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2019/07/15

美術と税金を理解不能にした勘違いはこの二つ

過去に、知らない他人と美術の話をして、埋まらないギャップをよく感じました。何が支障なのかがまだ不明だった頃、他人はわからずやだと思ったものです。後に怖い構造を知りました。前提を間違うと、玉突き的に間違いが広がること。

埋まらないギャップの原因は、日本語の語感でした。すなわち「美術」の語が諸悪の根源です。「美の術」という言葉から「絵や彫刻は美しくあるべき」という前提が導かれ、日本人の脳内に隠れています。美という語が日本語訳だけにあるから、アートの制作も鑑賞も、日本だけが耽美的な古風になりがち。

「灰色の絵画やモノクロ写真は、美に欠けるので正しい美術でない」「その美しくもない絵が世界的に評価が高いというなら、僕も一応それに従いますけどね」と。「世界のピカソならよし、日本人はだめ」。屈折がつきまといます。アートワークはビューティーだとのいらぬ制約が、他国にはないハンデ。

前提の間違いは税制でも起きています。参議員の候補者に、消費税を廃止する主張がみられます。賛成意見の陰にやはり出てくるのはこれ。「減税して税収が減ったツケは誰が払うわけ?」「税金を何だと思っているんだ?」。

書いた人は、国家の運転資金を集めるために、国民が出し合うお金が国税だと勘違いしています。何だかまるで絵画『ゲルニカ』を見て、「灰色の絵は美しくないから厳密には美術失格」という反応と似て。専門家が誤解を率先し、デフレから出られない平成の奇妙な光景でした。

政府はお金を発行する立場だから、不足して困れば刷って市場へ入れて済みます。国と家庭は同じという説明は引っかけで、政府は貨幣を刷れる神の地位です。刷る時に誰の預金も借りない。国税は何なのかは、物価の安定と所得再分配です。徴税を財源確保だと頭から誤解する限り、失われた27年は30年、40年、50年と続く。
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