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2016/03/17

ポップアートが主張した宝とゴミの関係

欧州サッカーで追放事件が時々ニュースになります。人類が克服を願う人種問題。しかし克服どころか認識も困難なのは、時代問題です。人種の違いよりも、時代の違いを入れ替えて思考する方が、はるかに難しいという問題。人種問題とは違って、気づかないのが特徴というのもあります。

「昔のような偉人がなぜ今は現れないのか?」の疑問がそれです。現代人の言う「昔の偉人」が、当時は偉人ではなかった事実を、この疑問では見落としています。当時は凡人や悪人だったりして。後年に振り返って尊敬する偉人は、同時代の目には偉人に映っていなかった。

この今昔断絶は芸術でも顕著で、「ゴッホのような優れた巨匠画家がなぜ現代にはいないのか?」の嘆きもそうでしょう。「いや、ゴッホは当時優れた巨匠じゃなかったし」という反論は、現代人の心に届きにくく、届いても実感までは修正できません。断絶がどうしても止まらない。

美術のおもしろい側面は、価値の高低が入れ替わる宿命です。宝とゴミがスイッチし、ウソのような残酷などんでん返しが起きています。短時間ではないから、気づかないのが特徴。このスイッチがテーマのアートも多い。

街で拾ったゴミにサインを入れたポップアート。ゴミは高騰し、美術館に入りました。ポップが言いたかったのは「価値の空虚さに気づけよ」であり、反語含みのなんちゃってギャグでした。しかし、そこまでやっても鑑賞者と断絶。ゴミの美を習得すべく、きれいさを読み取ろうとがんばる現代人たち。
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