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2017/12/21

ならば、どういう作品が外国出品に必要か

完結した作品が必要です。作品を探すうちに本人が出品を断念したケースに、タブローの不在がよくありました。かきさしのスケッチ画はあるが、完結した一枚がないというのでは、出品に至らないことが多かったのです。

「自分は絵をかいていて、あれもこれも色々やってみたい」系のブログに見かけますが、断片スケッチの紙を並べると迫力が出ても、一枚だけを抜き出すと物足りないのです。おかずのつくりさしが一個ずつ入った弁当が何箱もあっても、それだけでは売れない。

売る時は一箱にまとめて、腹につもる程度に満ちている必要があります。部分的におかずを上手につくれても、市場に出すには一個の箱全体を満たして完成していないとだめ。売れる弁当をつくるために、それなりの充実が必要です。

ただし日本で介入してくるのが、「自由が大事だ」「売る目的はよくない」「商業主義はまずい」という抵抗感です。コマーシャリズム的な作為を排除したい思いが混じってきます。世界ではあまり一般的でない特殊な思いですが。

商業と芸術は特に相関しないものですが、反比例でとらえやすい日本では、美術家が実力発揮しにくい面があります。「モナリザ」「夜警」「浮世絵」などは、実は商売作品だったのに、変に崇高に解釈する間違いが起きています。見上げすぎるというか。

断片的なスケッチ作品は売り物にならず、画学生の習作のようなかき散らした制作活動では足りません。さらりとした浅い感覚でヒョイヒョーイと走りがきしたような絵は、外国のお客の感興を誘わないものです。
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