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2022/11/08

皆既月食と天王星食の写真撮影に行っちゃった|宇宙の神秘



皆既月食と天王星食の撮影に行ってきました。2022年11月8日20時6分頃。
・18:09 部分食始まり
・19:16 皆既食始まり(86分間続く)
・20:42 皆既食終わり
・21:49 部分食終わり

その皆既食状態の月が天王星を隠したのは、5000年間ない希少な現象だそうです。皆既月食による惑星食も、1580年の土星食以来442年ぶりだという。
・20:22 天王星食始まり
・21:17 天王星食終わり

この写真のポイントは、空に電線が入っているところです。何とか見えるように調整すると、地球照で赤銅色になった月が肉眼より明るめに見えます。実際はさらに暗い光景です。

皆既月食中に土星食が起きた1580年はガリレオが16歳です。ガリレオは地動説の検証以外に、月面のでこぼこと海や、木星の衛星の発見で有名です。天の川が星の集合とする分析もありました。銀河系という概念の始まりだったのかも。

天王星食の少し前から7倍の双眼鏡で皆既食の月を見ると、下側少し左にくっつきかけた星の点が見えました。

速報ニュースを翌日確認すると、やはりそれが天王星でした。事前のイラスト画と違う位置でしたが、はっきり見ることができていました。
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2022/06/10

デジタルカメラの操作の習得と準備|フィルムカメラより複雑

『絵画撮影技術ガイド』企画は、平面作品をデジタルカメラで撮影する講習です。カリキュラムの大半が写真工学のカテゴリーにあるやや難しい原理の応用ですが、デジタルカメラの操作性自体が複雑です。とても便利なのに使いづらい問題です。

一例はISO感度の自動設定です。フィルムカメラはISO64や100、400や1600などに最初に決めて、36枚フィルムの全コマを同じ感度で写します。デジカメだと1枚ずつ変更でき、しかも自動設定にして相反則の逃げとしてしわ寄せできます。

絞りとシャッター速度の二つの反比例では済まず、事前にアルゴリズムをプリセットして制御すれば、パラメーターは三つどもえになります。また近年の標準レンズはズームレンズ中心だから焦点距離も課題になるし、ピント合わせを選ぶオートとマニュアルのスイッチはレンズ側にあります。

そうしてカメラの設定は普通、ボタンを何度も押して奥深くで切り換えるから手間だし、最重要な何かを間違ったまま全滅する恐れもつきまといます。カメラ設定をワンセットとして記録し、ボタンひとつで切り換えられるのは、比較的上位の機種だけです。

切り換え機能がないカメラだと、複数カ所を切り換えて回る準備作業がめんどうです。カメラを準備完了にするまでが、一苦労です。メモを用意しないと切り換えを忘れそう。

カメラ内部にはソフトウェアが複数入っていて、機種ごとのファームウェア以外にレンズの歪曲収差を補正するソフトも、新レンズ発売のたびに更新されます。メーカーのサービスサイトで、最新版をダウンロードします。RAWデータの現像ソフトも時々バージョンアップされます。
2022/05/14

絵画撮影の設定と作業はかなり広範|撮影技術ガイドの話

絵画撮影技術ガイドの企画はすでに始まっていますが、内容がどこまで広がるかは未知数の部分もあります。2014年のドイツ側での会場撮影法ガイダンスを元にして見込みましたが、やってみるとパソコンの活用も含め多岐に広がります。

写真は光学特性という物理現象を基礎として、理論的に説明がつきますが、カメラ製品にメーカーが込めた思想や、アルゴリズムの違いなども考慮が必要で、工夫の余地が増えてきた気もします。

絵画撮影の最も基本は、全てのオート機構を解除する点です。これはAT車をMT車に変えたみたいに、原理としてはわかりやすいものの、仕組みをある程度知らないと難しさだけが残ってしまうことにもなります。

たとえばピント合わせもオートフォーカスを切るから、合わせ忘れも起き、いつ合わせるかなど取っ付きは悪くなります。こうした関門で大きいのが各種歪みと露出で、説明書の配布では全く無理で、演習時間を多くとります。

ネットの説明を示すこともありますが、補足も必要で、どれが関係ある話なのかを見分けるのも手間です。また撮影結果は電子データなので、現像ソフトの操作法や画像データ別の性質にもノウハウが広がっています。

