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2017/01/20

ジクレー版画が本当に必要なのは日本だという話

かなり前に、複製芸術論を参考とした未来アイデアとして、レプリカ美術館の提案を読みました。世界の名画をレプリカだけでそろえた美術館です。『モナリザ』も『ひまわり』もイミテーション。ネットもカラープリンターもない頃の話題でした。ヴァーチャル美術館ではなく、リアル美術館。

作品のレプリカといえば、広義で音楽はそうです。編集した複写物を買って鑑賞します。実際の演奏とは違って。しかしレコード時代には、素人は少ししか買わないものでした。それがCD時代にディスクがコンパクトになり、安い輸入盤を狙って年に100枚買う一般人も珍しくなくなったのです。

日本で美術が一般化しないのは、一品生産なので値段が高くて縁遠いからという指摘がありました。もし安いレプリカが可能になれば、日本でも美術を買う一般人が増えて、アートを普及させられるのではないかという論でした。この話が、後のジクレーで現実に近づきました。

そのシナリオは、ドイツでは実現しています。日本でなら2000ユーロ希望の原画も、ジクレー化で100ユーロ以下にでき、資産家でなくとも買い集められます。このシナリオは、本来は日本で実現させたい最終目標です。

ところが日本では、アートを買う目的は音楽CDを買う目的とは違います。美術コレクションの目的に、ステイタスと値上がり期待を含んでいるのです。高い美術品を少人数だけが買う流れが、アートに期待する価値観までを逆に決めてしまっている疑いです。

日本の展覧会は「私の絵を見てください」と発言する場であり、海外の展覧会は「おもしろい絵はないか」と買い手が探す場になっています。この差は作品の値下げだけでは縮まらないでしょう。
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