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2019/05/13

幼児教育・保育の無償化法案への批判が何か変

幼児教育・保育の無償化法案が国会で決まり、そのための財源とする消費税10パーセントへのアップがほぼ確定しました。興味深いのは、この消費税増税の必然性を伝えるニュースへ国民が投稿した意見です。たとえ話に替えてみます。

船員が冬の海に落ちて、海上に漂ったのをヘリで救助されたとします。次に何をやるべきかの対応が国会で法律化されます。船員を水風呂に入れることが決定。当然国民は「とんでもないことはやめろ」と非難ごうごうです。

国民はこう批判するのです。「どうせ汚れた水を使うんだろ」「風呂を無料にするのか有料なのかが問題だ」「待機船員がいるのに順番抜かしかよ」「風呂会社の残業と長時間労働には反対だ」「風呂会社とつるんだ政治家は辞職せよ」「国会議員の総数を減らしてからやれ」と。

この声が出ないのです。「入れるなら水でなく、お湯の風呂だろ」。たまにあっても賛同者は少ない。人の体温が下がれば温める、上がれば冷やす。すると死を防げる簡単な原理を、国民が知らないかのように批判はバラバラに散りました。

焦点は幼児教育のあり方ではなく、経済成長です。デフレ時は減税して消費を温める。インフレ時は増税して消費を冷ます。今はデフレ時だから減税すべき時です。少年ジャンプが売れない理由と、福島原発が壊れた理由は同じで、デフレ不況下の増税が招いた、国ぐるみの出費削減です。今必要なのは削減とは逆の行動。お金を使い経済を温める。冷やすのでなく。

「違う、焦点はそこじゃない」は、美術にも多い。最近気づいたのは、形と色を見るのをそっちのけで価値を読もうとする鑑賞の多さです。すでに一編書いたほど。価値を言い出せば、古典名作以外は鑑賞不能です。美術の「そこじゃない」は、作品の価値を読む努力です。バラバラに散った美術批判の根っこのひとつ。
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