オークションのファッション撮影を見れば、写真をきれいに撮るハードルの高さがわかります。カタログショッピングの商品写真と違い、暗く沈んだ画像で売れないケースが多いのではと。ここでは版画作品として売れるレベルの撮影になるよう、必要な技術は伝授します。
2022/02/03

絵画撮影技術ガイドでネット美術展示会の準備|三脚を決める段階

カメラの特殊技術を伝授する塾、絵画撮影技術ガイドの最中です。平面作品を撮影してデータ化すれば、原画の売却後もデジタル版画を売り続けられます。きれいな撮影画像は資産となり、生涯活用できるでしょう。

コロナ禍でネット展示会やネット絵画通販に参加することも増え、高解像度の本格的な撮影が必要になります。こちらでもドイツ展用のジクレー版画や絵はがき制作の中で、現存する画像が粗い問題が何度かあったので、制作後はお早めに撮影しておくことを推奨します。

三脚は必須ですが、選ぶのに毎度ちょっと苦心します。便利でスムーズな三脚には細かい条件があり、耐荷重だけでなく自重や構造や材質や、工作精度にも注意点があります。ついつい三脚マニアみたいになってしまいます。

世に三脚製品が多いにもかかわらず、「このカメラでこの規模の絵画を撮る時」には、選択肢は限られてきます。プロは世界の三大メーカーに落ち着くことが多く、モデル名を指定する方が早いのですが、型番変更が多い問題もあります。

今は中古がオークションで安く出ています。フォトグラファーが廃業したりして、カメラや三脚やストロボを生活費に換える。そのせいか、オークションは海外三脚ブランドが異常に安価です。そこで、中古から選ぼうか迷っています。

まずは類似品に触れていただき、手頃な三脚サイズを決めますが、買う人が少ない時代なので新品の偵察も困難です。ヨドバシ、ビック、キタムラの大きい店にないそうで。円安もあり、欧米製の製品が少ないようです。緊縮財政のデフレ不況に、ここでも出くわしています。
2021/06/04

絵画撮影技術ガイドの楽しい製品選び|カメラと三脚と雲台

『絵画撮影技術ガイド』は楽しい講座ですが、何カ所かに難しい部分もあります。最大は照明の工夫ですが、作業効率を左右する隠れた機材はカメラを保持する三脚です。日本はデフレ不況なので、優れた三脚の中古がかなり安く買えます。

中古三脚のオークションで、フランス(今はイタリア)のジッツオ社の過去モデルが安価です。特徴は不思議なメカニカルデザインと精密さですが、脚部が金属からカーボンに替わって久しく、一昔前の重い合金製を手放す人が多いからでしょう。

ジッツオ社の製品は型番の数字があり、しかし途中で数字が変わっているので全貌がよくわかりません。製品の規模が手がかりになりますが、オークションを見ると書かれていない出品がほとんどです。

具体的には脚部は00型から5型まであり、脚パイプの最大の径が1型は24ミリ、2型は28ミリ、3型32ミリ、4型37ミリ、5型41ミリです。何型か何ミリかで製品規模がわかります。特に三段タイプは、4型か5型かが製品写真でわかりにくい。

大型三脚といえど日本の感覚と違います。フランスでは3型のスタデックスが中型ですが、同規模は日本で大型三脚と呼びます。4型がプロ・スタデックス、5型がテレ・スタデックス。最大は5型5段で高さ2.8メートル、重さ7キロで、雲台1.5キロをつけて、普通は4X5や8X10の大型カメラで使います。

プロフォトグラファーは三脚を何度も買い直すことが多いのは、どれも完成度が低くて使い勝手が悪いからです。三脚遍歴みたいなことになり、カメラがぶれないためには結局ジッツオ製を数種類そろえることになりやすい。しかし驚いたことに、シェアの8割はアメリカ、中国、日本だそうです。経済大国の高級志向?。
2020/11/14

カメラの三脚がオークションで底値に落ちている|景気を上げなければ

以前ドイツ特派員がカメラの三脚を買うことになり、すぐに良い物があったそうです。フォトグラファーは、三脚で意外に苦労するものです。三脚の必要条件と十分条件で、スペックが矛盾していて、しかも製品の多くが研究不足だからです。

日本ではプロフォトグラファーが使う三脚で、定番メーカーの三強というのがあります。アメリカのクイックセット社、イタリアのマンフロット社、フランスのジッツオ社です。クイックセットはジュラルミン製のごく標準的なかたち。マンフロットはアルミでやや廉価で独自機構が多い。

