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2018/07/30

犯行の動機と制作の動機は真相が闇の中

世界最悪のテロは、1995年の日本で起きた地下鉄サリン事件とされます。カルト宗教が化学兵器を使い、不特定多数の殺りくを成しとげた唯一の例だから世界一。政情不安な国でも、ここまでの惨事はないらしく。

日本国民に最悪の感覚が薄いのは、当時のカルト団に賛意が集まった点もひとつ。今も犯人側に同調する識者は多く、外部応援団がいた当時のままかと錯覚するほど。日本を変えたい潜在願望の層の厚さなのか。

目立つ同調はテロ実行犯は良い人だというもので、これはマインドコントロールが広範に及んだ当時を知らないと理解が困難でしょう。警察官や自衛官など公務員も入信し、事件阻止と捜査に逆風が吹きました。団体と報道関連の縁故も複雑にからんだ難事件でした。

今も聞く意見に、「事件の動機が明らかになっていない」があります。この動機解明願望の例として、ジョン・レノン殺害事件を思い出します。延々と続く「動機は何だ?」の問いに、動機の解明とは何だ?を思うのです。

動機は犯人が語っています。なのに未解明との声があるのは、解明内容が気に食わないからか。自分なら殺意なんか抱かないから、告白内容は虚偽なのであり、代わりにアメリカの闇を早く白状しろという思いのファン。望む解明内容を延々と待ちわびることになるという。

動機の闇といえば、絵画制作の動機が記憶にない現象もあります。画家なら知ることで、制作には自発と偶発が混じり、作品はただ残るだけ。ピカソ『ゲルニカ』がモノクロ画調である動機は、戦争表現の意図よりも、大画面に塗る絵具の混色がめんどうだったのかも。動機なんてこんなもん。
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2018/06/19

ワールドカップ2018で日本がコロンビアに勝ったのは順当か意外か

今夜の日本のサッカー試合も、事前のフラグどおりの結果でした。すなわち、前評判が高いチームは振るわず、最低最悪と言われたチームが善戦する法則です。期待と結果がひっくり返る、いつものお約束というか。

勝てそうなら負けて、負けそうなら勝てる結果論が、サッカーには異常に多い。ロシア大会のここまでの試合は、その法則が次々と表れています。ドイツに勝ったメキシコ。そして日本も。むろん偶然を含めた乱高下で逆転できる程度には、底力がある前提ですが。

評判と結果が逆転しやすいのは、人間の脳内で安心と不安がパラドックス的に作用するせいでしょう。開き直りや居直りの集中力や馬鹿力。アベレージの差が消えるほど躍進したり、逆に空回りしたり。手を使わないサッカーでは、その凸凹が増幅され、事前予想をくつがえします。

しかし同時に、見守る周囲も安心と不安で動揺を増幅させ、絶賛や非難で激しく反応します。今回の日本の監督解任も、鴻鵠の志を知らぬ取り越し苦労が濃厚。三カ月前のウクライナ戦とは逆に、2006年と2014年の日本は最高の仕上がりと言われ、本番の結果は散々でした。

ある程度で済まないほど、あべこべ結果が多発するのがサッカーのワールドカップです。不思議だけれどわかる気もするとしても、他の競技ではそれほどの番狂わせは少ないようで。サッカーの特異性でしょう。

身近には、美術作品でも起きている気がします。よくあるのは、素晴らしいスケッチ画をキャンバス画に仕上げると、つまらない作品に終わる結末です。どうでもいいスケッチの方が着彩して伸びる、逆転の法則。しかしこれは似ているだけで、サッカーの法則とは関係なさそう。
2018/06/14

サッカーの貴重な一点と、美術の貴重な一点

サッカーワールドカップ2018ロシア大会の、賭け予想に使うオッズがイギリスで発表されています。日本代表チームは勝てそうにないから倍率が高いのですが、アジア勢では最も勝利に近いと予想されています。おそらくジャパン・ミステリーというもの。

日本チームに期待される何かは、まずは幸運でしょう。サッカーで耳タコのことわざに、「強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強いのだ」があります。勝負は水ものだから、結果をみて初めて強弱を言えるという、ゲームの不安定さを言っています。

サッカーと逆の傾向はバスケットボールで、得点回数が多いし、地力と逆になるほどの誤差は出にくい。力量差の最新推移が、結果に相関しやすい。サッカーの方が番狂わせが目立つのは、得点回数が極端に少なく、また手元の狂いよりは足元の狂いの方が大きいからでしょう。

