FC2ブログ
2015/09/24

1億総活躍社会の背景

日本国政府が新たに示した目標は「1億総活躍社会」で、今日発表されたばかり。この標語の背景として、国民が活躍できない社会に日本が長く陥っている実態があります。

国内企業で社員やスタッフが活躍しにくい、その発端は能力給や成果主義でした。これは、バブル後の給与減をカモフラージュした偽装配当で、能力主義とは異なるもの。往年の年功序列を強制終了させたとされます。

容易に誰でもリストラ可能な組織では、親子ほど違う50才と25才が競合するから、ベテランが駆け出しに仕事の要領を教えなくなります。年上が年下の失敗を、よい知らせと受け取る。このギスギスした気分が、まず起点。

責任回避込みの不明瞭な指示が多発され、組織内は激しい行き違いと手戻り、弁解と水掛け論に終始する、ご存じ日本病です。五輪準備で国内建築家やデザイナーが活躍できなかったのも、予想を裏切らない光景か。

これをグローバル時代の到来だと誇ろうとしたら、欧米企業は古き日本の家族主義を参考にし始めていたオチがありました。全員が活躍できるのは、全員の地位が安定した社会であり、否定されて久しい一億総中流社会へのゆり戻しかとも思える標語です。

ヨーロッパの多くは今も貴族由来の階級社会で、ドイツもそうでアートのセグメントにもその軸線があります。武士を完全解体した日本は、アジア的な経済セレブで上流階層を構成したものの、その層が必ずしも日本の規範となる義理もなく、結果的には価値観がばらけた感があります。
関連記事
スポンサーサイト