プロの誰もが持っているとされるジッツオの三脚は、パーツがシステム化されています。00型から5型まで、サイズと段数とエレベーターの有無やローアングル可否など、多様な製品群です。機能でスタデックス・クレメーユなどの名称がつきますが、数字の型番に法則がかつてありませんでした。

日本で売れない三脚メーカーもあり、ほとんど誰も持っていなかったのがドイツのリンホフ社でした。ドイツのカメラ関係は非常に高額で、1990年頃に他社なら6万円程度の製品が、プライスリストで30万円でした。その後改善されたようです。

三脚の下部は三脚(トライポッド)、上部は雲台(うんだい、ヘッド)と呼んで、日本のプロメーカーもかつてディスクブレーキ式や非常に精巧な小型超高級雲台を製造していました。しかし三脚部分は、ほとんどがジッツオの製品と組み合わせていました。

今ネットオークションを見ると、かつては中古店で強気価格だったジッツオの三脚と雲台が、すっかり底値に下がっています。一方で日本のメーカーは大丈夫か。中小企業の世界なので、例の勘違い連発のアトキンソン・ドクトリン「コロナで傾いた中小企業は容赦なくつぶす」で滅ぼされる恐れが出てきました。
2020/01/02

ブランデンブルク門のジルベスター夜景|行く年来る年のベルリン版

ドイツの年末年始

ブランデンブルク門で開かれたジルベスターの写真が特派員から届きました。

ドイツの年末年始

ジルベスターの語は、日本ではジルベスター・コンサートというクラシック音楽用語になっています。ベートーベンの交響曲第9番とか。ドイツでは年末年始を含めてなので、日本でいえば「行く年来る年」に相当するようです。年越しそば相当はドーナツだそうです。

ドイツの年末年始

ブランデンブルク門は屋上に馬車の銅像があり、馬が向いている側が元東ドイツです。写真は鳥と車輪が見える側なので元西ドイツ側からの撮影とわかります。門の左が北になります。

ドイツの年末年始
all photos: (c) Mihara

パーティー会場はかなりの人混みでぎっしりでした。かなり早く着いたのに、予定した花火の撮影は三脚を置く場所もなく、無理だったようです。
2019/10/21

写真は芸術ではない日本的な思想|芸術が何を指すか放任したツケ

写真は芸術なのかを議論するサイトでは、写真と芸術の屈折した関係が読めます。多いのは、写真は真を写す記録だから思想が入らず、芸術表現に当たらないという意見。これは芸術の原点に絵画を置き、くらべた写真に不足があるから芸術失格とする主張です。

でも絵画史に詳しい人は、この考えを持たないでしょう。カメラの原型はギリシャ時代にあり、写実が目的だったから。本命は写真術の方であり、19世紀に感光用の湿板ができるまで記録メディアがなくて、しぶしぶ手作業で妥協したのが絵画史です。大昔からカメラがあれば、絵なんて不要だったのが現実です。

写真こそが原点でした。現代の具象画でも、画家は絵具箱やイーゼル持参でなく、カメラを持参して撮影取材します。その写真をアトリエで絵に置き換えるのが画業であり、抽象画さえもが抽象写真を見てのインスパイアが多い。

議論で興味深いのは、「芸術は押しつけがましいから」という不思議な論法です。写真を愛するゆえに、芸術表現にカメラを使わないで欲しい、写真の素晴らしさを芸術の名で汚されるのは困るという意見です。どう反応してよいのかわからないほどの、アンチ芸術的な論です。

写真は芸術かという議論の場に、芸術的な表現行為をいやがる意見が異口同音に出てくるのです。写真には芸術になって欲しくない願望というか。芸術から遠い写真が好きで、芸術写真は嫌いという意思。芸術を敵と見立てています。

もっと興味深いのは、「そもそも芸術の定義など存在せず、何を芸術と定義するかで答が変わる」という主張。そんなわけはなく、芸術の定義が空白なのは日本だけです。歴史名作は全て創造性が高く、芸術の第一義は創造だとの永遠の答が昔からあります。結論。創造に否定的な日本人が多すぎ。
2019/10/05

足が短いカワイコちゃん芸能人の写真集|絵画撮影でカメラ角度に注意

まとめブログサイトに、短足芸能人の特集があります。ステージやイベントの写真を見せて、こんな足が短いぞというおもしろネタ雑談サイトです。一部のタレントは自ら短足を名乗っています。でも写真を見ればトリックだとわかります。