だから、仮にジダンにでも長く監督をまかせ、試合直前に高校教師に監督を取り替えても、「自分たちのサッカー」で勝てる可能性はあります。それだけに、チーム育成と本番の指揮を別人が担当すると、手柄があいまいになり喜びも悲しみも半減する道理で。

ところで、美術制作の勝ち負け。日本なら受賞を目指す公募コンテスト展、外国なら売却を目指すアートフェア。これらに作品を出しての勝負は、果たしてどの程度水もので、番狂わせが起きやすいのか。貴重な一点とは。

誤差どころか、ワザありの尺度がTPOで正反対なのが美術です。なぜこれが高く売れた?、なぜこっちが売れない?。スーパー水もの。それどころか零点のみじめな全敗が、百年後に値千金に輝くかも知れず。おもしろさを通り越して、わけわからん混沌がいつものことなのがアート。
2018/05/13

ロストテクノロジーが暗示する芸術の運命

ピラミッドとアポロ宇宙船の匿名ネット議論は、芸術の考察に役立ちます。それは宇宙人と地球人との関係や陰謀論という切り口よりも、人類のロストテクノロジーの観点です。この手の話題は何度もやってきました。

ピラミッドは科学技術が発達した今も作る方法がわからないから、宇宙人が作ったのだという説。アポロ宇宙船は六回着陸した後に、科学技術が発達した今の誰も月に行けないから、『2001年宇宙の旅』の映画監督を起用したスタジオでの芝居だったという説。キューブリック罪人説。

どちらの俗説も、信じる人の輪は急速に広がっていて。両方に共通するのは科学が発達した僕らは、能力向上し続けている前提と自負です。そこには、過去の技術が消える視点が抜けています。

最近イギリスから届いたニュースは驚きでした。学校にある時計を読めない生徒が増えたから、デジタル時計に総入れ替えした話題でした。長針と短針の位置で何時何分何秒かを読み取ることが、もう人間にはできない時代に入ったのです。原因はスマホらしく。

つまり針式のアナログ時計は、ピラミッドやアポロ宇宙船と同じ立場です。いずれ製造もされなくなり、人類にはそんな装置は作れない説の候補が、またひとつ増えた。他の候補は、ロータリーエンジンにディーゼルターボ、MT車、ガス炊飯器やカラー写真フィルムなど、ロスト予定がひかえます。逆にロストしなかった例は、音楽レコード盤。

「今の僕らにできないことは、昔はできたはずがなかろう」という現代人の自信。それは違うでしょとわからせてくれるひとつは、美術です。昔の絵を卒業したつもりでも、似せて描いてみれば浅く平坦な表現がやっとだとか。そのせいで、各国で古美術修復の失敗が続出しています。
2018/04/08

国際宇宙ステーションと歴史名作美術の鑑賞

銀河とブラックホールの力学や、ダークマターの新説がニュースに出ました。宇宙関連の話題が出ると、しばしばネットで目にする記述があります。「アポロ宇宙船は半世紀前に月へ行ったのに、その後一度も行かないのはなぜ?」。

言外にあるのは、今行けないなら昔も行けたわけがなく、当時のアメリカが国際社会をだました説です。実は行かずに芝居をしただけだと。あれから月へ人が行かない理由はむろん金がないからですが、一般には経済理由は大人の事情なので、理解する人は限られるでしょう。

アポロ以後に高度成長した日本では、金銭で困る小学生も少なく、経済観念は育ちにくかったでしょう。ユニセフが現在の日本を、児童が貧困な国としてリストアップしたのは新しい現実ですが。

科学研究の縮小といえば、国内ではスーパーコンピューターの「二番ではだめですか」があり、世界では宇宙望遠鏡の打ち切りがありました。日本もコスト負担し、幸い次の望遠鏡が打ち上げられ消滅は免れましたが。

次に国際宇宙ステーションへの出資を中止すると、アメリカは言います。ロシアと日本と、EUやカナダだけで維持は困難です。中国が作らないと消滅し、「昔あった国際宇宙ステーションは実はCGを使ったねつ造だった」と、アポロのように半世紀後のネット事典に大々的にのるかも。

昔はできて、後にできなくなったものは多くあります。身近だと木製タンス、ブラウン管、将来はガソリンエンジンとか。ターボなど誰も知らない未来が来るかも。人類のロストテクノロジー問題です。たとえば美術の名作鑑賞にも、消えた技術の痕跡をふり返って味わっている面があります。
2018/03/01

