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2017/01/30

日本の美術の貧困はなぜ起きたのか

日本の美術家が外国に出品する裏には、日本美術界の貧困があります。市場らしい市場がなく、売買が少ない経済面の貧困と、市民が美術作品を雑にしか見ない鑑賞の貧弱です。だから海外遠征には、常に亡命的な意味が含まれます。

たとえば日本の歌手や俳優が絵をかく。あるいは騒ぎを起こして事件を起こす自称アーティストたち。彼ら彼女らは、やはり悪く言われます。名前さえ先に社会に通してしまえば、作品は何だって通用して売れる。「アートなんてお気楽な仕事だよな(笑)」「総理大臣と裸で握手すれば僕の絵も高く売れるよな(笑)」と。

そこまでわかっている人は、日本の隠れ傑作美術を探せばよいのに。音楽を探す時の熱心さを美術に振り向けて、ああいうのもある、こういうのもあると話を広げようとしてもよいのに、静まりかえっています。

日本を代表するアート作家は誰かというネットの話題では、結局は歌手や俳優や事件アーティストの名を次々とあげています。よく聞く名前が思い当たる全て。それらネームタレントたちを楽勝で上回る作品を、美大出身者に限っても大勢が現に作っているのに、市民は相手にしていません。

しかしこの現象に、理解しがたい点はありません。要するに市民はアートが全然わからないから、出回っている名前を口にする以外に選べないのです。嫌って叩くのも好いて称賛するのも、伝聞情報に従うだけ。ならば、誰が市民をわからずやに育てたのか。欧米の市民はそんなではないのに。

具象画壇はピカソ信奉者を押さえ込むべく、市民の声のうち抽象がわからない声に同調した。わからずやの声を利用し、写実の優位性へと我田引水した。黒田清輝の地位を守るために。薬が効きすぎて、黒田を信奉する本職画家たちも、歌手や俳優の陰に今や隠れる始末。同業者を叩けば、業界全体が沈んじゃった。
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