低い位置の被写体ほど、カメラマンが見下ろすことになり、光学レンズの特性で頭でっかちに写って当然です。犬や猫が立面図にくらべ短足に写るのと同じで、単純に見下ろした写真です。短足サイトの写真はやはり俯瞰アングルばかりで、室内壁の線も下すぼまりに写っています。

体の下部ほど遠方にあるから、焦点板上の画角が小さくなり、小規模に写ります。顔にくらべて靴がかなり小さい。西洋画の遠近法と同じですが、慣れたカメラマンはこういう時、レンズの光軸が水平線近くになるようアイレベルを下げます。建築写真では、大型カメラのレンズをフォールさせました。

短足写真の大半が素人のスナップショットなのは案の定で、真横から見たつもりでも実はかなり見下ろしています。この現象は美術作品の撮影で、特に絵画類をデジタルカメラで撮る場合に気をつかう課題です。

絵画の水平面に対してカメラセンサーの平面が多少でも傾くと、撮影画像にパースペクティブがついて、長方形の絵が台形や四辺形に歪み、長さの比が変わっていて元に戻すのに手間がかかります。AIソフトはまだなく、手動で戻してデジタル版画にすると、人物画の顔が微妙にやせたり太ったりすることも。

絵画とカメラを平行にして写すのが理想ですが、カメラのファインダーをのぞいても、微妙な傾きは見てわかりません。そこでファインダーにタテヨコ線が現れる、方眼スクリーンが昔からありました。一部のデジタルカメラはスイッチで出せるので、要チェックです。
2019/09/30

自衛隊の次期制式拳銃SIG320|金属製カメラのロストテクノロジー化

アメリカで銃撃テロ事件が繰り返され、トランプ大統領は全米ライフル協会の幹部と話し合い、ある程度の規制に成功しました。決めて押しつけるのでなく、不利益者といっしょに考えたという。とはいえ、善良な市民に銃が行き渡るのを阻止する規制まではいきません。

別のニュースで、アメリカの一軒家に入った強盗4人を、家主が銃で始末した話。この使い方がアメリカの法律では期待されていて、隣家まで音も光も全く届かない広すぎる国土で、自ら身を守るべしと銃に市民権を与える憲法なのです。

昔から銃愛好家が多く、ガンスミスと呼ぶ銃砲職人とカスタムショップも多いし、ガンショーも盛況です。アートフェアと同じぐらい。見本市の人気は、唐草模様を彫ったエングレービングモデルをケースに収めた、記念品の拳銃です。撃たない前提。ハンドガンに古風な彫刻が似合い、不思議なアート感覚です。

ところで、日本の自衛隊の次期制式拳銃はアメリカ製のSIG320となり、流行りのハイポリマー製ボディです。上部スライドはステンレスでも、フレームとグリップは一体成形の樹脂製。18発装填できる高性能でも、見た目は何かおもちゃみたい。

金属から樹脂に変わったチープ感は、ある時期の一眼レフカメラを連想させます。70年代のカメラはクールなアルミ合金で、機械的な魅力がありました。ワインダーとストロボ内蔵で電池が大型化した頃には、コロンと丸い樹脂製に交替しました。

アメリカの銃マニアの目的は主に射的と狩猟ですが、工芸品の美感も大きいと思われ、それが金属カメラへの愛着と似ています。日本でたまに外側も金属製のカメラが発売されますが、もうすでにロストテクノロジー化が進んでいます。
2019/08/03

カメラ価格上昇はインフレでなくデフレが原因|経済学はウソが大好き

消費税は買い物にかかる税なので、買い物を食い止めるのが主目的です。この議論は1988年の日本では起きませんでした。当時、税金は国の運転資金だと、誤解一色だったから。今は誤解を続ける者と、やめた者に分かれています。

誤解をやめるには、国税は財源でなく物価安定機能と知れば早い。ただ各国で貨幣を際限なくプリントしないのは、需要増でも供給できない国だとインフレ、つまり物価高騰と貨幣価値下落が起きるからで、分岐点は工業技術の高低です。不器用で増産技術が低い途上国は、インフレになりやすい。

1989年4月の消費税導入当時を振り返ります。電器や光学品や高級車が軒並み価格下落し、急に売れ出しました。オートフォーカスのフィルム式一眼レフカメラは、交換レンズが品薄で製造待ちが何カ月も続きました。たとえばNikon社の300ミリF2.8、通称サンニッパはどうなったか。

