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2014/11/17

美術作品のレベル

「作品のレベル」という言い方をここでやらないのは、芸術の話が職人芸の話に簡単にそれるからです。それてしまうと、似て非なる分野が芸術の座に付いてしまい、焦点がどんどんずれていくことになります。

たとえば色鉛筆を紙に塗る時。プロは断然うまい。線の方向がピシッとそろって、筆圧も安定して、ムラのないさわやかな塗り跡が残ります。プロのドローイングは、素人とは大違いの技量です。

しかし、幼児がクレヨンでかいた絵とくらべるとどうか。幼児の絵の展覧会は、大人の展覧会よりも強い感慨を与えることもしばしばです。見る大人は幼児のレベルの低さを笑わない代わりに、年齢のわりに上手だと持ち上げもしないでしょう。レベルの次元を、適切に度外視しているわけです。

プロの行き届いた達筆よりも、幼児の行き届かない達筆の方が、生きた感じ、ライブ感で超えてしまうという現象を、多くの人がちゃんと把握できているように思えます。

美術品の豊かさは精度的な次元とは違うと理屈でわかっても、レベルという語を使ってしまうとそちらへ観点が寄ってしまいます。職人の匠の技を芸術扱いする害は大きく、19世紀パリや20世紀ニューヨークで起きた芸術運動が、何のためだったのか理解しにくいなども生じます。

芸術がよくわからないと言う人も、職人芸ならよくわかるもので、匠の仕事は意外に文化カテゴリーよりも文明カテゴリーではないかと感じます。
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