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2018/04/29

外国で展示するために作品をどう作ればよいのか

日本では展覧会は見て楽しむ場で、ヨーロッパ国では買って楽しむ場といえます。買い物だから、壁に並ぶ絵が不ぞろいに傾いていても平気です。額がボロでも、なくても全然平気。雰囲気にひたるより作品内容のチェックだから、脳内ではきれいに見えています。

ドイツで個人に買われた絵は、室内に飾られ眺められます。現地のギャラリストが作品を取り扱う相手も、コレクターなど鑑賞客であり、値上がり狙いの転売目的は少ないようです。

なので買われた作品は、誰かが好みの偶像として個人評価したわけです。これいいだろと、他人に自慢したり。作る側はやりたいことをはっきりさせ、完成度を目指す工夫が重要です。有名だからとか、知り合いだからという支持とは違うから、作品の不足面を埋める着眼も必要です。

こちらとしてはアウェーの洗礼に見舞われないよう、できるだけ売れる方向へ押したり引いたり加勢します。実際にやった加勢で多いのは、支持者が現れやすい作品選びが第一です。音楽のシングルカット曲に当たる作品を探します。

しかし作者はごく個人的な流れの中にいて、苦労した作品や地味ないわくつきの番外作を希望することもあり、選ぶ時点で難航は起きます。日本では「他を信じず自分を信じろ」式の戦後思想が続いている面もあり、そこが引っかかって出せなくなってしまうオチも何度かありました。

やってみないとわからないのも正直なところで、何をすればどうなったかの統計結果が増えるまで、こちらも加勢に及び腰でした。出品数を最低二点にしておき、マーケットリサーチはやりやすくしていました。三、四点出される方も増えたのは、やはり作風に幅がある今日だからでしょう。
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2018/04/26

パソコンが一転して絶好調になりました

パソコンに起きた謎の不調を丸二十日も調べ、作業が空白になりました。前ぶれもなく電源オンで起動しなくなり、システムバックアップソフトでCドライブを書き戻すと正常化します。数回は起動でき、時間がたつとまた起動しなくなる珍現象でした。

当初注目したのはAFTディスクの開始オフセットで、SATAコントローラーも旧式だからと、パーツを七点買い一台組み立て、過去のCドライブを注入しました。結果は現象がそっくりまた起きるではありませんか。キツネにつままれたようで謎が混迷した次の瞬間、なーんだと。

料理して食べて平気でも、時間をおいて食べると食あたりが起きます。これだったのです。実行プログラム(EXEファイル)に、「トロイの木馬」型のマルウェア(ウイルス類)が繁殖していました。一年前に収録しておいた無菌状態に書き戻しても、今新たに感染して起動しなくなる現象でした。

起動しないハードディスクを、通信パソコンの最新アンチウイルスソフトで調べると、マルウェアが二千個も見つかりました。試しに全て駆除すれば再び起動したのです。データドライブに保管された、管理者用サービスインストーラーのEXEファイルが伝染源だった疑いです。

いくら新鮮なシステムに戻しても、数時間で二千個も増殖して倒れたのでした。食中毒とそっくり。ネットにつながない孤立したパソコンは、ワクチンが古いままになるという構造的な問題でした。今回無駄に買い足したハードディスクに、管理用プログラムを離して置けば予防できます。

このタイプのウイルスは、アプリ実行プログラムにのみ取りつき、文書や画像データは無関係です。最近のマルウェアは、アプリを好きにダウンロードして使えるスマホの被害が多く、銀行口座の情報を奪ったり、仮想通貨の資金移動追跡(マイニング)に加担させる目的だそうです。
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2018/04/22

印刷物と版画とプリントの国際関係

国境を自由に越え、国境をなくして世界を均質化する主義がグローバリズム。それを国際社会に仕掛ける者は、持ち株会社や資産運用会社などマネーを商品とする企業が中心です。その理念のひとつが、英語への言語統一でした。英語以外を世界から消したい立場です。

しかし日本語は世界有数の広範なボキャブラリーを持つので、英語に移行すると表現範囲が減ります。たとえば、日本語の「君」と「あなた」は違う意味です。Jポップの歌詞でも、「ユー」だけだと光景や情感を表現しきれないから、歌の芸術性は狭まるでしょう。