従来価格50万円が、物品税廃止と消費税新設で456000円に下がりました。店頭から消えて、注文してもなかなか入ってきません。4年後の1992年秋まで同じ値段でした。金余り現象で商品不足だった当時、物価が高騰する超インフレは、なぜ起きなかったか。今の経済学者の警告と合いません。

理由は、メーカーが難なく量産できたから。先進国日本の生産能力は高く、生産と購入が両方伸びて経済成長した。日本は金満景気でも、インフレが非常に起きにくい証明です。しかしデフレ不況と消費税でひどく高騰し、2018年にそのレンズは81万円となりました。主流派経済学の教義と正反対の現象です。

財界が恐れるインフレは迷信で、デフレで物価は無駄に上がりスタグフレーションしています。身近な証拠は、お菓子のグラム数が減ったり、チクワが短くなったりテーブルロールの直径が小さくなった実質的値上げ。22年もデフレスパイラルだから、政府が積極財政に転じる以外に手は残されていません。
2019/03/05

写真のプロはプロ用特権のカメラを使うのか|駆け出し素人の思い込み

学生の時に後輩の一人と写真を話題にして、プロカメラマンが使う機材の話になりました。「プロは僕らアマチュアが買えない、市販されていないカメラとレンズを使っている」と彼は言い出したのです。「だってプロ写真家が撮った写真は全て、僕らと全然違ってきれいだから」。

プロも普通の市販カメラとレンズを使っているのだといくら言っても、「それはさすがに、どう考えてもウソだとわかる」「機材が違うから勝てない」と相手は自説を曲げません。プロ用の特別製カメラを、業者ルートで調達できるプロ特権があると信じていました。

たとえば宅地造成された空き地を写真に撮るとします。赤土に少し雑草が生えて、茶色く枯れた状態。その空き地をアマチュアとプロの誰が撮っても、できた写真はショボい。光景が平凡すぎて。そんな平凡な光景を、プロ写真家は撮らないだけの話です。

カメラが特別なのではなく、探し出した光景が特別なだけ。劇的なルックスと色彩がある光景を見つけ、レイアウトするのがプロ。これは「写真は芸術ではない」という芸術観に対して、反論にもなるでしょう。写真は機械に頼るから、人の手の跡が残らず芸術失格だという、日本に根強い論法があります。

ドイツでは逆に写真芸術が盛んで、芸術観の違いも読み取れます。特別な光景を探し出す目にワザありという発想が、ドイツにはあるのです。選択眼が芸術力。日本で多く語られてきた、デッサンの手腕と年季でにじむ匠の味わいを礼賛する、名画ファンの感覚とは異なります。だから日本で写真の地位は低い。

光景の探しやすさと構図のまとめやすさはファインダーの機能ですが、最近は一眼レフの光学ファインダーをテレビカメラ化した、いわゆるミラーレス一眼の商品競争が激化しています。ロストテクノロジーも関係があり、レフ式光学ファインダーの精度を日本以外で実現できない限界がからんでいます。
2018/08/01

写真のハイキーとローキーの意味が前と違っている|ネットはウソの山

アート・マネージメント・システムの中で、写真のハイキーとローキーの話題がまた出たので、ネットの説明を紹介しようと探して驚きました。かつてのプロ写真家たちが行った説明とは、全く違うネット説明だらけです。

かつてのハイキー写真の定義はこう。「階調の明暗がそろった上で、明色が主体の写真」。ローキーは、「階調の明暗がそろった上で、暗色が主体の写真」。ハイキーは明るい写真に、ローキーは暗い写真に見えます。

重要なのは、ハイキーもローキーも明色から暗色まであること。前者の例は「白いカーテンの前で黒いバッグを持つ人」です。後者は「夕暮れの空を切り裂く雷の閃光」。それぞれ写真が浮かびますが、明るいハイキーには暗いシャドーがあり、暗いローキーには明るいハイライトがあるのがミソ。

ところがネット説明はほぼ全てが、ハイキーとは露出オーバーで、ローキーとは露出アンダーです。カメラ設定やソフト調整で、明るく飛ばしぎみにいじればハイキー、暗くいじればローキーだとの説明に今はなっています。絞りをあけたり、シャッター速度を遅くして、適正露出から外れたまぶしい感じに写せば、それがハイキーなのだと。

