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2019/07/07

すし職人が修行する無駄な年月は日本にとって無駄か

にぎり寿司職人の世界がアホらしいという話題を、前に人気コメンテーターが出しました。焦点は二つあり、親方が新入りにノウハウをなかなか教えない問題。その教えない期間に店内の掃除をやらせる問題。

掃除の原型は、おそらく小中高生の教室掃除でしょう。掃除当番が机を後に運んで床を掃除し、前に移して反対側の床も掃除し、机の天板をぞうきんでふく。トイレ掃除も。外国だと清掃業者がやる作業が、日本だと生徒の義務です。

低年齢教育で生徒が掃除までやる理由は、日本の道徳教育でしょう。自己完結する自立の精神と、職業に上下なしとする良心の育成が目的だと考えられます。掃除は汚れ役なので、外国では下っ端扱いでしょうが、日本では皆が手を汚すから貴賤意識が薄れるというわけで。

これは平等社会の肯定であり、身分社会の否定です。日本に欧米のような堅固で絶対的な階級社会がない歴史を、今も裏づけている証明にもみえます。イギリスにもその思想はあり、女王の孫の王子が学校トイレの便器に手を入れて清掃する姿が、かつて雑誌で出回りました。階級社会でも教育的に掃除させる。

新自由主義経済のグローバリストである人気コメンテーターが、寿司職人を上級国民としてエリート教育すべきという警告は、時代の流行に沿った思想といえます。地位とお金が人生目標である今の競争社会に合うように、古来の職場を改革せよという意図でしょう。

寿司職人の減少は百円寿司の流行など、デフレ不況の節約による販売不振ですが、格差社会も原因です。後輩を育てた先輩がコストカットで切られる平成に、技術伝承が途絶えました。ベテランが日本を追われ他国に拾われ、向こうに貢献した技術亡命ブームもありました。半導体だけでなく、果物の品種も持って行かれて。
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