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2018/09/29

熊本のゆるキャラ米は国際市場へ打って出るのか

数年前にスーパーで米を買った時、一番変なのを選ぼうと思いつき、黒いクマが大きく描かれた袋のを買いました。熊本県のゆるキャラ「くまモン」という、お笑い系の商品デザインです。それを炊いてみると。

うまい。うますぎ。表面にツヤがあり粒が立ち、ややモチ米ふうで味も濃いという。驚きです。その後ニュースがあり、全国的に米の味が5年ほどで目立って向上し、超Aランクも入れ替わったという。それまで最高だったコシヒカリが、序列トップから陥落した報道です。

それを確かめようと毎回異なるものを買うと、なるほど全般に味がよいのです。何年か前とかなり違い、ニュースのとおりでした。ただ、「くまモン米」に及ぶものはなく、くらべるとどれもあと一歩。

それで最近、熊本産の別の米を買いました。品種も異なります。すると、やや「くまモン米」に似ているのです。何が起きているのかネットで調べると、何と「くまモン米」は6年も前に日本一の味に選定されていました。

米の味はどれも似たもので、水の量、ひたす時間、むらす時間で大違いの不安定さですが、日本人ならやはりわかるようです。美術がわからないという人も、見る回数が増えれば解消するのかも知れません。

政府がTPPを検討していた頃は、グローバル製品の輸出黒字と引き換える犠牲として、日本の米文化ももうおしまいと言われました。が、高品質化して付加価値をつける戦略を進めていたのかも。農家がひそかに世界も意識していると感じます。
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2018/09/23

君には絵の才能がないと他人から言われた悩み

昔、雑誌だったかの悩み相談コーナーに、好きで絵をかいている素人からの質問が出ていました。美術をある程度心得た知人に自信作を見せると、「絵の才能がないから向いていない」と言われて。それ以来は落ち込んでいるという相談でした。

ネット時代にも同種の相談が見られます。対するアドバイスは、「絵は才能ではない」「努力すればうまくなるし」「いや天才は常人の手が届くものではないし」など、ありがちな定型回答が集まります。

実は質問者も回答者も、大きい間違いをやっています。時代の違いも国の違いも、条件から抜けているのです。ここの活動でも、ドイツで売れて躍進しているタイプは、日本に戻ると意外に散々だったりします。国内では閉め出されたも同然で、海外でのみ活躍できる亡命状態が時々みられます。

日本で日本人に絵を見せたとして、独創性と毒性があるほど「わからん」「才能ゼロ」「対価に見合わず」の反応が返り、実際に売れないわけです。そんな絵はドイツなら完売するし、だから市場もはるかに大きい。相談者も回答者も、国内の常識感覚で芸術の真実を追究するのは無理な話です。

こちらに届いた作品は、「ここがこうならベター」「こうすれば浸透力が違う」と瞬時に判断されます。その視点は国際市場向けであり、芸術性を高めると買い手が現れやすい前提です。この真っ直ぐさを求めて、日本から海外へ出て行く美術家が多いのです。国内に見切りをつけて。

質問も回答も、絵のうまいへたをデッサン技術で語る点が18世紀的です。その常識をカメラが崩したのが19世紀でした。悩みのネット議論には新興絵画への苦手感がただよい、現代アートを遠い机上で語る感じ。要は、絵の才能は20世紀に大変化したのに、国内の議論は18世紀の感覚のまま。
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2018/09/16

ドイツのおんぼろ展示場は美術が一般化している証し

ドイツの美術展は、会場がオンボロでも成り立ちます。作品の周囲が乱れてごちゃごちゃしていても平気。場所の体裁が悪くても展覧会場に即仕立ててしまい、皆も慣れていて違和感がありません。美術が一般化している前提があるから、どこでも展覧会場にできる手っ取り早さがあります。

対して日本で美術展を開く場所は、きちんと整っている上で清潔感や格調も期待され、クリーンで透明な場所を用意しなければならないという、手っ取り遅さがついて回ります。だから会場の美化にコストもかかります。

この差の理由として、日本では美術作品のどこに注目すべきかが、個人の中に備わっていない前提が考えられます。見る目が作品に集中できない不慣れへの対処で、白い背景が必要であろうと推論できます。冠婚葬祭のような、雑念を排したおごそかな静かな場所を求める心理。