仮想通貨ビットコインの投機と絵画の投機の違い

ビットコインなどの仮想通貨を買うのは、絵画と同じでインチキだと、ネットでは言われます。どちらも値上がり確実だと信じたら、損するぞという主張です。こちらで最近、仮想通貨と絵画の違いを記しネットに出しました。

仮想通貨の原理を説明し、値上がりするカラクリを分析し、絵画とくらべています。ただ、今の仮想通貨の目的は単純で、要は無限連鎖講です。しかし一方の絵画は無限連鎖せず、もっと複雑な価値に支えられています。

絵画を買う人は、互いに異なる作品を手にします。横のつながりがなくて個々が独立しているから、盗まれた作品が他と混じって見分けがつかないこともなく。

仮想通貨は早い購入者が遅い購入者の納入金を横取りする仕組みですが、美術にはこの横取り機能がありません。ピカソ絵画を買った人が、ダリ絵画購入者の金を得ることはなく。美術は仮想通貨のゼロサム(総合計がゼロ値のシーソー)と違い、有用性の合計が実際に増えます。

買いたい人が二人以上(競売では一人以上)いると、値上がりが始まる点は仮想通貨と同じです。しかし絵画は仮想でなくリアル物品だから資金プールはなく、仕手戦で価値を落とされる心配は小さいでしょう。

数字上のゲームと異なり、確かなビジュアルイメージが絵画です。意外に大きいのは、選ぶ目の効用です。選択眼に自分らしさが表れ、家にアートを置けば自分の芸術観が表明される。全員が異なるものを買う複雑さゆえ、絵画についていけない人は仮想通貨よりもはるかに多いでしょう。
2018/01/08

美術作品の審査につきまとう問題とアートフェア

審査とは検閲なので、受ける側は不安です。不合格だったらいやだし。しかも審査する側に確かな基準や軸線がなかったり、ずさんかも知れないし。何年か前に、審査員と出品者が裏でつながっていた大規模公募コンテストがニュースになりました。評価の恣意性に乗じた出来レース。

ここでやる審査は、公募コンテスト式の切り捨て目的ではなく、出せるものを探す目的です。おこがましく言うなら、引き上げ方を見抜く審査。アートフェアだから、一応フェアです。意外に多いのは、出し惜しみでB級作を選ぶ失敗を防ぐことです。これは一応ジクレーで解決済み。

しかし実物も高精細写真もない場合や、既存作品がイマイチな時は、新作の方向をまず決めます。現代の美術家の大半は作風を複数持つスイッチワーカーであり、スイッチし間違うと徒労になるから。

作者の関心と外国の関心を重ねるために、より芸術的な作風を選ぶのが基本です。芸術的であるがゆえにお客に嫌われてしまう事態は、欧米では少なめとわかっています。残念ながら日本では今も多くて、参加者からもトンデモ体験がちらほら耳に入りますが。

日本だと保守対革新や具象対抽象のあつれき、ヘイトに巻き込まれる不安があります。具象だけがわかる画家が審査し、抽象が切られてはたまらない。よくあるパターンと違うから、間違った絵だと言い出す審査も横行。作品をわからないと言わず、嫌いと言い出す。自身がついていけない作品だとは白状しない、困った天の声。

結局その不合理を人類は解消できないと自覚したから、欧米の新作大規模展覧会はコンテストでなくアートフェアという、マーケット方式が主流になっています。見るお客の全員が審査員となり、しかも評価して終わりではなく、評価者が買い取る本気の対決になります。
2017/12/14

芸術はロストテクノロジーだというおもしろ説

芸術弁論タブーのひとつは、外国アートにくらべ日本の何かが劣っている話題です。が、もうひとつ顕著なのは、人類にとって芸術の意味が変化している話題かも。悪い変化はタブー。ダーウィンの進化論と似て、拒絶反応が素早い。

ちなみに進化論が今も猛烈に攻撃される動機は、よく言われる宗教との整合問題は二の次です。最大の動機は、猿が人間に進化するという誤読による、チンパンジーなど霊長類との確執でしょう。えっ、誤読だって?。

進化論を嫌う感情の正体は、人の祖先が猿だとは許せない自尊の思いであり、だから昔からダーウィンを猿の顔に描く報復行動が多発。しかも実は曲解です。ダーウィンはそんなことを言っていません。言わないのに言ったとカッカする人類の事情は、類人猿を嫌う深層心理でしょう。

かくも感情で収拾がつかない類例に、ロストテクノロジーがあります。昔の人にできて、今の人にできないこと。MT車のダブルクラッチ?。一例はエジプトの大ピラミッドで、現代人が信じたくなる説は、「当時地球に飛来した宇宙人がピラミッドを建てた」「それなら今できないのも納得」。

