FC2ブログ
2014/06/28

アートフェア参加に必要なギャラリーの地力

海外でアートフェアが開かれる期間は、たいてい2~5日間です。短期決戦なので人出も集中して、華やかににぎわう会場写真が撮れます。しかし駆け足イベントでもあるから、作品を見るお客の目も性急になります。じっくり見る時間がないから、複雑な意図が込められた作品や、こった作品の真価が見過ごされやすい傾向はあります。

出品側が思い出づくりと割り切って海外展示するのも楽しいのですが、参加することに意義があるだけではだんだん物足りなくなって、いずれは勝つことを意識し始めます。それなりに売れたり話題性も欲しくなります。国際大会の中継に映るだけでは足りず、ゴールをきめて選手も輸出したい日本サッカーの立場とも似ているでしょう。

「全ては美術家の力しだいです」とするだけでは前進せず、解決のひとつはギャラリー側で支持客と前評判をつくることだと考えました。ギャラリーの地力をつけて、発言力を増す意味です。有名アートフェアにエントリーしても、いきなり有力ギャラリーにはなれないから、常日頃の地位固めが大事。

その時、ギャラリーが先か作品が先かという問題はあります。器と中味の、どちらが推進力になるか、より早く目的を達せられるかの作戦。今の判断は、まだ作品あってのギャラリーという前提で作品探しを強化しました。
スポンサーサイト



関連記事
2014/06/17

海外で盛んなアートフェアへの参加

「アートフェア」という語にはありふれた響きがあって、耳を通り抜けやすいのですが、これはたくさんの画廊が集まった合同展示会のことです。フェアはドイツ語ではメッセで、見本市という日本語で広まっています。お客は入場料を払って、現在進行形のマーケットを見て回ります。

「ケルンペーパーアート」では、50ほどの画廊が並びました。目当てのギャラリーへ買いに行こうと入場するお客もいれば、フェア全体の視察が目的のお客もいて。アートフェア団体は年に一度のイベントを目指して、一年かけて準備するわけです。開催日を楽しみにしているお客もいます。

ところで、ネットで見るアートフェアの会場写真では、壁に並ぶ作品は意外に少ないものです。そして実は、作品が少ないのは高級アートフェアの特徴です。指名を受けた参加画廊が厳選した作品を置くタイプのフェアです。元締めの主催者が、作品数や作風までも制限することがあります。

私たちは日本現代美術の多様性をサブテーマに、多品種で番を張っていました。しかし作品数が多いと、一点を見る時間は反比例的に減る理屈です。見過ごされたり、理解されずに終わる作品が増えます。自ずと、少数の品ぞろえもやってみたくなります。

アートフェアに次々参加するうちに、普段のギャラリー活動もフェアの一種だという、当たり前の認識が生まれました。
関連記事
2014/06/09

ベルリンがニューヨークのアートを超える誓いは、本物か?

世界の美術の中心地は、近代はフランスのパリで、現代はアメリカのニューヨークとされます。そして、その次をドイツのベルリンがねらっているそうです。本気かも知れません。

実際に、ドイツ国は学術や工業やスポーツなど全方位で、常に最高クラスの順位につけています。「なぜドイツは何をやっても日本より強いのか」と、ネットで疑問が投げられるほど。サッカーで、男女とも日本は通常は勝てないのが一例。

ドイツの特徴は、目的と手段のずれが小さい。本質論的な計画が、途中で混線したり右往左往し、中途半端や正反対の結果に転んで終わりは、ドイツでは少ない。有名無実を許さない国民性でしょう。麦芽100パーセントのみビールと呼ぶ法だとか。ハッタリで終わらない堅実。「あれは、冗談でした」とは、なりにくい国。

ベルリンミッテ区で、ルーブルより大規模を目指すベルリン美術館(博物館島が拠点)の整備が続いています。ここの参加者がベルリン訪問する時の観光コースにもなっています。現代美術館を強化して、先進作家や個性作家を集めたら、創造の中心地の下地ができるというわけ。

しかし歴史あるベルリンが、今なぜポストニューヨークか。大きい要因は、もちろんベルリンの壁です。崩壊後の25年は、分断の後始末とインフラ整備の時間でした。やっと付加価値に着手する段階という。EUを支えるリーダー国。世界の主要都市の中で、ベルリンは若い新人的な立場です。

ベルリンはメーカーや工場が少ない情報都市なので、創作表現への依存度も大きくなります。本社経済が集積する東京と違い、世界一の美術という顔はオマケで済みません。美術がナンバーワンなら、デザインやファッションも自ずと集まり、過去の遅れも取り返せる。「いや、あれは願望のビッグマウスでした」とはならない計算があるのでしょう。
関連記事
2014/06/07

物語を書くことになった理由

この物語は、過去の募集機能の上に立っています。良かったところと悪かったところをチェックして、成功体験と失敗体験を少しずつ修整しながら。

途中でクローズアップされたひとつが、美術の論説の必要性でした。作品の中にある物語が、異国の異文化になかなか伝わらずにいて、何となく一人一人が日陰に咲いて孤立しているような実感でした。それに対して、何らかの言葉を必要としています。

自由を標榜し、作風が多岐に広がったコンテンポラリーアートでは、「見ればわかります」とだけ言って差し出しても無理があります。19世紀の具象美術一辺倒を壊して、20世紀抽象美術が再発見されてからしばらくは、次々生まれるアイデアの時代でした。新案がどんどん出たあの時代の共有感が今は薄れ、小さく分断されている前提があります。

それぞれの思いを反映した、それぞれの作品物語が点々と散在する。その点同士をつないで線をつくり、面へと広げていくような連帯がつくれたらと。海外へ足を伸ばしたお祭りの乗りだけでは、徐々に物足りない気分になっていったのです。
関連記事
2014/06/02

ドイツの美術画廊が、日本の美術家、アーティストを常時募集

「芸術の秋」という定例展で作品を募集します。場所はベルリン市内です。

近代アートの中心フランスのパリ市や、現代アートの本場アメリカのニューヨーク市を、今から創造力で上回ろうと燃えるドイツのベルリン市です。そのミッテ区の、ちょっぴり高級なゾーンにある画廊が展示場所です。EU内でアート活動を行う拠点スタジオとなる、企画アートギャラリーです。

その場所には元々別の画廊が長く入っていましたが、ドイツ側のアートマネージャーが新たに入って指揮し、日本のコンテンポラリーアートも置いて売り込むこととなりました。場所が良くて毎日のお客が多い上に、けっこう大きく目立つ建物です。

従来のイベント代行活動に加え、プロショップ機能を加えます。日本美術がヨーロッパで活動するには、支援ギャラリーがあれば心強い。日本からの作品をゲストでなく、レギュラーとする試みです。
関連記事