これはかつて、間違いやすい典型と警告された解釈そのものです。往年の誤解が今は大手をふるってびっくり。そもそも露光量の加減なら、「明るい」「暗い」や、「露出オーバーぎみ」「アンダーぎみ」の言葉があります。その話とは違う別の作画技法を説明するために、「ハイキー」なる別語をあえて用意していたわけです。

この解釈違いは、一人がネットに「あの芸人は殺人者」と書くと、何万人が引用して広がり続ける現象かも知れません。そして、かつてのハイキーに相当する語が今はないからボキャ貧が生じ、話が単純化されて大ざっぱ。写真芸術を語るプロも、不況で絶滅したせいかと思えてきました。
2018/03/21

ベルリンを撮影した写真の見栄えがよくて|身近な街の日常風景が貴重

昔うちにもあったけれど、とっくに廃品回収に出して今はもうないという、雑誌やブックレットなど。それが、ネットオークションで一万円以上で落札されていてびっくりなんてことが。

そんな古本みたいに値段はつかずオークションに出ないけれど、似た現象があります。自分が住む街の風景写真です。都心の知られた場所や観光地なら報道写真やビデオがどこかにありますが、郊外の自宅近くは事件でもないと記録されません。

身近な街の風景は一度も記録されず、ひっそり消滅し続け、全人類から忘れ去られます。値打ちがある風景もあるはずです。そこで、外国にしばらく移り住む方々に進言しています。とりあえず、異国の身辺の地を意味もなく無駄に撮影しておけばよいと。デジタルカメラを利用して。

そこに住むと景色は見放題で珍しさが消え、あえて撮影する気になりません。見飽きた雑誌と同じで、価値を感じなくなって。しかし日本へ戻った後、当地の当時の写真があれば本も出せます。ないと絵にならないから、出版話も持ち上がらないだろうと。

今ありふれているものは価値がないと感じ、しかし時間がたつとお宝になる。ノスタルジーを超えて、貴重な資料になる可能性が身近に転がっています。今こちらでは、ベルリンの美術展会場写真がそれです。

今回、ベルリン写真を皆様から快くお貸しいただき、クラウド・ファンディング用に使います。絵画作品と並ぶ写真作品群みたいに、一枚ごとに物語が感じられます。
2018/01/29

美術展会場の写真が30年後にとても貴重になる|撮影準備を続ける毎日

ジャパン・フェスティバル・ベルリン2018

オリンピックの日本選手、優勝候補が銅メダルに終わった直後。「銅ならいらない」「捨てたい」「誰かあげる」と本人の感想。自分史に黒歴史が生じたからと、インタビューでも不満顔。

生涯一個に終わったその銅メダル。しかし後年テレビの感動シーン特集で繰り返され、スタジオに出演でき、議員に当選できと、絶大な効力。結局あきらめずに獲得してよかった。あの時の金銀とも後の天才たちで、自分は善戦していたと後で知る。

似た現象を美術で考えてみて、時間がたつほど価値が出るひとつは展示イベントの写真です。世に山とある賞状類より、むしろ貴重になるから。

開催直後は、この程度の写真はいらないと感じて関心もなく。ところが歳月は怖いもので、30年後に本でも出す時に写真があれば違います。記者たちの合言葉「絵が欲しい」というやつ。一枚の写真で記事が書けるから首がつながる、パパラッチの必死さもそれでしょう。

この時間差の有用性も考え、会場撮影は計画的に進めます。まずカメラの選定。簡略カメラが画質を誇るのは戸外で、屋内イベント会場では散々なのが普通です。低照度のタングステン光やミックス光の下は、撮影条件が難しい部類だから。

ぶれてぼんやり、ピントが合わない、黄色すぎ、じめりと暗い、霜ふりノイズ、カサカサ灰色に浮いた黒、真っ白ハイライト。が、高画質カメラは大きめだし調節カ所が多く、機能を片寄せる特殊な設定も必要だから、説明書を見ながら打ち合わせます。
2017/09/15

電気自動車とデジタルカメラ

ガソリン自動車やディーゼルをやめて、電気自動車へ替える話題が続いています。各国が電気への移行時期を宣言し始め、メーカーも急ぎ出して。しかしユーザーが盛り上がらないのは、電気自動車一辺倒は不況を強めるフラグだから。