これと同じ感情がアポロ陰謀説で、50年前の人にできて今の人にはできないから、映画監督がスタジオで収録した壮大な芝居だった説が、正論を圧倒しています。若者のほぼ全員が半信半疑で、ピラミッド同様に永劫疑う動機を乗り越えられない人類の宿命でしょう。

このロストテクノロジーが、芸術に起きている疑いがあります。昔の作品を見てインスパイアされ、燃える思いで作った成果が自動的にショボくとどまる現象です。要するに彫りが浅い。口に気をつける公人の弁みたいな制作態度の縮こまりで、太古よりも必ずスケールが小さい凡作どまり。個人の問題というより、人類が何かを喪失しつつあるプロセスの疑い。
2017/10/28

ケネディ大統領暗殺の公文書をトランプ大統領が公開

アメリカ民主党のケネディ元大統領暗殺事件の公文書を、共和党のトランプ現大統領が公開する話題。暗殺だからむろん陰謀ですが、主犯が公的機関にいると世間で言われ続けた最大の理由は、銃弾の不合理でした。

大統領の被弾は、背中と首を後から、頭を前からとされます。逮捕され二日後に殺されたオズワルドは、大統領を後から撃てても、後へ向けたマンストッピングはできません。近年の情報は、3種の銃から計5発だという。狙撃者は3方向にいたのに、公式記録では単独犯。独りなら、誰が口封じ?

事件後たくさんの憶測やつくり話の陰謀説が故意に流され、論が踊りました。かなり前に日本のテレビ特番を見た後輩がこう言いました。「大統領の奥さんが、散らばった脳を手でかき集めるシーンが放映された」と。今のネットでも同じ説明が出回っています。

いわゆるザプルーダーフィルムを見ると、なるほどオープンカーのトランクリッドに乗り出した妻ジャクリーンが両手でゴシゴシします。ところがよくよく見ると、そうはしていません。ジャクリーンは、片手で何かをつまみ上げただけ。かき集める動作とは違う。よく見れば。

「両手で脳をかき集めた」ではなく、「片手で骨片を拾った」が正解だそう。直行した病院で医者に渡した記録があります。だから、彼女が車から逃げ出そうとした説もつくり話。言葉説明に引っ張られて、映像が違って見える不思議な現象が起きた例です。

美術でも「この絵はこれこれです」の説明で、似た鑑賞体験が起きるでしょう。言葉に引っ張られ集団勘違いが起き、デマも生まれやすいでしょう。ところでこの公文書というもの。ゴッホの当時の公文書がみつかれば、絵に関する秘密やおもしろネタも出てくるかも知れません。しかし現実は、当時無名すぎて他人による記録なし。
2017/08/02

ジャズピアノのジェリ・アレン死去から一カ月以上

アメリカのジャズピアニストのジェリ・アレンが、6月27日に亡くなって一カ月以上たっています。が、日本語ネットに情報は少なく、かなり知られざる人だったのかと感じさせます。

ピアノの達人タイプでなく、作曲も含めた個性を聴かせるタイプで、不穏でスローな節回しを流し込むスタイルはすぐ判別できるもの。反面、職人気質プレイヤー好みの日本では、個性の人があまりウケないのはやはりというか。不思議な造形の抽象画家のような、微妙な地位のピアニストです。

スタンダードナンバーを演奏して、古参リスナーをうならせるには向かず。『100ゴールドフィンガーズ』と称する、NYから日本へ大物ピアニストを一度に10人呼ぶジョイントコンサートに出た際に、話題にならなかった覚えがあります。日本では悲運にもブレイクせずの感。

アメリカのジャズシーンに、同じ女流で有名なリズム楽器演奏家が少数います。歌うベーシストとして世界的スターとなったエスペランサ・スポルディングと、著名ドラマーのテリ・リン・キャリントンとACS JAZZ TRIOを結成して活動中。突然なので、アルバムはなくNYコンサートも穴があいて。

日本では各界で女性を優先的に起用しては、前代未聞のトラブルで幕引きするパターンが続きますが。ジェリ・アレンは夢の共演も続き、バークリー音楽院の名誉博士やピッツバーグ大学の教鞭など、後進の育成も順調でした。

しかし90年代後半からのジェリ・アレンは、若き日のカルト的な作曲も演奏も薄れていたのも事実。カルト的な画風の画家が、毒が薄まり埋没ぎみになってきた時のような焦りを、このピアニストに感じていました。
2017/07/12

ロンドンデリーの歌(ダニー・ボーイ)の和音が日欧で違う?

