用意して低金利融資をセットしたこと。具体的には政府が国債を発行し、一般銀行と投資家が買った状態でスタンバイ。こうして2013年から中央政府はお金の元を刷り、マネタリーベースはできた。政府負債1100兆円のうち400兆円がこの発行残高です。

なぜお金を増やせば景気が上がるかは簡単。1960年代高度成長や、80年代バブルのインフレ好況は金余りでした。消費は美徳。逆に70年代不景気や、27年間の平成デフレ不況は金不足です。節約は美徳。金不足の国民に金を与えれば、欲しかった物をあれこれ買うから好景気に向かう。簡単な話です。

そこでお金を増やす会社である日銀が、お金を用意した。しかし結果はデフレ不況のまま。そこで空前の好景気が来たと虚偽発表して、後に統計操作が発覚。そして国民は今、芸術以上にわけがわからない判断停止の心理で、参院選も敬遠した。

日銀がお金を用意しても、なぜ景気は上がらないのか。簡単な話で、用意だけして国民に与えないリフレ政策だから。与え方は簡単で、政府財政出動と法人税増税と消費税減税です。日本を傾けた時の手順の逆をやればよい。財政出動のやり方は、政府が発注し政府小切手で支払う。全国の交通や河川インフラと教育や研究や福祉が先決で、トップは水道管。簡単な話。

その簡単なことが、なぜ日本だけできない?。政府財政出動は個人貯蓄の使い込みだと誤解し、禁じてデフレスパイラルを強めたのです。母が子に乳を飲ませると、母の体がしぼんで消滅するからと恐れて、子が飢え死にした悪い冗談です。非科学的信仰が招いたこのドジを、芸術的なギャグネタと見立て今出版準備中です。
→消費税おもしろギャグ動画へのリンク
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2019/07/28

美術を作り続ける動機は神のさい配か?

アートを制作する動機は何か。よく聞く俗説は「作る衝動」。それもおそらく正解のひとつで、積み木に触れた子どもが口に入れる時期の後、並べたり積み上げて、未知の形態をつくり出す行動を説明できます。本能の情動みたいなもの。

その時必ずしも「おかあさんの顔をつくろう」とはならず、積み木をかためたり広げたりして、一種の空間デザインを行うことが多いでしょう。近代美術の発展どおりの、具象を崩して抽象化する手順ではなさそうで。

それはよいとして、衝動という短期とは別に、長い年月つくり続けるエネルギー源は何か。それは、自分は特別だという確信かも知れません。自分に他と違う独自性があると気づけば、人類の一代表に選ばれた意識も生じるはず。いわば引っ込みがつかなくなる。音楽ではそうした「選手」の人数は非常に多い。

自分の作品が他と異なり取り替えがきかないなら、自分が手を引けば人類にできたことが小さくなるわけです。人類の遺産に欠けが生じる。たとえわずかでも、既存の範囲から広げる使命を感じる本能でしょう。これは神のさい配というものかも。

しかし作った時に感じよく思える作品は、過去に誰かがやっていたりします。後出しの制作ほど、ゴミに映ってしまう宿命も負うでしょう。ゴッホの時点で、印象派のすき間狙い的な拡張が目立ちます。その最高傑作は結局、子どものかきなぐりみたいになり馬鹿にされた。

企画展示に出る作品にもいえて、見分けがつかないほど似たもの同士は出現せず、互いに拡散しています。しかし国内の鑑賞者の目にはどれも同じに見えるらしく、もっと作品同士の差異を広げたい気は残ります。ちなみに絵をわかるというのは、絵の心がわかることではなく、絵同士の違いがわかること。
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2019/07/26

イギリスがEUから合意なき離脱を行う立場を理解する

国際政局のいつものパターンは、まず英米が先行主導し、各国に次々と伝播して、成果が出そろってから最後に日本がついて行く序列です。日本より先行する国に、欧州以外のアジア勢が増えてきたのも国際化か。日本で流行り始めた頃には、他国はもうその次へと進んでいたりして。

この数カ月の各国の動向は、このパターンどおりでした。イギリスがEUを無理やり脱する動機は、日本が世界に逆行して一人経済成長を止めた斜陽と根が同じです。しかし日本の視点では、EUに内在する経済面の不合理がわからず、人種差別問題が焦点だと思いがちな限界があります。

そもそもEUは誰が何のために設計したか。フランスやイタリアやスペインの上に、誰が決めたのか「指導的役割を持つ委員会」を置き、主権在民を封じた規則がEUです。グローバル金融が上に詰めており、イギリス側は規則で弱肉側に回されるワナに気づいた。博愛をうたうマネー争奪戦だった。その地獄からの脱出。

イギリスは民主主義が国技で国是です。経済財政の非民主化というか私物化、私人が主導するモリカケ式よりは、庶民の声を集める民主手続きを演じたいイギリス。英米はともに、自治区の連合体が好きで、全体主義は嫌い。国の方針を国民が決める方式に戻す、単純な話です。要は貧困化に鍵をかけたくない。

民主主義は芸術と似ています。日本で民主主義や芸術は崇拝され、でも本物の民主主義や芸術作品に面すると、「僕にはちょっとだめ」となる。類例で、前にドイツのソーセージの話をしました。本物は動物臭が強くてちょっと、それで魚肉ハムなどライトなにせ物へ回避。民主主義と芸術は日本でライト化しました。

日本のネットによく出るのは、国の運営を偏差値の高い上級国民がしっかり行い、下級市民の選挙権を廃止する改革案です。大衆の政治参加を害とみる意見が多い。これは、美術の公募コンテストを望む動機と同じ。優秀作は上が決めて下に伝えるべきで、市民感覚で良否を判断してはだめと考えるのと同じ。
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2019/07/25

