FC2ブログ
2016/03/13

名ばかりの自動車を返上する夢

CAD(キャド)が使われ始めた頃、設計事務所や企業の上司は誤解しました。建築CADなら、敷地形状と容積率、諸室の必要面積などの条件を入れて、ボタンを押せば設計案が出てくると思った人が多かったのです。

実際のCAD入力は一本の線分を引き、どちら側に何ミリ平行複写するかを命令し、線を次々と増殖させていく作業でした。デジタル製図板にすぎず、鉛筆と消しゴム、定規やコンパスを電子空間に置き換えただけ。

CADと似て、自動でないのに名乗った代表が自動車です。人間が手足で慎重に操作し、一睡もせずに前を見続けないといけない。これを真の自動式に変えようと、各国の先進企業が自動運転車を研究するブームです。

手足操作のアシストに始まり最終的に全自動化し、主人が寝ていても目的地に運ばれ到着する製品が目標です。そしてよくある心配に、危険回避の優先論や事故責任論があります。しかしそれよりも前に、走ることは可能かという単純な課題があるのです。着く目的ではなく、走る目的の話。

あてどのないドライブや未知のショップ探し、行き先の途中変更とか忘れ物に気づいたUターンが可能かと。突然のコンビニ立ち寄りも。人間のリアルタイムの意思から切り離し、条件を入れてボタンを押す車が人類の望みなのかという本質論です。手動モードを残せば合理化にならないし。

美術制作でも、行き先なしに作りながら考えることがよくあります。お手本があるコピペとは逆で、あてどのない加工や未知の形態探しという場合。途中変更もあるし、何かを思い出し後戻りも。絵筆もCADと同様に思考のツールなので、寝ずの操作が本命です。こうしたユーザーの好奇心と発見のプロセスが、車の価値としてどの程度大きいかの問題があります。
関連記事
スポンサーサイト