言い換えれば、作品を置く環境しだいで鑑賞があまりに影響され、曲げられ妨害されやすい実態があります。雰囲気しだいで作品の味が大きく変わるなど、頼りない鑑賞が常態化している疑いです。自分の好きなように見るには遠いという、ひとつの証明でしょう。

ドイツによく見る貸し展示イベント会場は、廃屋のリユースです。リフォームではなく、リユース。壁を塗り直さずボロボロのまま。中古車にたとえれば、外観がかなり凹んだまま板金塗装をやり直さず、赤く錆びた状態のような展示会場です。そこを背景に絵や彫刻を置きます。

ボロボロの壁の絵にはアーティスティックな趣が出て、何だかかっこいい。日本でも1980年代前半、ウオーターフロント再開発のフィッシャーマンズ・ワーフのブームで、古倉庫やロフトの美術展が話題になりました。レンガ壁やアールデコ調が日本にもあった。でも美術が一般化していないから、主役の絵を楽しむ気分は安定せず全滅したようです。
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2018/09/08

日本で美術作品が売れない原因の分析は間違っている

美術大国のアメリカや中国よりも、日本での美術の市場規模は小さく、100分の1のオーダーだと言われます。以下のイギリス、フランス、ドイツよりもずっと小さい取り引き金額です。古美術を別にした現代美術で差が目立ちます。

日本で絵や彫刻があまり売れず、美術市場が小さい理由は、前からネット掲示板などにありました。「美術界は国民に美術の資産価値を伝えていない」「だから国民は美術を買う意義を見出せない」「価値がわからないから信用できず買わない」という分析です。

この分析の何が間違いかは、日本人には難しい話です。なぜなら日本では、美術の価値は上から下へ教え込む慣習だからです。この慣習が売れない原因だと、国民が気づくのは困難です。

ドイツの市民は作品個々の資産価値を知った上で、資金運用しようと絵や彫刻を買うのではありません。彼ら彼女らは作品を見て楽しみ、時に驚き、知人と話題にして、いやされたり奮起するなど、自分の変化が目的です。「価値は僕が見て決めるだけさ」が集まって、大きい市場ができています。

日本で美術が売れないのは、価値を自分で決める人が少ないからです。苦手だから教えてくれる者を待つわけで。それに美術界が応じる間は、永久的に国民が自分の目を持てない。作品を見て楽しみ、時に驚き、知人と話題にできる日が、日本には来ない道理になっています。

上が下に伝える値打ち情報で市場を回す日本方式だと、新人の新作を買う空気はなくなる理屈です。他国では思想を込めたエンタメで美術を考えているのに、日本では値上がり益が最大関心事です。東証一部上場の株式みたいに、美術を蓄財や投機商材とみる通念が、偉い人たちにも広がっている事情があります。
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2018/09/03

ニッポン体操競技選手の引き抜き騒動と画廊

大相撲あたりから始まって、レスリング、アメフト、ボクシング、居合道など、競技団体の協会や連盟などで、組織上層部の事件がニュース続きです。また出た、次はこれ次はこれと、目新しい感じで走馬燈のように。次は体操競技だという。

体操での話題のキーは、選手の引き抜きです。選手がどこでトレーニングするか、所属する団体などを移る時に出てくる権力行使です。これが体操競技で問題になり、すでにメダルをとって引退している選手が何人か、引き抜き批判を述べています。工作意見が出てきて裏が発覚しました。

体操で問題にされるのは、よその監督やコーチが苦心して有力に育てた選手を、オリンピックでメダルをとれそうになるとヘッドハントでさらう、その行為への批判です。選手が強く立派になったのを見計らって巻き上げる、いかにも不道徳な立ち回りを、先輩メダリストたちも批判しています。

野球やサッカーには、金銭トレードや移籍金があり、選手の実力に合わせて価格をはじき出して、得する側が払います。移籍金は選手の報酬額ではなく、チームからチームへ払う調整金です。

「引き抜きは自由だ」「抜かれた側が無能だ」と関係者はネット投稿していますが、野球やサッカーでは自由でなく、公正な取り引きがあります。だからパ・リーグ投手を巨人軍が次々巻き上げた頃は、パ・リーグは活動資金を得る恩恵を受け、選手を育成しても無駄にならなかった。

芽から育てる苦労は他人にやらせ、開花前に奪い去る問題は、芸能界にもありました。たとえば、売れ出したタレントがプロダクションを捨てて家内運営を始めると、不義と恩知らずを理由に業界追放する慣例があります。画廊の取り扱い画家も、昔はこの問題がありました。
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