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2019/02/24

サイトの目的がすぐにずれてしまう問題は深刻

医療関係サイト制作で、アドバイザーの仕事を受注したことがありました。サイトを通して患者というか、お客が一人も来てくれない問題の解決でした。つまりコンバージョンが獲得できないという、深刻だけれどよくある悩みでした。

この部分はセオリーよりも、経験則がものを言う経験則があります。既存サイトの全ての文章を書き直して、最短で集客できる手順書も納品し、ネットの今日的な仕組みを解説しました。将来はセルフ制作に移行できるコースも示しました。

するとやはりというか、クライアントは今後はセルフ制作でいくと決心しました。後日、無料ブログツールのテンプレートを使った自作サイトを見せてもらうと、「きれいに作れましたね」と言いたいものの、問題はそっくり持ち越され残っていました。

サイトを通して買ってもらうコンバージョンが目的だったのに、サイトのDIYへとずれたのです。コンバージョンに難があるサイトを、前は知人に作ってもらったのを、今度は自力で再現したという。つまり振り出しに戻った状態。聞くと、次はサイトを宣伝する広告業者との契約を考えているという。

違うのです。中小零細がネットで善戦する方法は、自ら宣伝業者相当になること。そうしないで制作の実費分を浮かせても、本業の時間を食われ、宣伝費も食われ、高コスト体質になりやすい。三カ月のタイムロスだけでも大きいのに、本業に集中しにくいセルフ制作のマイナス面が懸念されます。

美術作品サイトにも似た問題があり、本来は作品の買い手を集め出資を募る目的のはずなのに、初期投資削減への挑戦に化けやすい。らしくカラオケで歌うみたいに作り充足しても、サイトがお客を連れてこない停滞コースです。セルフのあるあるは、ビジネスがホビーに化ける問題です。
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2019/02/21

自分の傑作に気づかなかった音楽家ビリー・ジョエル

先日亡くなった世界的ジャズ評論家の児山紀芳は、前にフィル・ウッズが亡くなった直後のジャズ番組で、冒頭に突然ポップソングをかけました。ビリー・ジョエルの『素顔のままで』。リチャード・ティーのフェンダーローズエレクトリックピアノで始まり、間奏部のアルトサックスが世界有数の歌伴で知られるあれ。

そのバラード曲をビリー・ジョエル本人は不要と思い、ニューアルバムから外すつもりでした。ところが、別曲の録音にも加わったシンガーソングライターのフィービー・スノウが、「それを入れないのは信じられない」「おかしい」と簡単に許さなかったという。

アルバム『ストレンジャー』(1977)にやむなく入れた『素顔のままで』は、不発続きのビリー・ジョエルの一発逆転ホームランとなったのは知られるところ。あの時代の音楽風景ともなるこの一曲で、次の『ニューヨーク52番街』の大ヒットは約束されたのでした。

自分の最高傑作を本人がそうは思わず引っ込めるのは、音楽では割とよくある現象です。クラシック音楽でも「なぜこの曲を放置するのか」と、楽譜を見た他の作曲家が初演して表に引っ張り出した名曲があります。

この時ビリー・ジョエルが自分に忠実なら、伝説はなかった。思いを曲げたから伝説になった。この現象は、美術家のサイトでも起きていると感じます。作者自身が自分の感覚に忠実にサイトを作ると、『素顔のままで』を欠いた自己紹介に陥ることがあるから。

美術家が一人で好きに作り、孤立している生涯のイメージは、音楽文化とくらべて悪い傾向だと思えます。交流なしでは埋もれる。ただし、こんなことはさすがに好ましくないでしょう。美術家仲間で持ち回りで審査員になり、お友だちの輪で受賞を配分する「上から方式」とか。閉鎖系でなく開放系が伝説になるもの。
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2019/02/19

ふるさと納税で勝ち組と負け組が生じた難しい局面

「ふるさと納税」を聞いた時、こう受け取りました。地方都市を離れて東京や名古屋や大阪など大都市で働く人が、納税の一部を出身地に送金し、故郷を支援するのだと。寄付ではなく資金移動だとしても、お金の移動先は前に住んだ田舎だと。

実際は誰がどこへ納税してもよい制度だから、理想からかけ離れました。資金不足で困っているA市があるとします。A市に住んでいる人が裕福なB市にふるさと納税が可能だから、格差が悪い方へ広がるアンバランスも生じます。

3万円をふるさと納税すると税額に手出しは生じず、2千円の手数料で返礼品が7千円なら、納税者は5千円得します。地方自治体側は、3万円受け7千円出費だから、やはり得する。貧困なA市の税金を、裕福なB市が巻き上げる能力は、恵まれた地域特産物だという。

本質的に資金付け替えなので、自治体の貧富に番狂わせが起きるだけで、経済発展とは違うでしょう。返礼品競争に負けたA市は、自己責任で滅べばいいでしょと、今の日本の気分には一応合うものの、どうも先進美術館と似た感じ。

そこでA市は奥の手で、大手ネット通販の商品券など有価証券類を返礼品にして、ハンデを巻き返すわけです。「プロジェクト支援」のクラウド・ファンディングでは市販品のリターンは禁止ですが、ふるさと納税では禁止ではないらしい。

ふるさと納税3万円の返礼に、2万8千円で仕入れた3万3千円の金券も、やればできました。総務省が指導を始めましたが、手出し2千円での上限は高所得者ほど高く返礼品も増えるから、納税者は制限に大反対。制度の本意は消費税率上げのカモフラージュであろうが、考案者自身が景品目当てで我田引水した疑いもあり。
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2019/02/12