そんな日本で生じた衝突に、「印刷物と版画は違う」があります。この区別は、わずか10年前でさえ日本版画界の悩みでした。英語だと印刷物も版画も「プリント」なので、二つは同一とわかるのですが。言語の国境が、アート業界の足を引っ張りました。

版画とは、印刷して量産した絵画のことです。英語でアートプリントと呼ぶから、プリンターで刷った紙とわかります。ところが日本だと、版画のプレス機と印刷の輪転機が、まさか同種の機材とはイメージしにくい。まして電動式で電子式でUSB接続となると、別世界に思えてしまいます。

そこで国内のジクレー販売店は「それは本物の美術か単なる印刷か、どっち?」の疑問に対して、「非常に美麗だから芸術的な価値がある」という説明をよく行いました。美しいから本物の美術なのだという論法に頼ったのです。原色が従来の倍に増えた、六色インクに救われたかたちで。

しかもそんな2008年頃でさえ、「印刷物が美術を名乗ったニセ絵画の商売をなくそう」と主張する糾弾サイトがありました。印刷物が美術を名乗った紙を、版画と呼んできた欧米の長い歴史に対して、日本語の豊富な単語が裏目に出たのでした。
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2018/04/20

日本の財務省のデマが報道でバッシングされていて

いわゆるモリカケ問題。官僚が議員の縁者に利益供与した複数の件が、国会で長引いています。マスコミが叩くのは議員より省庁のデマ、偽証、書類偽造と廃棄。この話題と美術の接点は、もちろん景気の動向です。

省庁の最大の罪は、知る人ぞ知る状態です。バブル後の1992年から続く不況を5年で終わらせず、さらに21年延長させた発端のあのデマが最大の罪でした。一説では、省内出世レースと関係が深いとか。

そのデマは「日本の借金は800兆円」というもの。後に1000兆円に増えた数字を、英米など外国からの借金と信じる日本人が今も多くいます。「日本は財政破綻し、ギリシャの次に倒れる」という危機感。美術を買っている場合ではないと、国民は節約を徹底しGDPは長く横ばいのままです。

世界最大の借金国は日本だとの、この情報を耳に入れた外国の格付け会社が反応しました。各国の財政の国際ランキングで、日本を低い評価にしたのです。外国の信用情報筋が、日本を財政悪化国と認めたかたち。

すると日本のある団体が怒り、格付け会社に抗議しました。「日本は世界一の債権国(出資国)で最大の黒字国なので、他国並みの低いランクはつけないでくれ」と。数字やグラフを用いて日本の豊かな財力を説きました。破綻から最も遠い国が日本だと、正しく評価したまえと。

その抗議した日本のある団体とは、「日本は世界最大の1000兆円の赤字国であり、ギリシャのように破綻が近い」と国民に告げた団体と、同一の団体です。財務省です。そのジキルとハイドぶりにマスコミが触れないのは、メカニズムが平易でなく咀嚼しきれないからでしょう。たとえるなら抽象美術みたいなもの。
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2018/04/19

絵はがき制作用パソコンをただ今新調準備中

今になって失敗と気づいたのは、同じパソコンを長く使ったことです。書類と画像の作成用の一台が、最近不具合で二週間近くも深入りしています。2005年に最新パーツで組んだ、省電力のPentium MとマイクロATXマザーボードの組み合わせ。

原因の推定は変転しました。最初はキーボードのPS2コネクタ接触不良、次に帯電、そしてディスクのセクターエラー、MBRの損傷、電圧が低下してBIOS保持不能、AFTディスクの開始オフセット問題。半導体の劣化かも知れません。

医者の苦心を想像しました。フィジカルもメンタルも異常なしで、しかし症状は表れる事態です。ネットにもこの故障の例は出ていないようで。

解決してもCPUの馬力不足で時代遅れと考え、一台また作ることにしました。ただし絶版ソフトは、非AFTディスクの旧OSでのみ動作するから、古いパーツも探しました。

パソコンの難題に、ハードとソフトの寿命があります。いつかハードは物理的に壊れ、ソフトは機能不足になります。新ハードでは古ソフトが動かず、古ハードでは新ソフトが動かず。AGPカードやGクルーみたいに消えるものもあります。

近所にあったパソコンパーツショップがやや遠くへ引っ越していましたが、行ってみると広い床に中古コーナーが増えていました。90年代のパソコンは生鮮食料品と呼ばれましたが、旧製品は遅いという不満は2008年以降の製品はほぼ消え、古物も実用的な時代に変わっています。
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2018/04/16