その昔、西部劇の映画でカウボーイだかガンマンだかが、ハーモニカで吹いたメロディーだったから、映画のサウンドトラック用としての作曲だと思っていました。後に、実は古いアイルランド民謡だと知った曲が『ダニー・ボーイ』。

ある女性が採譜記録した後に、アイルランドのロンドンデリー州の人が世に紹介したので、『ロンドンデリーの歌』と呼ばれます。アイルランド島北部の陸続きで、現在はUK(イギリス)に含まれる地名ロンドンデリー。

後世に何種類も歌詞が当てられ、フレデリック・ウェザリーの作詞でヒットした同曲が『ダニー・ボーイ』。題名からして、アメリカの西部劇を連想させます。西部開拓史の、いわゆるボウイ・ナイフなどがすぐに浮かんで。その曲に当てた和音が日欧で異なる理由が気になります。

冒頭の歌詞「Oh Danny boy the pipes the pipes are calling」の「ボーイ」で始まり、「パイ」でどの和音を当てるかで、ヨーロッパと日本では趣味が異ります。ヨーロッパではメジャー・セブンス・コードで始まり、「パイ」でセブンス・コードにチェンジすることが多い。ググッと変化する劇的な展開が、どうやら欧州人の趣味です。ダイナミズム優先。

対して日本人が歌うバージョンでは、「パイ」もメジャー・セブンスからチェンジしないアレンジが多いのです。だから、ヨーロッパ式はクラシック名曲やジャズのコンボ演奏ふうに聴こえ、日本式はイージーリスニングか童謡ふうです。日本の方が平坦で抑揚が乏しい。

ヨーロッパ式はドラマチックな都会型で、日本式はのどかな田園型という違い。この違いは、双方のあらゆる表現物に広くみられます。日本の制作物をヨーロッパへ持ち込むと、日本人が感じるよりも薄まった表現に映り、主張不足に見られやすいという普段感じる法則どおりです。
2017/04/23

タイタニック号の支配者と現場の声と

ハリウッド映画のパターンといえば「ボーイ・ミーツ・ザ・ガール」が真っ先に浮かびますが、意外に多いのは「ザ・タイタニック・スタイル」です。別にそんな言葉はなく三日前に思いついた造語で、これは豪華客船タイタニック号の物語です。

タイタニック号の船長は、会社でいえば社長でした。しかし操縦した船自体は、社長の持ち物ではありません。オーナーたる船主が別にいて、そちらの方が権力が上です。社長は雇われた部下にすぎず、物語全体を支配する頂点にはいない。

タイタニック号の沈没は船体の強度不足による浸水が主因とされ、船長や船員はやるだけのことをやって死亡していました。この物語は、企業オーナーたる株主が運営に無理を強いて組織全体を破滅させる、そんな運命を類推させるものです。強者が机上で考え、現場の弱者を死なせてしまう失敗パターンです。

なぜこんなことを思い出したかといえば、動画サイトの広告で似たものが出回っているから。油田の掘削で資本家と現場側が衝突し、資本家の強行に現場が従わされ、大事故となるパニック映画の宣伝が流れています。

「これからの時代は株主の利益を第一に」と言って言って、言いまくったあげくに「強い株主」を実現した日本で、名門企業が次々と破滅し沈んで消えたり、日本からいなくなったこの19年間が、「ザ・タイタニック・スタイル」を思わせます。

欧米、とりわけアメリカの人たちが、「企業は誰のものか」を昔から強く気にしてきたことを、この筋書きの映画の多さで推測できます。「現場の声に左右されてはライバル企業に勝てない」「しかしその強行に反社会性はないか?」という永遠の対立が、作品モチーフの定番になっています。
2017/04/06

連続テレビ小説おしんの心境と制作インスパイア

今日気づいたことですが、連続テレビ小説『おしん』(1983)のテーマ曲に元ネタがあったのかと感じました。ジョニー・ピアソンの『ヘザー』がそうで、きっかけはカーペンターズのベストセラーアルバム『ナウ・アンド・ゼン』(1973)。しかしネットにこの情報は一件もなく。

出だしから曲の回し方が似て、共通するコード展開です。途中で和音がガク折れして、テンションを高める部分はもうそっくり。ただし主旋律は異なり、盗作と感じない範囲でインスパイアーかもという程度です。『サウンド・オブ・サイレンス』と『夜明けのスキャット』の関係に近い感じで。コード拝借なら『チェロキー』と『ココ』みたいなものか。