部品数を減らす合理化で、製造メーカーは縮小されるから、大量失業は必至です。従来車でナンバーワンのドイツに焦りの声もあります。エンジンと変速機やデフなど動力伝達の設計技術も工作精度も全て御破算となり、代わりに原子力発電所が必須だから。

自動車史で元々先に出された本命の案は、電気自動車でした。実現が無理とわかりガソリンに振り替えた、その時先行した一人がドイツのダイムラーさんでした。近年は蓄電池の改良で実現可能となり、長い寄り道からやっと本命に戻るところ。

すると、すでにある燃料車はゴミになります。歴史的なスタイリッシュ・スポーツカーも、乗る対象から外れて値打ちも下がるでしょう。それが実際に起きた例はカメラでした。過去のカメラ名機はデジタル時代が進むと暴落し、今や中古店でだぶついています。

死蔵のオブジェになったフィルムカメラを復活できないかと、ハイテク時代の夢があります。すぐに思いつくのは、市販フィルム型の電子センサーです。パトローネサイズのコントローラーと薄膜センサーを合わせたユニットを装填するだけで、裏ぶた交換が不要なタイプ。

フィルムの代わりに入れて済めば、ドイツのライカやコンタックス、日本のペトリやミランダも甦るでしょう。アメリカではすでに市販され、しかしキヤノンとニコンの特定カメラ専用で、裏ぶた交換式で低画素です。復活するカメラは主に日独の製品だから、まず日本で改良するのが自然でしょう。
2017/03/10

一眼レフとスマホカメラの画質の差は大きいのか小さいのか

カメラ業界もまた不況業種の近傍にいて、その原因は携帯電話機にカメラ機能があるからでしょう。ネットでも、携帯電話があればカメラは永久的に不要という声がみられます。

最新の携帯電話カメラの画質を検証しようと、一眼レフカメラとスマホカメラで撮りくらべた画像がネットによく出ています。大きな違いは、色の再現性です。その差は、日中の晴天で目立たず、室内や暗がり、またライト類が画面内に入ると激しく目立ちます。出版DTPの現場で困る現象です。

一般に小さいカメラほど撮像センサーも小さいから、レンズを通して焦点を結んだ一画素ずつの色を、よりアバウトな精度で受け取ります。それを補完計算して推測値で記録します。暗部に発生する偽色(ぎしょく)もそうです。小さいカメラほど補う量が増えます。レンズも小さいので、結んだ焦点の精度も低い。専門用語で言えば、収差が大きい。

略式の小さなカメラは、白と白の違い、黒と黒の違いの描写が苦手です。クリーム色など明色が白一色に飛んだり、ぐんじょう色の服が後の黒カーテンと分離せず、溶け込んだりします。オークション画像で、黒服が濃灰のシルエット状にのっぺり写るのも同じ性能不足です。布地の凹凸が消えてしまう。

小さいカメラはぱっと見重視できれいにつくろった画像なので、出版向けの調整であまりに時間を食い、十倍ですまない効率の差になります。どんなにいじっても、プロのクオリティーにならない。意外にWEBサイトの美術作品も、撮影カメラで見栄えの差がはっきり出ます。

プロカメラマン以外は携帯で十分だという結論を見かけますが、これは日本人の美的感覚が落ちた証明とは違うでしょう。25年めの平成大不況で所得減がさらに続き、「読みたい本がない」「乗りたい車がない」「行きたいデパートがない」と同様、カメラもまたイソップ物語のぶどうになっています。
2016/02/29

月面で撮った星空の不思議?

1969年から72年まで7回中6回成功し、12人が月に立ったアメリカのアポロ計画。さらに中国が送った探査機が写した、2014年の月面写真も公開されています。ところがそれらの写真に、素人から疑惑の声が出ていました。

星空の疑惑です。月面の真っ暗な空になぜか星がひとつも出ていないから、写真はニセの月面だと言う。アリゾナ州の砂漠にでも建てたスタジオで撮影した世紀の大陰謀。地球の巨大な屋内スタジオの黒塗り天井に、光る星の点々を美術さんが作り忘れたポカ。「それを見抜くことのできた僕の何と賢いことか」。

その主張は、カメラの仕組みを知る者には、相手にする気も起きないほど初歩的な勘違いです。しかし物ごとを知らない人ほど、けたたましく勢いが強いもので、裏世界でこじれています。