人と人のギャップがあっても仕事はできるはずだけど

派出所で上司を撃った事件と、サッカー日本代表の監督解任騒動。次の感覚があったのかも知れません。「考えが同じ人としかつきあえない」「意見が一致しないと全然だめ」「親しい人以外との仕事はごめんだ」。

よくある完全同化主義。そして現実には意見が合う人が固まると、摩擦と刺激が薄れて価値観や思想も片寄るでしょう。長期の発展性がない。俗に言う組織の論理とくれば、今は大相撲や女子レスリングも連想しそうな。

国会でもお友だちの輪の追及が続きます。議員の盟友は結論ありきで計画が採用され、知らない人の優れ計画は排除される。盟友に税金を流し、関係議員へ政治献金で還流させるなど、途上国に多いパターンかも。

いわゆるお友だちの輪は、美術アーティストにも生じます。アーティストの多くは、実力主義で世に出たいと考え、匿名で作品を出してみたりします。ところが音楽と違い美術はわからない人が多いので、支持の範囲は限られます。

知らない人の優れ作品は排除されたりもあるし、身近な人の輪に頼ることも多くなり。美術通販サイトも、作者の身内買いを前提にしているほどで。日本の程度問題はあるとしても、世界的に能力主義からずれやすく、縁故に依存しやすいアートです。

そんなアートでは、敵と味方を利用し合う関係を使わないと、分断と孤立に向かいやすい。作風なんてものは互いのギャップが価値でもあり、完全同化とは逆の世界です。では価値観の相違がある前提で、何を共通の価値に置けばよいのか。それはもちろん芸術性です。
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2018/04/09

サッカー日本代表の監督ドタキャン解任の価値と損得

サッカー日本代表の旧ユーゴスラビア人(現フランス国籍)監督を、ワールドカップ第一試合まで70日残して解任するニュースが騒ぎになりました。本人はこれで二度目の途中解任らしく、第三試合の相手国ポーランドは当惑し、それは同グループの監督たちも同様でしょう。

この解任に疑問が出たのはタイミングの悪さと、アジア予選で日本が組を一位で通過した実績。それより、ワールドカップは前評判と異なる結果が多いという。ジダンがヒーローとなった1998フランス大会で、フランスチームは予選で散々に言われました。なのに優勝。プロの勝負師たち。

2002日韓大会で優勝したブラジルも、年配者がこんなひどい我がチームは見たことがないと嘆いていて。逆に2014ブラジル大会では、絶好調な優勝候補ブラジルはドイツに大敗し、三位決定戦もオランダに敗退。

今の日本代表も前評判が悪くて善戦するかと、縁起の予測もありました。親善試合は自由なテストなのだし、パスサッカーを離れた監督が、わざと混迷させた説もあるほどで。戦術を敵に読まれなくする迷走演出に、味方の上司やスポンサー企業が引っかかって動転したとか。

メキシコ人監督の八百長疑惑で差し替えた監督なので、だめ元で最後まで見届けて、効用を検証して教材にするのがよかったはず。これでは結果がどう出ても、誰の功罪か神のみぞ知る。成果を毎度総括せずに国際試合を使い捨てる感があり、協会にビジョンがない説がまた出るでしょう。

強豪は、最悪を受け止める強さもあるのだろうと。これは少しだけ、美術の出品でも感じています。しんぼう強く負ける過程があってこそ、作品が本物に育つ法則です。不安を感じたのでリセットして避けた式のネガティヴ思考は、年月かけて何かを築くにはマイナスでしょう。敗因を隠すのも損。
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2018/04/08

国際宇宙ステーションと歴史名作美術の鑑賞

銀河とブラックホールの力学や、ダークマターの新説がニュースに出ました。宇宙関連の話題が出ると、しばしばネットで目にする記述があります。「アポロ宇宙船は半世紀前に月へ行ったのに、その後一度も行かないのはなぜ?」。

言外にあるのは、今行けないなら昔も行けたわけがなく、当時のアメリカが国際社会をだました説です。実は行かずに芝居をしただけだと。あれから月へ人が行かない理由はむろん金がないからですが、一般には経済理由は大人の事情なので、理解する人は限られるでしょう。

