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今から三週間ほどで年が明けると、『わが闘争』を書いた男の没後70年が過ぎ、ドイツの自治体が持つ著作権が失効します。誰でも販売できるパブリックドメインへと刻一刻と迫る今。『わが闘争』は長く禁書だったせいで、読もうと待ちわびている人も多いそうで。

パリのテロ事件のきっかけになったイラスト画もそうですが、「表現の自由」対「表現の制限」は永遠の課題です。株価操作の風説流布も自由な言説表現といえるし、学校の爆破予告も自由な主張表現には違いなく、想定される害と実害によるのが各国の対応です。

誤報や虚偽記事をめぐって、日本の新聞社が「これも表現の自由」と言って反論し、新聞社同士が論争しました。公器でウソを広める自由を、認めるか認めないかの論争です。「表現の自由」はモンスター化し、対抗側もモンスター化し、人類が表現をめぐって我が闘争という状態です。

美術で表現の自由といえば、わいせつ論争が浮かびます。違法の線引きなども。しかし、合法でも許されない表現は非常に多く、たとえばゴッホの絵も冷たく却下されました。「これでプロのつもりか」「美術としてこれはない」がパリの判断。法的には認められ、常識的には認められない絵だったのは、ゴッホに限らず。

美術家の挑戦も、法規への挑戦か常識への挑戦かに大別されるでしょう。一応それ以外の挑戦もありますが。現代人にとって、法規の話題は割り切りやすく、常識は割り切りにくい。常識への挑戦の方が摩擦はずっと大きくなって、作る方にもよっぽど負担なのです。
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