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2020/07/20

地球温暖化と寒冷化の結論ありき|冤罪の構図と同じ人類の普遍性

今年の梅雨はやや長引き、地方都市は異例に気温が低い毎日で、夏休みになるのに昼の温度は低く夜は肌寒いほど。なのに地球寒冷化を言い出さず黙っているのは、おもしろい現象です。

警察や検察が起こす冤罪事件は、構図にパターンがあります。「こういう事件だ」「こうであるべきだ」の結論が先に決まっていて、結論を補強する状況証拠だけを選び出してそろえるのです。結論に反する状況証拠は、却下して隠したり、時には作り変えます。

前に、犯罪の証拠がない容疑者を有罪にできるよう、検察官が押収したデータファイルの日付を書き換えた例がありました。途中で弁護士が見破り、大きい事件となりました。決定的な証拠の日付を書き換えた検察官の意図は、事前に決めた結論に落として正義を貫くことでした。

同じことは、国民全員が普段から毎日やっています。暑い日が続くと地球温暖化の社会問題を声高に唱え、寒い日が続くとその話題に触れないで、暑い日が来るまで待って、来たらまた温暖化を叫ぶという態度。

私たちは、検察にワルがいたと解釈するのではなく、人類の脳のはたらきの普遍的な機能だと考える必要があります。望む結論に落とそうとして、証拠を取捨するなどは誰もが日常的にやっていることなのです。

たとえば日本人は具象画だけが好きで、抽象画はからきし苦手だというのも、きれいに割り切れる現象ではなく、程度の問題になっています。ただ程度に片寄りがあるせいで、市場が変に小さいとか、具象画も盛り上がらず国内の斜陽産業になっているだけです。
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