「それはこういうこと」と親切な人が現れて説明を始めても、当たり前と感じながらだと舌足らずで、めんどうになって一言であしらったりもします。すると疑った側は、極秘の機密をかぎつけた自分に対して、闇組織が反応して煙に巻いたと、さらに本気で疑いを深めるわけです。

プロ写真家が一番わかる解説はこうかも。月面は13EVで撮り、天文雑誌の星空はマイナス7EVで撮り、晴天のベルリン市街は13EVで撮ったと。

カメラに限らず道具の全自動化が徹底すると、物の仕組みを知らないだけでなく、仕組みという概念があること自体に気づかないユーザーが増えます。人間の生身の技能が昔より下がった状態です。身近な例は電子炊飯器を使わない炊飯。べちゃべちゃ。何でもできるが腕はないという、肥大した全能感と乏しい実力の落差が人類の近年の悩みでしょう。
2016/02/26

大集団の衝突

NASAの宇宙望遠鏡の写真で、星雲は抽象画的な花形です。我が銀河系(天の川、ミルキーウェイ)の内にあるガスの広がり。この冬も目視できるオリオン座の星雲も銀河系の中にあり、美しいピンクは水素元素の色。

そんな星雲も混じって、恒星が数千億個集まった上位団体が銀河で、銀河系の外で起きる大事件に、銀河同士の衝突があります。巨大な銀河と銀河が半分めり込んだ写真もあって、しかし奇妙な衝突です。

太陽の隣の恒星は40兆キロメートル離れ、月旅行で4日かけた人類史上最速の乗用ロケットで11万年かかる計算。文明史の10倍の年月にもなり、速度を100倍に上げても1100年以上。仮に異星人がいても地球に来ない最大の理由がこの距離で、生き物が乗った時点で漫画の世界になって、だからボイジャーも人が乗らずに無人です。

言い換えれば銀河の中はガラガラで、中の恒星は実にちっぽけ。銀河同士が合体しても、恒星同士がドスンと当たる確率はほぼゼロでしょう。銀河の衝突は遠目には壮大でも、密度だけなら真空同士の素通り同然。

宇宙には弱いながら到達距離が無限大の重力があるから、二つの銀河は慣性で行きつ戻りつ、もつれ込んでいつかは一体になる理屈です。我が銀河系と隣のアンドロメダ銀河も、いずれ衝突してひとつになるそうです。

上位団体が衝突しても個人は衝突しない、何か民間交流イベントでも暗示させますが、団体にどんな終わりがあるかは案じるところ。EUはさしずめ銀河が集まった銀河団にでも相当し、最近は合体強化より分裂の気運が出てきたという。集団への貢献度に、国別の差がありすぎる問題で。
2016/02/13

アートフェア会場の記録写真は貴重

海外美術展に何度も参加した方は、会場の写真が手に入りにくい現実を知っているはず。オーストラリアやカナダも含めた欧米展で、主催者が配布する写真は少ない。少しでも送ってくれたら良心的な団体でしょう。

通常のイベントは、写真が豊富に欲しい人は直接行ってねというスタンスです。そして会場へ行ってみると、撮影禁止の張り紙があります。我々も2016のフェスティバルは、スタッフ登録したベテランによる撮影でした。

作家サイトの制作で、実績写真がなくて困ることがあります。たった一枚だけが手元に残っていたりして。ここで受注したサイトでも、実績ページを埋めるのはここで配布した会場写真が主だったりします。そして、日本国内展の会場写真もほとんどないというありさま。これが現実です。

かつて募集手配だけの頃、ベルリンのフェアで400枚以上、ニューヨークのフェアで500枚以上を参加者全員に配りました。いずれもこちらがデスクとなり、事前に撮影計画を立てました。こちらにプロ写真家がいるからできるわけで。あの時はフルサイズコンデジで、今回は一眼レフを使いました。

「たいした写真じゃないね」はビギナー感覚で、後に間違いなく心変わりします。年月たてば世の現実を知り、その写真を頼るはず。わずか一枚の写真で違うのが、サイト制作の現場です。だから昔の参加者からも、「あの展覧会の写真が残っていれば」と問い合わせがあります。当初はどうでもいい写真と感じても、あって助かったーと喜ぶ時がずっと後に来ます。

3.11以降、警察、消防、自衛隊、ボランティアが回収した写真がデジタル化され、最近になって現物写真の廃棄が始まりました。まだしばらく現物を捨てないでいる自治体もあります。命の次に大事なのは意外にも写真かもという、人生経験と人心の理解が、これらの熱意になっています。