アポロ以後に高度成長した日本では、金銭で困る小学生も少なく、経済観念は育ちにくかったでしょう。ユニセフが現在の日本を、児童が貧困な国としてリストアップしたのは新しい現実ですが。

科学研究の縮小といえば、国内ではスーパーコンピューターの「二番ではだめですか」があり、世界では宇宙望遠鏡の打ち切りがありました。日本もコスト負担し、幸い次の望遠鏡が打ち上げられ消滅は免れましたが。

次に国際宇宙ステーションへの出資を中止すると、アメリカは言います。ロシアと日本と、EUやカナダだけで維持は困難です。中国が作らないと消滅し、「昔あった国際宇宙ステーションは実はCGを使ったねつ造だった」と、アポロのように半世紀後のネット事典に大々的にのるかも。

昔はできて、後にできなくなったものは多くあります。身近だと木製タンス、ブラウン管、将来はガソリンエンジンとか。ターボなど誰も知らない未来が来るかも。人類のロストテクノロジー問題です。たとえば美術の名作鑑賞にも、消えた技術の痕跡をふり返って味わっている面があります。
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2018/04/03

美術作品を売れるようにする具体的な意味は

日本の大規模展覧会は、作品の権威づけが主目的の公募コンテスト形式が大半で、作品の売買が主目的のアートフェア形式はわずかです。そのため、作品を売ると決めた外国遠征展に、やや違和感も起きるでしょう。

多くが一瞬思うのは、たぶん次の点でしょう。「芸術は個人の感情の自由な発露である」「だから売るための妥協はよくない」「自分の作品は自分が信じるとおりで、角を丸められては困る」と。

実は逆です。日本の作品は角が丸すぎます。作者が思うほど、自由の発露でもなく。ホメオパシーふうに、透明で味が薄い作品が主流です。丸すぎる角をとがらせないと、現地で効きめがなかったりして。

強すぎる個性にドイツ人がおののかないよう、解毒して送り出したことは一度もありません。実は逆で、クリーンな健康作品をダーティーな不健康作品へと、近づける作業がむしろ必要なのです。作風に幅がある中から選ぶ時は、まずはその視点で探します。

公募コンテスト展では、ダーティーな不健康作品はそれが欠点とされ落選します。長年かけて日本の美術界では、汚れなき健康作品を求め合うクセがついています。刺激のない、よい子作品が幅をきかせるホーム。

対してアウェーの外国では、「芸術は個人の感情の自由な発露である」「だから陰気だったり、悪臭もある」の前提があります。ちょい悪以上が芸術だとするのが、他国のロジックです。これは、よい子アートが歴史に残っていない過去を学習した結果の改善策でしょう。
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2018/04/01

今日からクラウド・ファンディングを始めます

というわけで、4月1日からクラウド・ファンディングを始めます。目的は日独美術文化交流活動の主にドイツ側資金準備で、また副次的な面にも期待があり、日独アートの落差を国民に伝える機会ととらえました。

日独アートの落差とは何か。日本では現代アートは特殊化し、ドイツでは一般化しています。この差です。ならば、特殊化と一般化はどう違うのか。まずは、大規模な現代アートイベントの開催場所です。

日本だと現代アート展はスペシャル化して、郡部や離島など日常からかけ離れた地理の、特別なキャンプを伴う場合がしばしばみられます。アートが遠くにあった方が、国民は安心します。それがドイツだと、近所のビルや横町の元農協の倉庫でも平気です。

晴れの舞台へ上がる特別感がなく、普通に生活圏に現代アートが入り込んでいるのがドイツです。「さあ、珍しいものをお見せします」式の大げさな構えが、ドイツではあまりみられません。各地方の各市で、現代美術の存在自体が日常化しています。

日常化は具体的には、普通の人が現代アート作品を所有し、家に飾ってある点です。日本だと現代アートを所有する一般人はまれで、美術業界人かなと思ってしまうでしょう。日本で家に置くならば西洋名画全集の図鑑あたりにとどめ、作品の実物まで買おうとは思わないものです。

こうした日独、日欧の差は、日本の慢性的な美術不況の原因であり、また隠れた伸びしろです。「だって現代美術はわけわかんないし」と敬遠された作品を、ドイツへ送るとスッと買われる。その差をマル秘情報にとどめず、明るみに出したいと考えていました。
クラウド・ファンディングのページ https://camp-fire.jp/projects/view/66657
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