Googleにインデックスされても検索で出ない怪現象

Googleの検索ソフトには、一般には知られない隠れた性質があります。サイト制作者が困る問題のひとつがこれ。あるWEBページが、すでにGoogleにインデックスされてはいる。ならばタイトルで検索すればヒットして出るはずなのに、全く出ない怪現象です。

どういうことなの?という疑問がネットにいくつもあり、質問コーナーにもあります。今も解決しない謎です。WEBサイトづくりの手順はおおまかにこうです。ドメインを取得し、サイトをデザインしプログラムして、ドメインフォルダにサイトページを置く。

するとリンクをたどってGoogleボットが訪れ、インデックスされます。インデックスとは、Googleの総合索引データベースに当該サイト全ページが記録されること。検索会社はGoogleしかなく、YahooやMicrosoftなどは撤退して久しい。

記録されるとGoogle公認ですが、次に怪現象が起きます。サイトアドレス(URL)でGoogle検索すると、一応インデックス済みだと確認できます。しかしタイトルで問うと、そんな名前のページはない結果が出ます。この空白が数カ月続きます。

それが起きるのは新規ドメインか新規サブドメインのみで、中古ドメインでは起きません。初登場のドメインだと、トップページがタイトル検索で出ても、サブページはタイトル検索で長期間出ずに、干されたかたちになります。

美術作品サイトと違い、商用のランディングページなどはGoogle検索結果からの流れ込みがほとんど(95パーなど)なので、裏が疑われます。特別料金で解除される疑惑もあるほど。以上プロ制作のお話でした。
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2019/07/22

参議院議員選挙にみられた経済理論の対立軸をチェック

昨日の参議院議員選挙で、政党の要件5名を満たさない零細党が複数ありました。それらはみくびられながらも、知識層に感慨を与えたようです。「れいわ新選組」「オリーブの木」「幸福実現党」は日本に合う理論を持ち、しかし不発でした。

三党に共通する理論とは何か。「ケインズ理論」です。ケインズ理論とは、1929年の世界大恐慌で、アメリカ政府に意見したケインズ氏のデフレ対策でした。政府財政出動と金利下げと減税で、国民を富ませて景気を上げる手法です。世界史に出てくる「ニューディール政策」がそれです。

それに対して今回勝利した大政党は、「新自由主義経済」と呼ぶ反ケインズ理論を信奉しています。これは物がよく売れて、80万円の版画をホイホイ買うほど浮かれたインフレ好景気を、効果的に冷却する理論です。緊縮財政と規制緩和と民営化と増税です。過熱する経済活動をストップさせ、落ち着かせる手法です。

ここまで言えばわかりますが、日本に合っている零細政党と、反対をやる大政党の戦いでした。ケインズ理論と、新自由主義経済の対立構図。12年続いた大恐慌より長い、22年続く平成大不況の解決策は、ケインズのニューディール政策の方です。その目玉の消費税廃止は、やるならゼロ課税が妥当です。それはなぜか。

ひとつは高負担を喜ぶ、自虐的な道徳です。負担の元凶をなくす案は逆にびびらせ、ポピュリズムと言われ嫌われる。ドイツなど先進国なら無料の高速道路でも、日本人は罪の意識がじゃました。それに将来インフレ好況の金余りが起きた時に、消費税を10パーでもかけて急冷する手段を残してよいはず。

消費税は買い物をやめさせる役目だから、消費バブルで重宝するはず。アメリカの税制はよく考えられており、連邦銀行の下で無意味な国税の売上税はなく、全額が州税です。日本も地方税に変え東京5.5パー、大阪3.7パーでもよいわけで。キリがよい現行税率は、理論より情緒の政策でしょう。
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2019/07/15

美術と税金を理解不能にした勘違いはこの二つ

過去に、知らない他人と美術の話をして、埋まらないギャップをよく感じました。何が支障なのかがまだ不明だった頃、他人はわからずやだと思ったものです。後に怖い構造を知りました。前提を間違うと、玉突き的に間違いが広がること。

埋まらないギャップの原因は、日本語の語感でした。すなわち「美術」の語が諸悪の根源です。「美の術」という言葉から「絵や彫刻は美しくあるべき」という前提が導かれ、日本人の脳内に隠れています。美という語が日本語訳だけにあるから、アートの制作も鑑賞も、日本だけが耽美的な古風になりがち。

「灰色の絵画やモノクロ写真は、美に欠けるので正しい美術でない」「その美しくもない絵が世界的に評価が高いというなら、僕も一応それに従いますけどね」と。「世界のピカソならよし、日本人はだめ」。屈折がつきまといます。アートワークはビューティーだとのいらぬ制約が、他国にはないハンデ。

前提の間違いは税制でも起きています。参議員の候補者に、消費税を廃止する主張がみられます。賛成意見の陰にやはり出てくるのはこれ。「減税して税収が減ったツケは誰が払うわけ?」「税金を何だと思っているんだ?」。

書いた人は、国家の運転資金を集めるために、国民が出し合うお金が国税だと勘違いしています。何だかまるで絵画『ゲルニカ』を見て、「灰色の絵は美しくないから厳密には美術失格」という反応と似て。専門家が誤解を率先し、デフレから出られない平成の奇妙な光景でした。

政府はお金を発行する立場だから、不足して困れば刷って市場へ入れて済みます。国と家庭は同じという説明は引っかけで、政府は貨幣を刷れる神の地位です。刷る時に誰の預金も借りない。国税は何なのかは、物価の安定と所得再分配です。徴税を財源確保だと頭から誤解する限り、失われた27年は30年、40年、50年と続く。
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