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2017/03/28

江戸しぐさという謎の道徳と徳川慶喜の大政奉還

小学校の道徳の授業で、「江戸しぐさ」なるものが一部の教科書にのって小さな騒ぎが起きました。江戸時代に常識だったとする日常の心がけが「江戸しぐさ」だという。しかし今の歴史学者は誰も知らず、記録にも落語にもなく。なかったものを国会議員と官僚が信じ、教科書にのせました。

その教科書を批判する本によると、「江戸しぐさ」に出てくる川を渡る船内で席を譲るマナーは、馬も乗るから座席がない江戸の船ゆえ、嘘の話だとわかるという。「江戸しぐさ」は、現代の若者を調教する目的で江戸を名乗り、最近でっちあげた作法だと結論されています。

てんまつで気になったのは、「江戸しぐさ」の資料が現代に残っていない疑問に対する、愛国NPO法人の釈明でした。説明では「江戸しぐさ」を伝承する江戸っ子たち全員を、明治政府が虐殺して葬り去ったから、いったん途絶えたのだと。途絶えたのを僕らは復活させたくて、教科書にのせたのだと。

日本でそれはないねと多くが直感したはず。うそつけと。というのも、外国の人がたまげる日本史です。フランス革命のごとき貴族と市民の戦いではなく、話し合いで徳川幕府から朝廷へ権力を戻した大政奉還の穏便ぶりが史実でした。日本をほぼ完成させていた徳川の殿様は、未来を信じ政権を返却した。

江戸から明治へは、東京に改名して持ち上がっただけで、同じ中味です。同じ建物のまま、洋服や靴を試す江戸の人たち。明治への革命に内戦はなきに等しかった。日本以外によくみる市民虐殺を言い出したばかりに、しぐさ自体の出自が疑われ、騒ぎになったのでした。

大政奉還してトップから降りた徳川慶喜(よしのぶ)は文明開化に加わり、侯爵となり国会議員となったそう。その徳川慶喜の孫娘が、平成時代にラジオ番組に出たことがあります。慶喜の質素な人柄と、彼の大好物だったカツオブシの逸話を披露してくれました。
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