『おしん』のテーマは開始わずか5秒でサビとなる劇的な曲で、連続テレビ小説シリーズの曲としては最高傑作と定評があります。1980年代のアメリカから始まった、低域を厚くした音づくりを感じさせるもの。『おしん』の市販サウンドトラックはモノラルだったので、ステレオ盤が待望されていました。

鳴かず飛ばずの曲を劇的に改良した例に、ジョージ・ハリスンの『マイ・スイート・ロード』がありました。盗作裁判の原告側が示した元ネタ曲が、煮え切らないもどかしい不発作品で、ジョージはすごい人だったと改めて感じた人も多かったのでしょう。

もっとも、既存作品の改良作業はたやすい一面もあるはず。現に、表現物の多くは他の表現物を参考や踏み台にしています。ほとんど似ない場合でさえ、そうです。しかしまた、オリジナル作に最も普遍性が宿り、二番ものは亜流くさい例も多く。

以前の美術大学教育で、有名画家作品の模写が不自然に高く評価され、劣化コピーの推奨ぶりに部外者があきれたニュースがありました。オマージュは本来、元祖に対して「出藍の誉れ」といえる差異と向上が期待されるはずで、盗作の別名で定着するのは衰退フラグなはず。
2017/04/01

エイプリルフールとフェイクニュースサイト人気

日本にエイプリルフールは定着せず、日本の新聞社が試しにジョーク記事をのせるたびに、読者は怒り出したものです。生真面目で冗談が通じにくい東アジアの地域性なのか、中国共産党もこの風習に乗らないよう人民に呼びかけています。

エイプリルフールの虚報を真に受けた例に「アポロ陰謀説」があります。月に降りた12人に、今の価値で総額1億円もの口止め料を払ったとされる虚報。元は4月1日制作と記した英テレビ番組(放映は別の日)でした。ところが横暴なアメリカ国への憤まんのはけ口となり、アメリカ下げのプロパガンダとして特に日本のネットで定着しています。

「巨大イナゴ」「スパゲティのなる木」も、今も信じる人がいます。よくあるパターンは「ツタンカーメン王の呪い」で、冷遇された出版社の恨みの創作と当時は知られていたのに、年月経て信者が増えた時間差洗脳でした。テレビのウルトラシリーズも後世に、宇宙生物が地球に来ていた証拠映像として引用されるかも。

ところで、今や毎日がエイプリルフールです。たとえば、水道水に「ありがとう」と言ったり、モーツァルト曲を聴かせると、味がよくなるデマがあります。デマと言われて反発する立場は、水や装置の販売業者だけでなく、一般人にも広がりました。デマを肯定する動機は、アクセス広告収入とアフィリエイト収入欲しさ。

見え透いたデマでも洗脳の確率統計で期待して使うのが、今日のフェイクニュースサイトです。米トランプ大統領の選挙でも、国内外のフェイクニュースメーカーが複数動員され、有名な虚偽報道サイトはロシア企業でした。デマの流布は中国以外は合法だから、常にやり放題です。

新聞社がてこずった日本のエイプリルフールも負けじと、江戸しぐさの虐殺とか。「ニセの情報に気をつけろ」という警告はほぼ無意味です。人が享楽と利害で正誤を決め取捨する、美術展の審査に似たやり方はなくなりはしないはず。こうして、芸術のモチーフ自体は増えている感触もあります。
2017/02/25

39光年離れた惑星へ人類は行けるのだろうか

ある恒星に、地球に似た惑星が7個あるらしいと、NASAの記者会見がありました。地球からの距離は39光年で、宇宙的規模では地球のご近所さんです。このニュースへの反応で、「光の速度で39年なら、往復で人間の一生ぎりぎりか」という意見がありました。

実際には、はやぶさ探査機の巡航速度でも片道39万年かかる計算です。縄文時代から今までの1万5千年の26回分の時間です。光の速度で考えた時点で、1万倍もずれています。だとしても、すでに行った月旅行を応用してその惑星へも何とか行けないのかと、疑問も起きるでしょう。

が、月旅行と火星旅行の違いと同じで、距離は決定的です。地球から月までの距離が地球一周分の9.6倍だとは早くにわかっていて、月に限ればとても近い。月旅行の提唱はアポロ計画より100年以上前にあり、ゴッホが生まれる以前の古いアイデアでした。

39光年は月までの9億6千万倍なので、科学者は行くつもりにもなれないでしょう。同じ夢でも、実現性に大差があります。月と他の恒星は距離が7桁以上違い、どうにもならない壁です。ところが必ず出てくるのが、「今の科学技術なら無理でも、将来の科学技術なら行けるだろう」という言い方です。