ポスト・トゥルース時代の事実と真実と

最近きちんとしたネット記事で、気になったのはこの主張でした。「ある言い方をする人は信用できない」「それは事実はひとつだと言う人である」「事実がたったひとつだなんて怖いことだ」「世に事実がひとつしかないのは危険だ」と。

ちょっと待てよという気がしました。それも言うなれば「真実はひとつではない」のことではないかと。事実はひとつです。事実を言葉に表した真実が、複数あるというのが本当ではないか。この執筆者は、言葉を取り違えたのではないか。

まず世間一般では、「真実はひとつである」という言い方がよく出ます。たとえば殺人事件で、容疑者が真犯人であるのかないのかという場面です。検察側と弁護側が真っ向から対立すると、「真実はひとつ」の言い方が市民からよく出ます。

学問の世界ではその言い方は否定され、「誰々の真実」として考察されます。つまり真実は学説のようなものです。そして事実はひとつとする。ということは、事実という語は言葉表現ではなく現象そのものを指すのだと、学術の世界で諒解されているわけです。

殺人事件でいえば、容疑者は家を出た時に刃物を持っていた、前日に近くの店で買った包丁だというのが事実です。その事実は神のみぞ知る絶対的な現象であり、人間にとっては抽象概念のような存在です。事実を文章化すると真実となり、人それぞれの言葉だから真実は論者の数だけあるわけです。

アメリカのトランプ大統領就任の頃から急に言われ出したポスト・トゥルースは、嘘が支持され主流になる現象として話題になりました。マスコミが主流側にいる点が今日的です。ただしポスト・トゥルースの語もまた、嘘で得する側が論敵を封じる殺し文句に多用されます。「あなたはヒトラーだ」と似た使い道。
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2019/02/05

バレンタインデー日本のもうひとつの憂うつがこれ

毎年、この季節に話題が出てくるチョコレートです。今年の話題は、社内でチョコレートを配る女性を社則で禁止して欲しいとの要望です。チョコを買う側から出た訴えなら不景気が理由でしょうが、もらう側の男性の訴えが意外に多いという。

ははーんモテない男の訴えかもねと疑う声が出ていますが、別の訴えもみつかります。メーカーやデパートやスーパーを儲けさせないよう、チョコを贈る風習を絶対にやめて欲しいという願いです。菓子業界にお金儲けさせないでくれという切実な訴えが、今回もまた多数出ていたのです。

この憂うつな訴えが興味深いのは、芸術で似た願望が根強いからです。芸術をお金にしてはならない思想が、日本に特別に強いのは確かです。ミューゼオロジー研究で考えても、日本の展覧会で作品を売らない慣習が強固である謎があります。物の売り買いを不浄で不吉とみる思想が根底にあるような。

聖バレンタインに本来無関係のチョコレートを便乗させたアイデアは、店ではなく製造業が考えたもので、当時は売れなかったチョコレートを人気商品に変えることに成功しました。昔あまり売れなかった理由は、要するに国際社会で円が安いせいで原料のカカオ豆が高価すぎたから。高いチョコに付加価値が欲しかった。

このアイデア商法に微笑みや苦笑いではなく、強い憤慨と断固反対のこぶしを振り上げる人の多さが、日本の特異な一面にみえます。他人の商売がうまくいくぐらいなら、全国が消費低調で不景気になる方が心休まる「ストップ・ジ・商い」の心理が、よくある「芸術で商売するな」と同根ではという疑惑です。

バレンタインデーの商戦で他人が繁盛するのが悔しくて足を引っ張る動機なのか、全く違う何か過去のトラウマでもあったのかは、フォークロアや社会学で研究済みかも知れません。美術界にある「売り絵」という隠語的な用語も、この話と関係があるのです。
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2019/02/01

2019年の世界の動きと日本のデフレ不況の継続情況

おかげ様でジャパン・フェスティバル・ベルリン2019が無事終了しました。皆様ありがとうございます。日本の空気に戻りました。が、次の一年がみえない理由は、2019年秋の消費税の増税です。誰もが経済が悪化すると予測しておびえています。死刑執行を待つ心理がこんな感じ?。

財界のみならず、日本国政府までが増税で起きるさらなる不況を予測し、経済低下を小さくする策を打ち出しました。軽減税率や電子マネー割引もそうで、ルールを穴だらけにした例外規定は、後年に既得権となり国の首が締まる悪政でしょう。

税率を上げても税収は増えないという、消費者心理の法則があります。ラーメンが一杯380円で、店の収入が800万円だとします。一杯760円に値上げすれば、収入は1600万円に倍増するのか。逆に、700万円にでも下がる可能性の方が高い。

税率5パーを10パーに上げると、パイ全体となるGDPが横ばいを保ってさえ、庶民の購買力は952分の909に落ちる理屈です。だから本来消費税は、景気が良すぎる時にインフレを食い止める目的の税金だったわけです。誤用が続くと、シャープやパイオニアのように外資に買われる企業が増え続けるだけ。日本の解体。

ネット配信番組も、政府が悪手を指す動機が読めずにいます。ささやかれるひとつの動機は、官僚の人事評価基準が、「税額」ではなく「税率」だからというもの。800万円から700万円に落ち込んでも叱られず、380円を760円に上げたらボーナスが出る、省内での出世レース説です。

今回のジャパン・フェスティバル・ベルリン参加で、日本側では「出品したいけれどお金がつくれない」の声が続出しました。一方、日本のバイト時給は780円などでも、ドイツでは最悪でも1300円と社会のデフレ度が違う。日本は貧乏。日本側の少ないお金の大半を現地へ送り、何とか実現した貴重な回でした。
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