FC2ブログ
2019/04/19

芸術と経済が似ているおもしろい現象

人類というか先進国のほとんど全員が、何百年も勘違いしていることがあります。「それって芸術のことでしょ」と言われそうですが、芸術の方がまだ理解者が多いだろうという、すごい分野があることを知りました。それは経済です。

前にノーベル経済学賞の人自身がお金の意味を間違って解釈していた、そんな指摘が話題になっていました。しかしよく考えてみれば、お金の正しい意味が記された教科書など原典が間違っているのだから、同情を誘うばかりです。

常識のどこが間違っているかは、マネーは金銀銅の代用であるというくだりです。その説明は史実に反する真っ赤な嘘で、世界最古のお金は文章を彫った粘土板でした。粘土板を紙に替えて、くさび文字を渋沢栄一や津田梅子、北里柴三郎の版画に替えたら現代と同じです。マネーは生まれつきプリント物、証書でした。

金銀銅とプリント物は何が違うか。プリント物には上限がありません。1980年代の耳タコな言い方「国に財源はあるのか?」は、勘違い発言でした。財源なる概念は総量が固定した金銀銅の場合です。プリント物の財源はプリンターのインクです。「国にお金がない」「奪い合い」という概念が国内経済には存在しません。

ということは、世界の各国政府(EUは除く)は、インフレギャップが生じない範囲で、デフレギャップが埋まるまで、お金を刷って国内に投資すればよいわけです。ばらまきだと経済成長しないから、まずインフラ投資。現にやっている国があり、最近は中華人民共和国もやりました。意外に堅実な首脳ですね。

それにしても、天才や偉人たちまで誤解しているのはなぜか。理由は簡単で、先に間違った説明を頭に入れて理論を固めたからです。物々交換から貨幣へ置き替えたというニセの説明で脳が満たされたから訂正不能。これはしかし芸術にもいえて、なまじ学問がない方が理解がスムーズなのはよくあることです。
関連記事
スポンサーサイト