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2018/01/08

美術作品の審査につきまとう問題とアートフェア

審査とは検閲なので、受ける側は不安です。不合格だったらいやだし。しかも審査する側に確かな基準や軸線がなかったり、ずさんかも知れないし。何年か前に、審査員と出品者が裏でつながっていた大規模公募コンテストがニュースになりました。評価の恣意性に乗じた出来レース。

ここでやる審査は、公募コンテスト式の切り捨て目的ではなく、出せるものを探す目的です。おこがましく言うなら、引き上げ方を見抜く審査。アートフェアだから、一応フェアです。意外に多いのは、出し惜しみでB級作を選ぶ失敗を防ぐことです。これは一応ジクレーで解決済み。

しかし実物も高精細写真もない場合や、既存作品がイマイチな時は、新作の方向をまず決めます。現代の美術家の大半は作風を複数持つスイッチワーカーであり、スイッチし間違うと徒労になるから。

作者の関心と外国の関心を重ねるために、より芸術的な作風を選ぶのが基本です。芸術的であるがゆえにお客に嫌われてしまう事態は、欧米では少なめとわかっています。残念ながら日本では今も多くて、参加者からもトンデモ体験がちらほら耳に入りますが。

日本だと保守対革新や具象対抽象のあつれき、ヘイトに巻き込まれる不安があります。具象だけがわかる画家が審査し、抽象が切られてはたまらない。よくあるパターンと違うから、間違った絵だと言い出す審査も横行。作品をわからないと言わず、嫌いと言い出す。自身がついていけない作品だとは白状しない、困った天の声。

結局その不合理を人類は解消できないと自覚したから、欧米の新作大規模展覧会はコンテストでなくアートフェアという、マーケット方式が主流になっています。見るお客の全員が審査員となり、しかも評価して終わりではなく、評価者が買い取る本気の対決になります。
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