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2019/11/11

ベルリンの壁崩壊30周年の記念セレモニー

ベルリンの壁崩壊30周年記念セレモニー

2019年11月9日に、ベルリンの壁崩壊30周年記念イベントが開かれました。壁は「鉄のカーテン」の具現化であり、戦後ドイツを分割統治したソヴィエト連邦の下で、1949年にドイツ東部が分離独立し、東西ドイツへ分断。

恐怖政治の東ベルリンから西ベルリンへ脱走できないよう、1961年から西ベルリンをコンクリート壁と鉄条網で囲みました。1989年に壁が壊された発端は、東ドイツ職員の誤判断とされ、「東から西へ自由に行ける」のデマを押さえ損ねたミスらしく。雪解けでなくハプニングとされます。

しかし決定的な要因は、ソ連のチェルネンコ委員が推したゴルバチョフ書記長と、シェワルナゼ、ヤコブレフらの「改革」「情報公開」でした。当時ソ連のスーパーで石鹸やクレンザーなど生活用品が枯渇し、市民は店でひんぱんに長い行列に並びました。さらにチェルノブイリ原発。

ソ連の職員が日本を視察し、「わが国が求めた社会主義は日本で実現していた」。石鹸は豊富で、国民皆保険制度。書記長はクレムリンで日本の乾電池を見せ、我が国の三倍もつと。昭和の日本は、勝ち組がいて負け組は極小にとどまる一億総中流社会で世界経済をリード。税制もそこに照準を合わせていました。

ベルリンの壁がなくなると、新たな壁を築いたのは資本主義のアメリカ国内です。金融やIT長者のみ中に入れるタウンを建造し、周囲に住む一般家庭と仕切るコンクリートと電流鉄条網です。共産主義の壁の次は、資本主義の格差の壁。

30周年当日のセレモニーは雨で、写真は翌10日です。上写真はブランデンブルク門前から旧西ベルリン側へ伸びた空中オブジェで、10万人の願いがテープに書いてあります。下写真は南から北を見ていて、左に空中オブジェ、白球の右にブランデンブルク門。元西側に広がる紅葉した森の向こうは、国会議事堂のガラスドーム。

ベルリンの壁崩壊30周年記念セレモニー
(Photo:Mihara)
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