「もし可能になる方法があるなら可能になる」式の虚しい循環論ですが、これも量的な拡張で済むか、未知の原理に取り替えるかで、確かに違いは大きいでしょう。燃料式モーターでは宇宙船の速度は上がらないから、空間の抜け穴を発見する想定が多いようです。SFの世界です。

可能な方法はワープを指し、元は小説や映画のアイデアです。この現象は、フィクションが未来への期待をつないでいる点で、創造の効用の一面を感じさせます。漫画のおもしろさも似ていて、フィクションが先行することで、夢想以上のリアリティーが得られる効用を感じます。
2017/01/26

画家が金星をあげる時

このところ金星がとても明るく輝いています。大気に光がにじみ込んで円盤状に見えるほど。金星も月のように満ち欠けするから、半月のごとき半金星になりますが、金星が明るくなる理由は月の場合とは違い、地球のそばに来るからです。

三日月のごとき三日金星になった時、光る部分が細い割にやたらクローズアップされて強く輝きます。今は金星の左上に火星があり、やがて近くに月が来る予定です。正月三が日にも月が来ていましたが、ベルリン展示のことばかりで気づきませんでした。前の冬空は木星が仕切っていましたが。

日本から送った探査機は、金星の軌道投入に失敗していて、再トライでかろうじて成功しました。ずいぶん前のことかと思ったら、今調べると13カ月ほど前の話で。それから観測は続いていて、ただし表面に降りられないから地味な観測になっています。

ところが、ソ連は金星の地盤部分をすでに撮影していて、そのルックスがまた他の惑星と違います。生物が火星におらず金星にいた場合は、大きいサプライズとなるでしょう。まさかの逆転。

ゴッホと同時代の人は、ゴッホの絵が売れるようになる未来は、まず考えなかったように思えます。その証拠は、ゴッホの死後に絵の奪い合いが起きていないから。所有権や相続をめぐる裁判もなし。ゴッホの絵は本当にゴミ扱いだった。

ゴッホが出世する確率の低さは、あたかも金星で生物が見つかるほどの意外性だったろうと、今想像しています。だからゴッホへの認知は、同時代の人が心を入れ替えたのではなく、世代交代で進みました。ゆっくりすぎる逆転の金星。
2016/12/07

幽霊に取りつかれた肩こり及びゴッホの統合失調症

キュレーションサイトとは、美術館のキュレーターと同じ語源で、ネット情報を集めて紹介するサイトだそうです。月に2千万アクセスという、アート系ならあり得ない超人気の医療健康情報サイト群が、インチキ情報を発信していた責任で公開を中止するとか。肩こりの原因を幽霊としたり、自殺志願者を引き込む細工が全国ニュースになりました。

インチキ情報とは、学者などの優れた論説をネットで探し、その文章を改変して転用したもの。もし著作権で裁判になっても決定的な証拠となりにくい程度に、言葉をあちこち言い替えて罪をのがれる方法です。その細工の時に、ジャンク文章やガセネタで水増しします。

現場の認識が甘くて起きるわけはなく、一般的には故意の複写作業をメシのタネとして、他人のアイデアを奪ってもうけるネットの流儀どおりでしょう。一応、最初から悪気があってやる類のビジネスモデルが多いのです。

ネット情報は基本的に無料だから、通販ショップ以外は広告収入で成り立ちます。読者がタッチするだけで即収入になる広告もあるから、1アクセスが微々たる金額でも百万、千万、億と途方もなくアクセス総数を増やせば、大金が得られます。

そこで、読者にお手つきさせる手法が種々編み出されました。狙われる例は動画配信サイトで、幽霊やUFO、巨大なカニや磁石人間など目を引くつくり話を用意し、本物や事実と思わせてクリック(タップ)させる手法が一般的。その詐術を医療健康情報サイトの活字でやったら、健康を害した人が出てニュースになったわけです。

虚偽情報は美術分野でも出回っていて、医療健康問題で多いのはゴッホは統合失調症という素人診断です。創造の原因は発狂だという結論を欲しがる大衆向けの、比較的古典的なポピュリズム言説でしょう。このデマは、芸術が苦手な国ほどよく広まるのです。
2016/10/22

ボブ・ディランのノーベル文学賞とアーティストイメージ戦略

ボブ・ディランのノーベル文学賞はサプライズで、世界で賛否が分かれました。ボブ・ディランに関して少し知る人は、まずいと感じたかも知れません。というのも、ボブ・ディランは自然体で生きてきた人ではないからです。

かなり前に、ボブ・ディランなる人物のブランドメカニズムを書いた本が出版され、音楽界でやっぱりねと受け取られた暴露本でした。一人の才ある若者の発見と、芸名から始まるイメージ戦略を演出したチームワークの裏話で、ファンはその演出を楽しむというもの。舞台劇ほどではなくとも。

哲学的で思弁的な雰囲気は、チームの戦略管理でつくった虚構だとネタばれ済み。新型アイドルで売り出す時、ベトナム戦争が最重要キーでした。アメリカの戦場撤退(敗戦とは違う)のきっかけのひとつ。

この予備知識で、ボブ・ディランはノーベル賞を無視する可能性が想定できるのです。チーム企画が築いたイメージは、反権力で反権威のシンボルたるカリスマ巨匠だから、賞を与える側が輝くでしょう。ノーベル財団は吸い取りイメージアップ、ボブ・ディランは吸い取られイメージダウン。

ところがどんな反体制の徒も、高齢化すれば権力側に加わる経験則も存在します。ボブ・ディラン側がどちらに動くかは、読めなくなっています。もらえるものはもらっておけの状態に、なっていない可能性も不明です。

有名画家がイメージ戦略で言動も企画した例はサルヴァドール・ダリで、後年の脱力作品にまで下駄をはかせていました。またアンディー・ウォーホルの虚構は早めに表に出て、二度楽しませてくれました。
2016/10/20

将棋ソフト不正疑惑問題とコンピューターアート

プロの将棋ソフト不正疑惑の騒動です。タイトル戦で一手指すごとに別室で休憩をとったプロが怪しいと。スマホなどで、将棋ソフトの指南を得ていた疑惑で、数年前の大学入試ネット質問カンニング事件を連想させます。

すでにチェスはコンピューターが人間を超えていて、将棋はまだまだと言われながらもAI(人工知能)がおおむね上回ったそうです。おもしろいのは、AIが指す手は人間が指す手と違うというプロの情報です。

コンピューターアルゴリズム(思考手順)は何種類もあり、パラレルワールド的に未来を分岐させ、成功する手を抽出する手順がまずあります。他の方法に、場面を大量に記憶させ現状と照合させる手順も考えられます。

AIは人間の思考よりもはるかに先の手までシミュレーションするはずで、人間ならやらない意外な指し手を選ぶ傾向があります。ある場面で指したとたんに、高段者のプロ棋士は「この指し手は相手の傾向と違うし、人間とも違うぞ」と感じるそうで。

AIの弟子となって将棋を勉強した人が、AIふうの差し手を覚えて脳の使い方がAI的に変化するかについては、プロでないと不明です。

それならと、人工知能で美術を作って補正なしに完成させれば、人間離れした作品になるかも。ただし、詰めるという単一の目的がないから、アルゴリズムを設計する時点で意外性が消えてヤラセになっていますが。
2016/09/24

与那国島の海底遺跡、芸術と科学の逆位相

『与那国島の海底遺跡』が、今もブルーな話。青い海に沈む『与那国島の海底遺跡』を、古代の建造物だと直感した人がいました。階段や祭壇があるから、太古の人工的な神殿だと。ムー大陸かアトランティスではと。

が、日本の考古学で人工とみる人は皆無です。自然物とする根拠は、新しい地殻変動がなかった地で、全体が100分の17も傾いている点。ステップ段差が不ぞろいで、1メートルなど人間は歩けない。そもそも人間に可能な組石造でなく、岩盤削り出し構造だし。旗竿の穴はウニの穿孔習性。

世界に多々ある自然の造形でした。しかも現場近くの陸上に、もう一セットあるのです。方状節理なのでダブル天然記念物で誇るべきが、一人だけが水中の方のみ人工物と主張し膠着しました。プレゼンテーションを外国で行ったから、日本考古学界のレベルは低いと外から見られてしまって。

おもしろいのは、その一人は専門外なのに別分野で地位が高いそう。一分野の有力者が別分野で権威を発揮したケースに思えます。人工説の論文に誇張や変な記載がいくつか見つかり、当初から指摘されました。

いまだに答は出ていないと誰かが蒸し返し、海波で直線が作れるわけないだろと無意味に騒いで抗するうちに、すっかりイメージダウンしました。後の新型細胞事件も、似たパターンをたどったような。

素人のトンデモを歓迎するロマンや、専門家を軽視する自主性を、芸術でやらず科学でやる。これは世界中にみられる人間的な反応のようで。